捻れた世界は待ってくれない
不良に襲われたところ、狩人な先輩に助けてもらえたけれど酷い目にあった。先ほどの光景を思い出しながら、ようやく目的の場所へ辿りつく。授業で使った備品をこの教室へしまうのだが、ここまで来るのにへとへと。
(さっさとしまい直して寮に帰ろう)
教室の扉を開けようとしたら、密かに猫の鳴き声と人の話し声が聞こえてきた。この学園の猫といったら、ルチウスしか思い浮かばない。トレイン先生と常に一緒にいるところしか見ないけど、自由行動の時間なのかな。人の方はトレイン先生ではなさそうだし。
まぁ、いいや。殴りかかってこないなら大丈夫でしょ。猫と戯れているなら危険な奴じゃないっしょ!
ガラッと扉を開ける。
「失礼します。授業で使った備品を戻しに来ました」
「ルチウスたん。今日もぶさかわでしゅね〜。肉球ぷにぷ……に……」
「アッ、スミマセン」
全身青っぽい長髪の男の人が、猫撫で声でルチウスに話かけている現場に立ち入ってしまった。この位置からは髪と背中しか見えないので、顔は見えていない。明らかに見てはいけなかった光景。自分は冷静なり箱に書かれた番号を見て、持っていた備品を同じ番号が書かれた場所に置くと、そそくさと帰ろうとした。
「では、失礼しまし…」
『見ぃ〜た〜な〜』
「ナニモミテマセン‼︎」
教室から出ようとあと一歩のところで、背中から両肩をガシッと両手で掴まれた。少し真上からじめじめしたイケボが聴こえてきた。汗がたらたら流れる。手の大きさもそうだけど、横目から見た体も結構な大きさだ。さっきの追いかけっこで力を使い果たしている。ここは人目も少ないし、今度こそ万事休す!
「見たよね?今の見たよね?」
「見てないです。何も見てないです」
「……僕の顔見た?」
「髪と背中しか見てないです。貴方の顔は位置的に見えてません。ここから速やかに立ち去れば、何も見てなかったことにできます」
「……わかった。僕も君の顔は見ていない。お互い何も見てないことにしよう、うん」
顔を見てなくてもその姿だけで、ピンときそうだが余計なことは言わんとこ。ぼそぼそと小さな声で囁く言葉は実にヤバし。突然のイケボは心臓に悪い。両肩を掴んでいた両手は離し、少し離れた感じがした。
「………一応」
(まだ何かあるのか!?)
手を掴まれ、後ろからカサッと小袋が渡された。
「口止め料だよ。もう会うことはないと思うけど……ほら、さっさと行ってよ」
「あ、え、ありがとうございます?」
なんかくれたのでお礼を言ってみる。別にこんなものを渡さなくても、この人のことは知らないから言いふらさないのに。警戒心が高い人間だ。そのまま後ろは振り返らず、空いた後ろ手で閉めると全速力でオンボロ寮に戻った。
オンボロ寮の入り口で倒れこむと、はぁと息がもれる。なかなか濃い放課後だった。
「何をくれたんだろ?あの人…」
片手で握ったままの小袋を見てみる。軽い感触。握り潰さないようにしたので、お菓子だとは思う。
「……え、これ駄菓子じゃん」
見知ったデザインではないけど、雰囲気が子供の頃から慣れ親しんだあのお菓子たちに似ていた。お菓子の封を開けると取り出した中身を口の中に放り込む。
懐かしい味がした。
「あの味とまんまじゃん…あ、れ?おかしいな……」
ポロポロと、涙がでてくる。この世界に故郷と似ている場所があることは知っている。食べ物もあるのも。だけど身近に、手が届く場所に、このお菓子があるとは思わなかった。食べれるとは思わなかった。完全に不意打ち。帰る方法探している最中に、ホームの味はいたいけな子供の心に突き刺さった。
「あの人何者なんだろう……もったいないことしちゃったな……」
お手伝いしているといいこともあるんだなぁ、とさくさくお菓子を食べながら監督生はしみじみと思う。しばらく入り口で泣きながらお菓子食べている姿を、ゴーストとグリムに見られ一騒動起こったのは語るまでもない。
ーーー後日、購買部に訪れるグリムと監督生の姿があったという。
「あいつ…お礼を言うなんて、変な奴だな……」
場所を変えてルチウスの肉球のぷにぷに感触を味わう、青い長髪の男イデア・シュラウドは盛大にフラグを立てたことは気づかない。
『もう会うことはない』
オタクの彼がそのフラグに気づかないほど、現場を見られて動揺していた。