捻れた世界は待ってくれない


図書室で元の世界へ帰る方法を調べるのをいったん中断している。

(この世界て〝ナットウ〟あるの!?)

魔獣の育て方やオンボロ寮生活に参考になるような本がないか調べに行ったら、衝撃的な事実を発見してしまった。危うく膝で飽きて寝ていたグリムを落としそうになる。

自炊したいとも思ってるから、ついでに初心者用の料理の本関係を探していて、この世界の料理全集みたいな本を読んでいるとその名前が出てきた。それは〝極東の国〟にあるらしく国名はわからなかったが、もしかしたら故郷に似ているかも。とにかくめでたい。ナットウ……納豆があるなら、醤油がある!味噌がある!大豆だから!

品揃えが謎でどこから仕入れているのかわからない購買部のサムさんに、置いてないか聞いてみよう。馴染みのある調味料あったらいいな。購買部への買い物リストが増えていく。急激な貧困事情に悩まされているけど、調味料は必要なものだからと自分に言い訳する。生きていくのって大変だな。

本を閉じて、少しため息をつく。

「この世界て自分の世界とそう大差ないかも…やっぱスマホとか近代の機器が大きいよなぁ。その上、魔法もあるし」

誰に聞かせるでもなく、いつもの独り言。考え事してたら口からもれる癖直さなきゃなと思いつつも、思い浮かんだ考えを整理していく。

「考えたらこの世界て、科学と非科学が共存しているんだよな〜すごいや」
「近代の機器は便利じゃからのう」
「自分の世界じゃ、魔法て否定されてたものだから共存してるってステキ」
「それぞれ違う者が共存していくというのはいいものよな」
「ですよね………ん?」

独り言のはずが誰かと会話している。今日の連れはグリムしかいないはず。私は一体誰と話してるんだ?少々ビビリつつ恐る恐るまわりを見回す…誰もいない。ま、まさか。

「と、図書室に住うゴースト!?」
「くふふ……違うのぉ、ちょいと上を見よ」
「うえ?」

何処かで聞いたような笑い声。上を見上げると顔面度アップの美少年の顔が、細く微笑みながらこちらを見ていた。ばっちり目と目が合いました。

「〜〜〜〜〜っぁゃ!?」
「ふなぁっ!」

咄嗟に大絶叫を抑え込んだので変な叫び声になり、おまけにグリムを落とした。グリムは小さく鳴きつつすやすや睡眠続行している。起きんのかい。

「勉学に勤しんでいるようじゃな」

(この人、ヒトは、えっと寮の名前なんだったか……ディア……ソムニア寮の!)

上からぶらさがるピンクメッシュの美少年。そこにいたのは、学校生活初日に出会ったリリア・ヴァンルージュ先輩だった。

「お久しぶり…です。ヴァン…ルージュ先輩」
「ほほう、覚えておったか」

逆さ吊りから正常の体勢へと戻った先輩は、自分の隣に座ってきた。前にもあったこんなパターン。あんなインパクトのある登場したのに忘れられるわけがない。自分も醜態晒していたし、先輩も記憶に残っているんだろうか。しかし今、ちょっとワクワクしている。お年寄りのような喋り方をするこの少年の雰囲気は奇妙で、独自でヒトならざる者がしてファンタジーを感じている。なにより耳はシャープだし。エルフっぽい。パッと消えて、パッと現れる姿にドキドキしてしまう。今のところ、こういう登場の仕方するこの先輩いがい見たことがないし。

「どうした、耳ばかり見て?」
「なんでもないです。先輩も何か調べものですか?」
「暇だったのでな。面白い本がないか物色している最中に、お主の呟きが聞こえてきたんで顔を出してみたわけよ」
「お、大きかったですか。すみません」
「いやいや、わしが耳聡いだけじゃ。お主はよくここに来るのか?」
「よく来ますね。調べたいことがたくさんありますし」
「勉強熱心よの」
「そうでもないのですが、この図書室広いのに生徒の利用も少ないから利用しやすいんです」
「そうだな。試験前や読書好きか授業関係で資料集めに使う以外、あまり生徒が利用せんからな」
「それに知らないことばかりで、ここにはすごくお世話になってます」
「ふむふむ、そういえば…お主…そうじゃったな。見知らぬ世界の物事に好奇心があるのもそれに勤勉な態度は好ましいこと……どれ、何か知りたいかな?教えてやろうぞ」
「えっ!?」

自分の呟き聞かれすぎのような気がするぞ。以前、他の先輩にも聞かれて知り合ったしな。そのままずるずる雑談タイム。前回またお話してくださいねと、お願いしたの覚えていてくれたのかな。それなら嬉しいな。成り行きとはいえありがたい申し出をしてくれた。

「くふふ。ここ500年の記憶は覚えておるよ。歴史を教えるならトレインには負けぬよ」
「500年!?長生きですね!」
「……ん?」
「失礼を承知でお聞きしたのですが、あの、先輩て人じゃないんですか?」

うおおおやっぱこのヒト、人外だあああ!図書室は人外さんと遭遇する率高い場所なのかもしれない。ギザ歯先輩もそうだった。500年も生きているから、お年寄りみたいな喋り方するのか。ショタじじい………やっぱこの学園属性のバーゲンセールやってんのかな。私すごくそういうの好きです。

「ヴァンルージュ先輩、人間にすごく友好的ですね」
「……ふむ、わしが人間じゃないといつ気づいた?」
「え…わりと最初から」

あれ?空気が少し変わったな。もしかして、あそこ流した方が良かったのか!?たしか伝承とか調べた時に、妖精との接し方とか乗ってたような…実際に本物に会う機会なんか訪れるなんて思ってもみなかったから失敗しちゃった。すかさず、声量を落として弁解。

