捻れた世界で生きてゆけ


「勝つイメージがせんぜんわかない」
「闘気が失うこと言うんじゃねーよ!」

デュースが神妙な顔で言うのでエースがはたいた。グリムをブラッシングしながら、ゴーストたちから聞いた決闘の日取りを考える。

(修行期間もなくぶっつけ本番か……本、借りてきたんだった)

こういう展開は修行期間的なものがあるはずなのに…現実というのは世知辛い。ブラッシングが終了すると、騒がしいのにうとうとしているグリムをベッドに寝かす。ごそごそと鞄の中を探り、本を取り出す。

「うおっ!ユウ、その本なんだ?分厚すぎ」
「今から勉強か?優等生らしい行動だけど…」
「違うよ、なにか決闘で勝つ参考にならないかなて、思って」

『魔法士対抗戦戦術書』と書かれたタイトルを見せる。

「ふーん、どれどれ…」
「戦術書…それっぽいな」

自分から本を受け取ると、二人は覗きこみながら本を開いた。

「「・・・」」

閉じた。

「さて、寝るか!」
「体力は温存しとくにかぎるな!」
「1ページも目を通してないじゃん!?」

貸した本を突っ返されると、二人は伸びをしながら寝る準備をしはじめた。まてまてと、二人の腕を掴む。

「あんなん読む気失せるわ!?」
「びっちり書きすぎてこめかみが…」
「読むとわりと読みやすいよ!自分が説明するから、なんとなく!なんとなく、もうちょっと考えようよ!」

本をあまり読まないタイプの二人は、戦術書の文字の文量にキャパオーバーしたらしい。苦手なら適材適所だ。口下手ではあるが、マニュアルがあるならまだ説明できる。それにコレ、戦術書と言うよりゲームの攻略本に近い。相性属性とか、五回のうちに相手の体力をこちら側より削りとれば判定勝利とか、完全に倒さなくてもぎりぎり勝てるパータンもあるなど記されている。

素早く項目欄を見ると、決闘に関する項目があった。

「バディとか、あるみたいだよ。二人で組んで攻撃力あげたり魔法力を増加させたり」
「そんなのあんの?」
「これって…そもそも、入りたての1年が授業で習うのか?」
「今の授業では、習ってないような?」

「他には?」
「属性魔法とかもあるみたい」
「属性魔法??」
「初日の適正試験で受けたよーな?」
「えっと…火属性、木属性、水属性、無属性、という四つの枠組みで戦いに使うらしい。それぞれ二つまでの属性を使っていいみたい」
「へぇ!オレ、何が得意だったっけ?たしか、火と木が他より飛び出てたか」
「僕は、無と水が少し得意だ」

「うん!ユニーク魔法で勝てないなら、他の要素を見つけてやるしかないな!」
「そうだな、少し希望が見えてきた。さっき言ってたバディとやらもなんて書いてある?」
「そうだね!あ、バディは…………」

本と睨めっこしながら、三人の人間たちは口論し合う。魔獣はすやすやと夢の中。このなんとなくが大きな機転になると〝その時〟まで彼らはまだ気づかない。


女王に女の子は否定する言葉をつきつけた。
ニタニタ笑うネコが余計なことを言う。
逆鱗した女王は、女の子にカード兵を仕向けた。
危ない!首を切られる!と叫ぼうとして、暗転する。あの女の子がどうなったかわからない。

(なんで…こうなる前に、誰かが止めないの?)


重い目蓋を開けると、朝になっていた。あまりいい夢じゃなかったので、眠気はまったくない。近くで寝ていたグリムがいない。癒しのモフ抱き枕。

「また…夢見た」
「ユウ〜!おっ、もう起きてたんダゾ」
「今日は決戦日だ!さ、行こうぜ」

支度のしたエースとともに、グリムが入ってきた。朝から闘気満々である。決戦までまだまだ時間があるが、今日一日…気持ちは授業どころじゃないな。

作戦は二人と話し合い練ってみた。まず、エースの風の魔法で突風を起こして目潰しし、隙ができた瞬間でデュースの大釜魔法四連段を喰らわせるという、どこに出しても恥ずかしい卑怯な戦法である。魔法封じのチートキャラに、手加減はしねぇという悪役顔負けの表情で言い切った奴に、夕方の姿は幻覚だったようだ。それでダメだったら属性魔法のバディを組む二人がかりの戦法。学園長が決闘を二人同時を許可したので、一人づつでどうにかするという姿勢はないものとする。もう避けられない気がした。

ここまで言ったが、これだけ考えても勝てるイメージがわかない。デュースとグリムが二人同時に魔法封じされていたので、あの速さについていけるのかが魔法のない自分でも思うのだ。どっちにしろ、自分とグリムは祈りながら決闘を見守るしかない。お守りがわりに攻略本持っていこう。あとダメ押しでエースには、相手にはあまり煽らない。刺激しない。ムカついてもマイルドに接するように言った。デュースも深くうなづいてた。グリムも偉そうにふんぞりかえっていたが、普段のおまえの態度もやで。

