エピソード3


(転移魔法とか使えればよかったのにな……)

いつもは通い慣れた学園長室がやけに遠くに感じた。生徒たちと遭遇を回避せよと、極力気配を消してみたが諦めた。この敷地は無駄に広い。持ってたグリムを降し、グッと背伸びをする。そう何度も特定の親しい生徒に遭遇しないだろ。難癖つけて絡んでくる名も知らない生徒たちには、エンカウントするかもしれないがいつものことだ。逃げよう。

「グリム太った?」
「ふなっ!?オマ、しつれーなんだゾ!?」
「前より重量が増えた気がする。せっかくヴィル先輩のビューティング合宿の努力が、なし崩しになってない?ハロウィンもしこたま食ってたし」
「これでもオレ様、なんでもない日のパーティーのために、カロリー節制してるんだゾ」
「そういえば、ツナ缶の消費が少ない?」

ずっしりした重量を感じて早々にギブアップしたが、グリムは割とデカいのである。それに今の自分は、ちょっといつもより華奢なので腕力も落ちている気がする。

いざとなれば襲いかかってくる大男たちを、グリムと協力して撃退してきた監督生は、意外とそれなりに強い。それ意外は最終手段のゴーストカメラで、写真の中の知り合いたちに力を借りることもあるが。あいにく、今手持ちにない。

「デュース、変だったね」
「そーだな。今頃、なんで期末試験事件持ち出したんだ?」
「もうすぐ期末試験が近づいてるし、去年の事件を戒めに……では、なそうだしな」
「ま、とにかく学園長とこに………」

「キミたち……グリムの隣にいるのは、監督生か?」

〝そう何度も特定の親しい生徒に遭遇しないだろ〟ーーーその結論を下した、ちょっと前の自分に言いたい。お前の巻き込まれ体質じゃ、それはフラグだと。

最寄りの教室から姿を現したのは、体操着を着たリドル・ローズハート先輩だった。


◆◆◆


また妙な気まずさを感じながら相手の出方を窺う。ジャックとデュースの態度がそれぞれ違ったから、リドル先輩はどちらなのだろうと思った。こちらを見てくる様子は、困惑したような複雑な態度で、どちらかというとジャックよりの反応だと見受けた。

「リドルじゃねぇか!今度のなんでもない日のパーティー楽しみにしてるんだゾ!」

出会ってしまったのは仕方がないと、そそくさとこの場を撤退するつもりが、グリムが余計な返事をしてしまった。まあ、グリムがいつも空気を読むとは限らないので。グリムの言葉に訝しげな表情したのち、思案するように顎に手を添えたリドル先輩は、静かに。

「ーーーなんでもない日のパーティーには……もう来ないでくれ」

特徴的な赤毛の髪が、風でさらりと揺れる。伏せられた長いまつ毛と瞼のまま、神妙な声音でそう告げられた。

(マジか。ついにグリムの食欲で出禁にされたか)

ハーツラビュル寮寮長、直々の宣言。

出会い頭の様子から、拒絶されるだろうな〜という構えが出来ていたせいか、あっさり受け入れた。心の中で冗談いう程度には傷ついてはいないが、やはり………ちょっと寂しい。昨日まで、みんな普通だったのに。

でも、今は〝普通〟じゃない。それは、魔法なのか、魔法薬なのか、妖精の仕業か、なんらかの想像につかないものが関わっているのなら、自分だけの力じゃどうすることもできないのだ。本当はツッコんで聞いてみたいところだけど、過去のリドル先輩の反応に比べると、温厚に対応してるように思うから、藪蛇突いて激昂はさせない方向でいきたい。つまり、なるべく相手に話を合わせておけ作戦だ。

「わかりました。今後一切、ハーツラビュル寮への立ち入り禁止ということですね?」
「え………あ、うん、そういうことになるけれど、やけに素直じゃないか?」
「リドル先輩から仰ったことですし、自分は〝普段通り〟ですよ」
「………きゃらちぇんじ、というものをするには無理がある言い様だよ」

(リドル先輩も、誰かと自分を間違えている?)

案外、動揺しているのは相手の方なのか。リドル先輩は、豆鉄砲食らったみたいリアクションだ。

「やい!リドル!待つんだゾ!いきなり出禁とはどういうことなんだゾ!?オレ様超楽しみにしてツナ缶食う量減らしてたのに………!」
「はぁ………キミは来るだけきて、食い散らかして帰っていくじゃないか。パーティーの準備も参加せずに」
「なんの冗談だゾ!?」
「………あの、なんでもない日のパーティーに参加する時は、自分たちも準備メンバーに組み込まれていませんでしたっけ?」
「は?それこそ、なんの冗談だい?下準備は雑用係のあの子に任せて、キミたちはもてなされるばかりだったじゃないか……それは、ボクも気づけなかった部分だけど」

(あ、まただ。また、違和感)

自分たちの記憶と相違、彼らから語れるものはすべて心当たりがない。なんでもない日のパーティーには参加するが、何もしないでもてなされるということなど、あの先輩方はよしとしない。全員役割につき速やかに準備を進める。エースやデュースとともに、自分の頭の中だけれど、薔薇の色を塗る時はリズミカルなテンポとともに幾度も塗った。作るケーキはマロンタルトは作らないようにして、トレイ先輩の手伝いをする。ケイト先輩の指示に従って、ハーツラビュルの寮生たちとセッティングする。グリムは最初嫌々ながらしたり、サボろうとして首ハネられたりしたけど、今ではその下準備ごと楽しんで貪り食ってる。

「クソッ!何言っても気かねぇんだったら、こっちから願い下げだ。オマエがそーいうイジワルな事言う奴だと思わなかったんだゾ!気分が悪ぃから、学園長のとこさっさと行くぞ、ユウ!」
「わ!グリム!手を引っ張らないでよ!」
「まだ話の途中だよ!キミたちの話は腑に落ちないーーー」
「リドル先輩」

食べ物の関係のショックがデカいのか、グリムが頭に血がのぼって、肉球でどう掴んでるのか引っ張られ、立ち去ろうとする。リドル先輩に焦ったように腕を掴まれた。

そう呼びかけて、なんでもない日のパーティーの決まり事をつらつらと並べ立てる。マロンも、ティーポットも、ハリネズミたちも。

「自分たち、この決まり事覚えるくらいにはちゃんと参加してましたよ」

ソッと掴んだ手を外すと、その場から脱兎の如く逃げ出した。完全な言い逃げ。遊び呆けて参加だけしているような言われようは癪である。


◆◆◆


「オンボロ寮に帰ったら、ツナ缶のヤケ食いなんだゾーーー!」
「あー、はいはい。あるかどうかわかんないけれど、好きなだけ食べていいよ」
「ふなっーーー!」

ぷんすこ怒るグリムを見ながら、学園長室のある場所を見て。

「あそこまで、まだまだ距離があるよな……」

一度あれば二度もあった、休日中のエンカウント。ざわり、ざわり、背筋を撫でるような冷たい気配は気のせいであって欲しい。
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