知り合った先輩は人魚らしい
休みの日がやってきた。
「いい天気!」
風もほどよく吹いていて、暖かい太陽の光が降り注いでいる。今日は洗濯物日和。
休日はエースとデュースといつも一緒にいるわけじゃないので、オンボロ寮には自分とグリムしかいない。ゴーストたちは、ゴーストの集まりかなんかで出払っている。グリムは、寝室で日向ぼっこしながらお昼寝している。気ままな奴です。
この前、オンボロ寮改装第一段作業で、ベットから剥ぎ取って、シートの上に置いておいたシーツたちを洗い干している。改装について寮全体は、自分含めた三トリオとバルガス先生のおかげでざっと綺麗になったが、やらなければいけない要素は盛りだくさん。大きな変化といえば、屋根の雨漏りと寝泊まりする私室が超綺麗になった。トレイン先生とクルーウェル先生がくれた掃除用魔道具たちが便利すぎた結果だ。
オンボロ寮を初めて見たときは相当覚悟した。これなら時間の限りどこまで綺麗になるかやったろうやないかと気合が入る。先生たちは教師の鏡だ。心配して様子は見に来てくれ、色々と自分がやりやすいようにしてくれる。改装も本来ならやらなくていいと言われたけど、魔法清掃会社などに頼むとお金がかかるそうだし、考えた結果それは突っぱねた。
学園の外の世界なんて一人ではいけない。休日にここでやることなんて、勉強と掃除と絵を描くくらいなものだ。帰宅部だから体を動かすのにもちょうどいい。うん。健康的。昔よりアクティブになったなぁと思いながら、ルンルン気分でバサァと物差し竿にシーツをかけた。
「ご機嫌ですね」
「洗濯物日和なんで……うおっ!?センパイ!?」
一人だったはずなのに、声をかけられ背後に制服姿のギザ歯先輩がいた。今日は休日なのに、なんで制服。だいたい休日て、オンボロ寮いがい寮服なのに。
「こんにちは、休日なのに珍しいですね」
「こんにちは、監督生さん。実は僕、この寮に興味がありまして見学をしに来たんです。連絡も無しに来て申し訳ありません。いらっしゃってよかったです」
「そうなんですか!?どうぞ、どうぞ、ご自由に見学なさってください!あ、でも、洗濯、そういえばゴーストたちもいないし、おもてなしの準備もできてない!」
「ああ、焦らなくても大丈夫ですよ。ゴーストさんに会うのは恐ろしく緊張するので、いないのなら都合がいいです……ん?なんですかその何か言いたそうな目は?」
「怯えてる先輩のイメージが想像できなくて脳がバグりました」
「素直でよろしい。ところで、グリムさんは今日もいらっしゃらないのですか?」
「いらっしゃいますよ。あの毛玉は寝室でお昼寝中です」
「そうですか、ではこのシーツを干してしまいましょうか」
「えっっっっ!?」
流れるような動作で、シーツ専用の洗濯籠に入ったものを干しはじめる先輩。さも当たり前のようにやり始めたので、驚いている間にどんどんに減っていく。
「監督生さんは、籠の中のものを取って僕に渡してください。バトン式の方が効率が良い」
「は、はい」
先輩の指示に従いシーツ渡していくと、受け取った先輩は素早く広げて物差し竿に干していく。その動作の早いこと早いこと。タッパがあるし両腕が長いから、広げる瞬間地面につきにくい。こなれているからスルスルと終わっていく。むしろ自分の方が渡すのが遅く、若干待たせてしまって邪魔しているような気分だ。
「はい、これでお終い」
終了の掛け声とともに最後の一枚が干し終わると、思わず拍手してしまった。だいぶ時間かかるだろうなと思ってたら、予想より遥かに早く終了。魔法とか使えばもっと一瞬で終わってしまうんだろうな。
「ありがとうございます」
「せっかくの休日に、寮の見学させていただくんです。これは前払いの対価ということで」
「先輩てほんと貸し借りきっちりする律儀な人ですね」
「そうでしょうか?借りたモノは返すーーー稚魚でも知ってることです」
くっと笑って、ギザギザの歯が見える。今日も嘲るような表情が似合ってる。
「稚魚て、人魚っぽい例え方ですね!」
「貴方の変化球に慣れてきました」
記念すべき五度目となる先輩との接触。オンボロ寮に先輩が遊びに来た。洗濯物も手伝ってくれたし、至れり尽せりは相変わらず。おもてなしも満足にできないので精一杯案内しよっと。
キッチンで先輩に入れて貰った紅茶を飲む。めちゃ美味しい。客人におもてなしさせてることはもう気にしない。客人用の茶菓子を隠していたのに、なくなってたから後でグリムをシメなきゃ。
「先輩て顔面良いですね」
「脈絡もなくいきなり何を?」
「いや〜先輩なら知ってるんじゃないかと!!この学園のイケメン率!!」
「ああ、そういう。容姿端麗な方が多いと思いますが偶然ですよ。それにしても、意外ですね」
