監督生は『厳しめ』を知らない


監督生に名前があるとすれば【ユウ】

目が覚めたら棺桶に入っていて、魔獣に焼き殺され未遂。雑用からすったもんだで生徒として魔法学校に入学したイレギュラー。それがオンボロ寮の監督生。

ツイステッドワンダーランドとは違う世界で住んでいた記憶がある、ごく普通の一般人だ。ただ、その記憶も特定のもの以外は朧げという、ちょっと不安定なもの。監督生自身が言うのもなんだが、不可不思議な存在だと思ってる。というものの、監督生は性別が不明だ。この世界に来てトイレに行ったとき、どちらかあるはずの生殖器がないから困惑した。例で言うと黒塗りか白塗りの全身タイツを履いてる状態と言っていい。

食事はするから、トイレに行くとスッキリして排泄は問題なかった。その時は、まだ長いリアルな夢を見てるだろうと思ってスルーしたが、現実だとわかった時は崩れ落ちそうになった。以前の性別が女なのか男なのかわからなくて悩んだ。悩まないはずがない。学園長に相談すると、不思議なこともありますねと片付けられた。最終的に排泄に問題なければいいのではという言葉に、それもそうかと納得した。何か言いたげな目で見られた。ちなみに、この特殊な身体を知っているのは学園長、グリム、エース、デュースのみだ。学園長とグリムはあまり気にしてないみたいだが、エースとデュースに成り行きでバレたときは、プチ騒動が起こって大変だった。極力言いふらさないが、バレたときはバレたときと割り切っている。なお現時点で、自分の性別を話題にされたことはない。それはそれで複雑。

次は容姿だ。監督生には顔が無い。詳しく言うとのっぺらぼうじゃない。口と鼻は辛うじて認識できる。全体的に薄ぼんやりしているのだ。だが、監督生自身が認識できないだけで、この学園の生徒たちから、冴えないだの、地味だの、ジャガイモだの様々な評されている。一応人間としては捉えられているらしい。なおこの学校は男子校のため、男子制服を着用している。

そして、何より可笑しいのがーーー会話の選択肢が二択思い浮かぶことだ。


◆◆◆


「キミも今度のなんでもない日のパーティーも参加するかい?」

【もちろんです。バッチリお手伝いしますね!】◀︎
【グリムがトレイ先輩のケーキを、今から楽しみにしてるので参加します】

「わかった。よろしく頼むよ。手伝いの配置は、当日トレイとケイトの指示に従うように」

【わかりました】
【はい、寮長!】◀︎

「他寮であるキミの方が、やる気があるのは少し複雑だよ。じゃあ、ボクはハートの女王の法律をサボっている寮生がいないか、確かめに行くから寮に戻る。キミも帰りには気をつけて」

別れの挨拶をして、二人は別れる。

リドルの厚意により、図書室で勉強を教えてもらっていた監督生は、いつもの様になんでもない日のパーティーの約束を取り付けた。リドルの言葉に答えるため、監督生の脳内には二択の選択技が浮かび上がる。常に他者との会話はこの二択のみ現れ言葉は簡潔だ。会話はほぼこれで成り立っているのだが、様々な場面で割ときつめの選択肢もでてきて、監督生自身落ち込むときがあった。これに関してどうしようもないのでそのままでいっているが、いつか普通に会話したいと望んでいた。まあ、支障がないのでこれでもいいかと思ってる。関わりのある学園の人たちは、あまり監督生のそこらへんにつっこまないし、相手は普通に会話しているように聞こえているらしい。そこそこ良好な関係を築いているのでありがたい。

こんな日常に慣れきった頃、最近は大きな騒動も起こってないしナイトレイブンカレッジにしては平和だ。命懸けの騒動に何度も直面したが、落ち着くとこに落ち着いている。

【今日は自炊の日か……】◀︎
【大食堂の夕食は臨時休業か】

考えを切り替えて、長い道のりの寮へ急いで帰る準備を始めた。


◆◆◆


メインストリートで、バッタリと部活終わりのバスケ部メンバーに出会った。エースがフロイドに絞められているが、ふざけあっているようだ。ジャミルがやれやれとした表情で、巻き込まれないように眺めている。

