知り合った先輩は人魚らしい


「フゥンッ!フゥンッ!」

腕立てしながら思う。最後に問題を解決するのは筋肉だと。これまでの大小の事件を思い返して、だいたい拳で解決してる。ヤンキー気質や足を引っ張ろうとする輩の多いこと。特にリドル先輩のオバドロ事件。エースが怒りのあまりぶん殴ったからヤバい方向に転がってしまったが、終わってみればあれが突破口のきっかけにもなったのもある。あのまま大人しく引き下がれば何も変わらなかったのかもしれない。闇落ちだし命の危険があるので、公に歓迎できることじゃないが、どこか吹っ切れたリドル先輩を見てるとそう思った。

リドル先輩とはあれから仲良くしてもらってる。グリムのことを相談したらめちゃ共感してくれたり、この前も、エースとグリムがドンぱちして助けを求めたら快く力を貸してもらえて、あのおバカ達を懲らしめてくれた。未遂ではあるが教室黒焦げはダメでしょうよ。

怒涛の展開だった。リドル先輩はちょいデレるの早かった。せめてストレスのかからない、いい後輩として接していきたい。

「フゥン!フゥン!」

そんな自分の生活にも安定した習慣ができつつある。昼ごはんを素早く食べ終わると、グラウンドの隅っこで昼休み中に筋トレをしている。バルガス先生直伝の筋トレメニューである。無理のないよう自分用に組まれたフルコース1セットをこなし中。理不尽すぎる学園生活に抗うためムキムキの道を目指す。千里の道も一歩から、基礎体力の向上は必要だよね。そんな自分の時間の使い方は図書室、雑用、筋トレとめちゃ健康的である。グリムたちも誘ったが断られた。デュースは何気にノリ気だったが、彼にも他に勉強的なナニカをやらなければならないので残念そうだった。グリムは先生方に相談して別行動の許可を得たので、今は一緒にいない。監視役がいないが、昼寝するのにもってこいの場所を見つけたからそこで寝るんだそうだ。寝てるだけなら大丈夫。昼食はたらふく食うから、いつもうとうとしてるし。でも、この前昼寝場所でルチウスとバトったて聞いた。何やってるんだあの狸。結果的にルチウスが勝ったらしい。ルチウスつよい。

先生方といえば、筋トレメニューを考えてくれたバルガス先生。当初、ムキムキマッスル理不尽理論で自分に無茶な指導してきたのだが、誠意とご自慢の筋肉を褒めに褒め全力でごますったら、チョロインのごとくあっさり陥落した。元から魔法は筋肉と言うくらいなので、筋肉を称賛し授業を真面目に取り組んだ効果もあった。理不尽かと思いきや、思ってたより親身に接してくれるようになった。生卵を食べろと言われたら、その量を買う余裕がないので毎日食べれないと返答すると、同情してくれ卵を差し入れしてくれた。室内での筋トレも大事だと言われたら、オンボロなので先生式の筋トレは床を破壊しかねないと返答すると、オンボロ寮改装一段階目の日に手伝いに来てくれた。情に厚い先生だった。

あと他の先生にもそのことが伝わったのか、今後の授業話し合いの場を設けてくれて、授業を受けるのが格段とわかりやすくなった。聞けば、自分の知識や常識がエレメンタリースクール以下ということが発覚したからである。前からエースに言われたことがあるがそんなに深刻だと思いもしなかった。やたら専門用語だらけだと頭を悩ませていたが、楽しいし魔法学校の授業だから仕方ないかとスルーしていた。先生たちもさすがにヤバいと思ってくれたのか、ものすごく配慮してくれた。それを、しゃべる絵画さんと久しぶりに喋っていたら、先生たちとオハナシしたらしい学園長が現れて、ちょいとそのことを言われた。ハーツラビュル事件の時お世話になり、ここに身を置かせてもらってるからあまり強く言えないけど、もうちょっと自分に配慮して欲しい部分があるなと考え直す。本当に私が元の世界に帰る方法を探しているのか疑心暗鬼です。盲信的に1人の大人を信じず、頼れる大人は複数いた方がいいと思った出来事だった。

そんなわけで、ハーツラビュルの先輩たち、いつものメンバー、他の先輩たち、先生方、ゴースト筆頭に学園のジュウニンたちと、ハプニングのある賑やかな日々を送っています。



「こんにちは、監督生さん。偶然ですね。ここで何を?」
「こんにちは、先輩。偶然の回数多くないですか?筋トレしてます」

いつものにこやかな含み顔。本日一度目の接触となります噂のギザ歯先輩。

自分はこの先輩が、ただの厚意で近づいてきてるのではないと思いつつある。ナイカレ生だし。でも、今はいい先輩だと思いたい。だって、この前………海藻くれたから……うまかった。ちょっとグリムと思考が似てきつつあるのが悩ましい!

