匂わせ独占欲
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
いつからだろう、監督生を気にかけるようになったのは。いつの間にか視線で追っていて、気付けば放っておけない存在になり、守ってやりたいと思うようになっていた。
「監督生、早くしろよ。おいてくぜ?」
「待ってよ、エース!」
朝から移動教室のため遅れまいと急かすエースの声に促され、監督生は慌てて教科書を持って廊下で待つエースの元へ駆け寄った。
デュースは日直で授業の準備をしなくてはいけないため先に行ってしまい、監督生はエースと二人で目的の教室へと向かっていた、その道中で。
ふわり。どこかから漂う香りにエースは監督生と話しながら視線で探し、やがてその出所が監督生だと分かり意外そうな顔をした。
一言で言えば、オリエンタルな香り。スパイシーで刺激的な香りだけではなくほんのり甘い匂いは異国の雰囲気を纏い、普段の監督生とは違う大人びた雰囲気を醸し出していた。
別に、嫌いな匂いではない。ただ、最近どこかで嗅いだ覚えのある匂いのため気になって思い出すため頭をフル回転させる。
誰かが付けていたものだったか、どこかの教室の匂いだったかがどうしても思い出せない。
「なあ、前から思ってたんだけど監督生って香水つけてるっけ?」
「え、いや、特に何も…?」
首を傾げて否定する監督生は何かを思い浮かべるように目線を下にやり暫く黙り込んでいたのだが、何かを思い出したようにそういえばと声をあげた。
「最近あまりよく眠れなくて、お香をもらったんだけど…この匂い、エースは嫌い?」
「いや、別に嫌いじゃないけど。っていうか、貰ったって誰から?」
「それは…あ、先輩達おはようございます。」
人混みの中、前方からやってきたカリムとジャミルを見つけた監督生は人懐こい笑顔で二人に駆け寄り挨拶を交わした。
「おはよう、監督生!」
少し眠そうにしていたカリムだったが、監督生と話せば太陽のような笑顔を見せ、楽しそうに話しながら監督生の頭を撫でる仲睦まじいその姿はまるで兄妹のようで。
ふわふわした独特な雰囲気にエースは苦笑いを浮かべ、カリムの後ろに立つジャミルに目を向ける。
きっと呆れた顔をしているだろうと思ったその表情は、僅かに口角が上がって穏やかな雰囲気を纏い、その上優しい眼差しで監督生を見ていて、エースは思わず息を呑んだ。
だって、それはまるで…。
同じバスケ部のジャミルと関わる事が多いエースは、初めて見る表情に目が離せずまじまじと見ていると視線を感じたのか、不意にジャミルと目が合ってしまい気まずそうに顔を引き攣らせた。
「なんだ、エース。なにか言いたそうだな。」
「いやいや、なんでもないッスよ。はは…」
監督生相手に、まさか。だって監督生は男だし?ジャミル先輩に限ってそれはありえないって。
心の中で自問自答を繰り返し、百面相になるエースは誰にも聞く事が出来ない疑問を抱えてしまった。
「ところで監督生、あれから少しは眠れるようになったか?オレもジャミルも心配でさ。」
カリムの言葉に監督生の表情は一瞬固くなり、キョロキョロと辺りを見渡した後でほっと息を溢して安心したような顔付きになった。
「はい、先輩達のおかげです。それにあの人も見かけなくなりましたし…」
「そっか。それならよかった!」
「まあ、安心するにはまだ早いが監督生が嫌じゃなければもう暫く使い続けた方が無難だろう。無くなりそうになったらまた言ってくれ。」
「ありがとうございます。先輩からもらったお香、いい匂いで気持ちが落ち着くのでよく使わせてもらってます。」
ふわりと笑う監督生にカリムとジャミルもつられて微笑む。
その中一人だけ事態を飲み込めていないエースが物言いたげに口を開いた瞬間、予鈴が鳴り響いた。
「っと、もうこんな時間か。また何か困った事があったらいつでも相談に乗るぜ。」
ひらひらと手を振り、エースの隣をカリムが通り過ぎる。続いてジャミルが通った瞬間にほのかに漂うのは監督生と同じ、あの香りだった。それを感じ取ったエースが振り返るも、二人の姿はもうなかった。
そして、エースは思い出そうとした匂いの正体が判明した事で驚愕の表情を浮かべて、監督生を凝視した。
二人から同じ匂いがするのは、つまりそういう関係だという事、もしくはあの話の流れからするとわざと同じ匂いをさせる事で相手にそうだと思い込ませて諦めさせるための二択しか思い浮かばないからだ。
