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氷華の罪


ぼくはこの前のようにドラゴンスパインへと赴いていた。流石に行秋を誘う勇気は無かったから一人で、だが。自分と雪山の相性の悪さはよく知っているが、今日はあくまで妖魔退治ではなく事件の手がかりを得るため、である。行秋と別れた場所へ着き、行秋が進んだ方向へと足を向ける。あの時の行秋は崖の上に居た。ということはこの道のりを少し進んだあたりだろう、と予想をつけながら歩いていく。吹雪で視界が悪い中進んだ先に現れたのは壊れかけた橋の残骸である。橋の向こうに焚き火があるということは何かしらの休憩地点でもあるのだろうか。行秋はおそらくこの先に行ったに違いない。幸いにも壊れた橋とはいえど、翼を使えば届かない距離では無いだろう。助走をつけて飛び移る。若干な斜めになっているのか、難なく向こうに渡ることが出来る。一息付きながら焚き火の方を見やる。そこには研究途中と思われる資料や本などが乱雑に置かれていた。・・・研究室だろうか。一瞬行秋のものかと考えたが、行秋ならこんな所に設けず、璃月に堂々と作りそうなものだ。となると、ここは誰かの所有地ということになる。行秋はここに何しに来たのだろうか。ここの人物に会いに来た訳では無いだろう。もしあの時にここに人がいたなら助けてくれても良さそうなものだし。となると、勝手に侵入したか知人のものか、どちらにせよ何かしらの意図があってここに来たのは間違いなさそうだ。しかしながら、ここには雪山の資料ぐらいしか目ぼしいものはない。もしかするとただ単に暖を取りに来たのでは?とさえ思う。行秋のことだから興味本位にそこらへんを漁った可能性も出てくるが。それともまさか、本当に雪山について調べに来たのだろうか。研究所内をぐるぐると歩き回り、特に行秋に通じる手がかりは無いと結論付ける。これが稲妻でいうところのフリーホラーゲームであればメモの一つや二つ落ちていてフラグが発生するものだが。仕方無しに研究所を出て、左を見やる。ちょうどあそこら辺から行秋は転落したのだろう。あとから聞いた話で例の妖魔はヒルチャールの霜鎧だったらしい。大人でも討伐するのに手間のかかるそれは行秋一人では到底勝ち目が無かったに違いない。それでも逃げ出さなかったのは彼の義侠心から来るものだろう。

崖のギリギリに立ち、下を見下ろす。冷たい雪風が荒れ吹き、思わずそのまま背中を押されてしまいそうなほどである。あの時綺麗な白い足を血まみれにしながら独りで戦った行秋はどんな思いでいたのだろう。苦しくて、痛くて、本当は逃げ出してしまいたかったかもしれない。そんな思いをさせてしまった霜鎧にも自分にも腹が立つ。きっと行秋は関係ないと言うに違いないが。・・・足にも腹にも跡が残らないといいけど。今は少しそれが気がかりだった。今度それとなく聞いてみよう。
気を取り直し、次は下の方の調査をしようと羽を広げる。下の方と言ってもこの前の痕跡は雪が覆い隠しているだろう。それでも自分がしでかしたことを思い出せたら・・・という一縷の希望であった。

「ん・・・ここら辺か」

空を飛んだ状態で大体の位置を捉える。丁度真下らへんで行秋をキャッチしたのだ。降り立とうとした時、頬に何かが掠める。チリッと焼けるような痛みが走る。頬に手をやると紅く染まった指が目に入る。一拍遅れてあれが飛んできた矢のようなものだと気づく。飛んできた方向からして、先程の研究所の近くだろうか。応戦するにも滞空している今では対応できない。それも、地面に近い状態であるため上に戻るのは骨が折れる。ここは逃げるべきか、と思考を巡らせているとまた一つ矢が飛んでくる。どうやら本格的に狙われてしまったようだ。幸いにも頬の傷は深い方ではない。ここは追跡が切れるまで逃げよう。地面に届くすれすれで羽を閉じる。あまり走っては純陽が高まり兼ねないが、今日は余分にアイスを持ってきているためどうにかなるだろう。しかし、進み始めた足はすぐに止まってしまう。

「行秋・・・!?」

「・・・え、重雲?」

その声に反応したのか、驚いたように目を丸くした行秋が洞窟のような場所から振り返る。どうしてここに、という疑問を飲み込み急いで駆け寄る。このまま逃げてしまっては行秋が標的にされかねない。ここは洞窟でもいいから身を隠すべきだろう。走りながら近づいてくる重雲にいつしかの情景がリンクしたのか、行秋が恐れるように後ずさる。片手がそっと剣に触れているのが見える。重雲は勢いを切らさず行秋の手を取る。

