魔法の鏡に映るのは
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それは、ある日の放課後。
部活を終えたジャミルはスカラビア寮へ戻るため荷物を持って廊下を歩いていた。
今日はカリムから宴の話は今のところ聞いていないため、急いで帰る必要はないし夕食をたくさん作る事もしなくていいから心にゆとりができていた。
しかし突然言われる事もあるため気は抜けないし、いつ言われてもいいように想定して準備をしておく必要がありそうだ、なんて思っていると中庭の方に人だかりが出来ているのを見つけた。その中には勿論知り合いもいた。
「(エースにデュース、それにジェイドとフロイド?また何かしたのか、あいつら。……ま、俺には関係ない。)」
面倒ごとはごめんだと一回は通り過ぎたのだが、ジェイドとフロイドの間にいた人物に我が目を疑い足を止めた。
見間違いでなければ、いた…。
物凄く嫌な予感しかしない。生徒達から恐れられているリーチ兄弟に挟まれても臆さず、白髪にターバンを巻いている人物なんてジャミルが知る限り一人しかいない。
NRCに入学してから平和に日常生活を送っているが、あの人だかりの中に紛れて刺客が潜んでいるかもしれない。オーバーブロット事件後、ジャミルの寮内外からの評価は地に落ちているからこそ何かしらのアクションを起こして目立ちたくはなかった。
今でもカリムの事は大嫌いだ。しかし、目を離した隙にカリムの身に何かあれば従者としてのプライドが許さない。本音を言えば極力関わりたくないが、こればかりは仕方がない。ジャミルは盛大な溜め息を吐いて人だかりの方へと引き返した。
人混みをかき分けて目的の人物の元へ向かうと、紛れもなく本人だった。人が集まっているその中でカリムだと分かってしまったのは彼に長年仕えているからか、ただ単に目立った格好をしているからか。それはジャミルにしかわからない。
「……こんなところで何してるんだ、カリム。」
「お、ジャミル!」
明らかに怒った表情を浮かべるジャミルに気付いたカリムだが、別段驚く様子もなく笑顔を浮かべた。昔から傍に誰もいない時に人だかりのある場所へ行くと、程なくしてジャミルが来る事は珍しくない。それが従者の役目であるからだとカリムが理解したのは、幼い頃に酷く叱責されているジャミルの姿を見かけたからだった。
熱砂の国では一人になること自体が命取りになる。カリムを狙う刺客も勿論いるし、誘拐も数えきれない程されてきた。
カリムもジャミルのあの姿を見てから一人で行動しないように注意をしているものの、面白そうな事があればついつい一人で行ってしまいその度に一人で行動しないようにとジャミルに何度叱られたことか。
「え、バイパー先輩!?いつの間に近くに…」
「ジャミル先輩は時々気配を消してこうやって現れるんだよ。最初された時ビビったわ。」
カリムは突然のジャミルの登場に慣れているから驚きはしないが、周囲はそうではなかった。ジャミルもわざとしている訳ではないから怒るに怒れない状態だった。
「ジャミル、見てくれよこれ!」
“これ”と言ってカリムが見せてきたのは、一見何の変哲もない普通の鏡だった。しかしそれからは魔法を使えない者には分からない、微量の魔力が感じ取れた。
ただでさえ面倒ごとには巻き込まれたくないのに、何故か嫌な予感しかしない。その魔力を感じ取ったジャミルの眉間には皺が深く刻み込まれた。
「見てくれ、じゃない!刺客がお前に拾わせる為にわざと落としたかもしれないだろ。学園内だとしても易々と拾うな。カリムに何かあってからじゃアジーム家に顔向けできない。」
「ウミヘビ君、物騒すぎ〜。」
恐らくあのカリムでも警戒していないためおかしな物ではないのだろうが、いつ何が起こってもおかしくないためジャミルは内心ヒヤヒヤしていた。
そんなジャミルを見て傍にいたジェイドは、ふふふと笑った。
「ご安心下さい、ジャミルさん。あの鏡から突然手が出てきてカリムさんを捕まえて中へ引きずり込む…、なんて物騒な事ができる物ではありませんよ。」
「お前が言っても信憑性のカケラもないんだが…」