「お、ユウ。寮長との勉強会の帰りか?ホント、よくやるわ〜」
「小エビちゃん、金魚ちゃんとベンキョーしてたの?」
「もうすぐ期末試験か。はぁ。カリムも一人で頑張っているみたいだが、少し不安が……」

放課後の予定を話していたエースにそう声をかけられた。大中小の並びで、フロイド、ジャミル、エースが鏡舎へと向かう。あたりまえのように監督生を輪の中に入れ、喋りながら途中まで一緒に帰ることにした。

【そうなんです。今度の試験少し不安が……】◀︎
【ジャミル先輩。なんだかんだカリム先輩のこと気にしてますね】

脳内に浮かび上がる選択肢を、悩みながらそう答える。それを聞いたフロイドは、ニヤァと悪巧みする表情へと変貌させる。

「へぇ………じゃあさぁ、アズールに頼めばあ」
「うわぁ……フロイド先輩、あの事件の後によくそんな誘いを………」
「やめておけ、ロクなことにならない」

エースがイソギンチャクの時代を思い出し顔を青褪めさせているが、懲りずにポイントカードはせっせと貯めていた。ちゃっかり者だ。ジャミルがアズールの名を聞いて、眉間に皺を寄せ短く二言呟いた。ウィンターホリデーの苦渋がチラついたのだろうか。

【はは……ポイントカード貯めて無くて】
【ご勘弁を!】◀︎

両手を合わせ、こうべを垂れる監督生。エースは大袈裟すぎと笑い、ジャミルは苦笑している。フロイドは監督生の頭をわしゃわしゃしながら、冗談だとケラケラ笑っていた。

高校生らしい賑やかな一部始終だった。


◆◆◆


バスケ部と別れた監督生は、ふと思い出す。植物園の前の通りまで来て、明日授業で使うもの用意し忘れていたことを。おそらく、グリムも忘れてるに違いない。ついでに寄っていこう。

日も落ち始めた植物園内を、そろりそろりと進みゆく。植物が生い茂っている暗がりの中は不気味だなと感じながら、お目当ての材料を収穫する。さて、帰ろうと踵を返すと。

気配なく後ろに、大柄な男。

【ぎゃーーーーー!?】◀︎
【出たーーー!】

「とてもいい反応ですね。こんばんは、ユウさん」

左手を胸に添え、いつも仕草でにこやかに挨拶するジェイドがそびえたっていた。驚きすぎて腰を抜かした監督生を、にこにこと見下ろしている。監督生はジェイドと認識すると、深いため息を吐き立ち上がった。どうやら揶揄われたようだ。

【どうして、ここに………?】◀︎
【不審者かと思った】

「植物園で育てているモノの様子見に来たんです。もうそろそろ、帰ろうかと思ってたところに貴方の姿が見えたので、ついイタズラ心が疼いてしまって。お茶目でしょう?」

自己申告してくる男に傍迷惑だなと思ったものの、何も言わなかった。好奇心で実行するところがある先輩だ。それにテンションも珍しく高かった。

「それでは、僕はそろそろ帰ります。あぁ、そうだ。いつものお昼寝場所に、レオナさんが寝こけていましたので、起こしてあげてください。ラギーくんはモストロ・ラウンジの手伝いをしてますから、来れないでしょうし」

【はい、わかりました】◀︎

【………ん……?あれ?押し付けられた?】◀︎
【しょうがない、手早く済ませよう】

そう穏やかな物言いで言い切ると、長い足であっという間に姿は消え去る。結局、何しに来た。体よく面倒事を押し付けられた気もするが、ジェイドが起こす義理もないのだろう。知ったからには一応声をかけとくかと、レオナのいる場所に歩みを進めた。


◆◆◆


月も出てきて照らされた寝顔は荘厳である。こうして見ると王族なんだなとしみじみ。

恐る恐る、小声で声をかけてみたが起きる気配はなし。獣人属だから、絶対に監督生の存在に気づいているはずだ。狸寝入りの総無視である。起こす義理もないが、なんだか負けたような気がして悔しい。作戦を変えようと、監督生は構えた。

【起きろ!おじたーん!】◀︎
【起きないと風邪引きますよ】

「グフッ!」

彼の苦手な甥っ子のマネをしながら、脇腹をわしょわしょスライドする。日頃からペタペタスキンシップに慣れている監督生の、恐れを知らない行動だ。突如与えられた刺激に、レオナは咽せた。閉じていた瞳は吊り上がり獰猛な表情に切り替わり、監督生にヘッドロックをくらわす。

