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学パロ

「・・・あ、」

下校しようと下駄箱で靴を履いていた時のことだ。玄関の方から聞き慣れた声が聞こえて、下駄箱の影から顔を出す。

「行秋?」

「重雲?・・・あぁそっか。部活だったんだね、お疲れ様」

外に出ることをせずに玄関の扉で佇んでいた行秋が振り返る。行秋とぼくは今日の日直だったが・・・もう日誌も出したし、教室の戸締りもしたし、何も仕事は無かったはずだ。だからぼくも部活に行ったのだが・・・もしかして、何か忘れていたのだろうか。

「行秋はどうしてこんな時間まで?」

「図書室で本を読んでいたら時間を忘れてしまってね。・・・君はもう帰るんだろう?また明日、ね。」

なるほど、行秋らしいと言えばらしい理由に納得してしまう。行秋は昔から本のことになると時間を忘れて読みふけってしまうやつだったから。とにかく日直関連の居残りではないことに安堵する。・・・それにしても。

「また明日・・・って、帰る方向一緒なんだから一緒に帰ればいいだろ?」

とんとん、とタイルの上で靴を整える。行秋は困った表情で外とぼくとを交互に見やっていた。

「・・・傘を、忘れてしまって。」

確かに外には雨が降りしきっている。いつの間に降り始めたのか、小雨というレベルではなく地面に大きな水溜りを作って大粒の雨が落ちる度に波紋が広がっている。

「そんなことか。折り畳み傘を持ってるから入っていいぞ?」

念の為にと持ち歩いている紺色の折り畳み傘を取り出すと、行秋はあからさまに挙動不審になってしまった。もしかして一緒に入ることを申し訳なく・・・思ってるわけないか。行秋ならばラッキーと思ってすぐに一緒に入ろうとするだろう。

「一緒に入ったら・・・」

「ん?」

「・・・あ、相合傘になるだろう?」

・・・確かになるが。それを言うなら相合傘なんて今まで何度もしてきた・・・気がするのだが。何だかぼくが物凄く恥ずかしいことを提案してしまった気がして、気まずい沈黙が二人の間に降りる。その間も雨は降り続いていて、しとしとと自然が織り成す音が辺りを包み込んだ。

「・・・と、とにかく。君は早く帰りなよ。」

「行秋はどうするんだよ」

「僕は・・・えっと、教室に置き傘があるから。」

ならどうして取りに戻らず立ち往生していたのか・・・と問いたくなるが、頑固な行秋の事だ。何がなんでも教室に行くと言い張るだろう。スマホを取りだし天気予報を見ると、ほぼ確定と言える数値の降水確率が並んでいた。

「・・・分かった、明日な。」

「うん、また明日」

少しだけホッとしたような表情を浮かべて手を振る行秋は、頼むからさっさと行ってくれと言わんばかりにその場から動かない。ぼくも仕方なく折り畳み傘を開いて黒光りしている濡れたコンクリートへと一歩踏み出す。やはり雨は強くて、折り畳み傘を容赦なく叩いてくる。周りの音が全て掻き消されて、雨の音しか耳に残らなくて。つん、と鼻につく水に濡れた土の匂いに何だか寂しさを感じてしまう。
玄関から見える位置、校門を通り過ぎて、近くの街路樹あたりで立ち止まる。・・・さて、あの幼なじみは一体どうやってこの局面を乗り切るつもりなのか。あの様子だと本当に傘は持っていないようだし、行秋だってスマホで天気ぐらいは確認するだろう。そうなると、雨が止むのを待つ・・・という選択肢は消えるはず。近くのコンビニに目を向けると、急な大雨のせいかビニール傘は売り切れている。これで新しく買う・・・という選択肢も消えた。きっと行秋はぼくが先に帰るのを見計らって、濡れながら帰ることにするだろう。そこへぼくがたまたま近くの店に用事があったことにして強引に相合傘に持ち込む・・・完璧だな。雨の中なら行秋だって下手な言い訳は出来ないだろうし、比較的スマートに相合傘に持ち込むことが出来る。・・・さっきは思い切り意識してしまったが、これは距離を縮める良いチャンスなのかもしれない。相合傘なんて、友達同士でもするしな。
そうやって誘う口実を頭に浮かべては行秋が校門から出てくるのを待つ。

そんなに時間はかからなかったと思う。10分か・・・その程度。見たことある姿は見事にびしょ濡れの状態で校門から出てきたのだ。

(やっぱり置き傘は・・・嘘だったんだな)

