捻れた世界で生きてゆけ


目を覚ますと真っ白な空間の中にいた…また、夢?


ボクは、ずっと 
真っ赤な苺のタルトが  
食べてみたかった

その声とともに、シルエットのような映像がテレビでも見ているように映し出された。内容は母親がエゲツない食事制限を、8歳の子供の誕生日にしているものだった。苺のタルトが食べたいというかわいいお願いは叶わず、無慈悲に却下される。

悲惨すぎる誕生日の内容に、クラリと倒れそうになる。

『……はい、ママ』

少年の悲しげな声が聞こえた。


すごく楽しかった
知らないこと、やったことない遊び
2人はたくさん教えてくれた

楽しそうで、嬉しそうな声。それとは真逆に、これまた映し出されたのはエゲツない量の学習を分刻みで強制されている姿だった。映像ともに頭に語りかけてくる少年の声が、声変わりした声に変わる。これが『普通』だったという声に泣きそうになる。何が普通だ。こんなの間違ってる。

その『普通』をぶち壊しに来てくれる存在が、彼の前に現れた。遊ぼうと誘う少年たちに、少年はほんの少しならと、彼は初めて言いつけを破り遊んでいた。シルエットだけれどその姿にこちらまで嬉しくなってしまう。

この映像はリドル先輩の過去だ。遊びに誘った少年たちは、トレイ先輩とチェーニャさんだろうか。なんということだ。ついに人の精神世界にまで干渉し始めてしまったようだ。とんでもねぇプライバシーの侵害だが、ここから覚める方法は知らない。


真っ白なお皿に乗った
真っ赤な苺のタルト
ボクにとってはどんな宝石より
キラキラ輝いて見えた

幸せそうな声。シルエットは切り替わるある日の映像。苺タルトを食べたことのないリドル先輩に驚いていた。毒だと教えこまれた少年に不憫に思ったのか、家がケーキ屋さんのトレイ先輩は誘う。リドル先輩は戸惑ったが、食べてみたかったのだろう。こっそり抜け出し外の世界へ飛びだした。お皿に乗った甘い憧れのお菓子は、彼の心を満たしてくれた。幸せそうな思い出を脳裏に語りかける声が震えた。

ーー時間を忘れてしまったのだ。

烈火の如く怒る母親は、ルールを破ったリドル先輩を糾弾し、二度と一緒に遊ぶことすら禁止した。幸せな思い出を、最も辛い思い出に変わる。あやまる子供の声は絶対に許さないという圧力で封じて、もっと完璧管理しなくてはと言いだすしまつ。女王は母親だった。この場に、彼女を止めるものなどいなかったのだから。

映像は消えて、何もかも消えて、寮服姿のリドル先輩が現れる。

「ルールを破れば、楽しい時間まで取り上げられてしまう」

肉声に変わり泣きそうな声で喋りだす。

「何故だかとっても胸が苦しいんだ」

本当は望んていた。あたりまえの感情なのに、そう思うことを悪だと決めつけた。優秀な母親の言葉を、心を騙し続け正しいと思いこみ続けた少年は、耐えきれなくなってしまった。目を瞑り悲痛な叫びが鼓膜を震わせる。

「教えて、ママ。どんなルールに従えば、この苦しさは消えるの?」


夢か現の世界かもしれない。私は彼のママじゃないけれど、この場には私しかいなくて会話ができる距離にいる。縮こまる年上の先輩の頭をさらりと撫でると、その両手をそっと持ち上げる。視線が上のように感じた。たしか目線は同じくらいだったはず。

「目が覚ましたら、忘れてしまうかもしれません。でも、目が覚めてまわりにいる人たちはあなたのことを本当に大事に思ってる人たちです」
「キミは…?」
「あなたの後輩です。今思っていたことを、みんなにぶちまけてあげてください。そう思うことは悪いことじゃない」
「…あんなにめちゃくちゃにしてしまったんだ。もうだれも…」
「悪いと思ったら謝ればいい。許してくれない人もいるかもしれないけれど、許してくれる人だっている」

真っ白な空間が、暗転していく。お互いの姿が黒く塗れて見えなくなり、手の触感も消え去る。

「どうかーーーあなたが生きやすくなりますように」

虚空に願いを一つはいて、目を閉じた。


がっしりした大きな手と腕が包み込んだ。





頭がどこか重かった。なんか、また夢でも見ていたような。詳細は思いだせないけれど、エゲツないなにかと、誰かと話していたような気がする。夢ばかり見てるせいで、積み重ねるごとに忘れっぽくなってしまう気がして怖い。

