エピソード3
まるで、誰かに邪魔されてるように学園長室へと辿り着かない。校内に居る生徒たちと、できるだけ接触を避けてはいるのもあるけれど。
わかったこともある。自分一人単体ならあんまり認識されないということに。グリムが隣に居ることでザワつかれるので『オンボロ寮の監督生?』と捉えられるらしく、誰かに会ったらグリムには隠れてもらっている。どんな判断がわからないが、知り合いでなければ通り過ぎることもしばしば。個人としてはちょっと複雑だが、イデア先輩お墨付きの地味さが功を成したらしい。
それに、今のところ『オクタヴィネル寮生』以外には追いかけられていない。あの腕章が見えたので、安全そうな教室へとサッと隠れて遠ざかるまでやり過ごす。
《……アズールの奴、もしかして……また〝悪徳商法〟に手をだしたのか?全然懲りてねぇな》
グリムが疲れたように、げんなりした表情で声を絞りだす。通り過ぎた生徒たちの会話でまたそれが聴こえてきたことの話だろう。イソギンチャクの時の恐怖体験とか、アズール先輩に証拠写真と高級ツナ缶一缶で、危ない橋を渡らせられた記憶を思い出しているのだろうが、あんまりグリムが偉そうに言えた台詞ではない。
《グリムが言えたことじゃないからね。ジャックに言われた〝人のノート見て楽しようとしたことを反省しろ〟というありがたいお言葉は忘れたのかな〜?》
《う、ぐ、それは、オレ様だって反省はしてるんだゾ……ちゃんと、一応は、な》
《うん、うん。それは知ってるよ。授業で居眠りはするけど、ラクしてモストロのポイントカードは集めに行ってないからね。まあ、学園長にバレて怒られたしね》
《無駄使いはダメとか、ケチなんだゾ》
学園長がそんな理由で無駄使いを許してくれるわけじゃないが、お小遣いの範囲内で楽しむ分ならいいよて、言ってはくれたし。それにモストロ・ラウンジでの飲食て、限られたお小遣い制だと通ったりするには不向きというか……あのお店、ターゲット層を高めに設定してる気がする。NRCて外部から見たらお金持ちが通うところて思われてるくらい、割と裕福な家庭を持つ学生が多い。多種多様の身分の人も多いし。何より、経営しているアズール先輩たちのご実家も有名みたいだ。そういや、誕生日にジェイド先輩とフロイド先輩のご実家も、ご両親からプレゼント大量に送られくるとかパーティーとかお金持ちそうなエピソード聞いたな。そのご実家は、ちょい不穏な自営業っぽくて、知りたいような知りたくないような気持ちになったな。
◆◆◆
期末試験……あの時のことを考えると。
(よく勝てたよなぁ)
それが、真っ先に思い浮かんだ。
ウィンターホリデーであの三人の連携と頼もしさを見て何度そう思ったか。敵にしたら恐ろしいが、味方になったらあれほど心強いものはなかった。オクタヴィネルに逃げ込んだまでの話でもある。グリムも自分もオンボロ寮に帰りたかったが、迷惑をかけた手前最後まで付き添った。ちなみに、その時の請求された対価は事件解決後。存分にバカンスを楽しんでいたらしい、SOSスルーした学園長へ請求してもらった。自分たちは学園長に雑用させられたけど、対価返しそびれてどえらい目に遭わせられるよりはマシだと思ったものだ。先輩たち余程ヒマだったのかスカラビアの揉め事に突っ込んでいった上に、衝撃の嘘生配信でジャミル先輩にトドメを刺してオバブロさせて大変だったし。時空の果てにドッカーンさせられて、衝撃死や凍死しそうになったり……その状況から立て直したのは流石としか。ちゃっかりジャミル先輩の弱みも握ってたし。
(いや、なんというかエゲツないよね。あの人たち)
そんな自分も勢いで、無謀な勝負持ちかけたあのイソギンチャク事件。
ラクしようとして騙されちゃった相棒と友人たちの解放。
相談したら食費を盾に面倒事押し付けてきた学園長。
アトランティカに行けば、リーチ先輩たちが条件達成をクリアさせないように妨害してくるし、契約書を破りにいけばビリビリ感電させられるしで、最初の二日間何やってもダメ。なんなら負け確定だったので手段なんて選んでいられないと思わせてくれたよ。向こうは常に余裕でこちら下に見ていたから、ノリノリで妨害してきてくれたから。アズール先輩から、ジェイド先輩とフロイド先輩が離れて、そうーーー隙ができたのだ。自分たちがその状況になるまであの二人を引きつけておけるかが、レオナ先輩とラギー先輩たちが動いてくれるのか、最後までわからなくて。それでも賭けるしかなく。イソギンチャクが消えたとき成功したってわかって安心した。
戻ってみたら、アズール先輩がオバブロしかけててビビった。レオナ先輩が契約書丸ごと砂にしたのがキッカケと聞き頭を抱えたものだ。
(だけど、それだけが〝その理由〟じゃないだろうな)
