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学パロ

重雲とは仲のいい幼なじみだ。僕たちの関係を指し示す中で一番親密な称号は『幼なじみ』だろう。家が近く、歳も近いとなれば仲良くなるのは自然なことで。重雲の真面目さや優しさに惹かれてしまったのも、当然と言えるのではないだろうか。もちろん出会ってすぐ好きになった訳では無い。何しろ物心ついた時にはすぐ側に居たのだ。親同士が仲もいいため、本当に・・・双子のように育ったといっても過言ではないだろう。いつ好きになったのか・・・それは分からない。きっとそばに居るうちに段々と好きになっていったのだろう。でも・・・そうだな、僕が重雲に恋をしていると自覚したのは中学の時だったかもしれない。





* * *

「重雲重雲、放課後って空いているかい?」

昼休憩、開放されている中庭で2人ベンチに座りながらご飯を食べていた時のことだ。僕はその頃図書部に所属していて、重雲は元より興味があったらしい剣道部に所属していた。図書部はそんなに人数も要らないため、基本的には週の交代制である。・・・しかし、剣道部はそうもいかない。

「すまない、部活が入ってるんだ」

「まぁ、そうだろうね」

ダメ元で聞いたのだから断られる予想ぐらいはしていた。特に気にすることも無く食事を再開する。

「何か用事か?」

「ちょっと本屋に付き合って欲しかっただけだよ」

「本屋・・・って、商店街の?」

「そうそう、あそこの」

途端に重雲の表情が少し険しくなる。

「・・・朝、言われてただろう。変質者が出ているって。」

「あのね・・・僕男だよ?普通僕を狙う?」

「行秋はかわ・・・ほかの男子生徒より華奢だし。」

「失敬な。家の方針で護身術ぐらいは身に付けてるさ。」

馬鹿にしないでくれ、とデコピンをお見舞いする。おでこを擦りながらもまだ不安げな表情を浮かべる重雲。全く、どこまで僕が弱く見えてるんだ。

「そもそも君が喧嘩で僕に勝てたことがあるのかい?」

「行秋は口が達者だから・・・でも変質者は本当に頭のおかしい人間なんだ。」

「それぐらい知ってるさ。いざとなったらさっさと逃げるよ。」

「それなら・・・いいけど」

まぁまず狙われないとは思うけどね。可愛い女の子じゃあるまいし。それに、朝のSHRで説明された変質者の情報は主に女子高生を狙ったものだった。・・・うん、ますます僕が狙われない確信が持てる。中学生だし、柔らかい肉体なんて持ってない男だ。

「・・・本当に気をつけてくれ」

「安心してよ、買うもの買ったら帰るし。」

「本屋に行った行秋はなかなか出てこないからな・・・」

そうだろうか。・・・そうかもしれない。だって素敵な本が沢山あるのだから仕方ない。小さい頃は書店を買い取ってそこに住みたいとさえ思っていたのだ。

「部活じゃ無ければ・・・」

「仕方ないじゃないか。今の時期は大会も近いんだろう?」

「・・・け、仮病を」

「こらこら優等生くんが言っていい言葉じゃないよ。・・・それに、心配しすぎだってば。」

「・・・変な人がいたら大声を出して周りに助けを求めるんだぞ。」

「もしかして子供だと思われてる?同い年だろう僕ら。」

ジュースが飛び出るじゃないかと思うくらいに紙パックを握り締めた重雲は未だ不安そうに眉間に皺を寄せている。その様子を見て、どうして僕の幼なじみは過保護に育ってしまったのだとため息を吐いた。

予鈴が鳴って、その話は有耶無耶になる。といってもまぁ重雲が心配しすぎなだけだろう。うんうんと唸っている重雲を引きずるようにして僕たちは教室へと戻った。





* * *




無事に買い物を終えた時、重雲の予想が当たったのか・・・外はもう真っ暗だった。冬になって夜が早くなったせいもあるだろう。買う予定だった本に加え何冊か増えた買い物は、ずっしりとした重みになって腕に伝わってくる。吐いた息は白い靄となって雲で覆われた夜空に消えていく。何だか肌寒さを感じて悴んだ指を擦り合わせる。

「・・・早く帰らないとな」

夜遅くまで商店街をぶらついたとあらば心配性な幼なじみはきっと怒って小言を言うだろう。安易に想像出来てしまって苦笑する。閉店ギリギリまで居残っていたせいか、周りに人はおらず薄暗い不気味な雰囲気が漂っていた。流石にこの歳になって夜道が怖いと泣くような真似はしないが・・・少しだけ居心地が悪い。

「ひっ・・・」

路地裏の奥の方でそんな声が聞こえてきた。息を呑むような、悲鳴を抑えているような。もともとの真面目さ故か・・・それとも単なる好奇心か、どうしても放っておけず そっと路地裏を覗き見る。声からして若い女性のようだが・・・重雲が話していた変質者の件を思い出す。もしも誰か狙われているなら助けねば、と路地裏の暗闇へ足を踏み出す。

