捻れた世界で生きてゆけ


「…黒いオーラが全身から出てる…!」

赤と黒で覆われた姿。よく見るツートーン。どこで見た?よく見ていた。黒い液体が、彼を塗れさせるようについていた。左目から紅い炎が揺らめている。

《ボクの世界ではボクこそが法律。ボクこそが世界のルールだ!》

背後の巨大なバケモノもののような存在と一緒に濁音のついた声は、あたり全体に響く。あのバケモノ見たことがある。鉱山にいた奴と似ている。大きさが全然違う。その存在とエコーするように、自分こそが正しいのだとリドル先輩は主張している。これでは、あの夢の中の女王と一緒じゃないか!…ん?夢?

「ああ、なんてことだ!私がついていながら生徒をオーバーブロットさせてしまうなんて!」

でた!学園長の専門用語!わかりやすく教えて!

「オーバーブロットてなんなんだゾ!邪悪な感じになっちまった!」

グリムが詰めるように学園長に尋ねる。学園長は焦りながら、魔法士が一番避けねばならない状態で負のエネルギーに囚われて、感情と魔力のコントロールを失っているのだと言う。グリムとデュースがハテナマークを浮かべていた。黒の歴史を辿ったことのある者ならピンとくる。それって。

「あーもー!平たく言うと闇落ちバーサーカー状態ってこと!」

ケイト先輩が答えをいってくれた。やっぱりな!!魔法使いすぎて、闇落ちとかあるんですかああ!?力の代償にそういうモンがあるんですか!?

「…魔力を放出し続ければリドル自身の命も危ない」
「「命ぃぃぃ!?」」

グリムと自分はハモった。そんなの代償が大きすぎる!

クロウリー学園長は生徒の命が最優先事項だと言い、他の寮生の避難させる支度をはじめる。オーバーブロットの気にあたった寮生たちは、腰が抜けて倒れこんでいる者、気絶している者。そのまま呆然と立ち尽くしている者と様々にいる。

「魔力が尽きる前に正気に戻さねば。命も失うことも最悪ですが、さらに最悪なのは…」

命を失う以上に最悪なことってあるの世界滅亡とか!?学園長がなにか言いかけてから口を閉じて自分たちに指示を出す。

「君たちは他の教員と寮長たちに応援を要請して…」
【だらあああ!くらえ!】【いでよ!大釜!】【ふなぁ〜〜〜!!!】

「「「え!?」」」

その声を聞いた瞬間。瞬時に理解した。風と大釜と炎の音。このままこんな形で終わる訳がない!

「ちょ、お前ら何やってんの!?」
「アイツ、あのままじゃ大変なことになっちまうんだゾ!?」
「さすがにそこまでいくと寝覚めが悪い」
「まだ『ボクが間違ってました。ごめんなさい』って言わせてねーし!」

ケイト先輩の声に、高らかに答えるように三トリオは言う。私も彼らに近づいて、みんなの顔を見渡すと頷きあった。全員、先輩たちの方へと顔を見る。トレイ先輩がお前たち…と呟いたあと何か覚悟したように、私たちに近づいた。

「わかった!少しの時間なら俺がリドルの魔法を上書きできる。その間に頼む!」
「君たち待ちなさい!危険です!」
「リドルくんに勝てるわけないじゃん!トレイくんまで何言ってんの!?」

学園長に寮生たちの避難を頼むトレイ先輩。私たちはリドル先輩の方へと向かう。ただし、私は完全に足手まといなので何もすることがない。勢いでついてきてしまったが、どうしたものか!学園長もケイト先輩も必死で止めようしてくる。ケイト先輩の言葉に言い返すように、エース、グリム、デュースの三トリオは、何がなんでも退く気はない。しかし、ケイト先輩の言うことにも一理あるのだ。ここままじゃ捨身の選択になってしまうし、相手はそんなのお構いなしで攻撃してくる。それこそ大怪我どころでは済まない。それくらい、彼の魔力が恐ろしいのをひしひしと感じる。