というか。
「監督生ってストーカー被害にあってんの?」
「あ、えっと…エース達には言ってなかったんだけどね。実は…」
数週間前、一人の生徒を助けた事がきっかけだった。最初は視線を感じる程度だったものが徐々に近付いて来るようになり、選択授業や昼食時、授業中のペアも気が付いたら一緒になる事が増えていた。その時はまだそこまで気にしなかったし、寧ろ話せる人が増えたため嬉しくも感じていた。
ところが徐々に行動はエスカレートし、監督生の行く先々で姿を現し、さりげないボディタッチも増えて、挙げ句の果てにはオンボロ寮にまで毎日届くたくさんの贈り物とびっしり書き綴られた愛の言葉が書かれた手紙。そして隠し撮りされていたのであろう、様々なアングルから撮影された写真も同封されていた。
それには流石に恐怖を感じたため対策を練ろうとしたが、常に感じる視線と見張られているストレスによる疲れと不眠が原因で何も思い浮かばず。
エースやデュースに相談しようにも、自分で蒔いた種のため友人を巻き込むわけにはいかなかった。
困り果てていたある日の放課後、中庭のベンチに座って溜め息を溢したところを部活帰りでたまたま通りかかったカリムに見られたため思い切って相談すると、
「こういう時はジャミルに相談しよう。オレも困った時には必ずジャミルに相談するんだ。」
カリムの口から不意に気になる人の名前が出てきた事で監督生の胸はドキッと高鳴った。確かにジャミルは頼れるし、的確なアドバイスもくれるだろう。監督生もジャミルには何回も助けられていた。
だが、こんな事に無関係な人を巻き込むわけにはいかないし、本心を言えば知られたくなかった。
「……でも、ご迷惑じゃ…?」
「可愛い後輩の悩みを解決するのも先輩の務めっていうだろ。それに、ジャミルならきっと良い案を出してくれる。」
きっとここで断っても遅かれ早かれ連れて行かれるのだろう。監督生は小さく頷きカリムと一緒にスカラビア寮へと向かった。
カリムは自室に着くなりジャミルを呼び付けて、訪れたジャミルに事の成り行きを説明した。
盛大な溜め息を吐いたジャミルに呆れられたのだろうと思った監督生は、二人を直視する事ができず俯いた。
「大方良かれと思ってやった事だろうが、中にはそれを都合の良いように解釈するおめでたい頭を持ったヤツもいる。これに懲りたなら、誰彼構わず世話を焼かない事だ。前から思っていたが君には警戒心が無さすぎる。」
「す、みません…」
容赦なく言い放つジャミルに監督生は返す言葉もなくたじろぎ、意気消沈した。慰めて欲しかったわけではないが、そこまで言われるとは思っていなかったからだ。
「まあ、相談された以上放っておくわけにはいかないし、考えが何もないわけじゃない。カリム、監督生を任せていいか?」
「ああ、わかった。」
「……それと、君は何でも一人で抱え込みすぎだ。もっと周りを頼ってもいいんだぞ。」
カリムに話しかけた後でジャミルは監督生へゆっくり手を伸ばして頭をぽんぽんと撫でた。監督生がおずおずと顔を上げれば、気遣わしげな瞳と視線が重なった。
「ジャミル先輩…」
「少しここで待ってろ。」
ジャミルはカリムに監督生を託し、カリムの部屋から出て行く際にマジカルペンを振り何かの魔法を掛けた後で扉を開けて出て行った。
その直後にクッションの上に座っていたカリムは立ち上がり、ベッドサイドに置かれた棚の方に向かった。手慣れた手付きで何かをするカリムの後ろ姿を監督生はただただぼんやりと見つめていた。
少ししてからふわりと漂う優しい香りは眠気を誘うには十分で、次第に重くなる瞼に監督生は逆らうことは出来なかった。
カリムが再び戻ってくる頃には監督生はラグの上でクッションに頭を預け、体を丸めて穏やかな寝息を立てていた。
「余程疲れてたんだな、監督生。」
眠る監督生が冷えないように、カリムはブランケットをそっとかけて監督生の隣に寝そべった。
閉じられた下瞼にはうっすら隈が出来ていて、少し顔色が悪いようにも見える。
カリムの部屋に充満しているお香には安眠効果の作用があり、監督生が不安で数日間よく眠れていないのを察知したカリムは数種類常備している物から選定して調合したのだった。
お香の香りとジャミルの精神を安定させる魔法の効果も相まって監督生を瞬く間に夢の世界へ誘った。
監督生の寝顔を見つめながら、カリムは幼い頃様々な不幸が立て続けに起こった事で不安で眠れなかった自身と重ねていた。