媚を売れと言っているのではなく、逆鱗させて油を注ぐなということだ。相手を怒らせて隙をうみだすというのなら立派な作戦だが、今のとこ最悪の展開に転がり続けているから。

返事はしてくれたが、憮然とする表情だった。





「ふざっっっけんなよ!!!」
「え…っ?」

バキィと痛そうな音が鳴る。リドル寮長のお綺麗な顔面に握った拳がめり込む、スローモーションで見えた。まわりの人々がリドル先輩の名を呼ぶなか、グリムが『右ストレートキマッたんゾ!』とかはしゃいでる。

怒気は紛れ、呆然とするデュース。
鼻を鳴らして、リドル先輩を睨むエース。
殴られたのだと、理解したリドル先輩。

(や、やちっまったあああ!!!)

即フラグは回収していくスタイル。


今日の朝から、ハーツラビュル寮生はそわそわしていた。エースとデュースは普通に取り繕っていたが、今まで以上に視線を感じた。他の寮生もどこからか、噂を聞きつけていたのかヒソヒソと内緒話が囁かれる。それを我慢して、ようやくすべての授業が終わり決闘の時間に迫ってきた。この決闘はハーツラビュル寮生のみだが立会できるようで、ギャラリーの数がとんでもないことになっていた。その中にはトレイ先輩とケイト先輩もいた。ケイト先輩がひらりと手を振ってくれたが表情は固い。

「これよりハーツラビュル寮の寮長の座をかけた決闘を行います。挑戦者はエース・トラッポラそしてデュース・スペード。挑戦を受けるのは現寮長であるリドル・ローズハート」

立会人のクロウリー学園長が、高らかに決闘者たちの名を呼ぶ。とうとう始まる。ゴクリと喉が鳴った。決闘の掟で挑戦者の魔法の首輪が外される。エースが開放感に声を上げていた。その反応にリドル先輩は可哀想なものを見るように、どうせすぐ付けられると言う。

「キミたち本気でボクに挑むつもりかい?」
「あたりまえじゃん」
「冗談で決闘を挑んだりしません」
「フン、まあいいや。それじゃあさっさと始めよう」

挑戦者と寮長の意識の差はだいぶ違う。倒すつもりで挑むエースたちと、さっさと終わらそうという態度の寮長。その余裕を表すようにケイト先輩の言葉に、お茶会の時間16時までには終わると言い切った。考えた作戦は2人がかりだったが、その前に纏めてかかっておいでと煽る。余裕やんけ!ハーツラビュル寮生たちは、リドル先輩に怯える様子もなく太鼓持ちで囃してていた。調子のいい奴らである。

「ずいぶんと言ってくれるな」

もうすでに不穏な空気だ。三トリオは不快感を表していた。リドル先輩の催促とともに、学園長が決闘の合図した………その前にその鏡破るの!?もったいない!




[[rb:「首をはねろ!!」 > オフ・ウィズ・ユアヘッド]]

その瞬間、叫び声とともに2人が首輪をされた。苦しげな声が2人から漏れた。

「魔法を、具現化させるヒマもなしかよ!」
「ここまで手も足も出ないなんて…」

何が起こったか見えなかった。速い。速すぎる。

そんな自分たちに、学園長が説明してくれた。魔法の強さはイマジネーションの強さだという。魔法の効果を正確に思い描く力が強いほど正確性も強さも増す。なるほど、自分もその力なら豊かすぎるくらいある。まほうがあったらなぁ!

「ますます魔法に磨きがかかっていますね」

嬉しそうにリドル先輩を褒める。この人、一応先生だもんな。それとは逆にグリムはレベルが違いすぎると嘆いた。その体を優しく引き寄せると撫でてやる…負けてしまった。

「その程度の実力で、よくボクに挑もうと思ったものだ。恥ずかしくないの?」

『やっぱりルールを破る奴は、何をやってもダメ。お母様の言う通り』と、言葉を付け加えた。昨日聞いた。リドル先輩の話を思いだす。

(やっぱり、ずっと)

不意にリドル先輩が、こちらに目を向けてまた元に戻す。

(…あれ?)

妙な違和感に気づく。ざわざわと、心が落ち着かない。

デュースが言い返す。リドル先輩はこの寮では自分がルール、従えない奴は首をはねられたって文句が言えないと聞く耳持たず。でも、ルールだからって何をしてもいいわけじゃない。デュースの言った通り横暴だ。この様子を、学園長は見てるのになんで何も言わないのか。みんな、なんで止めないの!

「そんなの、間違ってる!!」
「間違ってるかどうかも全部ボクが決めることだ!!なにもできない奴がよく言えるもんだね!」

敬語も捨てて声を荒げる。私の言葉にリドル先輩は、大きな声で怒鳴り返した。ううう…!美少年の怒り顔怖い!だけどなにかできる奴が何もやらないから、こうやって声を上げているんだ!

