監督生は『厳しめ』を知らない
ーーこんなはずじゃなかった。私が望んでいたのは、こんな展開じゃなかった。
暗いオンボロ寮のベットの上で、少女の啜り泣く声が響いている。彼女に寄り添う魔獣の相棒も、気にかけてくれるゴーストもいない。その『キャラクター』たちに興味がなかったゆえに、親密度を優先させる相手を選んだからだ。
魔獣ーーーグリムに関しては随分前から別室で暮らしている。あの獣といるのは、学校生活のみの表向きだった。ゲームや二次創作と違って描写されない獣臭さに慣れず、かといって風呂に入れるなど面倒事も嫌なので、そういう対策をとった。
もう一人の同居人に押し付けようとしたが、さらりとかわされ苦虫を噛み潰す。アイツにも、騙されていた。
◆◆◆
少女にはある記憶ある。それはこの世界がゲームであること。
あの有名なDのヴィランをモチーフにした、スマホのアプリゲーム『ツイステッドワンダーランド』の世界のであること。
美麗なイラストと、癖のあるキャラクターの性格に惹かれた彼女はのめり込みハマっていた。親は欲しいだけお金くれたので、グッズは買い漁り、課金しまくり、十分に楽しんだ。とあるキャラクターに一目惚れして、夢向けの二次創作は読み漁った。ツイステの監督生みたいに、逆ハートリップできたらなと、妄想するくらい毎日楽しく過ごしていた。
そんな、ある日。
本当にツイステの監督生みたいに、ナイトレイブンカレッジの新入生としてトリップしていた。原因はよくわからないが、そういうものであると割り切る。ゲーム通りに話を進め、序章のリアルに起こる場面に少女は最初喜んだ。
なのに、一つイレギュラーなことが起こり、素直に喜べなくなる。もう一人。少女が同じような形で、入学していたのである。しかも、その少女も同じ異世界人。
自身のポジションを脅かす存在だと警戒したが、最初二人で雑用係にされ、少女のみゲーム通りの出来事が起こり、学園長が少女をグリムの監督生に指名した。
(やっぱり、私が主人公だったのね!)
トリップもののお約束の神様とか現れなかったけれど、彼女の望んだ夢補正でキャラたちはとても甘やかに接してくれた。心配していた異分子。もう一人の少女は雑用係のままで、本編とは一切関わらない。本当になんで存在しているのかわからない。けれど、少女はあまり読まなかったが夢向け二次創作の中に監督生を陥れる悪女キャラが登場する話があったのを把握している。
(気をつけなきゃいけないのはわかるけれど、気弱そうでウザいのよね)
何事もビクビクしていて、適当に頼めばなんでもやってくれた。お金管理も、洗濯物も、寮の掃除も、雑用係なんだから全部任せた。ご飯も作ってくれたけど、何度言っても嫌いな食べ物を入れるから捨てても、メソメソ泣くだけで脅威ならない。
自分はこの世界の勉強と、オバブロを止めなきゃいけない使命がある。
(それに、ゲーム通りの事件を乗り越えていけば、親密になって、キャラたちに愛されるのがあたりまえのはずでしょ?)
ニ章までは順調だったのに。
三章も途中まで、本編通りだったのに。
ゲームの監督生みたいに、優しくて良い子に振る舞ったのに。
リドルの時も解決したとき、パーティーに参加するようになった。
レオナの時も解決したとき、会話して仲良くなれた。部屋にも泊めてくれたのに。
だから、アズールのときが第三章がとても楽しみだった。だって、最推しのフロイドやジェイドと知り合いになれるビックイベントだったから。
◆◆◆
結果は、どうだろう。
アズールのオバブロ後、彼はそのまま意識不明になった。目覚めたと思ったら精神が不安定になっていた。こんな異例の事態はゲーム本編にはなかった。本来目覚めたアズールに声をかけアトランティカに遠足に行って、やりとりして丸くおさまるはずだった。お見舞いに行ったが、双子によって門前払いされる。それだけなら、まだよかったかもしれない。少女は焦りながら必死に食い下がる。このままではゲーム通りに進まない、と。双子の持つ空気が、どんどん冷えていくのに気付かない。
ピシリとひび割れた。
「雑魚のくせに、アズールに近づくなよ」
三章の出来事は、すべて女監督生のせいにされ責め立てられ、冷静な判断が出来なくなる。トラウマを覚えるくらいに、脅され、暴力はなくとも命を脅かされ危機を感じたーーー瞳孔を開き切ったあの目が忘れられない。
命からがら、逃げ帰り。
部屋に引き篭もる。
(こわい!こわい!こわい!)
