Kiss me
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湯煙が立ち上る浴室の中、監督生は向かいにいるジャミルに視線を投げかける。いつもより高い位置で結い上げられた髪は湯に浸からない程度に括られていて、止めきれずに耳横や襟足に残った後れ毛がジャミルの持つ色っぽさを引き立てていた。
ピチャンとシャワーヘッドから滴り落ちる水がタイルを叩き、その音で我に返った監督生はジャミルを見つめていた事に気付いて慌てて視線を逸らす。
少し広めの浴槽の隅に縮こまる監督生を見つめるジャミルは、長い前髪を掻き上げてから監督生へ向かって手を差し出した。
「そんな所にいないでもっとこっちに来たらどうだ?」
「や、あの…えっと…」
今の監督生は緊張のあまりそう答えるのがいっぱいいっぱいだった。体に巻いたバスタオルと乳白色のお湯が体を隠してくれているのが幸いしたが、まさか自分がこんな大胆な事をするなんて夢にも思わなかった。
明日は休日で午前中からデートの約束をしていたため夜は早めに寝ようと思っていたのだが、夕方に学園長に呼び出されて向かった先はスカラビア寮。
オーバーブロット事件後、スカラビア寮ではジャミルが副寮長であり続けるのは相応しくないとその座を巡る決闘が連日行われ、何故か監督生がその見届け人に抜擢されてしまっていた。
挑む相手も相当優秀な寮生であるが、やはり幼い頃から戦闘慣れし、魔力の高いジャミルに敵うはずもなく。決闘の結果はいつも同じだった。
今日行われた決闘中、相手の流れ弾に当たり水魔法で全身ずぶ濡れになった監督生をジャミルは決闘後に連れ出して、自室の風呂場に押し込めた。
気温が高い昼間ならまだしも、夕方から一気に冷え込む砂漠地帯に濡れた状態で長時間居座るのは確実に体を冷やす事になってしまう。
「あの、ジャミル先輩…!」
心配されるのは嬉しいが、ジャミルも相手の水魔法に当たった事で濡れているためきっと寒いに違いないと思った監督生は出て行こうとする彼を咄嗟に引き止めた。
「ん、どうした?」
「そのままじゃ先輩も風邪引いちゃいますから…だから、そのっ」
ーー…一緒に入りませんか?
そして、冒頭に戻る。
恋人になった事でジャミルとの距離も縮まり、キスを始めそういう事もしているから何度か体も見ているのだが、いつも暗くしてもらっているためこのような明るい所で体を見られるのは初めてだった。
もっと近付きたい。しかし、恥ずかしくてそれが出来ない。目の前の乳白色を見つめる視線は、せめて少しだけでもと思いチラリと見上げた直後、すぐに後悔することとなった。
浴槽の縁に肘を突き頬杖をしながら高い位置から見下ろすように黒曜石の瞳に真っ直ぐに捉えられていた。湯に浸かっている事で褐色の肌はほんのりと上気し、濡れた髪から落ちた水滴がしっとりと濡れた肌を伝っていく。
普段のジャミルからも時々色気を感じる事はあるが、今はダイレクトに肌や筋肉が見える上に見慣れない髪型も相まって更に魅惑的に感じた。
そんなジャミルの視線から逃げる様に監督生は目を逸らし、お湯に浸かっている体以上に顔に熱が集まるのを感じて体に巻き付けたバスタオルをギュッと握り締めた。
こんな機会、二度と無いかもしれない。いつもジャミルから触れるきっかけを作ってくれているから、今日は自分からと思っていたのに。
勇気を出して近くに行けばいいのだが、どうしても羞恥が勝ってしまい体が石のように動かなくなってしまう。
そもそも、ジャミルにその気がなかったら?誘われるのは好きじゃないかもしれない。寧ろ誘った事ではしたないと思われたら?
様々な思いが渦巻くせいでなかなか一歩が踏み出せないでいると、浴室にジャミルの溜め息が響いた。
どんな表情をしているのかなんて、見なくても分かる。とうとう呆れられてしまったか。あの時素直に手を差し出していれば良かったのかもしれない。そうしたら今頃幸せに満たされていただろう。
今更後悔しても遅い。監督生の胸はギュッと締め付けられ、続いて目に熱いものが込み上げてくるのを感じた。
「ごめ、なさっ…じゃみる先輩、嫌わないでっ」
泣きたくないのに止めようと思えば思うほど涙は勝手に溢れ出して抑えきれず頬を伝い始める。泣き顔を見られたくなくて顔を隠した瞬間、静かだった水面が大きく揺らめいた。
「嫌う?誰が、誰を?」
隠れる筈だった顔は手首を掴まれた事で隠しきれず、目の前に迫ったジャミルに驚いて涙は簡単に引っ込んだ。
顔を上げてジャミルを見れば、呆れ顔というよりは眉間に皺を寄せて何だか怒っている様に見えた。
「あの、ジャミル先輩っ」
「悪いが監督生を嫌いになる理由が思い当たらないし、監督生が思ってる以上に俺は監督生が好きだ。なにか悪い事を考えているようだが、俺が簡単に君を嫌いになるとでも?」
「いや、えっと」
「十分想いは伝わってると思っていたが…、言葉だけじゃ物足りないか?」
スッと細められた切れ長の目は艶やかで、意地悪な顔を浮かべながら顎を掬い上げられて、もう片方の手は体に巻いたバスタオルの端の部分に指を引っ掛けて外そうとしているようだった。
ジャミルが何をしようとしているか把握した監督生は慌ててその手を掴んだ。裸を見られるなんて恥ずかしすぎるし、行為に及ぶとしてもきっと逆上せて迷惑をかけてしまうだろう。
