捻れた世界は待ってくれない


きっかけは体育育成の教師…アシュトン・バルガス先生からだと思う。あれは、学園長が先生方に雑用の話を通してくれて、雑用を受けつついい筋トレ方法とか教えてもらえるようになってからの時のことだ。

「監督生!!そのやり方ではダメだ!オレ様のやり方を見ろ!」
「は、はい!」

筋トレをやめてバルガス先生の筋トレを見学する。でも、大勢の前で指定されて言われるのは恥ずかしい。くすくすと密やかに笑う声を聞きながら、ため息つくのを気をつけた。某球技プレイヤーのように熱く激励を飛ばしてくれるので困った。二人の時はまだいい。エーデュースとツルんでいるけど、自分は陰キャ寄りでインドアなのだ。

(グラウンドに響きわたる声が!みんなに聞こえているんです!やめて!注目浴びるから!気にかけてもらえるのは嬉しいけれど…)

自分は魔法が使えない。これは周知の事実。なので、今後始まるであろう体育育成の飛行術は見学になってしまう。グリムは魔力はあるから飛ぶ練習はするけど。それについては先生に相談したら、使えないなりの別の授業内容を考えてくれるといってくれた。本当にそれは感謝している。自分は筋肉を鍛えたいとは思っている。しかし、基礎の基礎がクソ雑魚なんので……バルガス式筋トレについていくのが精一杯だった。先生は自分の筋肉を押しつけてくる部分がある。魔法は筋肉と言うくらい。つまり、体育ができない人間にとって相性が悪い部分がある。筋肉のナルシで、自分を筆頭にこの暑苦しさに苦手と思ってる生徒も多いよなて思ってた。バルガス先生のムキムキマッスル理不尽理論、自分には無茶な指導だ。こんな調子では潰れてしまう!そこで思った。今まで発揮してきたゴマ擦り能力を使う時がきた、と。ヤケクソである。

残像しか見えない高速筋トレを見ながら、先生に話しかけた。

「先生、ご相談が…」
「ん?なんだ?」
「そのやり方は自分には無理です」
「なんだと!?監督生!それは努力が足りないからだ!」
「違うんです」
「何が違うんだ!」

「……では先生にお尋ねしますが、どうしたらそのように、均整のとれたボディを手に入れることができるのでしょうか?自分は生まれながら貧弱なので基礎体力をあげるため、先生のご指導通り筋トレを欠かさず行っているのですが、そうすぐには効果がでません。やはり男たるもの、先生のように素晴らしいムキムキの筋肉を手に入れたいので、無理せずコツコツと基礎体力を上げて行きたいのです。先生の期待に応えるため、このなよなよ精神も鍛えあげて行きたいのです。しかし、先生の指導について行くのに精一杯なんです…………どうか先生、これからも長い目で自分のムキムキへの道を、暖かい目で見守っていただけないでしょうか?それから………ーーーーー」

ちょっと嫌味も含めているかもしれないが、無理なものは無理なのである。この理不尽熱血指導に抗い踏ん張らなければ、数少ない自分でも安心して受けられる授業が苦痛になってしまう。そのために思いつく限り賞賛の言葉を並べたてる。そして、ちょいと前の世界のこととか持ちだしたりして、超悲しそうなフリをする。

(ナイカレで生きていくにはゴマ擦り必要だよなぁーーー!)

そう思いつつも自分も影響受けやすいなとしみじみ思う。特にエースの影響かな。ここまで学校の先生に反抗みたいなことするなんてなかったし、自分の意見の主張なんてなおさら…はっ!もしや、陰キャが改善されつつある!?そんな自分の成長に喜んでいた私は馬鹿だった。体育育成教師の様子に気づいていなかったのだから。

「うおおおおおおおおおんんんんん!!そこまでお前が真摯にオレ様の授業に取り組んでいたのだなあああああ!!!オレは感動したぞぞおおおおおおおお!!済まなかったあああああ!!配慮が足りなかったああああああ!!これからは一緒に考えてこうなあああああ」
「ぎゃあああああ!?」
「「「ユウウウウウ!?」」」

結果、大号泣のムキムキ野郎に胸筋プレスされながら、ガッチリホールドで抱きしめられるハメになっちまった。あら、やだ!男臭い匂いがするわ!三トリオいがいの他の生徒の悲鳴も聞こえるけど、なんでお前らも悲鳴あげるんや。

(うっそーーー!?ちょっと褒めただけなのにあっさり陥落しただと!?バルガス先生はチョロインだった??でも、暑苦しいいい!!)

エーデュースとグリムが救出しにきてくれた。怖かった。最終的に、その日の授業は少々混乱しつつも無事に終わった。やっぱ、そうすぐには陰キャは強くなれません。


まさか、あれがきっかけで親身に接してくれるようになるとは思わなかった。体育育成は飛行術の授業になったら補佐ばかりになるので、話しをする機会が多くなりこの先生が、種族に対しても特別扱いするような人じゃないとわかってから普通にいい先生だと思うようになった。それから、というもの。バルガス先生と授業いがいの別の場所で、話す機会が格段に増えた。

「ユウ!筋肉に生卵はいいぞ、生卵を食べろ!オレ様は1日に60個は食べるぞ!」
「60個も!?すみません、懐に2パック以上買える余裕がないので毎日食べれないです」
「なんだと!?どういうことだ!」
「生活費の方は学園長になんとか工面していただいているので、そんな贅沢な食べ方できません(小声)」
「そ、そうか…」
(学園長、初っ端から大金渡してきたけどお金関係のことは黙っていた方がいいよな)

「これはオレからのささやかな差し入れだ」
「え!?たまご!?こんなに…あの、こんなところ見られたら先生が依怙贔屓してると思われるんじゃ、お気持ちは嬉しいのですが迷惑かけることに!」
「筋肉の大事な成長期に食事は制限してはならない。これで、少しでも栄養をとってくれ。他に足りないものがあるならオレに言え!」
「おおお、ありがとうございます。これからも精進します!ところで、茹で卵の方が好きなんです。茹ででもいいですか?」
「うむ!好きに食べるといい!」

「室内での筋トレも大事だ!オレの筋トレ方法を伝授してやる!」
「先生、申し訳ないんですが、我が寮はオンボロなので先生式の筋トレは床を破壊しかねないです」
(先生式の筋トレメニューエゲツないから回避しなければ)
「そんなにボロボロだったのか?」
「見た目もすごいですけど、中もすごいですよ」
「衛生面は大丈夫なのか?」
「衛生面は完璧じゃないですけれど、ちまちま掃除を進めてるのでちょっと綺麗になってきましたよ!エースとデュースもたまに手伝ってくれますし!」
「そうか…それでは床が破壊しない程度のメニューを考えてやろう!」
「助かります」

情に厚い先生だった。めちゃ厚い人だった。暑苦しくて理不尽で筋肉でナルシで横暴かと思いきや、なんだかんだ生徒思いの情の厚い面も持ち合わせていることを知った。贔屓すぎるかなとも思うんだけど、自分にも普通に接してくれるのでありがたいし、こういう風に言ってくれるのが嬉しかった。
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