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Notガ2軸

とある夜

 広い部屋に、大きなベッドがひとつ。もちろん、彼用に新たに準備することもできたが。
「狭くないか?」
「むしろ広くて落ち着かない」
 そんな会話の果てに、共寝をすることになった。ガッシュ以来かもしれない。こんなふうに、他人とベッドを共有するなど。
 ただ、ガッシュとしていた時のような、微笑ましくて、和やかなムードは漂っていない。お互いにそこそこ(少なくとも、ガッシュよりも)話し下手なのが原因だった。しかし、デュフォーとの間に育まれる静寂は、居心地は良い沈黙だ。そのはずだった。以前なら。
 〝家族〟としてならともかく。……〝恋人〟となった彼と至近距離で向かい合う空間は、気まずくこそないが、照れくさい。少なくともオレにとっては。
 ああ、意識してしまう。恥ずかしい。近くに顔がある。嬉しい。かあと顔が熱くなるが、満更ではなかった。そおっと頬に手が伸ばされる。さらりと髪を撫でられ、耳にかけられる。指先がちょんと触れて、ついぴくりと肩を揺らした。吐息が漏れる。
「……おやすみ」
「お、やすみ」
 もうデュフォーは重たそうにしていた瞼を下ろしている。寝息を立て始めた。……無責任め。つい悔し紛れに悪態をついた。
 魔物と人間の睡眠時間は違うし、無理やり起こさせたいわけでもない。仕方のないこととはいえ、どきどきとうるさくなった鼓動は、オレの眠気を一気に覚ましてしまった。かといってこのまま一方的に見つめ続けるのも持たない。ため息をついて、ひとまず目を閉じた。



とある初夜

 ジッと、波紋がこちらを見つめている。広々としたベッドの中のはずなのに、この世界で二人きりだという錯覚が芽生えた。その渦巻きに飲み込まれそうになる。さらりと髪を慈しむような手つきは前と同じなのに、なぜだろう、背筋がぞくりとする。違和感がある。昨夜と同じなのに、違う、直感がそう物語っていた。
 しかし、デジャブのままで言えば、これはきっと〝就寝〟の合図であって。無駄に期待して勝手に落ち込むのは望んでいないので、最初から諦めようとしていた。魔物は人間ほど多くの睡眠時間を必要としないが、寝なくていいわけではない。二人で寝るのも悪くはないだろう。あの後結局デュフォーの寝顔を見つめているうち、寝落ちてしまったが、悪い心地はしなかった。今日も同じと言うだけだ。
 おやすみ。先駆けてそう言おうとして、「お」の口で止まった。
 見開く目で映すのは、閉じられた螺旋の瞳。唇に触れるのは、唇。初めてではないにしろまだ慣れない。びっくりと緊張した口唇を、まるであやすように、ぬるりと舌が入ってくる。
「ん……ッ、ふ、ッは……」
 つい熱っぽい吐息が漏れた。ゆったりと、しかし確実に、追い込まれている。口内を刺激する一挙一動は、(デュフォーにしては)拙さが見えるが、十分驚異と思えるほど正確に、〝イイところ〟を当てている。
 からだがどんどん熱くなる。オレが求めていたものはこれだ、と昨日から期待させっぱなしで放っておかれていた身体が昂り出す。昨夜の比でなく、デュフォーに意識が持ってかれている。
 ずっと蹂躙しているわけではなく、たまに息を与えるように離れるのが実に巧妙だった。しかしその間さえも今のオレには名残惜しい。そうして何度か口を離した時、デュフォーが声をかけた。
「今日、起きてられるか」
「……『今夜は寝かせない』と言いたいのか?」
 こくりと頷かれる。あまりに素直な態度に脱力してしまう。ならば初めからそう言えばいいのに。オレはオレで、わざわざ言う必要もなかったかもしれないものを口走ってしまっている。
 ああ──するのか。遠回しな一言だけでも察せたのに。その一言だけで満足してしまうのに。改めてわかりやすい言葉に置き換えられてしまった。キャパシティ・オーバーを起こしそうだ。
「どうした」
「イヤ……」
 素直すぎて嫌になるほど、明らかに、オレは心身ともによろこんでいる。デュフォーにも訊かれてしまうほど。アンサー・トーカーに問われてしまってはしょうがない。いっそのことと開き直ってこたえる。
「意識してるの、オレだけかと、思ってたから……どうにかなりそうだ」
 昨夜、デュフォーがオレをその気のあるなし関係なく、期待させたまま自分だけ寝入ってしまったのを、実の所少し根に持っていた。オレががっつきすぎていたのだと気に病んでいた。引かれる、まではなくとも、デュフォーはそういう欲求は薄いのかもしれないと、想定する覚悟をしていたから。一応オレの処女を貰う気はあるのだと証明できただけで、どうにもならないほど、打ち震えるものがある。
「眠気で集中が途切れている中、お前との 夜を迎えたくなかったからな。双方のリスクも増す。オレはゼオンを大切にしたい。できるだけ万全な状態で臨んだ方がいい。……それに、はっきりとした頭で覚えていたい」
 心からの安心を含んだオレの言葉に、デュフォーは少し不服そうだった。そして、オレがなぜそんなことを言ったのかを探り当てたような返事をする。すれ違っていることを察し、誤解をといている、しかも自分から……。自分が関わっている中とは言え、少し感動した。
 ただ、そんな感慨深い、成長を尊んでいる暇は、デュフォーの言葉自体にかき消される。大切にしたい、万全な準備をしておきたい、はっきりとした頭で覚えておきたい。それは全て〝オレ〟に向けられている言葉で、それはつまりオレをどう思っているかに繋がって。そこに潜む熱愛と情熱と情欲。否が応でも、感じ取ってしまう。
「ちゃんとオレもゼオンのことを恋愛対象、及び性愛対象として見ているから、安心しろ」
 どぎつい追撃が、さらにオレを襲った。れんあいたいしょう。せいあいたいしょう。はっきりと言葉にされると照れてしまうが、何よりも充足感が満たされる。デュフォーへの行為好意が、ゆるされる。求められる。噛みつかれるような快楽に、〝こたえ〟られる。
「ん、……そう、だな」
 どきどきとうるさい鼓動。もう行き先が決まっている。上がる体温、呼吸に、心拍。持ち上がる期待。高ぶり続け疼く熱欲。もうそれらに引け目を感じることはない。舞台は整った。後は酔いしれるだけだ。
「先送りにしたぶんの責任を、しっかり取れよ」
 そっと抱きついたデュフォーの身体も、しっかりと熱を持っていた。耳元で囁く。お返しだった。こくりと揺れる頭が肯定を示すことなど、確認せずとも分かった。
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