捻れた世界は待ってくれない
お昼休みの中庭のベンチに座り、パラパラと図書室で借りてきた本を読む。グリムたちは次の魔法薬学の授業の材料を用意し忘れていたそうで取りに行っている。自分は彼らの教科書・筆記用具など預かっていてお留守中。昨日の放課後、明日の準備はいいのかと聞いたのに土壇場で慌てるんだからなぁ。
「使った〝魔法力〟を回復させる薬とかあるんだ」
先生たちと面談してから、授業が少しづつわかってきて楽しい。魔法史楽しい。魔法薬学楽しい。ヤベェ超楽しいわ。トレイン先生の授業は、昼食後睡魔が襲ってくるが気合で起きている。授業内容は楽しい。やはり専門用語がわかってなけりゃ、楽しめるものも楽しめなかったんだ……体育育成はあいかわらずだけど、最初の頃より持久力がついてきたような気がする。
なにより魔法薬学が楽しすぎて!薬の配合さえ間違えなければ、自らの手で〝魔法〟を〝創りだせる〟のが魅力的。しかし、楽しいけれど実力はまだまだ追っつかない。圧倒的に知識不足。本で読むより誰かが作って、その手順を学んでいくほうが私にあっている。そんなにほいほい薬作りを付き合ってくれる人なんていないのがこの学園。補習で他の生徒とやることはあるけどできない者同士だしな。
「それは、二年生で習う範囲だな」
「うわっ!クルーウェル先生!?こんにちは!」
うーんと唸りながら本を読んでいると、頭上から声が降ってくる。クルーウェル先生だった。両手には使うであろう準備物を持っている。こんなところで会うなんて珍しい。
「こんにちは。予習もいいが一年の範囲以内にしておけ」
「好奇心で、つい」
「ところでこの前の魔法薬のし直しはどうなった?」
「材料の配分を間違えてしまって、植物園で材料を貰ってきてやり直そうと思います」
「二度目に失敗したやつを見せてみろ」
「え、はい」
「色素が薄いな。効果は半分といったところか。配分を間違えなければ、次は成功するだろう」
「失敗したものなのに効果半分はあるんですか?」
「この範囲の薬は危険性が低いものだ。一年生の前半に作らせるのはだいたいその系統。完全に失敗したものはただのマズい液体になる」
「魔法薬て不思議ですね」
「材料に特別な効能が宿っているものだからな。次の授業遅れるなよ」
「はーい」
先生はその場から立ち去ると、読んでいた本を閉じた。上級生が習う範囲だったんだ。一年生の範囲が完璧ではないのに手をだすのは早すぎるか。ひとまずこの前失敗した薬を成功させてからだな。千里の道も一歩から、筋肉と同じだよね。脳筋な思考をしつつ、遠くからグリムたちの声が聞こえてきた。騒がしい奴らですよ。
監督生は魔法に飢えていた。
ファンタジーの要素があるものなら貪欲に摂取するほどに。ナニかヤバイ薬を飲んだように勉強しまくる監督生は、まわりの様子に気づいていなかった。監督生が雑用で席を外している時に、親しい二人と一匹は例えばこんな会話をしていた。
「あいつ、どーしちゃったの?」
飲み物片手にエースは口を開いた。
「聞いてみたら、魔法に飢えてるとか言ってたな」
「寮に戻ってもノートになんか書いてて、ずっとムズカシソウナ本読んでるんだゾ」
「げっ!?」
「授業いがいで!?」
「オレ様とおしゃべりはするしゴーストたちとも遊ぶから、心配するほどでもないんだゾ」
「病的ではないのか」
「ゴーストと遊ぶんかい」
これが勉強することに抵抗のない者なら、好ましく写る部分もあっただろう。この場には魔法が使えることがあたりまえで、監督生の行動が理解できずにいる。グリムもその一人だが気にしていない。自分に強要してくるなら抵抗するが、まだそこまで巻き込まれていないからである。
「なぁ、なぁ、デュースとエース。監督生て最近どうしたんだ」
「気迫がありすぎて不気味なんだけど」
数名、彼らに話しかけたのは同じクラスのハーツラビュルの寮生だった。件の事件以降、話すようになった仲の生徒たちである。
「いつもの魔法を拗らせてるんだと」
「あー、いつもの。あいつて嫉妬とかわかないの?」
「だよなー」
「あのさ、あいつの誉め殺し止めてくれねぇ」
