エピソード3


再度気を取り直して、グリムとともに普段は登校に使っているメインストリートを歩いて行く。登校時間帯よりはかなり早いので、人もほとんどいない。いつもなら、エースやデュースたちと鏡舎で合流して話しながら登校するが、今日は彼らとの約束をすっぽかす。困ったことに、スマホも見つからなかったので連絡取れずだ。

『そんなガタガタな状態で外に出ても彼らは同情しないわよ。特にあの人たちは貴女のこと許していないわ』

あの雑用係の子の言葉が、今更ながらリフレインして気になっていた。彼らの誰かと喧嘩した記憶はない。そう考えると、自分に似ているという人物のしでかした、とばっちりを受けてる可能性が高い。

「グリムはどう思う?この一連の流れ」
「どう思うも何も、このめんどくさそうな雰囲気。今まで以上の厄介事としか言えないんだゾ」
「事件の前触れは、いつも予想外の存在だったりするしね」
「アイツが絡んでるのは間違いない」
「雑用係の子?敵意ならこれまでぶつけられたことはあったけどさ、モロに嫌われてるてわかるのは凹むね……」
「あの雑用係の奴は、なんつーかオレ様あんまり好きじゃねぇや。初対面でエースにバカにされたときのムカつきと比べものにならない、腹ただしさなんだゾ」
「あぁ………あったね。そんなこと」

親切そうに喋りかけてきてくれて色々教えてくれたのに、突然豹変してバカにしてきた件である。初期はものすごく迷惑かけられたし、巻き込まれたりもしたが、期末試験の事件も今となっては懐かしいと思える出来事となっている。スカラビア事件の時は間に合わなかったものの、デュースとともに面倒くさい公共交通機関を使って助けにきてくれたり、意外と誠実な恋愛感持ってたり、ハロウィンの時はゴーストたちに衣装のことで口添えしてくれたし、よく仲良く慣れたもんです。 

デュースはデュースで色々と巻き込んだりしてやらかしたけど、自分たちが何かと事件に巻き込まれたりしたら気にかけてくれたり、つきあってくれたりする………そういやデュースはマブて言ってくれたこともあったけ。自分はその意味がよくわかってなかったので調べたら、ほんのちょっとテレくさい気持ちになった。

いい友達持ったなぁ。あ、ジャックもーーー

「………かん、とくせい?」

グリムとの会話から、仲良くなった友達たちに想いを馳せていたら、聞き覚えのある声が聞こえた。

「おい、デュースッ」

立ち止まり声が聞こえた方向に顔を向けると、そこにはジョギング中と思わしき体操着姿のジャックとデュースが、こちらを見ていた。


◆◆◆


「おはよう、デュース、ジャック」
「この時間帯にオマエらが一緒にいるなんて珍しいな」

いつものように挨拶をすれば、困惑と怪訝そうな雰囲気の二人。一定の距離を保ち近寄りもせず動かない。グリムの言う通り、デュースがジャックとジョギングを一緒にしてるなんて珍しい。おかしいなと思っていると、ジャックが口を開く。

「………今日は休日だからな」
「そうなの!?今日は平日じゃなかった?」
「………」

マジかよ。もうすぐ期末試験が迫っているのに日にちが経ってる。まだ魔法史のあそこら辺復習していないし、魔法薬学もーーーおかしいな。前日に授業の準備をして、用意もしていた。週末までまだ日数があった。

首を捻りながら辻褄の合わない部分を考えていると、鋭い視線を感じた。その強い視線の先を辿ると、ジャックが無言で険しい表情のままこちらを見ている。今の会話、普通のやりとりのはずなのにそわそわする。微妙な距離のまましばし見つめ合っていると、その空気を和らげるようにデュースの言い淀んだ声が、静寂を破る。

「監督生、だよな?随分見た目が様変わりした、な。男子制服姿なんて初めてみた。髪はどうした……切ったのか?」
「切ったも何も、何も変化してないよ?そっちの方がどうしたの………顔色悪いよ?」
「あんなマネをして、何も変化がないとシラを切るのおかしいだろ」

