エピソード3
きっと、世界がそのままだったなら、キミとカレは〝友達〟だった。
◆◆◆
体感時間的に五分くらいだと思う。蒼白い顔色のまま、何か言いたげにもじもじしているデュースを見ながら、彼が何を言うのか静かに待つことにした。グリムが口を開こうとしたが、いつもの様子と違う姿を見て、しばらくは様子を伺っている。自分たちに対して、デュースがこう言い淀んでいる姿はあまり見たことがない。何か言いたいことがあるなら、ストレートにタイマンをはるのが彼だから。なんでこんなによそよそしい空気なんだろ。あの見知らぬ雑用係の子や、変なジャックと違い、拒絶?している雰囲気でもなくマシな方だが彼もまたどこか変だ。
「監督生」
意を決したと言うような空気を纏ったデュースに、自然に背筋を伸ばす。何度も彼とは色んな会話をしてきたが、こんな悲壮感を放つものはただごとではない。何を言われるのかと、ちょっとこっちまで緊張してくる。
「済まなかった」
ーーーナゼか謝られた。
「謝って済む問題じゃないて、僕は、俺はわかっているんだ。エースもジャックももう関わるなと言うが、お前の顔を見るといてもたってもいられなくて……俺はお前に嫌われていることを気づいていなかった。嫌われてるとも思ってなかった。あたりまえのように、期末試験の事件のときも巻き込んで………それで、あんなことになっちまった………俺は、俺は!」
(何の話ーーー!?)
これこそ、初耳。出てきた台詞に最初ピンとこなかった。
全然心当たりのない内容でヒートアップしていく、目の前の〝マブ〟にどう反応していいのかわからず、こっちを見てくるグリムに視線で問うてみるが、ハテナマークを飛ばす。なんとかヒントになりそうなパーツを集め考える。
気になったのが、期末試験の事件………イソギンチャク事件の時か。随分懐かしい騒動を持ち出してきたな。あの時は、さすがにコイツら…とはなったものの、学園長には食費を盾に取られたり、やっぱり見捨てられなくて問題事にツッコんでいったが、なんとかみんなで乗り越えられた事件という認識だ。それで、一応彼らの寮長もこってり二人と一匹にけじめをつけさせていたし、自分もちょっとオトシマエ的なものはつけたので、別にそのことについてもう既に過去の話だ。
それから、自分がデュースを嫌いという、まったくの誤解に悩む。素直な彼のことだから、誰か意地悪な奴に吹き込まれたんだろうか。この友人の長所でもあるが、たまにストレートに真に受けてしまうので、思い込みで暴走している可能性もある。それか、自分になんらかの恨みがあるか嫌がらせする輩が、魔法がなんかで自分の姿に変身して人間関係をぐちゃぐちゃに引っ掻き回すという悪さを働いている可能性が出てきた。この学園、そこかしこに悪意が潜んでいるから困りもの。この環境に慣れた今では、そんな奴らばかりではないと知ってるし、どちらかいうと堂々と喧嘩売ってくるパターンが多いので、ちぐはぐな違和感が拭えない。
これはやっぱ早急に学園長のとこに行かねばならない。その前に、この友人の誤解は少しでも解いて置きたいところ。本当に一晩で何があったし。
「デュース」
彼の名前を呼ぶと、キュと目を瞑って拳をグッと握りしめていた。まるで親に怒られる子どものようだなと思いながら、伝えたい言葉を慎重に選んで紡いでいく。
「誰に何か言われたか、何があったかわかんないけど」
「自分は、デュースのこと嫌いじゃないよ。デュースは大切な友達だよ」
「デュースも〝マブ〟だって言ってくれたじゃん」
限られた選択肢の中で、簡潔に伝える癖がついているのか短いものしか、思い浮かばなかったけれど。いつかその言葉を伝える機会があれば伝えたかった。
「友達になってくれてありがとう」
日付に換算するとまだ約一年前の出来事だが、随分昔のことにように思う。サボるエースを追いかけて、デュースを巻き込みグリムを追いかけた日のこと。この二人がいなかったら、と思うときがある。誰も知り合いのいない世界で、頼れる人なんていないから。ダメ元で送ったSOSを見て、砂漠の彼方から姿を現したあの時。スカラビアで助けに来てくれたあの行動が、本当に嬉しかったんだ。
ヒュッと、息をのむ音が聞こえた。
蒼白かった頰は、少し温度を取り戻したかのように思えた。それは気のせいだったようで、彼の釣り目がちの瞳からはたはたと涙が滴り落ちる。
え。泣いてる。
「デュース!?オマエ、今日はなんかおかしくねぇか!?」
自分のデュースに対する言葉に、ゲェとした表情をしていたグリムが、今度は突然泣き出した彼の行動に動揺する。自分もまさか泣かれるとは思わず、わたわたと反復横跳びみたいなことしてしまう。ちょっと追い詰められてる雰囲気が漂っていた。
「でも、俺は」
「ユウのマジレスは通常運転てやつだろ。泣くことないんだゾ」
「そうそう、間違ったならまたやり直せるよ。昔のこと反省して、警官になる夢持ってるんでしょ?」
「なんで……」
「自分なんかじゃ大した支えにはならないと思う。でも、できることがあれば手伝うよ」
それまでには………帰ってる可能性も高いけれど、自分はデュースにその言葉をかけるのは、嫌だなと思った。
泣いていたデュースは、驚いたように目を見開いている。今日の彼は情緒が不安定だな。エースがよく表現するマジレスというやつのやりすぎだろうか。ついつい自由に伝えることができるから、ここぞとばかりに言い募ってしまった。いつまた選択肢という制限に戻るのかわからないし、他の人にも言いたいけれどそれ以上に様子が変だし。
そんな思考に没頭しようとしたとき、その場に第三者の声がかかる。
「デュース、気がす………なんで泣いているんだ?」
気難しい表情したジャックが現れるが、今の光景、誤解されない?
