感情の名
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その後、ジャミルは図書室へ行ったのだが何故か監督生の事が気になり、調べ物に集中出来ずにいた。
こうしている間にもっと苦しんでいるのだろうか。
監督生は風邪からの熱であるが、幼い頃にカリムの毒味で倒れた時に熱を出して苦しんだ自分と何故か重なった。
午後は自分はフリー。カリムが補習を終わるのを待つだけ。まだ時間はかかるだろうし…。
別に監督生が女だから気になるといった事は断じてない。ただ、カリムの所為で風邪を引かせてしまったため、気になるだけ、それだけだ。
下心は全くないと自分に言い聞かせ、調べ物は適当に片付けてからジャミルはオンボロ寮へ向かった。
*
「鍵がかかってない…無用心すぎないか。」
グリムが授業に遅れるかで急いで出て行ったのか、単に鍵をかけ忘れたのか。
寮内でグリムの気配が感じられず、ほんの僅かな隙間が開いているためおそらく前者の可能性がある。
ゴースト達に見つからないように気配を消して寮に入り、薄暗い廊下を静かに歩いて人の気配がする場所へ向かうと。
「…あれ、ジャミル先輩?」
「開いてたから入った。君の相棒に、施錠のやり方を教えてやっていないのか?」
「教えていますが…、授業が始まるギリギリまで面倒見てくれてたので、鍵かけるの忘れちゃったのかもしれないです。」
てっきり寝ているものだと思っていたのに。監督生はベッドに横になってはいるが、倦怠感のある目でジャミルの姿を捉えていた。
「…カリム先輩の体調は大丈夫ですか?」
「カリムならあの程度問題ない。というか、自分のユニーク魔法で熱を出したらとんでもない大間抜け野郎だがな。…ああ、熱出してくれた方がバカが治っていいかもしれないな。」
ジャミルはベッドの近くに置かれた椅子に座り、胸ポケットから小瓶を取り出して 監督生に手渡した。
渡された小瓶の中には、透明で少しトロミが付いている液体が満たされていた。
「これは…?」
「カリムが熱を出した時に飲ませている解熱剤だ。俺が調合した。味はまぁ…アレだが、効果はある。」
「…わざわざすみません、ありがとうございます。」
監督生がサイドテーブルに置いてある水と一緒に液体を飲み下したのを見届けた後、ジャミルは目を細め、口角をあげた。
「…君はもっと、疑いを持った方がいい。」
「えっ…?」
「どうする?それが実は解熱剤ではなく、例えば致死性のあるものだとしたら。」
学園内だからといって、そういう事が起こらない保証はない。しかも、主人を寮長の座から引きずり下ろそうと企てていた奴が作って渡してきたものだ。
それを解熱剤だと言われ、1ミリも疑う事なく飲んでしまうなんて。
経験上、自分なら絶対に断るが。
「…大丈夫です。」
「は?」
「ジャミル先輩は、絶対そんな事しないです。そういうのを作ったとしても、飲んだ事を分からないようにされると思いますし。それに…」
そこまで言うと、急激に眠気が襲ってきて監督生は意識を手放した。
監督生の言う通り、毒物は混ぜていない。
解熱と、休めるようによく眠れる作用のあるものを作り出したのだ。思ったより早く効いてしまったが。
それにしても…。
ギシ…と2人分の体重を受け止めたベッドが軋んだ。
椅子から移動してベッドサイドに座り、すやすや眠る彼女の頭の横に手をついて、ほんのり赤く色付いた頬に触れた。
ポムフィオーレ寮にも男に見えない生徒は数いるが、改めてよくみるとやはり男ではないなとジャミルは思ってしまう。
あのとき…ずぶ濡れになったカリムを風呂に入れていた時。
「監督生って、男…だよな?」
「何を今更…ここは男子校だ。女がいるなんて世間に知られてみろ。」
「それもそうか…。」
俺の見間違いだよな、と呟くカリムの声を聞き逃す事は出来ず。
このカリムでさえも感じたのであれば、他の生徒にバレてしまうのは時間の問題だろう。
そうなれば、ただでさえ魔力を持たないこいつは色んな意味で襲われてしまうのは目に見える。
「もし監督生が女ならさ、他のやつに何かされないように全力で守ってやる。そんで、好きになってもらえたら…って何言ってんだろ。ごめんなジャミル、今のは忘れてくれ!」
そして、カリムからのその言葉で、ジャミルの中の黒い感情が渦巻く。
カリムとじゃダメだ。能天気で人を疑う事もしないような奴と一緒になんてなったら、あっという間にあの世行きだ。
監督生の頬をそっと撫で、親指で薄い唇に触れる。
もう、誰にも一番を譲らないと決めた。成績も、運動も、ダンスも。そして…。
ーーー……翌日。
すっかりよくなった監督生は教室へ向かう途中で合流したエース、デュースと一緒にいた。
「ごめん、迷惑かけて。」
「迷惑も何も、体調は大丈夫なのか?」
「うん。ジャミル先輩が作ってくれた薬がよく効いたんだ。」
「ジャミル先輩?…ああ、あの時の。」
察しの良いエースは昨日のジャミルとの会話を思い出した。
あの後、わざわざオンボロ寮まで作った薬を届けにいったのか。ほんと、何でもできるな…とエースは思った。