「おや、酷い言われ様だ。……あれは確か見たいものを映し出す魔法の鏡。遥か昔、あの鏡を通して見た野獣に臆する事なく、愛する者を助けるため勇敢に立ち向かっていった青年が所持していたとされる物です。」
それがどういった経緯でこんな所にあるのかはさておき、ジェイドの言ったことが正しければ願えばその人物を映し出す事が出来る鏡らしい。
好奇心、
するとーー…
「ねえねえ、あのウワサ確かめてみる?」
「ウワサ…?」
そう切り出したのは、何かを企てているのかニヤリと微笑んだフロイド。その顔を見て、居合わせているエースとデュースは緊張した表情になった。彼らには自業自得とはいえ、あのイソギンチャク事件の事があったため思わず身構えてしまうのだろう。
カリムとジャミルは揃って首を傾げ、ジェイドは何も言わずにニコニコと微笑んでいるだけだった。
「フロイド先輩、そのウワサって?」
「え〜、カニちゃんは気にならないの?……小エビちゃんが女かもしれないっていうウワサ。」
その言葉にジェイド以外が驚愕し、その後でその姿を思い浮かべて赤面する者、気持ちを隠すようポーカーフェイスになる者、慌てふためく者等反応は様々であった。
そんなウブな反応を見せていたが、結局は男子高校生。普段見ることのない女性の姿を想像して盛り上がり始めた。それもこの学園に通う性別不明の監督生だからこそ見たいという意見も多い。女である事が判明した暁にはそれなりの行動を起こす生徒もいるだろう。
「おい、フロイド。それは流石にまずいんじゃ…」
「ジャミルさんの言う通り。フロイド、いけませんよ。」
ジャミルが静止しようとした時に、真顔できっぱりと言い放ったのはジェイド。フロイドの考えた悪ノリには一番に賛成しそうな彼らしからぬ発言に、珍しい事もあるのだなとジャミルは思った。
水を差す一言に批判の声が上がる中、ジェイドは淡々と喋り出す。
「こんな大勢の前であられもない姿を晒されるなんて監督生さんが可哀想です。」
「そうだよな。オレが監督生だったら絶対嫌だし、見られてたって分かったら普段でも警戒してちっとも休めない。もっと人のためになるようなことに使おうぜ。」
カリムの発言に周囲の生徒は考えを改め始めた。しかし次の瞬間、クスッと笑った声が聞こえてその場にいた者は声のした方に視線を向けると、フロイドに注意した筈のジェイドが口元に手を当てて悪い顔を浮かべていた。
曲者揃いの生徒が多いオクタヴィネル寮生を陰で操っていると噂されるジェイドの企んだ顔は、彼を知らない者から見れば妖しく美しいのだが、素性を知っている彼らからすればかなり悪い顔に見えた。
「カリムさんはお優しいですね。…では、僕達で監督生さんの姿を堪能する事としましょう。」
ジェイドがそう言った直後にヒョイとカリムから鏡を奪い取ったフロイドは、誰にも取られないように手を頭の上より高く挙上させた。ただでさえ高身長の彼が手を挙げると、2メートルは優に超えてしまうため残念ながら誰も手が届かない。
鏡はこのままリーチ兄弟の手に渡ってしまうのかと誰もが思った、その時だった。
「ローズハート寮長を映して下さい!」
そう叫ぶように言ったのはデュースで、それを聞いたエースはぎょっとした表情を浮かべた。
「お前バカ!?なんでリドル寮長なんか…!」
「だって、今日僕達はなんでもない日のパーティーだというのにまだ準備に取り掛かっていない。…当たり前だが、寮長が僕達を探さないわけがない。」
そう、実は今日ハーツラビュル寮ではなんでもない日のパーティーが開かれる予定なのである。勿論、エースとデュースも役割が決まっているのだが時間に余裕があったため中庭に寄り道した時に、鏡を持ったカリム達と出くわして今に至るわけだ。
今頃準備が出来ていないと知ったリドルが怒りながら探しているに違いない。
だからこそリドルから逃げるため彼の居場所を把握しておく必要があると判断したデュースは、リーチ兄弟に鏡を持っていかれる前にそう言ったのだった。
デュースの願いにより、眩い緑色の光が鏡を下から上に向かって包み込み、そうして映し出されたのは…。
「あ〜、金魚ちゃんだぁ!」