『勝てるわけないじゃん!』

ケイト先輩の言葉がリフレインする。勝てる方法を考えてきたはず。勝てない相手に、どうやって勝つかーーーあの本を見ながら。

「……失うわけにはいかない。俺は……あいつに伝えなきゃいけないことがあるから」
「〜〜くそっ!わかりましたよ!こういうの柄じゃないんですけどねーホント!」

トレイ先輩は絞りだすように言う。その中に混じる後悔と、もう間違えたくないという意思。ケイト先輩もその切実な思いに何も言えなくなり一瞬押し黙ったあと、柄じゃないと言いながらマジカルペン片手にトレイ先輩の方に近寄った。なんだかんだリドル先輩を失いたくないのは同じだったようだ。ふと、5人揃った姿を見る、エース、デュース、グリム、トレイ先輩、ケイト先輩の5人体制。

〝相性属性とか、五回のうちに相手の体力をこちら側より削りとれば判定勝利とか、完全に倒さなくてもぎりぎり勝てるパータンもあるなど記されている〟

挑み方が載っていた。

書いていた。

「あーーーーー!!」
「いきなり何!?」
「ユウどうした!」
「鼓膜が死ぬんだゾ!?」
「戦う方法あった!ま、『魔法士対抗戦戦術書』に書いてた!」
「なに、その分厚い本!それだけで武器になるんじゃない!?」
「監督生!その本……!」

突然の大声に苦情を言われながらも、私はカバンから本を取りだす。みんなに見せつけるように、本の表紙を見せた。先輩たちの表情がギョっとする。トレイ先輩が特に驚いたような表情をした。

「監督生くん!その本は魔法士の戦術書じゃないですか!?どうしてそれを!?」

意外だったのは、学園長まで驚いていることだった。驚いていた学園長は瞬時に思案する様にして声を上げた。

「…いや、その方法がありました!みなさんに少し魔法をかけますよ!長々と説明している時間はありません!」

なにやら聞き取れなかったがまじないをかけるにように、巨大な魔法陣が現れる。少しどころではない。リドル先輩とスタ◯ドもどきまでも陣の中に取り入れている。私には防御魔法をかけてくれた、妙に守られてるような安心感を抱く。

「オーバーブロットなど滅多なことなので、普段は使わないものですが、魔力暴走起こした者を『安全』に鎮め、捕まえる術は昔からあるのですよ。これは一瞬の防衛魔法及び、この魔法陣の空間の中ではどんな魔法を使っても互いを傷つけあうことはない。ただし魔法力は減りますし、頭上のタイムリミットを見てください!目安にはなるはずです!生徒を避難させたら私もすぐに戻りますから!それまで耐えてください!」

学園長は他の生徒たちをかき集め、パチンッと姿を消した。

「こんな高度魔術使ったあとに、転移魔法…しかも一気に…学園長だったんだな」
「学園長て、学園長だったんだねぇ…」

学園長の連続高度魔法使用に驚く先輩たちは、ちょっと失礼な感想を言っていた。ギャップがすごいよね。

《どいつもこいつも良い度胸がおありだね。みんなまとめて、首をはねてやる!》

彼の全身から憤怒の炎のようなものが溢れ出す、魔法が視覚で捉えられる。悠長に話してる場合ではなさそうだ。こうなったら腹を括るっきゃない!

「監督生!いくら防御魔法がかかっているとはいえ、前線には出るな!お前にできることはない!魔法陣の外の、後衛の後衛の方にいてくれ!俺たちが引きつけておくから、攻撃が当たらないところに」
「〝猫の手〟も借りたい状況だから、軽く伝達魔法かけとくね!全体を見れる範囲にいて、なにかおかしなことや気づきがあればオレたちに伝えて!そこまで見れるほど余裕がないからね!攻撃に集中したいし!」
「この方式なら、本来はもう1人欲しいところだかそうも言ってられない」

あ……そうだよな。私がいてもむしろ邪魔だ。だが先輩たちが私を見て温かい言葉を紡ぐ。私にかけられた魔法は、要はテレパシーが使える魔法だった。声では間に合わないのと音が届かない故の措置だ。なにより自分もほんの少しでも一員にしてもらえることに、チカラがみなぎってくる。

「邪魔しないように頑張ります!力を合わせてリドル寮長を止めましょう!」
「よっしゃ!みんな準備はいいか!」
「万端なんだゾ!」
「よし!いくぞ!ユウ、あの掛け声かけてくれ!」
「えっ」
「鉱山の時のアレだ」

ナゼかこの流れで、あの掛け声を要求された。ええい!もう!恥ずかしがってる場合じゃないし、前線に立たない自分が言っていいものなのか悩むけれど!どうにでもなれ!