「・・・何をしているんだ。」

暗闇の奥に2人分の影が見える。女性と男性のものだ。・・・傍から見たら逢い引きにも見えるかもしれないが。女性の怯えきった表情と近くの高校の女子制服だと視認出来て、一層僕の予想が当たっていることを知る。僕の声に驚いた男は逃げようと踵を返すが、どうやら路地裏の奥は行き止まりのようで。踏みとどまっているうちに女子高生が命からがらこちらへと駆け寄る。

「君は早く逃げるんだ」

「・・・あ、ありがとうございます!」

逃げ場が立たれ、女にも逃げられた男はギラつく淀んだ瞳でこちらを睨みつける。重雲の言った通り今すぐにでも逃げ出したいところなのだが・・・女子生徒を逃がす時間くらいは稼いでおきたかった。

「君だね?女子高生を狙っている変質者というのは。」

「うるせぇ、中坊が・・・てめぇのせいで逃げられただろうが!」

暗くて見えなかった男の右手には月光を反射する包丁が握られている。・・・これは、暴れられたら困るかもしれない。

「あの人は嫌がっていただろう。嫌がる女性を刃物で脅していたのかい?」

「うるさい・・・うるさいうるさいうるさい!!!このクソガキが・・・っ!」

完全に頭がおかしいのか、それとも僕の冷静な口調が怖くなったのか、包丁を滅茶苦茶に振り回しながらこちらへ突進してくる。

「・・・・・・っ、」

間一髪で避けるも、ここは路地裏。そうそう身を避けられるほどのスペースはない。最悪の事態は免れたものの、制服の袖が切れ、二の腕から紅い雫が滴る。

(このくらいなら・・・まだ軽傷。でもこれ以上は・・・。)

衝撃に膝をついてしまったのがいけなかったのか、男がゆらりと近寄ってきたことに気付けなかった。ぐいっと胸倉を掴まれて男と目が合う。理性の失った獰猛な獣のような目だった。煙草の匂いと酒気が綯い交ぜになった酷い匂いが渦巻いている。

「・・・よく見たら、お前も顔はいいじゃねぇか」

「何を・・・僕は、男だぞ」

「男か女かなんて関係ねーんだ、よ!」

ガシャン、と突き飛ばされた体は後ろのゴミ箱へと衝突する。・・・これは、まずいかもしれない。

(見境なしか・・・この発情期男・・・!)

僕とて、男が男を抱けることは知っている。そういう性のあり方に特に偏見は無いし、この男がそういう趣向だとしても、どうでもいい。・・・でも、見知らぬ男に体を暴かれるのではないかという恐怖に初めて体に嫌な悪寒が走る。嫌悪感と腕に走る微かな痛みに頭がくらくらする。

「逃げられたら、困るからなぁ」

男が包丁を振り上げる。嫌な予感しかしなくて、必死に体を動かす。完全には避けきれなかった足から、また鮮血が溢れ出す。・・・大丈夫、まだ、まだ歩ける。・・・逃げられる。斬られたところが熱を持ってじくじくとした鈍痛に苛まされる。ふらつく体で何とか起き上がり、渾身の力を込めて男に体当たりする。酔っ払っていたこともあるのか、男はバランスを崩して壁に背中を打ち付ける。なるべく負傷している足を庇いながら路地裏の外へと向かう。・・・もう、女子高生も遠くに行っただろう。早く警察にこの男を突き出さないと。

「調子・・・乗ってんじゃねぇぞ!!!」

「なっ・・・!」

急に掴まれた肩に驚いた僕はそのまま何が起きたか理解出来ずに壁に叩きつけられる。肺の中の空気が強制的に吐き出されて、空気を求めて激しく咳き込む。

「逃がすわけねぇだろうがよぉ!!大人様を舐めてんじゃねぇぞ!!」

「はっ・・・はっ、はぁ・・・君が、大人・・・なら、もっと・・・はっ、それ相応の態度を・・・示したら、どうだい」

「指図してんじゃねぇよ!!てめぇは今から俺に犯される雌豚に成り下がるんだ!!ご主人様に奉仕しろよガキが」

「するわけ、ないだろう!気持ち悪い!」

男の語る言葉が気持ち悪くて、吐きそうになる。逃げたい、もう早く逃げたい。
路地裏の入口に目を向ける。はやく、あの街灯の下まで・・・。

「・・・っっ!」

男の持つ包丁が、腕を、太ももを切りつける。致命傷は与えない。けれど体力を奪っていくようなその動き。斬られる箇所が増える度に血が出て、指先から段々と力が抜けていく。