その都度、対価を要求してきたりしてこなかったりしてるが、お返しは基本なので素直に聞けば面食らった顔をする。この人もこんな表情するんだと思った。ポーカーフェイスかと思ったら表情豊かに思う。今のところ、学園長の無茶振りっぽいものよりマシかなと思ってる。その無茶振り、こちらにも非があるからなんとも言えませんがね。筋トレを一旦終了して、休憩がてら先輩とおしゃべりタイムにしよう。話上手の聞き上手だから、おしゃべり楽しいし色んなこと知ってるからめちゃくちゃタメになる。

「今日は世間話ですか?餌付けですか?」
「いつも直球と変化球ですね」
「どっちなんですか?褒めないで下さい」
「褒めてませんよ。今日も頭がおめでたいようで安心しました」
「会うたびに自分の対応雑くなってませんか?」
「そうですか?気のせいですよ」
「じゃあ気のせいにしておこう」
「貴方こそ僕に適応しすぎではありませんか?」
「先輩で悩んでたら異世界でやっていけませんよ!」
「喧嘩売ってます?」
「眼光の暴力反対!」
「冗談ですよ」

丁寧に接してくれてたのに、ふっとした瞬間からものすごく雑くなったこの先輩。キザ歯先輩的に気に入らない返しをしたら、圧迫した雰囲気で攻めてくる。頭上遥か上からの視線の暴力はなかなか怖いぜ。すぐに切り替えられる表情見て、人間(人魚)て怖いなと思いました。

「ところで、いつもご一緒の方がいませんが…どうしたんですか?」

そういや、この人エースとデュースといる時に出会ったっけ?自分の友人関係まで把握…と思えば、友達2人と1匹しかいないので把握ほどでもない。校内では色んな事件で悪名を馳せてしまったので有名になってしまったし。

「友達2人は別の用事で、相棒はよそで昼寝してます」
「監督生なのに監督しなくていいんですか?」
「制限はありますが許可をいただいたので」
「問題が起こってしまったら?」
「また不行届けで怒られるか、事が大きくなってしまった場合。〝リドル〟先輩に首はねて オフ・ウィズ・ユアヘッドしてもらいます」
「……随分と仲良くなられたようで」
「仲良くなんて!まだまだですよイダダダダ、な、なんで今ほっぺつねったんですか!?」
「すみません、手が勝手に動きました」
「それならしかたないですね」
「素直にマジレスするのやめてくれませんか?」
「先輩……マジレスて言葉を使うんですね」
「話は通じてるはずなのに、シルバーさんやカリムさんとお話してるようだ」

はぁ、と溜息をつきいつもの苦笑顔を浮かべている。少し不穏を醸しだしながらほっぺつねるので、こっちが意味わからん。シルバーさん?とカリムさん?は知らないけれど、リドル先輩のことは知ってるみたい。もしかして同年代なんだろうか?勝手に三年生の先輩だと思っていた。

「先輩のお友達ですか?リドル先輩のことも知ってらっしゃるようですし、先輩て2年生なんですか?」
「今頃気づいたんですか?本当に僕たちのこと知らないんですね」
「〝たち〟?」
「こちらの話です」
「そちらの話でしたか。思いだしたんですけど、先輩のお名前知らないんです」
「今頃気づいたんですか?」
「復唱しないで下さいよ。いつも話がポンポン進むから聞くの忘れてたんです。では、改めまして自分はオンボロ寮の監督生ユウです。勝手ながらオンボロ寮の副寮長してます」
「貴方が副寮長?あの寮で人間は貴方1人。なら、貴方が寮長では?」
「そこは斬新さを狙って、相棒のグリムが寮長になりました」
「寮長に斬新さを求めないで下さい」

最近気づいたことなんだけど、名前は覚えているのに名字が思い出せない。家族との記憶はあるのに、両親の名前が思いだせない。けれど、向こうで楽しんでいたものや過去の思い出は思いだせるという、ちぐはぐな記憶の食い違いが起きている。原因がわからないので、異世界転移の障害的なものだと思っているが少し不安だな。