その時には必ず傍にジャミルがいて、今みたいに心を落ち着かせるお香を焚いてくれながら眠るまで手を握ってくれていた。
ぼんやりとその事を思い出したカリムはここにいる間、少しでも安心出来るようと監督生の手を優しく握る。
そのままウトウトしてきた頃、扉が静かに開く音がして目線を投げればその現場を見たジャミルが呆れ顔を浮かべていた。
「お前まで寝てどうするんだ。」
「監督生の寝顔を見てたら、つい…」
少しも悪びれた様子のないカリムに何度目かわからない溜め息を吐いたジャミルは、扉に凭れた状態で監督生に視線を移す。
「(少しでも休めてればいいが…)」
足音を立てず監督生の傍にやってきたジャミルは腰を下ろし、カリムが見守る中持参した本を開き監督生の目覚めを待つのであった。
次に監督生が目を覚ました時はもう日が沈んだ頃で、泊まるように言ったカリムを押し切って一人で帰ろうとする監督生をジャミルが送り届けたのはまた別の話。
「ーー…って監督生に聞いたんだけど、ってジャミル先輩聞いてる?」
「ああ、聞いてるよ。」
放課後、部活動が終わりコートの掃除中にエースが聞けば、寮に帰るため鞄にタオルや空になったスポーツボトル等をしまいながらジャミルは答えた。
監督生に降りかかった問題が解決に向かっている事を知れて一安心したエースだったが、どうしても腑に落ちない事が一つ。
監督生を守るためといえど、わざわざ纏う香りを同じにする必要があるのか?エースが深く考えすぎなだけかもしれないが、まるでその生徒以外にも牽制しているようだと、そう思わざるを得ない。
「ジャミル先輩ってカリム先輩はまた別として監督生に対して過保護っていうか…、どうしてそこまで気にかけるんすか?ひょっとして、監督生の事…」
肝心な部分を聞こうとした刹那、ジャミルの動きがぴたりと止まった。そして、顔を上げた三白眼を縁取る目が僅かに細くつり上がったためそれ以上の事が聞けなくなってしまった。
蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなり、プレッシャーを感じたためかじわりと嫌な汗が出て額を伝う。
「さあ、どうだと思う?」
クスリと不敵に笑うジャミルに、エースは言葉を詰まらせる。聞こうとしていた事を逆に聞き返されるとは思っていなかったからだ。
妥当な答えを出そうとするもなかなかそれらしい事が思い浮かばない。一向に答える気配のないエースから目を逸らしたジャミルは片付けを再開しながら口を開いた。
「流石にオーバーブロットしたやつと関わりのある人物だって分かったら自ら近付こうとはしないだろ?」
「まあ、確かにそうだけど…でも、それだけ?だって男同士で同じ匂いっていうのもなんか変っていうか…」
そう言った瞬間、ジャミルの纏う雰囲気が鋭いものに変わったのを感じ取った。
やはり聞くべきではなかったか。触れてはいけない事を聞き、どう弁解しようか考えていると。
「ふっ、男同士ね。エースにはそう見えてるってことか。」
「え、それって…?」
「いや、なんでもない。ただの独り言さ。」
ポツリと呟いたジャミルの意味深な発言に混乱するエースを置いて、ジャミルは荷物を持ち寮へと向かう。
監督生の口から直接聞いたわけではないため断言は出来ないが、あんな線の細い男はこの世にまずいない。男に見えるように振る舞ってはいるが、所々で出る異性の影をジャミルは度々目撃していた。
今回の輩だってきっと監督生を男だと認識しているのであれば、こんなストーカーまがいの事はしなかったはずだ。
監督生自ら性別を明かす事はないだろうが今回のような事が起きないため、そして手を出されてしまわないようにジャミルはあえて自身が愛用している物と同じお香を監督生に渡していた。
エースには最もらしい事を言ったが、実は以前から監督生に想いを寄せていたジャミルにとって今回の事は願ってもいない好機であった。
「(さて、次はどうするか。あまり強く出ても監督生を困らせるだけだし…ここは焦らず監督生の気持ちが落ち着くのを待つとしよう。)」
形はどうあれ、外堀は埋めた。ここまであからさまにしておけば、誰も手を出そうとはしないだろう。
あとは監督生の様子を見て少しずつ、そして確実に距離を縮める関わり方をしようと心に決めたジャミルは、昼間に声をかけた監督生が今夜の宴にやって来るため早速好物を作ってやろうと思いながら鏡舎を潜り抜けるのであった。
◆END◆