その現場には居らず、実際のその様子はわからない。協力してくれたのは感謝だけど、まさか、契約書全部砂にするとは思わなかった。イソギンチャクが生えた生徒の分だけでよかったし、レオナ先輩は自分の契約書もどさくさに紛れて砂にするつもりだっただろうから。ラギー先輩やアズール先輩の言いっぷりに、ミドルスクールの頃から貯めに貯めていたものらしいから、どっさり契約書あったんだろう。探すのとか仕分けるとかあの人がそんな配慮するわけなく、面倒だから全部砂に変えたんだろうなというのが想像できた。落ち着いてから、ちょっとそこの部分申し訳ないと思ってしまった。レオナ先輩をけしかけたのはグリムと自分だったわけだし。
だけど、それで彼にあやまることは結局しなかった。自分自身あの選択に後悔はない。お互いがどっちもどっちだという印象で。あのプライドの高いアズール先輩にでも言ったら、怒りそうだと勝手に思っている。でも、初めて間接的だとは言え、一人の人間をオーバーブロットさせたキッカケを作ってしまったと思う。命の危険がある、それを。
数々のオーバーブロットに立ちあってきて考えた。
もし、一つタイミングがズレていたのなら、彼らはどうなってしまっていたのだろうと。
アズール先輩が、レオナ先輩のことを根に持ってるようなやりとりを聞いたことがある。自分たちとは仲良くは、してくれてはいる。彼らがどう思っていたのかは知らない。あの時自身の敗北に関わったオンボロ寮のことを、どう思っているのだろうか。今の今まで、それは結果的に彼らに良い影響を与えたのだと、彼らを見ていてそう感じているから。アズール先輩がオバブロしたトドメの一撃も、自分の想像の範疇にしかすぎない。
あらゆる人を巻き込んでなんとかなった結果だ。
(いくら考えても……結局彼らの気持ちは、彼らしかわからないか)
ツノ太郎のアドバイスで、弱点に気づけず作戦を思いつけなかったら。フロイド先輩曰く脅して言われたけど、必死に頼み込んだお願いでレオナ先輩が動かなかったら。
サバナクロー寮に泊まり行かなかったら、レオナ先輩から『契約書を破る』という知恵をもらえなかった。マジフトで狡猾なことをしていた人たちの考えが、卑怯な手段とる相手に対抗する手段になるとは……と思ったけれども、自身も崖っぷちの状況に立たせられていて。いくつもの重なりがなければ、今ごろイソギンチャク奴隷になっていたのか。そもそも、学園に在籍できていたのか。紙一重の神回避だったのかもしれない。
思考を切り替えるようにグリムへと考えて返答する。
一つだけ確信できることがあるとすれば。
《それに、それはないんじゃないかな。あの事件以来、商売絡みはアコギじゃないアイディアでバンバン儲けてた。イソギンチャク生えてる人も見たことないよ》
自分は思う。ちょっと利用されることはあったかもしれないし、これからもあるかもしれないけれど。自分の選択肢に彼は言ったのだ。あのアトランティカ記念博物館で。
『美談にするのはやめていただけますか?』
困った表情で笑う彼は、ほんの少しだけふっきれたように笑っていて。その後に性根逞しく新しい商売へと結びつけていた。
《大丈夫。あの人は自分がしたことを、ちゃんと解ってる》
《オレ様、二度とアイツの美味い話には乗らねぇからな》
《うーん。それはグリムの日頃の素行次第なんじゃないかな。どこで、弱味を握られるかわかんないよ》
《ぐぬぬ……》
カツカツ、と革靴の音が響き渡る。
ガラリと扉が開けられた。
「あ〜、アザラシちゃんと、〝小魚〟ちゃんだ」
「おや、お久しぶりですね」
聞き覚えのある、馴染み深い声。
そこに居たのは、ジェイドとフロイド。
にこやかに笑う表情で、目だけが笑っていない兄弟が現れた。
◆◆◆
この〝シナリオ〟は〝悪役〟が必要だ。
悪役がいなければ成立しない世界にカレラは不本意に招かれてしまった。破滅のシナリオが始まろうとしている。悪役が断罪されなければならないシナリオが。
この世界は甘くない。記憶も朧げで、この世界で持ってるものなんて身一つ。何もないのに。
この場所へ身を置くのには、対価を求められる。無条件で頼れる人もおらず一人でその理不尽に抗うしかない。
それだけだったのなら、今まで生きてはいけなかっただろう。この学園へ馴染んでいくうちに。思惑はあれど、大なり小なり力を貸してくれる人たちがいたから。そうであることも知っているから。
繊細な心なんか持ってたら異世界なんかでやっていけない。お気楽と図太とさと悪運くらいの武器を持っている方がちょうどいい。
監督生はそんな〝子ども〟だ。
彼でも、彼女でもない。
その子供は、抗える意思を持っていた。
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