「ゲッ、やっぱこっち来てるし…!」
鏡には、険しい顔をして廊下を闊歩するリドルが映し出された。しかもリドルがいたその場所は中庭へ続く廊下で、確実にこちらに近付いているのが分かった。程なくして効果が切れたのか徐々にリドルの姿は薄れていき、普通の鏡へと戻った。
確保されるのは時間の問題だが、リドルの居場所を把握する事が出来た二人にとってはもうその鏡は用済みだった。
「首を跳ねられる前にさっさと戻ろう!」
「じゃあ先輩達、オレ達はこれで!」
逃げるようにその場から立ち去ったエースとデュースを見送り、さて今からが本題とフロイドが鏡に目を向けた瞬間、再び眩い光が鏡を包み全員思わず目を瞑った。
光が落ち着いてからそっと目を開けると、フロイドが持っていた筈の鏡は跡形もなく消えてしまっていたのだった。
消えた…?と、騒つく周囲をよそに興味が削がれたフロイドは大きな欠伸をして飽きたぁ、と呟いた。
「キミ達、エースとデュースを見なかったかい?」
そこへリドルがやって来てやや強い口調でそう言えば普段はピタリと止まる騒つきが、鏡が映し出した映像が事実である事が証明されたことで一部を除く生徒達からは歓声が上がった。
こんな事なんて今まで一度もなかったため、リドルは何事かと困惑した。そんな彼を見たジェイドは可笑しそうにクスクスと笑う。
「リドルさん、お二人でしたら先程あちらへ…」
「金魚ちゃ〜ん、オレすげぇ暇。カニちゃん達なんてほっといて遊んでよぉ。」
「げっ、フロイド!?ボクは今それどころじゃ…!」
ジリジリ近付くフロイドにリドルは嫌な予感しかせず後退りし始める。今フロイドに絡まれれば確実にパーティーに間に合わなくなる。寮長としてそれはあってはならない事だ。
「今はキミに関わってる暇はないよ!」
「追いかけっこ?いいよぉ、ほらほら、早く逃げなよ。捕まえたらギューっとしちゃうよ。」
リドルはくるりと背中を向けて慌ててその場から去った。背後にフロイドをくっつけて。
「……リドルも災難だな。」
「ふふふ、僕としてはフロイドが楽しそうでなによりです。」
結局あの鏡が何故現れたのか分からないまま生徒達は解散して各寮へと戻り始め、中庭はいつもの静けさを取り戻した。
スカラビア寮へ戻るため鏡舎を抜け、歩いていたカリムが急に立ち止まる。少し後ろを歩いていたジャミルは刺客が来たのかと思い、つられて立ち止まり辺りを警戒して見渡すが人の気配すらしない。
「……監督生の事なんだけどさ、みんな気になるんだな。」
「どうだろうな。まあ、監督生は監督生だし、異性だと分かったところで今更何かが変わるとは思えないが…」
「うん、ジャミルの言う通りだよな。」
誰にだって言いたくない事や秘密にしたい事くらいある。それが分かって関係性が崩れるのであれば、それまでの関係だったということだ。
何かを決心したカリムは二、三歩歩き出したと思いきやジャミルに向き直り太陽のように眩しい笑顔を浮かべて見せた。
「……オレ、監督生が女の子だって知ってるし、好きだ。ジャミルもだよな?」
「ーー…どうしてそう思う?」
「監督生と話す時のジャミルは表情とか喋り方とか、あと雰囲気が優しく感じる。それに、あの時……」
フロイドが鏡の使い方について提案した時、ジャミルの顔色が変わったのをカリムは見逃さなかった。
どうでもいいと思っているのなら無反応、もしくは呆れた表情をするはず。それなのに、直ぐに止めようとした。それはきっと監督生の事を思って起こした行動なのだろう。
カリムの真剣な眼差しに、ジャミルは盛大な溜め息を吐いた。
「だから、ジャミルもそうなんだって思った。…ち、違ったか?」
「……ふん、つい最近まで俺のことなんてちっとも分かってなかったのにな。」
腕を組んでカリムを見下ろすジャミルが嫌味のように言えば、カリムは居心地の悪そうな笑みを浮かべた。やはり、そう思ったのは勘違いだったのだろうかとチラリとジャミルを見上げたカリムは目を見開いた。
スッと目を細め、僅かに口角を上げて見せたジャミルの表情は、カリムの成長が見られた事で少し嬉しそうだった。
「よく見てるじゃないか。」
「……!」