結局、名前教えてくれないんだな…含んだ言い方してたし、名前を気軽に教えれない複雑な事情があるんだろうか。このままキザ歯先輩ていうあだ名続行だな。

「今回、少し頼みたいことあるんです」
「できることですか?」
「腹を括ればできることですよ」
「ナニをさせる気ですか!?」
「〝容姿端麗〟になりたいとおしゃっていましたよね?」
「たしかそんな話しましたね〜」
「妄想…想像力の高い貴方だから協力要請を。この魔法薬を試してもらいたいんです」
「魔法薬か…授業で作ったことあるんですけど、飲んだことないんですよね。あの大丈夫なんですか?薬だしほいほい飲んでしまって」
「魔法薬にも取り扱いの法律があります。しかし、授業中に作った魔法薬や危険性のないものは校内でも使用されてるんですよ。作った薬のレポートも書かないといけませんし、魔法薬は精度が大事なので使用した結果・報告は大事ということです」
「つまり、ある程度。学園内で黙認されてると」
「ええ。この薬は〝自分がなりたい姿になれる〟薬なんですよ。協力してくれませんか?〝魔法薬のお代〟はいりません。解除の薬もありますよ?」
「あれ?変身薬系てほいほい飲んじゃいけないて、この前授業で習ったのですが」
「ちゃんと真面目に授業を受けていらっしゃるのですね」
「学生の本分ですからね」
「変身薬にもランクがあるんです。学生が手に入れられるレベルならそう問題ないんです。一番危ないのは元に戻す薬が無い、禁忌レベルのものですね」
「禁忌レベル?」
「例は本人の意思に関係なく相手の思考や感情を永劫に支配したり、人魚の場合は人間を永劫的に人魚にしたりというレベルのものです。これらの薬の材料は手に入るか入らないかですし、手に入れようとしてもマドルに換算すると王族レベルの資産じゃないと無理ですね」
「でも、先輩は人間になる薬飲んでいるんですよね?」
「僕が飲む薬は、人と人魚の国、世界共通で認定された薬なので問題ないんです。ただし、長期的に人間の体に作り替える。元の姿に戻ったりとしていたら、稀に不調が出てくる場合もあります」
「魔法薬にも副作用はあるんですね」
「どんな魔法にもリスクはありますよ。怖くなりましたか?」
「怖いと思いましたけど、大丈夫そうなので協力します」
「了承すると思っていましたが、どこからその自信がでてくるんです」
「魔法薬に詳しい先輩が大丈夫だと言うからですよ」
「……これでいいのに問題大有りですね」
「え!?やっぱり問題あるんですか?この薬?」
「薬には問題ありません。あるのは貴方のアタマです」
「先輩てたまにニンゲンに対して辛辣になりますよね」

不穏こと言われれば、ビビるのは当たり前。先輩がポケットから小瓶を取り出す。黒の手袋の上にたたせた小瓶は、魔法アイテムのようにキラキラしててお洒落。ヤバイ。こういうの好きです。ギザ歯先輩の魔法薬講義は、クルーウェル先生とはまた違う視点で教えてくれるので面白かった。先生のはテストに出る授業を習う範囲が決まっているけど、先輩のは雑談が入り混じっているし、たぶん上級生が習うものっぽいところがある。禁忌レベルがあるなんて初めて知った。人間の薬も人魚ならではの話だろうしちょっと頭が良くなった。なのに頭の心配をされた。なんでや。

先輩から魔法薬の入った小瓶を受けとると、ゴクリと唾を飲み込む。なりたい姿を思い浮かべながら薬を飲むと、姿形が変化するというまさに魔法のアイテム。精度の効果は飲んだ本人の想像力によるらしい。今、私の煩悩が試される時!

ふと思う。貴重な体験なのに、ただの容姿端麗では面白くない。ちょうどムキムキ目指していたからそれをイメージしてみよう。ムキムキ…ムキムキ…あ!ムキムキといえばバルガス先生だ!自分もなりたい姿があるし、それをベースにさせてもらおう。

「目指せマッスル!………………………クソッッまずっううう!?!?」

お洒落な見た目に反して、その中身のお味はエゲツなかった。この世の不味そうなものをミキサーでドロドロにした………アレだ。漫画とかで料理下手のキャラのダークマターぽいものを食べさせられた感じ。魔法薬の不味さに地面で寝転がりながら苦しんだ。喉に両手を当てながら転がりまくっていると、姿が変わっていくのを感じる。先輩はどうしているんだろうと見ると、真顔で実験体見るような目でメモに様子を書いていた。うわぁ!ひでぇ!モルモットになった気分だわ!鬼畜ううう!

(……水飲みたい。ん……?手の形が違う?腕も、肩幅も!)