ギャン泣きしている声が聞こえた。

「あ、起きましたね。監督生くん」
「ユウ、大丈夫なんだゾ?」

学園長とグリムが、私の顔を覗き込むように見てる。隙間から見える空は青空だった。

「…リドル先輩は?」
「ローズハートくんなら、あなたより先に目を覚ましていますよ。オーバーブロットしてしまったので医務室に連れて行きますが、受け答えもしっかりしているので見たところ大丈夫なようです」
「エースの野郎が、あやまるリドルを泣かせちゃったんだゾ。ストレスためるとろくなことがねぇんだゾ」
「え〜泣かせちゃったの?あ、でも、泣いた方がストレス発散できるて聞くから、我慢してたもの全部吐き出しちゃった方が、精神的にもいいかもね」
「おまえも、トレイみたいなこというのな…」
「ふふ、そうだね。それに、あの場で空気読まずに泣かせれるのってエースくらいなもんだし…」
「こっちも目を覚ましたらと思ったら、スゲー言われよう」
「お、エースとデュース!あっちはもういいんだゾ?」
「ユウ、大丈夫か?寮長に駆け寄ってから、一向にお前が来ないなと思ったら倒れてたらしいからヒヤっとしたぞ」

自分が寝ている間のことをデュースが話してくれた。あの後学園長が戻ってきてくれて、陣を解くとリドル寮長を介抱していた。目を覚ましたリドル先輩は、トレイ先輩に慰められつつ、エースが怒りつつ、彼は心情を暴露して大泣きしだしたそうだ。リドル先輩があやまったのに、空気の読まないエースが許してやらねぇ宣言。グリムが『オレ様より根に持つタイプなんだゾ』と耳打ちしてきた。う、うーん。半殺しにされかけたのもあるだろうしなぁ。もう、性格だから仕方ないのかなぁ…エースだし。

で、彼の要求は『なんでもない日』のパーティーのリベンジ。パーティーは結局参加できなかったし、リドル先輩にマロンタルトの作り直しを、トレイ先輩の手助けは禁止にして約束させたらしい。自分は手伝ってもらったくせにね!それで、許すことにしたらしいが…

「もしかして、他のハーツラビュルの寮生が全員参加できる機会を用意して、仲直りの場を作ろうとした…?」
「そうなのか!エース!」
「はぁ!?な、なに言ってんだよ!オレはオレのためにしか行動してないから!」
「その割には〜♪耳が真っ赤だねぇ!エースちゃん」
「ケイト先輩、そのちゃんづけやめてもらえません?!恥ずかしんですけど!」
「素直じゃないなあ」
「が、外野は黙ってろっ」

いつの間にかケイト先輩も話の場に参加してきている。トレイ先輩とリドル先輩は泣き止ませて、落ち着かせるために色々お話しているそうだ。起き上がって、その方向を見ると、テラお母さん的なトレイ先輩が見えたが、本人たちの名誉のためソッと目線を外した。

「うんうん、それにしても。その後にびっくりする光景があの後あってね、マジカメとるの忘れちゃった!カントクセイちゃん、マレウスくんに介抱されてたからね!」
「誰ですか?その人?」
「そういや、何人か集まってたな。リドル先輩との話でそれどころじゃなかったし」
「エースはリドルを泣かせるのに必死だったもんナァ!」
「ちげーよ!」
「まぁ、あんまり人前にでないタイプだからね〜彼。一年生もその内、顔見る機会はあるんじゃない?」
「今度会ったとき、お礼言わなくちゃですね」
「…そーだね」

ケイト先輩がもう一つ付け足すよう教えてくれた。他の先生にも寮長たちにも話を通していたが、無事にあの人数でオーバーブロットを鎮めたので徒労に終わった。手が空いていた寮長や副寮長が何人か駆けつけてきてくれたのだという。スカラビアやらポムフィオーレなど、さらに魔法力の高いディアソムニアも駆けつけてきてくれたらしいから、万が一鎮めきれなくても援護はあったようだ。今はもう自寮に戻ってしまったみたいだが。

「そんじゃ、オレたちはまずお庭の片付けと行きますかぁ。せっかくのフォトジェニックなお庭がボロボロだよぉ……とほほ」
「自分も手伝います」
「監督生くん、倒れたのにいいんですか?本当に大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。自分はオーバーブロットしたわけではないので、それに今はなんか憑物が落ちたような心地なんです」
「あ、先生。トレイにリドルくんの付き添いをお願いしておいてもらえませんか?」
「…そうですか。では、私もクローバーくんとローズハートくんの付き添いで医務室に行きます。しかし、ローズハートくんを本当の意味で助けられたのは、君たちじゃないと駄目だったのかもしれませんね…」

締めくくるようにクロウリー学園長が呟いた。


あれだけ魔法をバンバン使ったのに、みんな掃除も魔法を使っていた。聞いたらあの魔法陣、魔法力がバフ上げされていた可能性があるらしい。地道に掃除する傍らそんな話を聞く。

「コレ、ドワーフ鉱山で落ちてた黒い魔法石と同じヤツなんだゾ!」

いっぱい魔法を使って、お腹が空いたと喚いていたグリムが嬉しそうにはしゃぐ。エースの静止も聞かず、この間の石と比べながら食レポしつつ味わって食べていた。ケイト先輩がドン引きしている。人間組はもれなくドン引きである。