「ちょ、ちょっと何をっ・・・!」

「敵だ、弓を持ってる!!」

振り払おうとした手を強く掴み簡単に今の状況を説明する。行秋が先程まで居たのであろう洞窟へと駆け込む。ちら、と後ろを振り返ると弓をもったヒルチャールが自分たちの上ら辺に矢を放とうとしている所だった。・・・上ら辺に?その射程位置に疑問を抱いた重雲が上を見上げる。洞窟の入口、その上には・・・大きな氷柱がぶら下がっていた。

「っ!!、行秋っ!!!!」

行秋だけは助けようと繋いでいた手を離し思い切り突き飛ばす。驚きに見開かれた石珀の瞳が段々悲痛に染まっていく。後先考えずに動いた体は上から降り注ぐ氷柱を避けることができない。行秋が焦燥に満ちたように手を伸ばす。死を覚悟しながら、心はどこか安心していた。やはり、行秋は変わらないのだ。自分のことを忘れていても、憎んでいても変わらず手を伸ばそうとしてくれるのだと。
鋭い氷柱が薄い腹を貫く直前、手を伸ばした行秋が重雲を手繰り寄せる。地面に当たった氷柱が砕け、あたりに氷片となって飛び散る。

「あ、あ、ごめん!!」

手繰り寄せた勢いで2人でもつれ込むようにして地面に倒れ込んだ後、重雲が体を離そうと慌てて体を起こし、手を離す。行秋からしたら自分を殺そうとした相手と密着しているのだ。どんな拷問なんだ。しかし、その動きは行秋によって封じられる。座ったままの状態で一方的に抱きしめられたままだった。よく見ると行秋の体は微かに震えている。

「どうしたんだ、行秋・・・どこか怪我でも?」

「・・・っ、どうして君はそう・・・僕の心配ばかりするんだ」

重雲の肩に顔を伏せたまま、掠れた声で呟く。表情はこちらからは分からない。重雲はどうすることも出来ず震える背中を撫でてやる。

「心配するのは当たり前だ。行秋はぼくの大切な人だから・・・。」

「それは・・・記憶があった頃の僕も同じことを思ってたんじゃないのか?」

「行秋?」

怒りの滲んだ声に戸惑ってしまう。何が行秋を怒らせたのか全くもって分からなかったのだ。思えば行秋は感情的に怒ることなどあまり無かった。喧嘩する時は冷静にズバズバと相手を指摘していくタイプだからだ。

「もし君が僕を庇って死んだとして・・・それで、記憶の戻った僕はどうなる?いや、戻っていなくても僕がどう思うか、考えたことあるの?」

「・・・お前はぼくを・・・その、恨んでるんじゃ」

「僕が・・・、自分のせいで誰かが死んだことで何も思わないほど薄情だと思っているの?!」

感情的に怒鳴り散らす行秋は珍しい。しかしその声に嫌悪では無く心配が込められているのを感じる。今彼は自分のことを心配して叫んでくれているのだ。

「君がいなくなったら・・・もう、僕が戻る場所がない。君しか知らない僕が消えてしまうんだ・・・いくら君が僕に対して殺意を抱いていたとしても、君と僕の間で築かれたものは消えてなくなったりしない!!君が死んで、僕は生きて、周りからの哀れみと記憶が戻らない自分を責めながら生きていけって言うのか・・・!!」

まるで、一人にしないでと泣きじゃくる子供のようだと思った。記憶が無いせいで、行秋は重雲に対してかなりの警戒心を抱いているはずだ。それでも本能で理解している。自分にとって重雲という存在がどれだけ大きなものなのか。

「ごめん、行秋・・・。ぼくも後先考えずに行動してしまった。・・・でも、これだけは知っていて欲しい。ぼくは行秋をすごく大切に思っていて守りたいって思ってる。・・・だから、次もし同じ場面に出くわしてもやっぱり行秋を庇うと思う。」

「それじゃ・・・っ!!」

「でも!!」

急いて結論を出そうとする行秋に被せるように言葉を重ねる。

「それでも・・・大切な人が居なくなってしまうのがどれだけ怖いことなのか・・・それは分かるから。分かるから・・・なるべく2人とも無事でいられる方法を考える。」

血塗れで微笑んだ行秋の体を抱きしめたのを覚えてる。下がっていく体温に、溢れてくる紅い液体に、どうしようもない恐怖心が溢れかえったことも記憶に新しい。それを行秋に味合わせることを望んでしたい訳では無いのだ。
その答えを聞くとふっと行秋の体の力が抜ける。もともと抱きしめるように座っていたが今は半ば行秋の体がもたれかかっている状態だ。