デュースの疑問に、ジャックの指摘。いや、何もしてないよ!?ちょっとばっかし、見た目が印象強くなったとはいえ、それ以外はいつも通り。昨日は普通に一緒に授業受けてたはず。デュースなんていつも一緒にいて、自分の見た目なんて腐るほど見ているのに。初めて見るて、あの女子制服のことでも触れてるのか。最初から男子制服しか袖を通してませんよ?ここまで話が食い違うと、想定外の事態に呑み込まれていると思うのに、強烈な違和感がどんどん積み重なっていく。決定的な何が起こっているのか確信が持てなくて、普段通りに接するしかない。

「ナァ、二人とも変なモノでも見たような顔してどうしたんだよ。今日は、朝からおかしなことばかり起こってんだゾ」
「おかしいのはお前らの方だろ。グリム……お前はソイツと仲良くしてていいのか?」
「ふなっ!?オマエらまで、そんなこと言うんだゾ!?」
「ジャック……どうし」
「気安く名前を呼ぶな」
「ジャックまで!?」
「言ったそばから呼ぶなよ……性格まで、変化するなんてどう対応しろと」

ガルルと耳を逆立てて、威嚇する姿に衝撃を受ける。知り合って間もない頃もそっけなかったけど、こんなに冷たい声で空気だった?

自分は知らずに何かしでかしてしまったんだろうか。ここ最近のジャックへのしでかしは、間違って思いっきり尻尾を鷲掴んだ案件しか思いあたらない。その時も威嚇されたが、気をつけろよと言われたきりそう引きずってはいなかった。でも、この反応はさっきの雑用係の子と似通っている。これは自分のドッペルゲンガーみたいなヤツがなにかしでかしたのか。それともあの女の子の仕業なのか。

足りないパーツを繋ぎ合わせて答えを出そうとするが、いい案も浮かばない。ただ目の前のこの友人達が、今の自分を快く思ってないという感情は感じとれる。それについて、何も思わないわけないけれど、この世界は何が起きてもおかしくはない。元の世界では、超常現象とされる、ありとあらゆる事態に何度も直面しているのだ。

これ以上この二人を刺激しないように立ち去ろうと思い、グリムの頭をポンポンつつく。アイコンタクトでかわされる、撤退の意思を読み取ってくれた。ダテに一匹と一人は、ロクなことに巻き込まれてはいない。つい先日もヤベェ一般人との攻防を乗り越えたのだ。

引き際はスマートに。

「何があったかわからないけど、名前を呼んでごめんね。自分たちは学園長室に用事があるから行くね」

ジャックとデュースだから、たぶん大丈夫だろうけど。こう言えばこのまま見逃してくれるだろう。二人とも理由もなく理不尽に、暴力を振る男じゃない。デュースは……元ヤンに戻るときがあるけどさ。

「…………引きこもってる間に何の心変わりしたかわからねぇが………あの件で関わったよしみで言っといてやる。不用意に学園をうろつかない方がいい。俺たちはそれを防ぐことはできても、お前は魔法を使えない。もう誰も頼れると思うな。お前だってこれ以上怖い目には遭いたくないだろ?」

ーーーあぁ、でも、厳しい口調なりに心配してくれてるんだ。

その言葉に含む意味合いはわからないものの、ジャックなりの不器用な優しさを感じられた。

「理不尽な目にはいつもあってるよ。心配してくれて、ありがとうジャック。デュースもまたね」


◆◆◆


速やかに立ち去り、グリムとぼやく。

「……二人とも変だったね」
「アイツらまでおかしくなってたら、他の奴らも変になっちまってるかもしれねぇな」
「全員あんな感じなら、さすがに心のダメージ蓄積しそう」
「にゃっは!ま、オレ様がいてよかったな!」
「グリム様がいて下ってよかったです」
「その言い方妙に腹立つんだゾ」



「…………待ってくれ!監督生!お前に話があるんだ!」

先ほど別れたデュースが、息を切らせて切羽詰まった様子で追いかけてきた。

その顔は、蒼白かった。
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