「どうですか?ムキムキですか?(バリトンボイス)」

変化が終わると、ゼェゼェ言いながら立ち上がる準備をした。鏡はないから全体像は見えないけれど、明らかに何か違う。声の低さも圧倒的に違う!これはこれで、渋くていい声だ。あまりの変化に、目の前にいる先輩の表情筋が引き攣りそうになってた。おほほほ!見たか!先輩!魔法の使えない人間の煩悩を!

「先輩が小さいだと!?見下ろしてますね…これは成功ですか?こんな高い視線はじめてです!鏡はないですか?手鏡とか持って無くて(バリトンボイス)」

体感的に筋肉の分、体は重い。早くは走れなそうだ。これで絡まれても腕の風圧だけで吹き飛ばせそう。ちょうど難癖つけてくる野生の不良が現れないかな。威力を試したい。その前にこの姿が見てみたい。鏡持ってないかな。喋りながら先輩に近寄ったら、無言で小瓶をもう一つ取り出し、解除薬らしきものの蓋を開けてーーー動体視力で捉えきれない早さで、口内に薬を叩きこまれた。

「フガアアアアア!?(瓶ごとーーー!?)」

足払いされ転がされると馬乗りで、薬を瓶ごと飲まされそうになる。こんな狂気の芝ドン初めて!

私は再び解除薬の不味さに苦しみながら、気を失った。



気がつくと元の姿に戻っていた。見える部分の身体が見慣れたものに戻っていたからだ。仰向けで寝かされ先輩の上着が枕になっていた。気を失ってる間に、飲料水を買ってきてくれて飲ませてもらった。もうすぐ午後の授業が始まりそうだなと、ボッーーと考える。口の中に薬の味がまだ残ってる。追加で飲み物買おう。

先輩は自分が落ち着いたのを確認するように、あの姿になぜなったのか尋ねてきた。

「筋肉といえばバルガス先生だからです!」
「聞きたいのはそこではありません」
「この姿だと厄介なヒトたちに絡まれますから、ムキムキになれば追い払えると思って」
「理解しがたいがそういう理由ですか。頭がイカれてしまったのかと思いました」
「先輩すぐに解除しましたけど、充分レポートとれたんですか?」
「……だいたいは。貴方も飲んでみてどうでした?」
「もうすぐ授業始まりますし、口で伝えるにはいっぱいあります。今日帰ったら報告書っぽく書いてきてもいいですか?」
「それで充分です。ご協力ありがとうございました」

理由を話せば疲れたような表情をしている。また頭の心配されたが、さっきまでの先輩の対応もイカれてて冷徹だったわ。薬服用中の対応はアレだったけどアフターケアしてもらった。しかも、魔法アイテムを使える夢も叶えられた。少しの間とはいえムキムキのイメージも固まった。お代はいらないと言っていたが、これはお返しした方がいいだろう。お礼言っとこう。

「いつかムキムキになって先輩にお礼できるように頑張りますね!今回のお代はいくらですか?」
「ありのままの姿でいてください。いや、お代は……今回のことはご内密にしていただけませんか?」
「もちろん言いませんよ!二人の秘密ですね!」
「僕と関わってること、誰にも言ってないんですか?」
「言ってませんよ。先輩は人魚さんなので一応配慮してます。うっかり口を滑らしたら危ないですし」
「新入生……寮の特色を把握できてないところもあるのか」
「ん?なんか言いました?」
「授業も始まりますし、ここで解散しましょう。では、明日の夕方に報告書を取りに行きます」
「はい!では、また明日!」

急いで教室へと戻る。1時間にも満たないのに濃い時間過ごした。特に魔法薬の味は改善するべきだと、心の底から思った。

「振り回されるのは慣れていたのに、困りましたね」



翌日の夕方。

薬服用中のお詫びだと言って、ビチビチイキのいい立派なお魚を、片手で尾びれの方を掴み掲げながら渡してくれた。生臭ぇ。髪がしっとりしていたので、早急に捕獲してきたようだ。人間姿しか知らない人魚の先輩は、食物連鎖をナチュラルに見せつけてくるスタイル。

「生でも美味しいですよ」
「生きながらはちょっと!?」
「そのまま喰えと言ってないでしょう」
「捌いたことないんです……」
「そこは配慮はしてませんでした」
「お気持ちは嬉しいので、自寮にお持ちか……ぎゃあああ!?」

先輩が黒の革手袋を取り外すと、素手で人魚式魚の捌き方をおっぱじめた。

(このヒト、ヤバイ奴だーーー!)

イキのいいお魚はご臨終。始終、柔和な表情で行われたエゲツネェ行為に、センパイはヤバイ奴かもしれないと気づいてしまった。

お魚に罪は無いので、自分とグリムの晩ご飯にはなりました。
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