「どうして・・・どうして、そんな風に僕を大切に思えるんだい?僕は君に・・・かなり酷いことを言っていたと思うけど。」

「うーん、確かに傷付いてないって言ったら嘘になるけど・・・行秋はずっと優しいままだから。」

「・・・・・・・・・そう。」

一言呟くと、行秋は押し付けるように肩に顔を埋める。その態度に何となく最初よりも警戒心が和らいでくれたような気がする。

「あ、そうだ行秋。少し足を見せてくれないか?」

「は?」

「寒くなければ服も脱いで欲しい。」

「・・・へ、変態・・・!」

思い切り肩を突き飛ばされ、行秋は両腕で自分の体を抱きしめる。その瞳にはありありと軽蔑と警戒が最大限に滲んでいた。

「あ、ちが・・・そうじゃない!そうじゃないんだ!!」

「服を脱げと強要しといて何が違うんだ、この変態!!」

「うっ、」

前言撤回、全然警戒心が緩められていない。寧ろ今悪化した気がする。少し目が赤くなっている行秋は未だジトっとした目でこちらを睨みつけている。一応念の為に告げておくが、傷の具合を確認したかっただけだ。下心は一切ない。

「あの、本当に・・・その、傷を・・・」

しどろもどろになりながら言い訳とも取れるような弁明をしているとこの場に場違いな笑い声が響く。堪えたような笑い方、少年らしいその笑い声は聞きなれた、けれど久々に聞く様な声だ。ハッとしたように顔を上げると口に手を当てて上品に笑う行秋がいた。

「冗談だよ、少し揶揄っただけじゃないか」

一瞬記憶が戻ったのかと思ったが、そういう訳では無さそうだ。しかし、久し振りに無邪気に笑う行秋に釣られてこちらも表情が弛む。まだ課題は山積みだ。けれど、一つずつ解決していけばいい。行秋は行秋のまま、変わらないのだから。

「なぁ、行秋。どうしてここにいたんだ?」

「僕は何かを調べにあの日ドラゴンスパインに向かったらしい。・・・多分、君に関係することでね。」

少し考え込むようにした後、袖の中から皺になったメモを取り出す。無言で差し出されたそれを開き、目を通す。確かにドラゴンスパインへ行く事については書かれていたが、その明確な理由は何も記されていない。しかし【純陽】というワードからするに行秋の言う通りぼくに関係することなのだろう。

「・・・それが、読めるのかい?」

無言で読み耽っているメモを覗き込みつつ行秋が驚いたように声を上げる。自分自身、字が汚い自覚はあるのだろう。

「読めるよ。・・・うん、確かにぼくのことみたいだな。」

頷きながらメモを返すと、ふぅんと言いながらメモを戻している。行秋は崖下にいた訳だからあまり捜査は進んでないだろう。

「・・・重雲、そろそろ戻ろう。」

行秋が洞窟の外へ目を向けているのに倣い、重雲も外を見やる。外は吹雪の中でも分かるくらい黄昏の色をしている。早く帰らないと璃月港に着くのは夜になってしまう。慌てて二人して洞窟を抜ける。メモについての進展はあまり無かったが、仲は少し・・・かなり少し回復していると信じたい。






「さっき言ってた怪我のことだけど、」

2人で港に向けて歩いている中、行秋が唐突に言葉を零す。

「足の怪我は塞がってる。少し跡にはなってるけど、男の体だからね。特には気にしてないよ。」

その言葉通りに行秋の足に目を向ける。雪山にいる時は確認できなかったが確かに白いブーツから裂かれたような傷跡がはみ出ていた。

「腹の・・・方は?」

自分が聞いてもいいのかと戸惑いながら口にすると、行秋はそっと腹部に手を当てる。

「・・・まだ完治はしてない。まだ激しい運動は禁止されてる。」

「そうか・・・すまない」

「こちらこそ、ごめん。」

まさか謝られるとは思っておらず行秋の顔を見る。相変わらず無表情なその顔に少しの後悔を滲ませて。

「理由も分からないのに、責めたてて。・・・その、さっきも・・・助けようとしてくれて、・・・・・・ありがとう」

段々後ろになるにつれて声が小さくなっていく。けれど二人並んだ距離ではいくら小さくても声は届いてしまう。行秋は少し耳を赤くした状態で歩くスピードを早める。

「ぼくもありがとう・・・ぼくを怒ってくれて。」

疑問に満ちた瞳を訝しそう向けられ重雲は思わず笑ってしまいそうになる。












「行秋が怒る時は、いつも心配の裏返しだから。」

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