捻れた世界は待ってくれない


『チッーーっチチッ』
『チーー』

「この子は少し引っ込み思案で、あっちの子は元気でいつも手を焼くんだ」

色とりどりのハリネズミたちは、赤毛の少年に良く懐いている。彼が手を差し出すと、すりすりと近寄っている。一匹が差し出した手の上に乗りちょこんっと座った。

「代々ハーツラビュル寮で飼育している子たちだから、人馴れはしているんだ。なんでもない日のティーポットやクロッケーでも役目を受けもつのもあるからね」
「わがまま聞いてもらってすみません。ありがとうございます。リドル先輩」
「小動物に触りたいという理由はおかしなことではないよ。ハーツラビュル寮の伝統を知る一つのこととしてなら歓迎するよ」

これで説明は終わりだと言う彼は、満足気にハリネズミをなでなでしている。趣味がハリネズミの世話で好きな食べ物が苺タルトな、リドル・ローズハート先輩のかわいすぎる年相応な一面を見てからは、おっかない第一印象は薄れつつあった。

それはさておき、美少年と小動物が戯れている光景。マドル払わなくていいのだろうか。
俗っぽい思考が通りすぎた。


なんでこんな天国みたいな状況にいるかというと、今日はリドル式勉強会の日だったからだ。

前回、合計1000ページ以上のテキストをプレゼントされたのだが、さすがにキツすぎたので詳しく実演式を頼みこんでそうなった。トレイ先輩が『リドルは真面目だからな』と笑っていたが、テキスト作成中に気づいても指摘していない。トレイ先輩は優しいけどナイカレ生の片鱗を見せるよな。

ハーツラビュル寮にお泊りしてまでやる気力ないけど、雰囲気は鬼教師リドル先生の強化合宿に参加しているみたいだ。そんな先生の授業は詰め込み式。16歳の年代が習うまでの範囲プラスで普通の高校一年生の勉強も同時進行してる。自分としては馬鹿にしてくる他の生徒たちを、ぎゃふんと言わせたいのもある。魔法世界0歳児を全力で馬鹿にするやつなんかに負けねぇ!ファンタジーおたくの本気を見せてやる!と意気込むが、頭が破裂しそうなのでタイムもらった。頭の回転が速いだのと評価してくれてるが、頭のいい人の説明はちょっと難しいところがある。アニマル見たら脳が回復すると必死にお願いをして、若干引きつつもハリネズミ部屋へとご招待されて、現在に至る。

「ハリネズミニウモレタイ」
「針に刺さるよ」
「ちょっとねころんでいいですか?」
「ちょっと詰め込みすぎたかな?ハリネズミ一匹から触る練習をしようか」

人馴れしてる子たちなので、少ししたら懐いてくれた。すごく可愛い。つぶらなお目目が可愛い。リドル先生もハリネズミ効果で柔らかい雰囲気だ。あ〜癒しの空間。うちのグリムももう少し言うこと聞いてくれたらな……くそ〜茶化しにきた三トリオを巻き込んでやろうとして逃げられた。デュースはなんだかなんだやる気だったのに、エースが機転を利かせて逃げた。ペアによくされるからヤバイと思ったのだろう。そんなに嫌なのか。

「はぁ〜〜グリムもこんなに素直だったらいいのに」
「キミたちニコイチなのに、片方が見かけないと思ったら逃げたのかい?」
「勉強関連になるといつもそうです。通常授業はなんとか受けさせているんですけど、逃げ足早くて……それにヘタしたら火の魔法も使ってくるから難しくて」
「学園長からなにか監督を補佐できるものて貰ってないの?」
「ゴーストカメラていう貴重なものは頂いています」
「直接止める手段ではないね……もし魔法を使い抵抗するようなら、ボクを呼ぶといい」
「先生をですか?!」
「先生、て…まあ、勉強を教えている身だ。ボクのユニーク魔法はおわかりだね?」
「魔法封じですよね」
「反省するのに効果的だよ。最近は首をはねる機会も落ち着いているし、腕が鈍ったら悪いしね」
「首はねるき満々じゃないですか」

グリムに対するボヤキを聞いてもらっていたら、またまたありがたい申し出をしてくれた。ハーツラビュル事件中は理不尽すぎる部分もあったが、あのユニーク魔法は魔法で悪いことやヤンチャする奴には効果絶大なのである。大方の生徒たちには畏怖で牽制させる力がある。ちょっと吹っ切れすぎな気も?