「いくぜ、野郎どもーーー!」

オウ!と1人と1匹の漢たちの声が響きわたるなか、エースがやっぱ熱苦しいわ…とぼやく声が聞こえてきた。

「…カントクセイちゃんて、そういうキャラなの?」

困惑した先輩の声も聞こえてきたが、知らないフリをした。


素早く自分たちは位置に着くと、戦闘の体制に入る。自分は後衛で陣外で見守る。学園長の言っていた言葉を思い出す。確か頭上になにか目安になるものがあるらしい。上を見上げると『!?』状態になった。

懐かしい既視感。

この目安見たことある。ありすぎる。これ、双方の体力ゲージやんけえええ!全体的に魔法陣を見渡すと、マジかとなる。この魔法陣。戦闘がある系のバトルシステムの画面だった。その場にいた時は全体像が見えなかったからピンとこなかった。これ、げーむでみたことある!現実逃避したくなる事実。

これって、そいういつくりなんですか!?こんなんありですか学園長!



テレパシーは全員にかけてあるようで、肉声の音声も拾ってくれた。正面を向いているリドル先輩しか見えず、味方は全員後ろ姿しか見えない。顔の表情はわからないが、肉声の音声でどういう状況なのか把握する。

『「このままじゃリドルの身体が危ない!手遅れになる前に止めないと!」』

ドゥードゥル・スート!とトレイ先輩が魔法を使う。虹色に輝く。煌めきが祈るようにリドル先輩に降りかかる。

《くそっ!またボクの邪魔をするのかトレイ!》

濁音でエコーする声は、この場所からでも聞こえた。リドル先輩の首輪攻撃を封じたとグリムが言うのも伝わってくる。魔法を封じたというのにどんどん魔力が上がっていく。

『「でもそんなに長くはもたないよ!ピンチには変わりない!」』
『「トレイは一分一秒でも長く保つように魔法に集中して、降りかかった火の粉はオレが蹴散らすから!」』
『「ああ…!お前ら今のうちに早く!」』

ケイト先輩が魔法を使うと、今度は自身の分身を作り出しトレイ先輩のまわりを囲うように守った。先輩コンビの連携は隙がなく、互いの信頼関係が物語っている。

《うっぎぃぃぃぃぃぃ!!》

顔を真っ赤に染め上げ、リドル先輩は巨大な炎の攻撃を仕掛けてきた。


『あの炎なんなんすっか!?エグッ!!』
『こちらの攻撃が微々たるものだ!ユニーク魔法より属性魔法に切り替えるしかない!』
『オレ様の炎は少し手答えがあるんだゾ!?』
『属性魔法にも相性があるんだよね!炎属性には木属性はサイアクだけど水属性は弱点、逆に水属性には炎属性がサイアクだけど、木属性が弱点なんだよっ!覚えといてね!』
『同じ炎なら炎属性の攻撃か、水属性の攻撃は弱点だ!それで相手のリミットを削りとれ!』

この魔法陣は無制限の使用らしく、どちらかのゲージがなくなったところで勝利判定がくだされるようだ。頭上にあるゲージはまだまだ余裕があるものの、攻撃するのと受けるたびに魔法力が吸われているらしく。みんなの動きが少しづつ鈍くなっていく。ユニーク魔法より属性魔法と切り替えたが苦戦してる。リドル先輩の属性魔法は炎と水だった。戦いの最中トレイ先輩が、彼の得意属性魔法が炎であることを教えられだが、一撃一撃の攻撃力が凄まじい。一回の攻撃で深く削られてしまう。

(どうしよう…このままじゃ…!)

