エピソード3


言い争う声はおさまるどころではなく、どんどん苛烈になっていく。ドア越しに緊迫感が伝わってくる。ラギー先輩はなぜ因縁つけられているのか。レオナ先輩には振り回されていても世渡りが上手な人だ。自分が知らないだけで、彼にも色々あるのかもしれないが。

「このっ、図々しい獣め!」
「寮長を〝期末試験〟の時にあんな目に合わせて!!」
「また、それっスか。それで悪役にされんのはやめて欲しいっスねぇ」
「貴様!コロしかけてその台詞とはどこまでグズなんだ!」
「シシシッ、育ちのいいお宅らと違って育ちが悪いものでね。ま、たしかにアズールくんには悪いことしちゃったスけど、意識は戻ったんだし」
「そんな言い訳が通じるとでも思っているのか!」
「はぁ……何度そのやりとりすれば気が済むスか。だいたいオクタヴィネルのモットーは自己責任しょ。〝死〟のリスクはこっちの王様にもあったんスよ?」
「きさまっ!」
「あんな女狐に惑わされて」
「あーあ、ホント。こんなことになるとは思わなかった。手を貸すのを後悔してるんスよ。だから、見逃してよ?」
「その態度が気に入らないんだよ!」
「いい加減、外野は黙ってて欲しいっスねぇ」

他にも気になるワードもあるが、また『期末試験』が出てきた。この会話を盗み聞くに、アズール先輩が関わっているらしい。欠けていたパズルにピースがハマっていくような。何か重要な手掛かりを掴めそうな。そう、今回のこの一連の違和感に。

(……というか、コロしかけるとか物騒なワード出てきたぞ!?)

この学園、どの寮にもチンピ……血の気が多い寮生は多い。特にサバナクロー寮は喧嘩っぱやい印象はある。サバナクローもオクタヴィネルも仲が良いとは言えないが、こんな人目がつきそうなところで喧嘩するような関係じゃなかったはず。

(女狐ていうのも会話にあったな。女の人とアズール先輩の間に揉め事が起こって、由々しき事態になっているように聞こえる。この学園に女の人ていたっけ……あれ?雑用の子が……)


その台詞染みた声は、やけにはっきりと聞こえた。

「ーーーオクタヴィネルには気をつけて。特にあの二人には、ね」

まるで誰かに忠告するように。


(……え?)

「……ああ、コワイ、コワイ。オレもそろそろお暇させていただくっス」
「待て!」
「あいつ、屋根へ!」
「は!?ここ何階だと!?」

バタバタと来た時と同じように立ち去っていく足音。その場はシンと静まり返り元通り。キィと扉を開け右左を確認する。人の気配はなさそうだ。寮生達はラギー先輩に意識を取られていて、最後までこちらが隠れ潜んでいることに気づいていなかった。

「これで本当に立ち去ったか?」
「………」
「どうしたユウ?だんまりで?早く学園長とこ行こうぜ」
「ラギー先輩、自分たちに気づいてたみたいだね」
「そうか?アイツ、見返りも無しで助けてくれるヤツかぁ?」

あの言葉は、自分たちに向けてだった。

「それもそうなんだけど……さっきからずっと胸騒ぎがしてて」
「あー、オマエそういう勘だけは当たるもんな」
「グリム。よーく思い出してみて。この学園に来てから、こういう状況になって穏便に済んだ記憶がある?」
「……ないことの方が少ないんだゾ」

ラギー先輩が自分たちを助けるメリットはないはずだが、今日会った人達の言動を思い返せば、何かしら忠告めいたものを口にしていた。その曖昧な境目でいた言葉の中で、彼はハッキリと特定の人物だとわかる言い方残していった。今までの経験から脳内で警報が鳴り響いている。

雑用係の忠告、ジャックの忠告、ラギー先輩の忠告。

「オクタヴィネルの二人て、言ったら?」
「そっくり兄弟しか居ないんだゾ。ふなっ!?アイツらもああなっているのか!?」

その中で、明確に『オクタヴィネルの寮生』が追いかけてきた。自分たちにマズイ状況にはなっていると突きつけられてる、ようなものだ。

「とにかく、あの二人には出会わないように極力避けよう。ラギー先輩の意図は不明でも、あの露骨な言い方……対面で衝撃を与えられる前に教えてもらえたと思いたい」
「会っても逃げるんだよな?」
「うん。それと、いつでも戦闘態勢及び戦略的撤退できるように心構えしていて。もしも、もしもだよ。あの二人と敵対していたら……わかるでしょ?」
「ふなぁ……さ、最悪なんだゾ」
「あと、他の誰かと会っても話さずにスルーしよう」

グリムと会話していて、落ち着いてきた。悪い方向へ考えると、どんどん焦っていてしまっていたのか。学園長室までじわじわと近づいている。ここからは出会しそうな場所からも程遠い。

「悠長に相手してる暇ねぇからな。学園長はちゃんと学園長室いるんだよな?変になってないよな?オレ様それが心配なんだゾ」
「それは、会ってみなきゃわからないかも。だいたいおかしな事件が起こったら、比較的まともに動いているし、大丈夫じゃないかな?」
「普段は神出鬼没のクセに、こういう時役に立たないんだゾ……あのオッさん!」
「身も蓋のない言い方」

オクタヴィネル寮生はいたが、今日が休日ならあの二人はモストロ・ラウンジで働いている可能性もある。そうであって欲しいと、願うことばかりだ。
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