「ふふっ……それにしても、キミは魔法を使えないことをあの人は知ってるはずだ。どうして監督生にしたの?」
「猛獣使いの才能があるからどうたらこうたら」
「魔獣とペアを組めている部分があるとはいえ……」
「魔獣の躾の手順とかあります??」
「本でそれ関係のものは見たことはあるよ」
「少しでも知識が欲しい。それどこにあったか教えてもらえませんか?」
「図書室の管理人に聞いた方が早い。プロだからね。ボクのクラスを教えておくよ。緊急事態になったら駆けつけにおいで」
「あいつら時間とかお構いなしにドンぱちするので、授業とか遅れる可能性ありませんか?」
「先生たちから信頼はある。ある程度の理由を話せば、移動授業も多少多めに見てくれるさ。備品を破壊するのを防ぐ理由に悪いところはない」
「リドル先生頼もしすぎる」


差し入れの苺タルトを食べてから、勉強会は再開した。熱の入った講義に再び頭が爆発しそうになる頃。夕食の時間になったのでトレイ先輩からお呼びがかかった。ハーツラビュル組と一緒に共にさせてもらった。普段は夜の食堂を利用しているらしいが、リドル式勉強会が行われていたため。いつものハーツラビュル寮五人組とオンボロ寮組で談話室で食事をとる。並べられた料理は、トレイ先輩が作ったらしい。どれもおいしかった。

「ごちそうさまです」

トレイ先輩が食器の後片付けをするというので、自分も手伝おうとついていく。休憩していていいよと言われたが、気になってしまうのでやらせてくださいと言うと苦笑していた。調理器具も食器も洗い終わり片付け終わるころ、先輩が夕食後のデザートを冷蔵庫から取り出していた。

「トレイ先輩てお菓子作りは上手だと聞いていたんですが、お料理も得意なんですか?」
「家の手伝いをすることが多かったから一通りはできるぞ」
「スペックが高すぎる」
「なんだ?教えて欲しいのか?」
「できれば、ぜひ。先輩のお暇がある時に気がむいたらで、レシピ本を読んでもあんまりわからなくて」
「レシピ本通りにやればできるんだけどな?自分でアレンジ加えてないか?」
「適量の部分がわからなさすぎる」
「リドルと同じこと言ってるな」

トレイ先輩とも一連の事件で仲良くなれたと思っているが、この前のケイト先輩のことがあるのでなんとも言えない。よくよく考えれば、彼らは高校三年生だ。年も違うし、生きていた世界も違う、それにここはナイトレイブンカレッジ。粗雑に扱われないだけでももう充分だ。ほんのちょっぴり距離を感じてしまって寂しい気持ちはあるにはあるが、これくらいの距離がほどよくていいんじゃないかと思う。先輩と後輩の関係でいてくれるなら、それでいい。リドル先輩の家庭のこととか話したいことはあるが、まだもう少し先に伸ばそう。

今度のなんでもない日のタルト作りを手伝うのを条件に、料理を教えてもらうことになった。

まだまだ、これからだ。


オンボロ寮への帰り道、心を鬼するようにグリムにお話もとい脅しをかける。

「グリム、火の魔法をほいほい使うのはダメだよ」
「あれくらいどうってことないんだゾ」
「火事になるかもしれないからダメなものはダメ!」
「オレ様コントロールの達人だから大丈夫。口うるさいんだゾ」
「もう……次使うようなら、リドル先輩召喚するから」
「ふなっ!?それは、ズルイんだゾーーー!」
「ズルくありません」

正直、人の威光を使っているのでズルイのだが、こればかりはしょうがない。魔獣に人間の常識を教えるのは難しいな。しばらくこの脅しで控えてくれたらいいんだけど……


その願いは虚しくフラグは即回収されたり。
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