月夜の逢瀬
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心地良い微睡みの最中感じた仄かな明かりに監督生は重い瞼をゆっくりと持ち上げる。まだはっきりしない意識の中ぼやける視界が捉えたのは窓の外。星々が散りばめられた濃紺の空に浮かぶ月で、明かりの正体はそれから降り注ぐ光だと認識した。
もう一眠りするために体の向きを変えようと身動いだ際に触れたシーツの感触によって掘り起こされた記憶は、愛しい人との甘美な情交。
毎日連絡を取り合っているが彼は副寮長で従者の身。多忙のためなかなか会えない日々が続いていた。
我慢だと言い聞かせていたが寂しい思いが募り、断られる前提で“会いたい”とメッセージを送れば偶々スマホを見ていたのか。直ぐに電話が掛かってきて会う日を決めてくれた。
彼に会うのが目的だが、折角だから魔法史の勉強も見てもらいたいためお互いやることが落ち着いた夜に監督生はスカラビア寮を訪れた。テスト目前、万が一熱中して遅くなったとしても翌日は休日だ。
ひと段落して他愛のない話をしている内に、いつしかそういう雰囲気になってーーー……彼の前では偽る必要がない、素の自分に戻れる特別な一時を過ごした。
他の人には絶対に見せない意地悪な表情と甘い声。この身を熟知する毒蛇に瞬く間に翻弄されて、あまりの快感に思考もなにもかも蕩けてしまい、たっぷりと愛されたのを思い出した。
そのせいで眠気はどこかに吹き飛んで、やがて顔に集中した熱が全身に広がっていくような感じがした。
その熱を落ち着かせるため体温が行き渡っていない冷たい所を探し求めるように体を動かせば、不意に名前を呼ばれて監督生は声の主の方へ顔を向けた。
「ジャミル、先輩……」
ヘッドボードに凭れて難しそうな分厚い本を読んでいたジャミルは、長い髪を邪魔にならない程度に緩く結っていて部屋着を身に纏っていた。
本を読むために使われたマジカルペンから放つ淡い光は最小限に絞られていて、睡眠の妨げにならないように配慮してくれていたのがわかった。
「すみません、寝ちゃってました。今何時……」
「まだ夜中だ。どのみち今日は休みだし、朝までここで寝てればいい」
体を起こした監督生にジャミルはそう言って彼女の顔にかかる前髪に手を伸ばしてそっと耳に掛ける。
ジャミルの言う通り夜が明けるまでまだまだ時間がかかりそうで、学園内だからといって夜中に外を
彼の心遣いに甘えることにした監督生は布団から抜け出そうとして、ふと気付いた。
いつの間にかいつも彼が着ているパーカーを身に着けているではないか。
どうりで彼の匂いがいつもより強く感じるわけだと思いながらジャミルの隣に座ってぶかぶかの長い袖をまじまじと見つめれば。
「ん?ああ、それか。布団だけじゃ寒そうにしてたからな」
寮内は空調が効いていると言えど、砂漠の中にあるためか夜は冷える。監督生が体調を崩さないようにと服を着せてくれたのだろう。親切心を感じて嬉しい反面、それに気付かないくらい深い眠りに就いていたのだと思うとかえって申し訳なさを感じてしまう。
なにも言わず服を見続ける監督生を見て、もしかすると勝手にやってしまったことに対して嫌な気持ちにさせてしまったのではないかと思ったジャミルは気まずそうな顔を浮かべると視線を監督生から本へと落とす。
「……嫌なら脱いでもらって構わない」
本のページを捲る彼の覇気がない声に監督生は首を横に振ってから恋人の肩口に頭を寄せた。
本を支えるように持つ褐色の手に遠慮がちに触れる色白の手はほんの少し熱を帯びていた。
「ーー…い、です」
「え?」
仕事柄耳が良いジャミルでさえも聞き取れない程の声量でぽつりと呟くように言った監督生は俯いているためどんな顔をしているのかわからない。しかし、唯一髪から覗く耳が赤くなっているのが見えてしまった。
その様子から察するに、きっと監督生にとってかなり勇気がいった言葉だったに違いない。それを一回で聞いてやれなかったのには申し訳なさを感じるが、監督生をそれ程にまでさせた言葉は一体何なのか。
寧ろ後者の方が強くなってしまったジャミルは読んでいた本を閉じてベッドサイドに置くと、今度こそは聞き逃さないようにと顔を彼女の方に近付ける。
より一層近くなる距離に監督生の心臓は大きく跳ね上がり、顔の朱が濃くなる。
「もう一回言ってくれないか?」
「……っ、ジャミル先輩に……そのっ、ギュッてされてる感じがするので……このまま着ていたい、です」
袖で顔を隠して恥ずかしそうに言う監督生を見たジャミルはピタリと動きを止めて目を大きく見開いた。
一体なにを言われたのか理解するのに時間がかかったが、暫くすると顔が熱くなるのを感じてにやけそうになる口元を咄嗟に手の甲で隠して顔を背けた。
「(……は?いや、こんなの……反則すぎるだろ)」
知りたかった言葉は思った以上にかなり破壊力があって、可愛らしい仕草は心を鷲掴みにしてくる。好きな子にこんなことを言われて動じない男が果たしてこの世に存在するのであれば教えて欲しいくらいだ。