「意外?」
「あまり気にしないタイプだと思っていたのですが……」
「気にするタイプです。一回でもいいから容姿端麗になってみたい」
「ご自身を磨く努力が必要かと」
「この顔のパーツでは努力で補えないんですよ」
「なるほど」
「ちょっと今、傷つきましたよ」
「おや、酷いことしました」
ゆったりした時間、細々当たり障りのない会話にも飽きて、以前から少し気になっていた話題をふってみる。この学園の異常な顔面偏差値について、この先輩なら知ってるんじゃないかという期待も込めて。
「絶対そう思ってないですよね!?イイ性格してますよね」
「よく言われます。でも、僕のことお嫌いにはならないんでしょう?」
「まぁ、まだ形容範囲です」
「範囲広いですね。ふむ、嫌いなタイプなどいらっしゃるんですか?」
「いるにはいますけど、うーん、まだそのレベルには出会ってないです」
「この学園で、まだ居ない?」
「どんだけこの学園殺伐としてんですか。そうか……偶然なのか。学園長がメンクイだと思ってた」
「ほぉ……それは、それは、その話是非聞かせて下さい」
「そこに食いついてきます?」
それにしても、グリムを起こさないように気遣い寝室は避けてくれ、静かに音も立てず見学、キッチンで一服し、紅茶の元は彼が持参してきたものだった。おもてなしの化身だ。紅茶セットは改装の時に未開封新品で発掘されたので、魔道具で洗浄浄化して使用している。
「本日は、とても面白かったです。オンボロ寮の中はなかなか広いのですね。外観の雰囲気にそぐわず、中も思ったより綺麗だ。僕のところの寮や他の寮とも違う趣あります」
「本当ですか?最初は見るも無惨で、この前改装第一段階が終了したところなので、客観的に見れる人が来てくれてよかったです」
「………一人であそこまで磨き上げたんですか?」
「まさかっ!確かに自分もしましたけど、グリムと頼もしい助っ人たちが手伝ってくれたんです」
「助っ人とは、お尋ねしても?」
「友人と、あんまり他の生徒に言えないんですがバルガス先生です」
「……いつの間に」
「ひ、贔屓じゃないですよ!自分の境遇に同情してくださっただけで!」
「非難してるのではありませんよ。どういう過程で仲良く?」
「全力で褒めちぎったら、親身に助けてくれるようになりました」
「あの方はそういうところありますが、陥落が早すぎますね」
「ですよね。自分もビビリました」
「貴方が驚いてどうするんですか」
ムキムキの男が勢いよく詰めよってくるんだぜ。ビビるわ。気にかけてくれるのは、本当に助かってる。卵の差し入れくれるし。
キッチンの内装を見ながら感嘆した声をもらしたので、慌てて助っ人たちのことを話す。寮内は自分も頑張ったが、屋根の上はほぼバルガス先生がしてくれた。そこもやろうとしたら、エースやデュースたちやバルガス先生に、空も飛べない奴が無茶するなと、めちゃくちゃ心配されて辞めさせられた。よって功労者は先生なのである。
「これからも掃除を続けるんですか?」
「続けますよ!寮内はまだまだ、外観も気になる、周りの木々や寮を囲う柵とかも磨きあげたいですし、階段とかも〜」
「貴方は雑用も掃除も楽しそうになさるんですね」
「今は楽しいですね。だけど、ずっとじゃないですよ。しんどくなる時だってあります」
「そう……〝楽しい方〟がいいに決まっていますからね。監督生さん、掃除は得意ですか?」
「得意かわかりませんが、好きですよ」
「それも一つの才能。清潔にするというのはいいことです。これからも極めていくのを応援してます」
「褒められた!頑張ります!」
褒めるのは、だいじ。やる気につながるし頑張ろうて思っちゃう。ギザ歯先輩は褒めるのも上手だ。でも厳しい時もある。飴と鞭の使い分けが得意そうだよな。面倒みる相手がいるて言ってたから、もしかして兄弟でもいるのかな。しっかりしてるから、お兄ちゃん属性もあるような気がする。また属性が増えた。関われば関わるほど隙無いなこの人。弱点とかあるの?
「……監督生さん、かけられた言葉の裏の意味を考えたことあります?」
「裏とかあるんですか?考えてもわかりません」
「僕も貴方の人間性考えてもわかりません」
妙な反応をするギザ歯先輩に不思議に思いつつも、楽しい緩やかな休日を過ごす。グリムはまだ寝てるのかな。いつものお昼寝の時間過ぎたら、キッチンくるのに起きてこないな。今日はいい天気だし日向ぼっこ延長してんのかな。
「学園長にかけられたあらぬ疑惑……その話を聞く限りでは、黒い馬車か闇の鏡の方になるのではないかと」
「闇の鏡!そうかあいつがメンクイだったのか!だから、入学拒否されたのか納得!」
「貴方も大概、話を聞いてませんね」