「バルガスの事件いらい、ペア組むと呼吸するように褒めるんだけど」
「諦めろ。自覚してないから」
「コワイ。次はどの相手が餌食になるんだとか言われてんだぜ?」
寮生たちはエースとデュースとグリムのいる席の近くに座る。
彼らは監督生に関わるようになってから驚いていた。式典の時に学園長や闇の鏡とのやりとりで、異世界から変な奴が迷い込んできたという情報は知っていた。でも、その人となりを知る者は極めて少ない。監督生と関わりがあるのは授業で関係のある先生と学園長、ハーツラビュルの寮長と副寮長とケイトとこの一年コンビとグリムのみだった。ハーツラビュルの一部とガッツリ関わっているが、メンツがメンツなので遠巻きに見ていた。なよっとして薄ぼんやりしてる男のくせに、見た目に反してガチギレの寮長に反論するし暴走した寮長に突っ込んで行くし行動がイカれてると思っていた。
そうだったのに。
一連の事件が終わって彼らも考えた。少なくとも問題児たちのおかげでハーツラビュル寮の問題は解決した。厳しいところあるが転寮を考えない程度には。変えた彼らを、知りたくなってしまったのだ。
「別にそこまで、言われることか?」
「デュース、お前は麻痺してきてるんだ」
「なんかお世話とかそんなレベルじゃないもんな」
「なにか見えないなにかが俺たちにダメージを与えるんだ」
「恥ずか死ぬ」
「とか言っておまえら、なんだかんだ嬉しんだゾ?」
「うるせぇ、狸。ツナ缶食ってろ」
「テメェはもう少し口の悪さ直した方がいいんじゃね」
「狸じゃねぇ!オレ様に対して急激に態度悪くなるのはやめるんだゾ!!」
「ユウとグリムで足して割ったらちょうど良くなるんじゃないか?」
「両極端すぎるんだよオンボロコンビ」
まさかあんな性格だなんて思いもしなかった。ハーツラビュルの寮生たちは、こんなプライドの高い連中だらけの中でよくあんなに頑張れるとつくづく思った。
クラスには他の寮生も、ちらちらと彼らを気にしているものはいる。そこまで踏みこんではこなかった。ひっそりと彼らの話に聞き耳を立てている。この学園はヤンキー気質が多く絡んでくるヤツも多い。上級生に歯向かい実質いい勝負に持ち込んだというオンボロ二人組とエースとデュースたちの行動は、本人たちの知らぬところでクラス内で過大評価されてたりする。それはその場に居たハーツラビュル寮の生徒が話を盛ったり、噂に尾ひれがつきまくった結果だが。
「あのさ……監督生が肖像画に求婚したってマジ?」
「ブハッ」
「うわっきたねぇ」
「ゴホッゴホッ鼻に入った死ぬ」
「肖像画てロザリアちゃん………か?」
「そうそう。デュース何か知らねぇ?二年の先輩から聞いたんだけどまさかな〜」
「そうか………あいつ、ついに!」
「デュース?え?マジ?」
「そういえばユウのやつ。この前からちょこちょこロザリアちゃんとこに通ってるんだゾ」
「噂どおり本気?」
「ユウは以前、ロザリアちゃんに対して愛を熱く語っていたからね〜。種族なんか気にしないて………あいつのこと応援してやってくれないか?」
「女がいないとかじゃないんだな?」
「この世界の人間じゃないんだろ?」
「悲恋になる未来しか」
「悲恋じゃねぇよ純愛だよ」
「僕は応援するぞ!」
半分本当で半分嘘を混ぜて話すエースに、ハーツラビュル寮生とデュースはまるっと信じてしまう。その話を聞いていた他の寮生も、衝撃的な誤解を抱いたまま話は広がっていくのだった。
「話を盛りすぎだゾ」
「こんな面白いこと茶化さないでどうしろと?」
「ユウにバレても知らねーんだゾ」
良くも悪くも監督生の行動は、愉快犯気質の多いこの学園の生徒に注目されていた。これまでの行動はもちろん、情報は共有され多すぎる肩書きは日々更新されていく。
『異世界の住人』『魔法が無い監督生』『モンスターの相方』『猛獣使い』
『シャンデリア破壊事件の一味』『近くと誉め殺し』『肖像画に求婚』
新入生を中心にじわじわと新たに『監督生は勉強狂い』という噂が、学園に広がっていくのはそう時間がかからなかった。
〝彼〟の肩書は増えていく。〝彼女〟の知らないところで。好き勝手に言われている件を知るには、まだまだ先になりそうだ。