「殺すつもりはねぇからよ、せいぜい楽しませろや」

男が僕を地面へと押し倒した時、もう僕には抵抗する気力すら無くて。身体中に走る鈍痛と血が滲んでいるシャツをただ虚ろな目をして眺めているしかできなかった。

「ちょ、うん」

「あ?んだよ、」

男が僕のシャツに手をかけた時。自然と幼なじみの・・・僕を心配してくれていた彼のことが頭をよぎる。きっと、今も心配してる。心配、して。

「何をしている!!!!」

待ち望んでいた声が聞こえて、僕はとうとう意識を手放した。ああ、この男の前で気を失うなんて・・・と。そんなことを最後に思って。




* * *

「行秋っ!!」

男に組み敷かれている少年は探していた幼なじみだった。部活から帰ったとき、まだ行秋が帰っていないのだと聞かされて商店街の近くを探していたのだ。その時に泣きながら逃げ去る女子高生を見つけ、事情を聞くと藍色の髪をした中学生が身代わりになってしまったのだ、と。正義感の強い行秋のやりそうな事だ。自分の身の安全を後回しにしてしまうところが彼らしい。女子高生に早く帰るように行ったあと、行秋が残っているであろう路地裏を探して・・・やっと、見つけたのだった。
暗くてよく見えないが、行秋はどこかぐったりとしていて、気を失っているように見える。

「行秋に何をした・・・!」

「生意気なガキに教育してやったんだよ」

男がゆらりと立ち上がって何かを掲げる。それは・・・紅色に塗れた包丁だった。

「・・・っっっ!!お前・・・!!」

カッと頭に血が上り、背中に背負った竹刀を手にかける。男は精神状態もおかしいのだろう、ニタニタの気味の悪い笑みを浮かべてこちらを歩み寄ってくる。

「てめぇも教育してやろうか?」

「断る。ぼくは行秋を助けに来ただけだ。・・・さっさとそこを退け。さもないと容赦しない。」

「んだよ、お前はこいつの騎士か何か?こいつが望んで俺のそばに来たとかは考えねぇのかよ」

「騎士じゃない。・・・だけど、行秋のことは大切に思っている。・・・大事な人だ。だから、ぼくはお前を・・・許さない。」

男が包丁を振り上げる。すっと身をかがめて間合いに入り込み、背後に回り込む。驚いたように振り返ろうとする男の首筋に、竹刀を打ち込む。気を失い脱力した男を睨みつけて、急いで行秋に駆け寄る。

「行秋!」

ぐったりとしている行秋は顔も青白く、ところどころ紅く濡れるシャツが妙に生あたたかい。もうどこを怪我しているのかも分からず、刺激しないようにそっと抱き上げる。・・・あれだけ注意しろと言ったのに。いや、行秋は悪くないのだ。悪いのはあの男で、行秋はただ女子高生を助けただけ。それに抵抗だってしようとしただろう。やられっぱなしは性にあわないタイプなのだから。・・・だからこそ、怖かっただろう。抵抗できなくなって、たくさん傷付いて。・・・怖かったに、違いない。腕の中で気を失っている行秋をそっと抱き締める。生きてくれていて良かったという安堵感と、早く助けてやれなかった罪悪感。きっと行秋は君が気にすることなんてないよ、と言って笑うのだろう。・・・でも、ぼくは。行秋を守りたい。行秋に傷付いて欲しくないんだ。

どうやったら伝わってくれるんだ。・・・ずっと昔から、ぼくは行秋に。






* * *


目が覚めると病院のベッドの上だった。軽傷とは言え怪我をしていたし、気を失っていたため入院という形になっていたのだろう。目が覚めた時、窓の外から朝日が差し込んでいて、疲れてしまったのかベッドの近くの椅子に腰かけて僕の手を握ったまま眠ってしまっている幼なじみがいた。あの声はやはり重雲だったのだ。そして恐らく傷を縫合している時も心配で傍にいてくれたのだろう。

「・・・心配、かけたね」

そっと繋がれた手を握り返すと重雲が小さく呻く。ゆるゆると開かれた勿忘草色の瞳が数回瞬いた後に僕を捉える。

「・・・行、秋?」

「起こしてごめんね」

そう返すとばっと重雲が起き上がる。

「目が覚めたのか・・・!?」

「見ての通り、だよ。・・・君が助けてくれたんだよね。」

重雲は一瞬だけ泣きそうに顔を歪めて、僕に抱きつく。少しだけ傷が痛むが・・・まぁ、この位は許してやろう。

「・・・ぼくの、」

「重雲?」

「ぼくの傍から・・・離れないでくれ。」

「えっ」

「行秋を守りたい。・・・大切に、したい。行秋のことは必ずぼくが守るから・・・だから。もうぼくから離れないでくれ!」

「ひゃ、ひゃい・・・」

なんだ。なんだこれは。なんでこんなに顔が熱いんだ。重雲がプロポーズのような言葉をかけるから。そう、共感性羞恥に近いものだ。これは。・・・だから、だから。

(こんな感情、知らない・・・!)

高鳴る胸の音も、赤くなる頬も、全部全部、僕を抱きしめているこの男のせいなのだ。



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