(あんなのしらない。げーむになかった!ないできごとだったのに!)
好きなキャラから嫌われたショックは少女の心を抉る。ショックのあまり錯乱していた。心配して様子見に来た、エースとデュースとグリムもなじりながら泣き叫ぶ。
「あんたたちなんて助けなければよかった!!」
(元々嫌いだったのよ。女の子に奢らせるなんて最悪だったんだから!)
最初こそ三章の始まりを歓迎していた彼女は、自分が苦しむ元凶を作りだした彼らを恨むしかなかった。女監督生は、親友キャラであるこの二人と相棒である一匹が嫌いだった。顔がいいが、特にエースの印象最悪で、デュースとともにタカリにくるたびに心の中で貶していた。グリムも口では偉そうに言っておきながら、授業はサボるわ居眠りするわで、腹が立っていた。その度に怒られるのは監督生である自分だから。
錯乱した彼女は気づかない。騒ぎを聞きつけて、止めるために駆けつけてきた寮生たちを。エースたちがその態度に傷ついていることを。それを庇うように、今まで気弱で言い返しに来なかった、雑用係が言い返した。
「いい加減にしなさい。どれだけ貴女が周りに、迷惑をかけているのかわからないの?」
これまでの態度はなんだったのか屹然と言い返す雑用係は、これまでの雑用係に対する態度を暴露した。ようやく頭が冷静になる。周りの失望したような視線に女監督生は思った。
(ハメられた………)
最終的に学園長が来てその場を静めたが、少女はそれっきり部屋に閉じこもった。飢えて死にたくはないので、魔法か何かで届けられる食事を食べるのみ。人の居ないタイミングを見計らってトイレとお風呂を済ませる。そして、部屋の窓から見てしまったのだーーー楽しげに話す双子と雑用係の姿を。
へたりと、部屋の床に座り込む。
三章の異例の出来事は、あの女のせいだと女監督生は思った。本来居ないはずの人間が、あるべき原作を歪めたのだと。
(全部、全部、アイツのせいじゃない!あの糞夢女子!私を陥れるために、演技していたのね!)
怒りのあまり、部屋のモノを壊しまくり暴れまくる。それで、いくら暴れても変わらないのだ。現状変わらない。完璧に敗北したと、ただ、ただ絶望を感じていた。
◆◆◆
誰も訪れない。
オンボロ寮にはまだ雑用係が住んでいるため、生活音と時たま聞こえる誰かの話し声。グリムとゴーストとも楽しげに会話する声も聞こえて来る時もある。
誰も少女を気にかけない。
勝手に死なれては困るのか、食事だけは用意される。
それも、時間の問題だろう。
なにせ、ここはヴィランがモチーフした世界だ。
要らなくなったら処分されるかもしれない。
それに怯えながら、惨めに生きていく。
ーーこんなはずじゃなかった。私が望んでいたのは、こんな展開じゃなかった。
暗いオンボロ寮のベットの上で、少女の啜り泣く声が響いている。
ーーママとパパに会いたい
ーーもう、元の世界に帰りたい。
そう願ったとき、オンボロ寮の鏡は光輝きだしーーー吸い込まれる。
眩くて、目を閉じて、少女は気絶した。
だけど、すんなりと願いは叶えてくれないのだ。