fall in love
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
気付きたくなかった。これ以上、守るべき人を増やしたくなかったのにーー…
ある日の放課後。古代呪文語の授業で出された課題をやるためジャミルは図書室を訪れていた。基本的には自室でやるようにしているのだが、今回は資料を参考に進めた方がやりやすそうだと思いここまで足を運んだ。
様々な分野の資料や絵本、図鑑、古書。誰でもわかるような基礎編からある程度学習しなければ理解するのも一苦労な応用編までの参考書が綺麗に整頓されている沢山の本棚。
一通り確認したが、この辺にお目当ての物はなさそうだと判断して更に奥の方に移動しようとした刹那。
急に目の前に現れた人物とぶつかりそうになって咄嗟に避けたのだが、その相手がよろけたのを見てすかさず手を伸ばして身体を支えたことで相手も怪我をせず事なきを得た。
「……っ!……あっ、ジャミル先輩!?すみません。前を見てなくて……、お怪我はありませんか?」
ぶつかりかけた相手ーー監督生は自分の状況に慌てた様子で距離を取ってから、様子を伺うように見上げてきた。
「ああ、特になんともない」
その言葉にホッとした顔をする監督生が持っている本は、少しくたびれた表紙がいかにも古い物であることを示していた。
たまたま見えたタイトルに、それが探していた物だとわかって思わず、それ…、と声に出ていたのに気付いて直ぐに口を
今から監督生が使う物なのかもしれないのに、それを横取りするような物言いに感じたからだった。願わくばそれほど大きい声ではなかったため聞こえなかったことにして欲しいくらいだ。
しかし、ここは静かな図書室。例えそれが小声だとしても案外耳に届いているわけで。
「え……この本、ですか?」
「あ、いや、なんでもない。今のは忘れてくれ」
「いえ、あの。これ……書かれてる内容がまだ私には難しかったのでちょうど返そうと思っていまして……先輩、よろしければ使われますか?」
もしかすると気を遣わせてしまったのかもしれないが、折角こうして渡してくれているのだから断る選択肢はなかった。
「ありがとう。監督生が使わないのならそうさせてもらうよ」
「はい。……では、エース達を待たせているので失礼します」
挨拶をして離れていく監督生が向かった先の机には相棒の魔獣とよく行動を共にしているハーツラビュル寮生の二人がいた。こうして見ると、監督生が華奢な体格だというのがよくわかる。そして、どことなく仕草が男らしくもないというのも……
咄嗟に身体を支えた時に感じたふわりと漂う香水とはまた違った甘い香りと、男とは違う柔らかい体。
「(やっぱり、監督生は……)」
あの二人は分かっていて一緒にいるのだろうか。それとも、実は違和感を感じているのは自分だけなのかもしれない。
「(……考えすぎか。余計な詮索をするのも無意味だし)」
監督生とは何の関係もないのだから。それに例え
雑念を振り払い、他に参考になりそうな資料を数冊選んでからジャミルは監督生達から離れた席に着いた。
-----------………………
---------…………
「(もうこんな時間か。早く帰って夕飯の準備をしないと……)」
窓から見えた空が夜の始まりを告げる紺色に変わっていた。スカラビア寮では今頃寮生が食事の準備を開始しているだろう。
ジャミルは机に広げていた資料や筆記用具を片付けて薄暗くなった図書室を後にするため出口に向かった。
その途中、ふと視界の隅に捉えたものがあった。もしかすると、学園に忍び込んだ刺客かもしれない。そう思って胸ポケットに忍ばせているマジカルペンを構えて顔をそちらに向けた。
「(……ん?あれは、確か……)」
見覚えのあるシルエットが一人、大きな机に伏せていた。規則正しく僅かに上下する肩はその人物ーー監督生が眠っていることを物語っていた。
いつも一緒にいるはずのグリムや他の誰かが近くにいる気配はなく、周囲を見渡しても人一人見当たらない。
刺客ではなかったことにひとまず安堵の息を吐いてマジカルペンを元の所にしまった。
時間帯から察するにそろそろ見回りのため先生かゴーストが来て、寝ている監督生の対応をするに違いない。でも、その前に他の生徒が来たとしたら?
もしかするとそいつは一人になった監督生を狙って危害を加えに来た奴かもしれない。ただでさえ魔法が使えないのに、あの体格では抵抗しても間違いなくあっという間にやられてしまうだろう。
「(まあ、例えそうなっても俺には関係ない)」
そう、監督生とは何の関係もない。ただの先輩と後輩。食堂で隣に座った時に挨拶する程度。授業が重なった時に話したりはするが、それほど深い仲でもない。
例え監督生の身になにかが起こったとしても知ったことではない。もう、帰ろう。こんな所で呑気に寝てる方が悪い。
「………、……はぁ」
ーー…そう思ったのに、心とは裏腹に体は監督生の方へと向かっていた。
こんなの、らしくもない。
別に、やましい気持ちは微塵もない。ただ、帰ってから監督生が事件に巻き込まれでもしたら後味が悪いから。ただそれだけだ。
そう自らに言い聞かせたジャミルは監督生へ近付いた。
「ーー…監督生」
起きろ。そう言いたかったのに。
月明かりに照らされた横顔を見た瞬間、言葉が喉に引っ掛かってしまった。声が、出ない。何故、どうして?