「昨日スカラビア寮に遊びに行ったんだけど、そこでカリム先輩のユニーク魔法を見せてもらっていたら、なんか途中で止まらなくなっちゃって…それで風邪引いて熱出したってわけ。」
「へぇ…」
カリムの失態を従者のジャミルが片付けるのは納得がいく話である。何で俺が…と文句を言いながらかもしれないが。
どの道カリムが自分が行く、と言っても余計な仕事を増やすなと言って絶対行かせないだろう。
「あ~、小エビちゃん♡おはよ~。」
「げっ、リーチ先輩!?」
「げっ、とは酷い言われようですね。」
「おはようございます、フロイド先輩、ジェイド先輩。」
廊下の曲がり角で偶々遭遇したリーチ兄弟。会った瞬間にフロイドに後ろからホールドされる監督生。
バイト中にホールドされることもあるため慣れている監督生をよそに、エースとデュースはいつフロイドの気分が変わってその腕に力が込められてもおかしくないため、はらはらして見守っている。自分達が止めようとして声をかける事によって機嫌を損ねてしまう可能性もなくはない。
「小エビちゃん、もう大丈夫そう?」
熱が出た時、数日は下がず、その間バイトに行けなくなったら迷惑をかけると思い双子に連絡をしていたのだ。
「はい、この通りです!」
「ふふふ…もう身体の調子は良さそうですね。早速本日も…と言いたいところですが、念のため今日はお休みして下さい。」
「え、でも…」
「熱は下がったといえど、病み上がりなんですから。アズールには僕から言っておきます。」
「…ありがとうございます。」
最初は怖かった双子も、慣れてしまえば本当に心配してくれているのか、そうじゃないのか口調や雰囲気で分かってしまう。
何を考えている分からない時もあるが、今のは本心で言ってくれているに違いない。
リーチ兄弟の優しさに嬉しさを感じていると…。
頭上からクスクスと笑い声が聞こえた。
「小エビちゃんさぁ、誰にされたのか知らないけど無防備すぎ。俺もここ、噛んでいい?」
首筋に一つ、紅い印があるのを見つけたフロイドは妖しい表情でそこを指先でツ…と撫で上げる。
その刺激にビクッと体を震わせる。
「フロイド、監督生さんが困ってますよ。」
そう言うが、フロイドの事は止めないジェイド。グパッ…と口を開けたフロイドが監督生の首に噛み付こうとしたところで、いよいよこれはヤバいのではと察知したエースが止めようと口を開けば。
「朝から随分と賑やかだな。」
「楽しそうだな、俺も混ぜてくれよ!」
声をかけてきたカリムとジャミルに気を逸らされたフロイドは、超つまんねーと呟き監督生の頭に顎を乗せた。
「ジャミル先輩、ありがとうございました。おかげですっかり良くなりました。やっぱり先輩は凄いです。」
「だろ、だろ!ジャミルは凄い奴なんだ!俺が熱出した時にもすぐ効く薬を作ってくれるし、うまい飯を食えばあっという間に治るんだぜ!」
監督生にジャミルの事を褒められ、まるで自分の事のように嬉しそうに話すカリム。
ジャミルははぁ…とため息を零し、カリムの腕を掴むとさっさと歩き出す。
「俺の事はいいから…。お前たちも早く行かないと遅刻するぞ。」
ジャミルは最後にチラッと監督生を見て彼女と目が合うと、ほんの一瞬だけ少しだけ柔らかい表情を浮かべてカリムとその場を去った。
「おや…」
その一瞬を見逃さなかったジェイドは考えるように顎に親指と人差し指を添え…。
「もうこんな時間!?監督生がフロイド先輩に捕まるから…!」
「カニちゃん、俺に締められてぇの?」
「フロイド、僕たちも行かないと遅刻してしまいます。…では監督生さんお大事になさって下さい。ああ、それと…」
ジェイドは胸ポケットから絆創膏を取り出すと、監督生の首の赤くなっている部分に貼り付けた。
「…独占欲、ですね。ここは男子校ですから襲われないようにお気をつけて。…あなたはとても魅力的ですから。では、これで。」
「……っ!」
意味深な事を言われピシリと表情を固まらせた監督生を見たジェイドはニコリと微笑み、フロイドとその場を離れた。
「監督生早く、置いてくぞ!」
デュースの声が聞こえるまで動けなかった監督生は我に返ると、授業に遅れないように移動を再開した。
始まった授業中に、ジャミルは朝の光景を思い返していた。
あんなに沢山の奴に囲まれて、しかもフロイドに後ろから抱き締められていた。
声をかけるつもりなんかなかったのに、気が付いたらかけてしまっていて。
監督生とはまだ何もない間柄。それなのに…。
彼女が熱を出して寝込んだあの時、自分の中の彼女に対する思いに気付き、誰にも取られたくなくて牽制するように付けた紅い刻印。
小さなそれは、時間が経てばいずれは消えてしまう。そうでなくても勘の良いやつらは近寄ってくるだろう。
…さて、どうやって彼女を自分だけのものにしようか。俺は蛇のような性格なんでね…。
狙った獲物は絶対に逃がさない。手に入れるためなら、手段は選ばない。
◆END◆
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