「拾い食いがクセになってるぅ!」
「この芝生もなかなかイケるお味なんだゾ!」
「ゴラァ!何食ってんだ!」
「そんなものまで食べるんじゃない!」

どさくさに紛れて芝生まで食べじめる姿に、魔獣の飼育方法の本を絶対に探そうと誓った。どたどたと騒ぐ中。グリムを叱りつつ後片付けは進んでいく。

「…お前たち、ありがとな」

その光景を優しく見る彼の声は、ひっそりとかき消された。





「だはっーーー!!もう、くたくたなんだゾ!!」
「グリム!ベットに寝転ぶ前にお風呂入りに行くよ!」
「ぶなあああ、ちょっと休ませろなんだゾ!」
「今日は頑張ったので、ツナ缶食べ放題です」
「さて、フロに入り行くか!」
「本当、欲に忠実なヤツだ」

バラの迷路を片付けて、ひとまず各自解散となる。エースとデュースは、ハーツラビュル寮に帰ることを許されたので、昨日でお泊まりは終了。ここにある荷物はまた取りにくるそうだ。それよりも数日間、2人も人が居たので本来のオンボロ寮の静けさに少し驚く。

「ここって、こんなに静かだったっけ?」

《そうじゃ》
《静かだったのさ》
《あいつらがいないってことはうまくいったのかい?》

「ぶなぁ!なんだ、ゴーストたちか。うまくどころか、とんでもねぇ目にあったんだゾ!」

この数日間でゴースト式挨拶にも慣れて、ただいまと返す。日々が濃ゆすぎてもう既にもう一つの家にいるような安心感がではじめている。騒動も一応解決したし、寮の修繕計画また立て始めよう。

自分たちのまわりをふよふよと浮かぶゴーストたちは、口々に言いあう。

《ハーツの寮長がオーバーブロットしたんだろう?あんな大規模な魔力量は凄かったな》
《城の奴らもおっかなびっくりさ。ここにいても感じた。オレたちはこの姿だからな。ビシビシ伝わってさぁ〜》
《そうだ、体の方は大丈夫かい?》

「自分は大丈夫…ん?倒れたって、なんで知ってるの?」

《気にしていた方がこちらに言伝したのさ。どこも悪くなさそうでよかったよ》

「ふーん?」

ひっかかる言い方だが流してしまった。

もう疲れていたのでお風呂に入ってご飯を食べることにする。自分たちは思ったより色んなものに塗れていたようで、お風呂でスッキリした。ご飯を食べつつ今日のことを考える。

もしも、もしも、また何かあったら、魔法の使えない私はなにができるだろう?
私にも、なにかーーー使えないなら、つくれないかな。

しまい直した戦術書の貸出延長期間を視野に入れて、この世界の魔法の勉強をいっぱいしようと決意した。今回もこの本からの知識で色んなことが考えれたのだ。実践はグリム。知識は自分。1人と1匹のペア。

「グリム、これからもよろしくね」
「改めて一体なんなんだゾ!?」
「今日のこと考えていたら、もっとがんばろうと思って」
「………オマエはよく頑張ってるんだぞ」

いつもは撫でる側の自分に、グリムがたしっと撫でられた。素直な時は本当に可愛い。お返しにすりすりした。グリムをブラッシングして、その日はぐっすりと眠れた。その日は、夢はもう見なかった。連日に続いた夢はなんだったのだろう?今日の夕方に見たナニカも。あれは、予知夢、明晰夢だったのだろうか?


あれから、数日。

エースもデュースもグリムも首輪がとれ、普通に授業を受けれるようになり。たまにグリムとエースがドンぱちして騒動を起こすが、今のところ平和だ。学園長が先生がたに話を通してくれたのか、授業の準備とか補佐、要はパシリであるが手伝えるようになった。お陰で距離が遠かった先生がたと話す機会が増えて、授業でわからないことやいい筋トレ方法など教えてもらえて大助かり。魔法がないとどうしようもないところは、自分用にまた採点できるシステムも作ってくれるらしい。ちょっと安心。

リドル先輩は翌日、寮で休養とって今は普通に学校生活を送ってる。オバブロ事件で今までの考え方を改めて考え直したらしく、首をはねることが少なくなった。その上、寮生全員集めて謝罪したらしく衝撃がおきたらしい。彼らもリドル先輩に思うところもあって寮の中はまずまずに落ち着いたそうだ。中には、しおらしいリドル先輩にここぞとばかり仕返ししようとした奴もいたが、普段から優しいトレイ&ケイト先輩がウラで〆る事件があったと、こそっとエースが教えてくれた。機密事項なんだそうだ。なんで、自分も巻き込んだと問えば、怖いので巻き込んだと悪気なしに言われたこの野郎!

変わったことと言えば、あの一件で同じクラスのハーツラビュル寮生たちが話かけてきてくれるようになった。あれで、寮長に立ち向かったヤツらの一員と認めたらしく、態度が軟化したのだという。やっぱこの学園、ヤンキー精神が根付いているのかもしれない。自分はほぼなんもしてないからむず痒かったけど。


そして、明日は『なんでもない日』のリベンジの日だ。

自分たちオンボロ寮2名も、迷惑をかけたということで正式にご招待されたのだった。おいしそうなお菓子があるらしくグリムは前日から、ルンルンだ。
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