「まさか、またお前……!」
途端に牙を剥くようにジャックに睨まれ、速攻で誤解された。いや、でも、ジャックて、こんなにデュースに過保護だったけ。なんだかんだ面倒見はいいの知ってるけど、こんな相手を守るような立ちはだかり方したっけ。いつの間に親密に!?
「ジャック、ちげぇんだゾ!?ソイツが勝手に泣いたんだゾ!?」
「そうだよ!デュースももうすぐ期末試験だし。テスト勉強、詰め込みすぎたのかもね。リドル先輩が、打倒オクタヴィネルとスカラビア掲げて、ハーツラビュルの学力向上に力注いでるらしいし、精神的に参ってるんじゃない!?」
「は?何を言ってる……期末試験なんざ、とっくに………」
「ジャック。違うんだ。僕が勝手に泣いていただけだ」
「……デュース」
これ以上誤解が積み重ねられる、濡れ技を増やされるのを回避しようとしたが、なんでか二人の世界に入ってしまった。本当、コイツらの間に何があったんだよ。自分とグリムは唐突に置いてけぼりにされて、突っ立てるしかできない。
あ、学園長とこ行かなきゃ。
「自分がいた方が落ちつかないかな?ジャッ…………ハウルくん。デュースのことよろしく頼むね」
それとなく声をかけ、グリムを引っ掴むとさっさとその場を撤退した。
原因がわからない以上、不用意に今のNRCの生徒とは絡まない方が賢明かもしれない。はぁ………早く普通に戻ってくれたらいいけど。
◆◆◆
デュース・スペードは、ありとあらゆる衝撃に混乱していた。
あの〝事件〟から、しばらく顔を見ていなかった〝トモダチ〟が、ずいぶんと様変わりをしていたからだ。
〝自分たちの置かれた立場〟を色々考え、監督生を見限ったジャック・ハウルやエース・トラッポラと違い、デュースはまだ〝彼女〟との関係を断ち切ることはできていなかった。
それは、長所でもあり短所でもある彼の素直さからくるものだった。一方的に彼女に友情を感じ、その包み込む優しさに甘えていたと、彼はあの出来事で猛省していた。ミドルスクールの頃、一度は間違えあやまちを犯し続けたと、大切な母の涙でワルから目覚めたはずなのに、彼はまた大切な存在を泣かせてしまったのだ。どれだけ言い訳しても謝っても、しでかしてしまったことは消すことができないと彼は知っている。甘言に乗ったのは間違いなく自分なのだから。そうして起こってしまった一連の騒動も、巻き込んでしまった彼女の結末と慟哭も、何もかも遅すぎて何をしても意味がないとわかっていながらも。
あれから諸々の事情で、オンボロ寮内へ入寮することはなかったが、何度もその場所へ足を運んだ。外から部屋の窓を眺めるだけだったが、今の現状を変えることができると、諦めきれないでいる行動だった。
ーーーそれが、たった今起こった事象で何もかもが激変したのだ。
こちらに喋りかける砕けた雰囲気。様相を変え朗らかに笑う姿。かつては〝見たこと〟がなかった、仲良く喋りあう魔獣とのやりとり。傍にいるジャックは不審と違和感を感じていながら、まだそれには気づいていない。心を入れ替え、様相を正したのだと思っているのかもしれない。
デュース・スペードは、彼女に〝マブ〟だと言ったことはなかった。
デュース・スペードは、彼女に過去の話をしたことはあれど、夢を語ったことはなかった。
(なんで……お前に俺の〝夢〟を話したこと、ないのに)
デュースにとっての決め手は、あるはずの無い彼女の語る自身との思い出と、彼が彼女に対する好意。あの時、彼はその言葉を呑み込んだ。本能的に、目の前にいる〝彼女と魔獣〟は彼の知っている人物ではないと悟ってしまった。何を馬鹿なと否定して、そんなことありえる訳がないと警鐘を鳴らしている。どういう原理なのかも、馬鹿な自分は考えもつかないだろう。
わかってる。
彼女じゃないと、わかってる。
それでも。
『あんたたちなんて助けなければよかった!!』
『自分は、デュースのこと嫌いじゃないよ。デュースは大切な友達だよ』
〝彼女〟とは修復は不可能でも、この〝監督生〟となら、嫌われていないなら可能かもしれない。あの出来事がなにもなかったように振る舞うその姿に、もう一度やり直せるかもしれないと、淡い希望に縋ってしまった。
(今度は間違えない。今度こそ、今度は俺が守ろう)
それでは意味がないとわかっていながら、それに縋ってしまう弱さを誤魔化し、また泣きそうな表情の少年を、心中は察していないが獣人の少年は何も言わず、その場にそっと寄り添い見守っていた。
◆◆◆
図らずもA世界の監督生の行動は、バラフライ・エフェクトのようにB世界の彼らに様々な影響を与えていく。
その一連の光景を、ダレかは鬱蒼と眺めていた。