捻れた世界は待ってくれない


学校がある場所・賢者の島にも、娯楽は少ないとはいえ、住民たちが買い物するところは存在しているらしい。賢者の島以外の国へお出掛けするのも鏡を使うそうだ。自分はまだ鉱山以外、外へでたことはないけど。

ナイトレイブンカレッジ、通称NRCは敷地が広い。校内の移動も場所によっては、鏡を使うこともあり。校門から郊外にでると、街まで降りなければならないので距離が遠い。なので教師も生徒も、その学校内の外部に、店主のサムさんが営業している『Mr.Sのミステリーショップ』を利用している。学校の購買部なのだが、品揃えが謎すぎるくらいある。どこから仕入れているのか、このスペースで百貨店かと疑うくらい。もっぱら買い物は、この購買部なのだ。

そんな、自分もグリムと買い物中。

種類の幅は怪しい魔法関連のものから、食材、学用品、衣服……ゆっくりと店内を見学したら見つけてしまった。〝極東の国〟で生産されたであろう漫画や駄菓子、味噌等の馴染みの調味料。駄菓子はお値段据え置きで販売されていたが、他は輸入料的なものが加算されてるのか割高だった。漫画等の娯楽品はまだ手がだせないので、今のところ調味料系を優先させている。

「馴染みがあるものがあると、安心するんだよな」

外国に行くと自国の良さがわかるというらしい感覚に浸りながら、自分は何度目かのお買い物に来ている。グリムは直行で食材コーナーに行った。また会計前で母親と子供特有の『これは買いません!』繰り広げられることになるのかな。16にして、そんな経験を積みつつあるので複雑。手に持っていた漫画を元の場所に戻すと、今日の目的のところに向かう。つい最近今月分の生活費を頂いたので、切れかけていた食料品を仕入れる。メモを見ながら、カゴの中にホイホイ入れていく。

「このお店て、他に店員さんいるのかな?」

利用するのはまだ少ないが、ここへ来るたびにサムさんしか見かけないような気がする。純粋な疑問。

「Hey、小鬼ちゃん!欲しいものは見つかったかな?」
「こんにちは、サムさん!」
「あちらの小鬼ちゃんが、ツナ缶を爆買いしようとしてるから止めた方がいいかもね?」

気さくで明るい雰囲気漂う、どこからともなく現れたこのお店の店主・サムさん。自分はいつぞやゴーストたちへのお礼や、生活周りに必要なものでお世話になったこともある。ウィンクをよこし指さす方向へ視線を向ければ、レジ台に積み上げられたツナ缶の山がそびえたっていた。

「おわーーー!グリム何してんの!?」

あの毛玉、この短時間でいつの間に!?事前に言えば却下されるから、強行突破でレジ台に乗せるとか、どこからそんな悪知恵。そびえ立つツナ缶タワーをせっせと元の場所へと戻す。ツナ缶だって安くはない。積めばなかなかのお値段になるし、買うだけ買うとすぐ無くなる。

「ふなぁ!オレ様のツナ缶タワーが!」
「ツナ缶は一日一個まで!買うだけ買ったら、隠してても食べちゃうでしょ!」

抗議の声は聞かないフリ。学園長に思うところはあるものの、あの人の厚意で生活していけている。エンゲル値は高いが、お金は十分たりてるのではないかと思う。食費がネックなだけで。でも、やっぱり買い物とかしてると、なんの気負いもなく自由に使えるお金が欲しいなと思ったり。学園長から貰うお金と、両親から貰っていたおこづかいの受け取り方が違うのだ。今ならありがたみがよくわかる。お金大事。

「バイトしたいなぁ」

ボソッとボヤく。勉強や日々の修繕活動や騒動でてんてこまいだ。バイトする余裕はないし、思い浮かぶのは接客業など。自分に務まるのかと自信はない。欲しいなと思う物が買えるお金を、自分で稼げたらいいなて日に日に思う。しかし、ここは敷地が広いとはいえ学校。生徒がバイトするところがある学校なんて、聞いたことがない。

「バイトしたいなら、募集掲示板を見たらどうだい?」
「あるんですか!?」

購買部は人が集まりやすい場所。店の一面スペースに、そういう募集の張り紙を貼りつけてあるという。案内してくれ掲示板を見ると、様々な紙が貼ってあった。通常時はゴーストの職員がいたるところで、学園の補佐をしてるらしいのだが、やむを得ず人の手が欲しくなる時もあるらしく。自由な校風も相まってか、一部の苦学生や、教育の一環や、学んだ知識の力試し、お小遣い稼ぎなど校内のみならアルバイトを許可されてるのだとか。学校でバイトとは、なかなか自分の故郷では考えられないのでびっくりだ。

(んん?学園長や先生からのパシリ的な雑用も、こういうのが含まれてるのでは?)