「草食動物しては、いい度胸じゃねぇか。遊んで欲しいなら、遊んでやるよ」

【ギブ!ギブアップ!ごめんなさい!】◀︎
【ヘルプ!ミー!】

「ふあああ……もうこんな時間か。寝過ぎちまったな」

力加減は一切容赦なくギリギリされる。意識が遠のきそうな直前で解放された。レオナは何事もなかったように立ち上がる、ついでに監督生の首根っこを掴んで立たせた。グエッと呻き声が上がる。

「おふざけするんなら相手を選ぶことだな」

そう一言告げて、大きな欠伸をしながらレオナは自寮に戻っていく。一人、ポツンと取り残された監督生は、すごすご散らばった荷物をかき集めた。

【……疲れた。帰ろう】◀︎


◆◆◆


帰りが遅かったので、お腹の空いたグリムに急かされる。一人で夕食を作ろうとしたが、時間短縮のためグリムに手伝ってもらうことにした。極限にやる気は見られないが、ツナ缶のアレンジ料理だとチラつかせるともそもそ動きだす。ハーツラビュルのお菓子作りに参加できるくらいにはグリムも器用なので、微量の魔力を使いながら夕食を完成させた。

寄宿生の学校なので食堂は朝昼晩と解放されている。普段は三食、食堂の利用をするが、こういう臨時の休業日は各自生徒が自身でどうにかしていた。料理が得意な者は自身で作ったり、購買部で買ったり、モストロ・ラウンジで食事したりしていた。臨時休業の時は、アズールが稼ぎ時だと気合いを入れていた姿が思う浮かぶ。

料理はあまり得意じゃないが、半レトルト食品を使った料理やカレーやシチューなどの一品料理はできる。味は保証しないが、妙に舌の肥えたグリムに食えるというお墨付きがもらえたので大丈夫だろう。

実体のある寮生はグリムと監督生しかいない。寮のことは、なにもかも自分たちでしなければならない。掃除が得意なくらいには生活力はあったので、監督生は自分自身を褒めながら異世界で頑張っていた。一人と一匹で時に押し付けあいながら、協力して暮らしていた。最近はゴーストたちも、魔法で洗濯物を取り込んでくれるので助かっている。

身一つでこの世界で来てしまったのとアルバイトもしてないので、生活資金は学園長から頂いていた。四苦八苦しながらお金の管理をするが、食べ盛りの高校生と魔獣なので食費が圧迫される。そろそろ、また学園長にお小言言われるか雑用を押し付けられるかなぁと、もそもそ食事を摂る。

「にゃっはー!やっぱりメシが一番の楽しみなんだゾ!」

【うん、おいしいね】◀︎

「グリ坊も、ユウもおつかれさま」

一人と一匹の食事風景に、いつの間に混じるようになったオンボロ寮のゴーストたちと、今日学校であったことを話す。魔獣に異世界の人間にゴースト三人組という、異色の組み合わせはこのオンボロ寮では珍しくもない。この前のハロウィンでは、もっと仲良くなれたと思う。

ーーーもし、オンボロ寮に、他の寮みたいに寮生がいたらどんな日常なんだろう?


◆◆◆


「ユウ、オレ様眠いから寝るんだゾ」

【おやすみ、グリム】◀︎
【自分も明日の準備して寝ようかな】

コクリコクリと、うつらうつらしているグリムは自分の寝床に潜り込んだ。監督生は開いていた教科書を閉じると声をかけた。放課後にリドルに教えてもらったところを、グリムにも教えて復習していたが、時計を見ると夜も更けていた。

【今日は、ツノ太郎も来なそうだし……】◀︎

【さて、自分も寝よう】◀︎
【明日も何事もなかったらいいな】

監督生は、灯りを消してベットに潜り込むと目を瞑った。しばらくしてから、すうすうと寝息が聞こえてきた。


◆◆◆


なんでもない真夜中。
その日。オンボロ寮にある鏡は光りだし。
いつものカレは現れずーーー鏡の中へ。
寝ている一人の人間と、魔獣の体から魂が離れ吸い込まれる。

その代わり。

オンボロ寮の寝室に、一人の少女が気絶し、倒れていた。
4/4ページ