とりあえず今はジャミルを止めるのに必死だった。
「つっ、伝わってますからっ…!それに、溜め息吐かれたから愛想尽かされたって思っちゃったんです…。」
俯く監督生の声は少し震えていて徐々に小さくなっていく。そこでジャミルは自らの行動を思い返してみれば、確かに思い当たる節があった。
思わず溢れたあれを監督生はそういう意味で感じ取ってしまったのだろう。不安にさせた申し訳なさもあったが、行動一つ一つに反応する監督生が愛おしくて堪らなかった。
「……幸せだと思って。」
「え…」
「監督生がいる幸せを感じていたらつい…。」
照れるように笑うジャミルは優しい目をしていて、それを見た監督生の胸はキュッと狭くなった。あれだけ不安で重たかった心はジャミルのその一言で軽やかになり、監督生の心は幸せで満たされた。
「ジャミル先輩、私も…」
「ああ、でも俺の気持ちを少しでも疑った事に関しては正直結構傷付いたな。」
「それは、その…すみません。」
目を伏せて肩を落とすジャミルに監督生はあたふたして小さい声で謝罪した。どうしたら許してもらえるだろうかと考えていると、するりと頬を一撫でされる。
続いて親指で下唇をなぞられれば、腰から背筋にかけて快感めいたものがぞわりと走り思わず身震いした。
「……なら、君からキスをしてくれたら今回は許してやろう。」
そう言ったジャミルが意地悪な笑みを浮かべれば、数秒フリーズした監督生の顔に恥じらいの色が溢れた。
一見簡単そうに聞こえるその言葉は恥ずかしがり屋の監督生にとって、十分難易度の高いものであったからだ。
狼狽える監督生をよそに、コツリと合わさった額同士と間近に感じるジャミルの息遣いに一気に距離が縮まった事で監督生の心拍数は急上昇する。
「ほら、ここまで手助けしたんだからできるよな?」
ユニーク魔法をかけられていないのに囁くような低音に促された監督生は頬を紅潮させたまま小さく頷く。
ふわりと漂うオリエンタルな匂いが監督生の鼻腔を擽り、頭がくらくらしてくる。監督生にとってこの匂いは一種の媚薬のようなもので、元より素直な性格を更に従順にさせるのに十分な効果があった。
監督生は程良く引き締まったしなやかな筋肉のついた両肩に手を添えて、目をキュッと瞑った後に形の整った薄い唇へとそっと口付けた。
軽く触れただけのそれに監督生は直ぐに顔を上げられず一呼吸置いてから様子を伺うために視線だけ上げると、どこか不満そうな表情を浮かべたジャミルと視線が絡んだ。
いつもなら満足してくれるジャミルであったが、今回はどうやらお気に召さなかったらしい。
「(今日の先輩、意地悪…)」
もっと深いのを求めているに違いない。そう解釈した監督生は腹を括り、いつもジャミルがしてるのを思い出しながら見様見真似で角度を付けてもう一度唇を重ねる。
ちゅ、ちゅと啄むように何度も口付け、伸ばした舌先でぎこちなくジャミルの唇に触れると迎え入れるように開いた隙間に舌を差し込む。
辿々しい舌の動きはお世辞にも上手とは言えないが、それでもジャミルの期待に応えようとする健気さは愛しさを募らせる。
「っ、ふ…んンっ!?」
突如後頭部に手が回り、舌をちゅっと吸われた事で喉の奥からくぐもった声が漏れ出てしまう。その刺激に驚いて止めた舌を再度動かすと、それに合わせるようにジャミルの舌も動き、絡め取られる。
やっとの思いで差し込んだ舌は呆気なく押し返され、今度はジャミルの熱い舌が監督生の口腔内へと侵入して上顎や歯茎を舌先でゆっくりなぞられ、時々舌に甘く歯を立てられる。
同時に体にぴったり張り付いたバスタオルの上から絶妙な力加減で指先で背筋を撫で上げられれば、快感を教え込まれた体はビクリと震えてしまう。
「はっぁ、…ぁっ、せんぱ、これ以上は…」
「わかってる。」
結局ジャミルのペースに呑まれ、解放された監督生はくったりとジャミルに寄り掛かって乱れた息を整える。
そんな監督生にジャミルは満足そうに口角を上げて柔らかな髪を梳くように優しく撫でた。
本当はこのまま抱いてしまいたいが、監督生が明日のデートを楽しみにしている事を知っていたジャミルはそれ以上はせずに最後にもう一度だけ乱れた息を吐く唇にそっと口付ける。
「そろそろ君は上がった方がいいな。俺のせいでもあるが、逆上せそうになってるし。」
「じゃみる、せんぱい…」
「……この続きは、また明日な?」
ジャミルがそう言うと、監督生は赤い顔を更に赤らめて小さく頷いてから浴槽を出る。
「…あの、今日一緒に寝たいです。……お部屋で待ってますね。」
それだけ言ってから監督生は逃げるように脱衣所へ入っていった。
暫く経ってドライヤーの音が聞こえてから浴室に残ったジャミルはもう一度溜め息を吐いて困ったような、それでいてほんのり嬉しそうな表情を浮かべていた。
「一緒にって…全く、人の気も知らないで…」
監督生にその気はないのだろうが、解釈次第ではそういう意味に聞こえてしまう。しかし、監督生の一言に振り回されるのも悪くはない。
明日は自分たちの事を誰も知らない所に出掛けて、魔法が使えない異世界人と裏切り者のレッテルを貼られることの無いただの恋人として過ごし、そして情熱的で甘く蕩ける夜を迎えたい。
そんな思いを密かに抱えながらジャミルは監督生が脱衣所を出たのを見計らってから浴室を出て、愛しい恋人の待つ部屋に向かうべく身支度を整えるのであった。
◆END◆