「小鬼ちゃんは、よく学園の手伝いをしてるね」
「はい、身を置かせてもらっている立場ですから。あの、これって自分みたいな奴でも応募できるものですか?」
「Of cours。でも、魔法や専門知識を用いたものは難しい。それ以外の募集もあるのさ、募集紙を見てみなよ。見方がわからないなら、オレの判断で難しいものは省こうか?」
「いいんですか!お言葉に甘えちゃいますよ!?……お店の方は大丈夫なんですか?」
「All right!」

(大丈夫て意味かな?ここの人たちて、たまに特徴的な喋り方するよな)

先に買い物を済ませて、買ったばかりのツナ缶をグリムに与える。店内で飲食するのはまずいので、購買部の外へと連れだした。店主の厚意に甘えるが、そんなに時間もないから、募集してある内容を一枚ずつ紹介し効率よく示してくれた。セミナーを受けてる気分だ。内容は、魔法的な怪しげなものから、部活の手伝いなど、カフェのアルバイト……この学園のどこにカフェを併設してるんだと疑問に思いつつも、この前聞いたキザ歯先輩のバイト先かもと記憶が過ぎ去る。お洒落な表記だが、これはなんて読むんだろう。

飲食店のバイトにためらっていれば、あるワードを見て目が点になる。

〝場所・牧場〟

「牧場!?牧場なんかあるんですか!?」
「あるよ。食堂の食材はここからも賄われているね。牛鶏豚などなど……植物園には、魔法植物以外に野菜も育てているよ」
「……この学園どこを目指しているんです?」

名門校なのに自給自足を推進してるなんて、あいかわらずバラエティに富んだ学校である。学園の地図を見せてもらうと、広大な敷地の中にある牧場。誰かツッコミ入れる人はいないのか。ここの世界の人たちは特殊だから問題ないか。

「すごく端っこにありますね」
「魔法は使わず体力勝負。するとしても、休日前提になるよ。ゴーストたちならなんてことのない距離でも、正直、移動距離が遠すぎるから不人気なんだ。初心者には少し難しいところだね」
「ううん……実際に探してみると、自分には難しそうなものばかりですね。寮もまだまだ改修・掃除は必要だし。勉強や常識も学習したいから時間が足りない。うまくいかないなぁ」
「……」
「今回はいったん保留にします。せっかく時間を割いてくれたのに、サムさん………ごめんなさい」
「いいや、気にしなくていいよ」

あれもこれもと、両立できるほど器用じゃない。片方に力を入れて、必要なところを疎かにしてしまいそうだ。ちょっと落ち込みつつも帰る用意をしはじめる。とにかく、オンボロ寮は遠いのである。箒に乗って登下校してみたい。

(想像したら楽しそう。ま、妄想だけどさ)

「本当はバイト募集してないところなんだけど、頑張ってる小鬼ちゃんを応援してあげようかな。どうだい、購買部で不定期臨時アルバイトでもしてみるかい?」

腕を組み、茶目っけたっぷりの顔でウィンクするサムさん。惚ける自分にわかりやすく説明する。サムさんには、秘密の仲間たちが手伝ってくれるので、他者の手はほとんど要らないのだそう。秘密の仲間の部分、超絶気になる。

通常はそれで営業しているが、たまに家庭的な金銭関係で苦労している子に仕事を斡旋してたりするのだとか。セールだったり、用事で居ないときの店番など理由は様々。

「それもね、ある程度信用が無ければ成立しない話なんだ。店を営むのも、店主の裁量だからね」

苦笑するサムさんに、ちらりとNRCの生徒たちを思い浮かべる。みんなが、みんなそうじゃないけど、言葉にしてしまうのは失言だけど、なんか信用して任せるには怪しい部分あるもんな。購買部、特殊なもの色々あるし。

「短期間ながら、小鬼ちゃんの人柄は信用に値するとオレは思う。研修期間あり。バイト代は時給。詳細は追々で、無理そうなら後で断ってもいいよ。今はするかしないかの返事だけでいい」
「お願いします!」
「OK。ははっ、即答だね」
「今の自分には好条件すぎる話なので、つい。でも、サムさんにプラス要素が少ないのでは?」
「遠慮はいらないよ。雇うなら、しっかり働いてもらうからね?」
「悪さしようものなら、筒抜けになってそうですね……ちなみに、それってグリムも働けませんか?」
「小鬼ちゃんのbuddyも?」
「はい!」

急な展開ではあるが、購買部で社会経験を積むことになった。学園長にバイトの話を通してくれるらしく、何から何までお世話になる。一応、この世界の保護者な学園長。これで生活費が削られることがないと思いたいが、たまに経費がどうのこうのとか言ってるから不安。それを相談するとサムさんが、大丈夫だと断言していた。生徒から見る学園長と、学園関係者から見る学園長の姿があるんだろうなと思った。

異世界にほっぽりだされて、今後どうなるのか不安もあるけど、こうしてなんやかんや見守っていてくれる大人がいるから。頑張れそうです、お母さん。



オンボロ寮へと帰る道。

「グリム、日にちはまだわかってないけど、自分と一緒に購買部でバイトすることになったからね」
「!?」

当然のように嫌がるグリムに、用意していた利点を話す。自分で働いた金で、ツナ缶や、食べ物を好きなだけ買えるとチラつかせたら、途端にヤル気をだす相棒。その単純さに心配になった。
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