その代わり。
胸の辺りがキュッと締め付けられて瞬間的に呼吸の仕方を忘れた。
これは、この気持ちは一体……?
胸が苦しい。でも、痛くはない。擽ったいような、温かい気持ち。心臓が高鳴って体がじんわり熱くなるのは寧ろ心地良いくらいだ。
けれど、監督生を一人にした場合の最悪のケースを考えると、自分でも抑えきれない程のどす黒い感情に飲み込まれそうになる。
やがて、一つの答えを導き出したジャミルは「ありえない」と呟いた。
……だって、それはまるで。
向けられる笑顔。名前を呼ぶ少し高い声。コロコロ変わる表情。気付いたら目で追っていたし、姿を探した時もあった。話したあと柄にもなく浮かれた気持ちになっていたのは嘘じゃない。
「(……はっ、そういうことか)」
守りたい。愛しい。いつの間にか抱いていた感情に気付かされて絶望する。
盛大な溜め息を吐いて困った表情を浮かべたジャミルは、気持ち良さそうに眠る監督生を見つめる。
「……こんな気持ち、一生気付きたくなかったんだがな。……よりによって、その相手が君だなんて」
この際、男とか女とかどうでも良い。その対象がたまたま監督生だっただけ。でも、だからといって気持ちを伝える気は更々ないし、監督生にとって気楽に話したり相談できる先輩でありたいという気持ちの方が強い。だから、今のこの距離感で十分だ。
それに、監督生にはもっとちゃんとした人が……
監督生の隣にいる相手。勝手にそれを想像して、無意識に握った拳に力が入った。
もやもやした気持ちに、これは思った以上に重症だと気付いて自嘲気味に笑い、監督生の顔に掛かっている髪の毛をそっと払いのけてそのまま指先で柔らかい頬を撫でる。
「(俺にはカリムだけで手一杯なんだ)」
ーー…これ以上、守るべき相手を増やしたくはない。
「ん、…じゃ、み…せんぱい……?」
寝起きの声で名前を呼ばれて我に返った。どうやら監督生が目を覚ましたのにも気付かないくらい考え込んでいたらしい。
寝ぼけ眼を向けられて心臓が嫌でも騒ぎ出すのがわかった。
なにか言わなくてはいけないのに、そう思えば思うほど掛ける言葉が見つからなくて困ってしまう。ああ、もう。こんな筈じゃなかったのに。
頬に触れていた手を引っ込めようとするのを遮るように監督生の手が重なり、まるで慣れた人に甘える猫のように手に頬擦りをされる。
「ふふ、……夢……じゃなかったら、いいの、に……」
少し舌足らずな喋り方と一連の行動に呆気に取られたジャミルをよそに再び机に伏せた監督生はまた眠り始めてしまった。
「寝た…のか?」
重ねられた手はそのままに静かな寝息を立てる監督生に対してこの状況でよく寝れるものだと逆に感心してしまう。
というより、今のはどういう意味なのだと考える。“夢じゃなかったらいいのに”。つまり、
多少なりとも期待していいのかと都合の良いように解釈したが、そもそも寝ぼけている監督生の発言に意味などあるのかわからない。
それに気付いてしまい複雑な表情を浮かべたジャミルは、ポケットからスマホを取り出すと寮で待つ主人に向けてメッセージを打ち込み送信する。
少しして既読が付いて返信が来たのを確認してから再びポケットに押し込んだ。
机の上の散らばっている教科書やノートを椅子に掛かっている鞄の中にしまって肩に引っ掛けた後、そっと監督生を横抱きにする。
「……まったく、世話の焼けるやつ」
この後やって来るのが見回りの先生やゴーストだとしても監督生の無防備な姿を誰にも見せたくない。それに、少しでも触れていたいと思ってしまった自分がいた。
他の生徒なら容赦なく置いて帰るかその場で起こすのに、これが惚れた弱みというやつか。満更でもない表情を浮かべたジャミルは図書室を去りオンボロ寮へと向かった。
「(さて、どうしたものか……)」
一度はこの想いを胸中に秘めたままにしておこうと決めていた。
しかし監督生への気持ちを自覚した以上、今までのように接することができるかと聞かれれば自信を持って頷けない。
それなら一層のこと、僅かな可能性にかけてみるのもいいかもしれない。もう、気持ちに嘘をつくのはやめよう。
「この俺を惚れさせたんだ。……覚悟しろよ、監督生」
淡い恋心と監督生のあの言葉がジャミルを突き動かした。
そしてこの日以降、彼からの情熱的なアプローチを受けることになるなんて露程も知らない監督生は未だジャミルの腕の中で眠り続けるのであった。
◆END◆