そもそもどうして頑なに相合傘を拒んでいたのだろう。友達としては、別におかしな行為ではないはず。ぼくは行秋に恋慕の情を抱いているし、気まずいこと仕方ないが行秋は・・・ん?そうだ、行秋は平気なはずだろう。親友ならば、友のために相合傘をすることなんて普通なのだから。ぼくが傘を忘れた立場ならばきっと行秋も相合傘を提案してくれていた。・・・それならば、どうして避けられるのか。もしかして、いやこれは仮説なのだが。もしかして・・・行秋も、ぼくと同じ気持ちを抱いてる・・・と、期待してもいいんだろうか。自惚れてもいいんだろうか。

(・・・う、わ)

自分がこんな単純なやつだとは思わなかった。蒸発でもするんじゃないのかってくらい頬に熱が集まる。もし、僕の考えが当たっているのなら。行秋は・・・。
パシャリ、と革靴が水面を叩いて止まる。校門から出てきた行秋がこちらを見て驚いていた。・・・少しだけ、深呼吸する。黙ったまま行秋の方へと歩みを進める。勇気を出せ、ぼく。行秋に・・・傘を差し出して、それから

「あれ、行秋?傘忘れたの?良かったら・・・」

死角になってこちらが見えない場所。校門の奥からそんな声が聞こえる。ひょこっと顔出したクラスメート・・・空の顔が笑顔から真っ青に変わる。

「やっべ」

中途半端に行秋に差し出した傘と固まるぼく。それだけでどんな状況か把握してしまったのか、ゆっくりと後退した。

「お邪魔・・・してごめん」

「いや、いいんだよ空。・・・重雲も、どうしてここに?まだ何か用事があったの?・・・えっと」

行秋は己に差し出された2つの傘を見比べて・・・先に差し出してくれていた空の方を選ぶ。

「置き傘、無くてね。空が一緒に帰ってくれるらしいから・・・。」

「あっ待って行秋。やっぱ無し。やめて頼むから巻き込まないで。」

「な、なんでさ!友人を野ざらしにするつもりかい!」

「本当に勘弁して・・・!重雲の傘に入ればいいだろ・・・!」

「・・・空、行秋のことは頼んだぞ。はは・・・。」

「わーわー!待って!!ほんと自分のタイミングの悪さに泣けてくるけど本当に待って!!」

死んだような目で別れを告げるぼくの手を掴んだ空が、無理やり行秋を押し付けてくる。とん、とぶつかった肩から驚くほどに冷えてしまった体温が伝わる。

「そ、空・・・!?」

「うわぁぁぁぁ折れた!俺の傘壊れたみたい!!ごめんけど行秋は重雲と一緒に帰ってもらって!!それじゃあまた明日!!」

「空!!!?」

パニクって半泣き状態になった空は持っていた傘を自ら叩き折って雨の中猛ダッシュで帰宅・・・逃走?していった。まるで嵐のような出来事にぼくと行秋はただただ呆然と抱き合っているしか出来なくて。

「・・・あ、ごめん」

「ううん、別に」

ぱっと、抱き締めていた手を離すと行秋は俯いて首を横に振った。

「・・・冷えただろ?早く家に帰って風呂に入るんだぞ。」

「うん・・・」

雨が傘を叩く音と、気まずい雰囲気が続く。歩いていると時折肩がぶつかって濡れたシャツが肌にへばりつく。

「・・・どうして、相合傘、嫌だったんだ?」

「嫌そうに・・・見えた?」

嫌そうに、というか。拒絶された、というか。やきもちを妬いているわけでは決して無いが、空の傘には入ろうとしたのに。さっきまではもしかして行秋はぼくのこと・・・!とか考えていたけど逆の可能性すら芽生えてしまった。本当にぼくとの相合傘が嫌なのかとか。

「・・・今日、日直だっただろう?」

「ん?あぁ、そうだけど・・・」

「朝、僕が・・・その、日直の仕事で早く登校した時に胡桃が・・・」

朝の仕事。今日は部活の朝練があって行秋に仕事を丸投げしてしまったが・・・それと相合傘は何か共通点があるのだろうか。

「・・・・・・笑わないで聞いてくれよ?胡桃が、日直の黒板に・・・ぼくと君の名前が書いてあるところに、相合傘を書いてて」

小学生か。胡桃のやつ、そんなことをするためにわざわざ隣のクラスに来たのか・・・?でもちょっと見てみたかっ・・・いやいや。

「それで・・・ちょっと、意識しちゃった。」

「そうか意識・・・・・・え、したのか」

隣の行秋は何も答えなかった。それでも耳が真っ赤に染まっているのが、答えなのではないだろうか。・・・いや、雨で冷たいから赤くなったのか?行秋は無言でぼくの肩に寄りかかってきた。少しだけ歩きにくかったけど、甘えるのが下手な幼なじみらしい、とも思う。ぼくたちの関係にちゃんとした名前がつくのはもっと先のことなんだろうけど。
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