「す、すすすすすみません!魔法がある世界だから、そうなのかと思って。正体を探ろうとか思ってません!悪意と敵意はありません。なんというか自分は人外に憧れていて、ついそういう存在に会っちゃうと礼節を忘れちゃうていいますか…もしかして、人間に知られたら消えちゃうとか!?魔法の粉とかで記憶消します??ちょっと残念ですけれど、ヨウセイさんが消えるとかありえないんで…!あ、ヨウセイとは気づいていない…いないです!」

「………くははは、ちょいと落ち着けよ。知られたくらいで消えるものか。どこの話じゃ………冗談じゃよ」
「え!?あ、冗談なんですか?」
「お主は〝何も気づかなかった〟し、わしも〝気づかれなかった〟でいいと思わないか?」
「あ、そういう合わせ方……そんなアバウトでいいんですか?」
「そちらからすれば〝わしら〟は大概いい加減な存在じゃろ?そういうものは曖昧でいいのじゃ……こうもすんなり、信じる存在がいるとは思わなかったものでな」
「獣人やにんぎ、ゴホンッ、ゴーストがいるくらいなので、先輩のような方も知られていると思ったのですが、そう一般的ではないのですね」
「二度目の接触で即バレとは誤算だったが、広いくくりでの認識と見た。これはこれで面白い。外から来た異界の人間だからこその着眼点と言えよう。普通の人間にしか見えないと思ったが、存外良い物を持っているようじゃな」
「ふ、普通の人間です。ここのヒトたち、なんでことごとく高い評価してくれるのか」

ただのファンタジーおたくですとは言えまい。間に受けてしまった。からかうの好きな先輩が多いのかな?なんにせよ身元を公にしてないようだ。事情があって隠してるのかな。魔獣、ゴースト、しゃべる絵画に肖像画、人魚、妖精…すごいよ、魔法の世界。想像の中の憧れの存在に会えるなんてまさにマホウみたい。これってまさか夢オチじゃないよね。頰つねってみた。痛い。

「いきなり、頬をつねってどうした?」
「一周まわって自分の夢オチかと思って」
「奇怪な思考しとるの。マレウスが珍しく気にかけておったから、どんなものかと思ったが……」
「まれうす?」
「ん?知らなかったか?我が寮の寮長じゃ」
「ディアソムニアの寮長………あ!」

そういえば姿は見てなかったが、リドル先輩オバブロ事件の時に倒れて何処かの寮長に介抱してもらったと聞いていた。すっげー忘れてた。

「先日は先輩のところの寮長さんに介抱していただいたと聞き、お礼を言いたいと思ってたんです。ありがとうございます」
「忘れていたじゃろ」
「忘れていました」
「素直でよろしい。くくくっ、わしから奴に言伝しておこう。反応が楽しみじゃ」

愉快そうにからからと笑う。伝えるだけなのに、なんで楽しそうなんだろう?長く生きるのにはなんでも楽しむ要素にしてしまうのだろうか。ディアソムニア寮の寮長…いつか拝見したいな。ひと笑い終えてから、先輩は真っ赤な瞳を、ついと、こちらに向けた。綺麗な紅色。そこだけ見ると吸血鬼っぽいな。こちらの世界の人やヒトは宝石みたいに綺麗な瞳の色をしているからついつい鑑賞してしまう。そんなリリア先輩は犬歯をチラつかせて、ニィと嗤う。

「一つ願いを叶えてやろうか?」
「い、いいんですか。なら、握手してもらえませんか?人外のファンなんです」
「う〜ん?」

ミーハーみたいな態度であるが握手は定番だろ!サインとか欲しいけど、それはさすがに引かれそうだからやめとこ。

「無理なら別にいいんですよ!?話せただけでもう充分ですし!」
「お主、欲が無いとか言われはせんか?」
「言われないですよ。現在進行形で煩悩を晒してるじゃないですか」
「調子を狂わせるタイプじゃな」

うんうんと一人頷くリリア先輩は、その後快く握手してくれた。嵌めている黒の革手袋、上質感ハンパない。それからファミリーネームは堅苦しいから、名前で良いと許可をもらえた。名前で呼んでいいとか、仲良しじゃん!という容易な感想。外国っぽいから名前で呼ぶのが主流なんだな。ここのヒトたちとの会話は、すごく楽しいから時間はすぐさますぎてしまう。聞きたいことは色々とお開きにして会話は終了させる。茜色の夕日が、窓から差し込んでいた。

「ヴァン、リリア先輩、さようなら。またお時間ありましたら」
「ああ、さようなら」

帰り際、彼は一つ私に言葉を残した。

「ーーーところで、ニンゲン。わしらみたいなモノと関わるのなら、好奇心だけでは危ないから対処法は身につけよ。お前のような性質は気に入られそうだからなぁ。では、また何処かで」

ニタリと笑うリリア先輩の姿は、まさに人外のようだった。パッと姿を眩ませ、もうその姿はどこにも無い。

ふわぁと、欠伸をする声が聞こえた。

「……よく寝たんだゾ。おい、ユウ。そこで呆けてどうした?」
「すごいもの見ちゃった。鳥肌ヤバイ」
「寝起き早々、また訳のわからないこと言い出したんだゾ」

そんなわけで、人魚、妖精?に続いて人外さんとの握手記録が更新された。ファンタジー要素の供給過多に、心の準備が追いつかない。この荒ぶる心をどう鎮めればいいのか。スマホもないので、ノートに書き留めることにした。こうして、私の人外交流日記(見られたらヤバイやつ)が始まった瞬間であった。


図書室からグリムと帰る途中、私は先輩の言葉について考えた。その日は眠るまでそのことについて考えていた。

「あれって、まさかファンサ!?」

浮かれたおたくには伝わらない。
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