あの事件の後、カリムなりにジャミルを理解するため仕草や表情を注意深く観察したからこそジャミルの今回の僅かな反応にも気付く事が出来た。
「ま、カリムにも誰にも監督生の隣を譲ってやるつもりはないがな。」
一緒にいて安らぐ存在を他の誰にも取られたくはない。オーバーブロットの前なら気持ちを押し殺して身を引いたかもしれないが、これからは遠慮せず、誰にも譲るつもりはないと吹っ切れた今簡単に諦める気はなかった。
「おう!オレもジャミルにも勿論他のやつにも負けない。監督生に選んでもらえるように努力するぜ!」
カリムは満面の笑みを浮かべ、ジャミルは満更でもなさそうな顔をして寮へと戻ったのだった。
その日の夜。
「ふう、温まった…今日は疲れたな。」
オンボロ寮にいる監督生は夕食を食べて少し休憩した後、入浴を済ませてタオルで濡れた髪を乾かしながら戸締りをするため談話室へやって来た。
今日は朝からバタバタしていて、時間が経つのがあっという間だった。明日は穏やかに過ごしたいと思いながらソファーに座ろうとした時、入浴前にはなかったはずの物がテーブルの上に置いてあった。
「……これって…」
元の世界で何度も見た、某映画に出てくるどんな物をも映し出す魔法の鏡にそっくりだった。
いつからここにあったのか謎だが、誰かが侵入した形跡もない。監督生は鏡を持ち上げ、それをじっと見つめた。
ここ知っている世界とは少し違うけれど、スカラビアにはレプリカだが魔法の絨毯だってあるし、グレートセブンの像だって有名なヴィランズばかりだ。だから、この魔法の鏡も…
好奇心に駆られた監督生は、少し緊張した面持ちで小さい声で喋り掛ける。
「もし、私が思ってるのと同じ鏡なら…お願いです、少しの間だけで良いのでジャミル先輩を見せて下さい。」
ジャミルとは度々話す仲で、時々料理や勉強を教えてもらっていた。何でもできるジャミルに最初は憧れていただけだったのに、次第にそれは恋へと変わっていた。
密かに想いを抱いている相手が今何をしているのかが見たい。プライバシーに反することだってことも分かっていたが、どうしても一目見たかった。
監督生の願いが届き、眩い緑の光を放った後に映し出されたのは厨房で一人で料理をしているジャミルの姿だった。
その顔は真剣そのもので、思わず見惚れてしまっていた監督生だったが数秒後には徐々に霧がかったような状態となり普通の鏡へと戻ってしまった。
ほんの少しの間だったが夢のような出来事に監督生の心は満たされた。料理を作るジャミルを思い返し、幸せに浸りキュンと胸が狭くなった。
そして、ある事が頭をよぎった。
ジャミルには恋人…つまり、好きな人がいるのだろうか。寧ろ、あんなにかっこよくて綺麗な人にいない方がおかしいのではと思ってしまう。
意を決して監督生はもう一度鏡へ問いかけた。
「あの、あと一つ我が儘を聞いて下さい。…ジャミル先輩には、好きな人がいますか?」
知りたいような、知りたくないような。複雑な思いが交差して心臓が爆発しそうだった。
そんな思いとは裏腹に、光を放った後も鏡が映すのは監督生の姿。それはいくら待っても結果は同じだった。
「…いないってこと、かな?そっか…」
それを知ってホッと胸を撫で下ろした。それなら、いくらでもチャンスはある。ジャミルに振り向いてもらえるようにもう少し勇気を持って話しかけたり、差し入れをする等出来ることはある。
魔法の鏡をそっとテーブルに置いて、戸締りをした後自室へ向かう。その間も鏡には今映るはずのない監督生の姿が映し出されているなんて監督生は知らずにいた。
翌朝起きた時には魔法の鏡は部屋のどこにも無く、どうやら眠っている間に静かに消えたようだった。昨夜、少しの間だけでも鏡を通してジャミルを見れた事に感謝しつつ、彼への接し方を考えながら監督生は学園へ向かう準備に取り掛かった。
その後、まさか両想いになっているなんて知らないジャミルからのさり気ないアプローチと、絶賛片想い中のカリムによる猛アタックが待っているなんて事も知らなかった。
◆END◆
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