バディの体制で戦ってるが、攻撃力はあともう少しというところ。防衛するより相手のリミットを削り取る方が勝利につながる。それなら、それなら攻撃力が上がる方法もあるはずだ。

〝バディ同士の相性には、攻撃力増加が付与される〟本の一文を思い出す。少し閃めいたような気がした。

『先輩!そのメンツの中で、アタックアップが強化できる組み合わせはできますか!?』
『カントクセイちゃん!?』
『アタックアップ………そうか!集中していて組み合わせを見落としていた!ケイト!バディの仕方を変えて見ろ!強化仕様で攻撃力が上がる!』
『そんなんあるんスっか!?』
『焦っててガムシャラになってたね!エースちゃん行くよ!』
『え……!?ハッ、上等だ!』

組み合わせ案が功を成したのか攻撃力がさらにアップして、こちら側が優位に転がるようになった。

(これ以上…私ができることはない。どうか、みんなが勝ちますように)

リドル先輩が助けられますようにと、祈るしかなかった。魔法がないことが、今まで以上に悔しかった。


《絶対に、ボクが正しいんだ!!そうじゃないと今まで何のために……!!》

『「こいつの魔力、底なしかよ!」』
『「リドル…!」』
『「トレイ、集中して!気を抜いたら押し切られる!」』
『「!すまない!」』

ギリギリの瀬戸際で平行する戦闘は長引いていた。じわじわとリドル先輩のリミットを削りゆくが、あと一歩のところで打撃力がたりない。コウチャク状態というやつだ。あの強力な魔法を1人で封じ続けている。凄い精神力だ。トレイ先輩にも疲れがではじめて、リドル先輩の叫びに意識が持っていかれそうになる。

(あの封じが外れたら、これまで頑張ってきたのが…!)

《知ってるよ!知ってたよ!みんな、ボクのこと間違ってるて…間違ってるんなら止めてみせろ!!》

ーーーたすけてよ

悲痛な叫び声の中に混じる隠れた声。

「助けたいよ…」

でも、助けるチカラがない。

「ーーー助けたい?」

「え?」

横から声がした。誰もいなかったはずなのに。横を見ると生首が浮いていた。リターン生首に驚くが、今度が腰が抜けないよう踏ん張った。

「ヒィ!……て、チェーニャさん!?」
「ふんふふーん♪ムシの知らせというやつで、来てみたら凄いことになってるにゃあ」

生首からじょじょに姿を現すと、すたすたと魔法陣の方へと向かう。思いだしたように、くるりとこちらを振り返る。

「ありすは、女王を否定するかい?」
「その、ありすって一体…?」
「お前のことを好きに呼んでるだけさ…カード兵は味方につけたようだねぇ」

ふわふわとした会話。掴み所がなくて、何が聞きたいかわからない。細まった瞳とニタニタと笑う表情が、あの夢の中の猫を連想させる。あの猫は女王の味方だった…ような。あ、あれ?今の状況少し違えど酷似している。あの夢では…細かいところが思いだせない。

「きっと助けることが、否定になるかもしれない」
「ふーん、それがありすの言い分かい?」
「でも、あなたは〝猫〟は〝女王〟の味方じゃないの?」
「……ふふ、言ったにゃあ。俺はどっちのミカタでもないし、どっちのミカタでもあるぅ」

チェーニャさんは満足したように歩きだし、魔法陣の中へと入っていく。前方に集中しているみんなは気づかない。彼のまわりをゆらりと水が増幅していく。ゆらゆらと水の中に、チェーニャさんの姿は歪みーーー強力な水の魔法が、リドル先輩に大打撃を与えた。攻撃を与えると同時にゆっくりと幻のように姿が消える。

『「今のなにぃ!?」』
『「誰が打ったのアレェ!?」』
「「僕じゃないぞ!?」』
『「………今の、は、まさか…」』

背後から援護した本人はもういない。突然の、謎の援護に騒然とする。トレイ先輩の声だけが何かに気づいたようだった。ゲージの方を見ると、あとほんの少しのリミットだ。

『あともう少しです!次の一撃で!』
『なんかよくわかねーんけど!オラあああああ!』


最後の一撃。

《お母…様…》

ヒットがゼロになった。眩い閃光が弾ける。敵対するように立ちはだかっていたリドル先輩の背後のバケモノが、ぼろぼろと崩れてはじめた。その崩れ落ちる中、ピインッとリドル先輩を覆っていた赤と黒のツートーンは解除されて、元の姿に戻る。倒れたリドル先輩にトレイ先輩を筆頭にみんなが駆け寄るのを最後に見てーーー。


私は意識を手放した。
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