監督生と出会うまで誰かを愛しいと思う感情は抱かなかったのに、今では一つ一つの言動にここまで感情を掻き乱されている。監督生に対しての想いが日に日に強くなっているのは目に見えていた。
監督生は今どんな顔をしているのだろうか。そう思ってしまえば行動に移すのに時間はかからなかった。
顔を隠す手を掴んで左右に開かせると、赤面した監督生と瞬間的に目が合ったがすぐに逃げるように視線を宙に彷徨わせてしまった。
いっぱいいっぱいになっている監督生に対して少しずつ余裕が出てきたジャミルはその様子を意地悪な表情で眺めていた。
そして遂に見られ続けるのに耐えきれなくなったのか、はたまた顔を見られないようにするためなのか、監督生は彼の胸に顔を埋めた。
「あの、恥ずかしいので……あんまり見ないで欲しいです……」
「もう少し見たかったが……仕方ない。今日はここまでにしとくよ」
ゆっくり上がる顔は安堵の表情を浮かべていて、それを見たジャミルはクスクス笑うと頬に優しく触れてから彼女の柔らかな唇に口付けを落とす。
数秒後、そっと唇を離すと潤ませた瞳と視線が絡む。熟した林檎のように真っ赤な顔をした監督生に消え入りそうな声で名前を呼ばれたジャミルは胸がキュッと甘く締め付けられたのを感じた。
もう一度キスをしようと後頭部に手を添えて顔を寄せた、その時だった。
「〜〜っ、……まって!」
触れたのは柔らかい唇、ではなく押し返すように顔の間に入れられた手。一瞬なにが起こったのか思考が追いつかなかったが、瞬時に状況を把握したジャミルは不満気にジト目で監督生を見下ろした。
その視線に耐えかねて一度は視線を逸らした監督生だったが、おずおずと視線を戻してチャコールグレーの瞳を見返した。
「あ、あのっ、……深いのは、ちょっと……」
「…………」
「っ、だって……、気持ち良くて……もっと欲しくなっちゃう、から……」
そう言った直後、視界が大きく回った。背中に感じるのは柔らかいベッドの感触。静かな部屋にスプリングが軋んだ音が響いた。
覆い被さられたことによって絹のような美しい黒髪がサラリと流れ落ちてくる。服越しといえど体に纏わりつく無数の髪は、まるで繁殖期を迎えたある種の蛇の求愛行動のようで。
目を丸くさせる監督生の瞳に映るジャミルは色気たっぷりの表情を浮かべていて、骨張った指で首筋から鎖骨へとなぞられればぞわりとしたものが背筋を這い上がる。
切れ長の瞳の奥に欲情の炎が燻っているのが垣間見えたことで先程まで抱かれていた体は徐々に火照り始める。
どう足掻いても逃げられない熱に侵食されるあの感覚を思い出してしまい、体の最奥がキュッと締め付けられる感じがした。
「あの、ジャミル先輩っ」
「心配するな。監督生の言う深いのはしないさ」
「ちょっ、……ふっ、ん」
抵抗出来ないように監督生の腕をシーツに縫い付けて、頬に軽くキスをしてから反論しようとする口を塞ぐ。
ちゅ、ちゅと啄むようなキスの合間に下唇を甘噛みしたり軽く吸ったり、唇のラインに沿って舌先で優しく舐めると、ジャミルの思惑通りピタリと閉じられた監督生の唇が次第に開かれ、やがて甘い声が漏れ出る。
その奥に覗く赤い舌が実に官能的で自らの舌を差し込みたくなる衝動に駆られるがそれをグッと堪えて口を離すと、恍惚の表情を浮かべる監督生に物欲しそうに見つめられていた。
「じゃ、みる……」
「ふっ、嫌なら逃げればいいだろ。腕だってそんなに強く掴んでるわけじゃないし」
「違うっ、そうじゃなくて……わかってるくせに。意地悪、しないで」
「意地悪?俺はちゃんと言いつけを守っただけじゃないか」
余裕たっぷりの顔でくつくつと笑うジャミルに対して、とうとう我慢が出来なくなった監督生は涙目になりながら目の前の最愛の人に抱き付いて首筋に顔を埋めた。
それが何を意味するのか理解したジャミルは口角を僅かに上げてあやすように柔らかな髪をポンポンと撫でる。
「わかったよ、もう意地悪しないから……それで、俺にどうして欲しいんだ?」
「……っ、もっと……キス、して欲しい」
「それだけか?」
耳元で囁かれる少し掠れた低い声。体温の低い褐色の手が直に腹部を這うように撫で上げればその刺激とその先を期待するように反射的に体がぴくりと跳ね上がる。
徐々に捲れていく服が隠していた柔肌には、先刻彼のものだと意味する紅い所有印が所々に刻まれていた。
思いが全て見透かされているのは少しだけ悔しく感じるが、やはりこの人には敵わないのだと悟った監督生はジャミルの耳元に顔を寄せた。
「……いっぱい触って、気持ちよくさせて欲しい…です……」
消えそうな声で訴えた監督生がいじらしくて堪らず舌舐めずりをしたジャミルは、それはそれは艶やかな笑みを浮かべて監督生を見下ろした。
恋人からの可愛いお願いを叶えるのと引き換えに、今夜は寝かせてあげられそうにないと頭の片隅で思いながら深い口付けを交わし、甘美で情熱的な戯れへと誘うのであった。
◆END◆