「キミはどんな教育を受けてきたの?どうせ大した魔法も使えない親から生まれてろくな教育も受けられなかったんだろう。実に不憫だ」

自分に言われているんだと思った。違った。これは、デュースに向けての言葉だ。サァと血の気が引く。以前、デュースの家庭のことを聞いたことがある。その言葉は、あまりにも。

「……テメッ……」

ゆらりと怒気が上がるような気がした。急いでデュースの方を見ると瞳からハイライトが消えていた。おわあああ、握り締めた拳が見える。待って!デュース!伝説が開幕しちゃイカン!しかし、その心配は杞憂に終わり…代わりにエースくんがリドル先輩の顔面に、右ストレートをお見舞いする事態となった。

「寮長とか、決闘とか、どうでもいいわ」

エースが怒っていた。スーパーエースタイムが開催される。リドル先輩は殴られたことに呆然としている。殴られるて、早々体験することじゃない。自分たちは何も言えずそれを聞いていた。今回は正論だったからだ。デュースの家庭を知ってるぶん擁護も何もできない。学園長を見ると静観していた。仮面で表情は見えない。この場で止められのは、あなただけですよ…どうしようもない、自分の力のなさに焦りが募った。

「何……を、言ってるんだ?」

新入生が自分のことをペラペラしゃべってるのだ。困惑するだろう。

(ちょっと、ヤバくなってきた!)

今度はエースが地雷を踏みそうだ。エースは怒りのあまり、リドル先輩の家庭のことまで口を出し始めてしまった。そこはデリケートな部分!

「ママ、ママてそればっか!お前は魔法が強いだけの、ただの赤ちゃんだ!」
「赤ちゃん……だって?このボクが?……何も、ボクのこと何も知らないくせに!」
「知るわけねぇだろ!あんな態度でわかると思うか?」
「うるさい!!黙れ!!お母様もボクも正しいんだ!」

会話が速すぎて追いつけない。リドル先輩のあまりの激昂に、トレイ先輩と学園長が静止にはいる。もう少し早く止めたあげて!





タイミングの神様は、自分たちがよほど嫌いらしい。

「もううんざりなんだよ!」

ハーツラビュル寮生はこの騒ぎに便乗して、リドル先輩に卵を投げた。なぜ、そのタイミングで投げた。誰が投げたとリドル先輩聞くが誰も声をあげない。重苦しい空気がその場に満ちる。その時、もうなにもかも疲れきったように先輩が笑いだす。

「………うんざりなのはボクのほうだ!!」

ハーツラビュル寮生が不満を爆発させたように、リドル先輩もーーーなにもかも爆発させてしまった。名乗り出ないなら全員連帯責任だと、魔法封じを乱発しはじめた。

[[rb:「首をはねろ!!」 > オフ・ウィズ・ユアヘッド]]

その場が一気に悲鳴が轟く。大混乱に陥った。

「うわぁ!」

誰かにぶつかられて、自分はぐらりと倒れこむ。

「ユウ!」
「カントクセイちゃん!」

ふわりと、受け止められた。至近距離でケイト先輩のご尊顔。不意打ちの美形のドアップ。お、おちつけ、私は野郎!私は野郎!ケイト先輩は野郎!

「トレイ、これヤバいよ。あんなに魔法を連発したら……」

ケイト先輩は抱き起こすと立たせてくれた。それから、近くによってきたトレイ先輩に話かける。焦りで口調が乱れている。ざわざわと、胸騒ぎがする。

「くっ…!リドル!もうやめろ!」

近づきたいのに、無差別首ハネで近づくことすらできない。

「すぐ癇癪起こすとこが赤ん坊だっつってんの!」
「今すぐ撤回しろ!串刺しにされたいのか!」
「やだね。絶っ対にしねえ」
『うぎいいいいい!!!!!』

リドル先輩の表情が真っ赤に染まる。可愛い真っ赤じゃない、怖い真っ赤だ。完全にブチ切れてる!エーーース!!やめてえええ!怖いいいいい!

ハーツラビュル寮のバラの迷路、庭中のバラの木が全部浮き上がっていく。周りの景色は淀み、重圧のようなものがのしかかる。空は赤く染まり、黒いモヤのようなものが私たちをとりまく。

「まさか、アレ全部で突っ込んでくる気か!?」
「いけない!避けなさい!」
「お前ら逃げろ!」

エースの方を薔薇の木がーーー襲いかかる。

「…っ!」
「薔薇の木よ、あいつの身体をバラバラにしてしまえーーー!!!」

もうダメだ。走っても追いつかない。

薔薇の木がエースの体を貫こうとしたとき、あたり一面に虹色の光が輝くように、守るように包みこんだ。それは魔法みたいだった。パラパラと、軽い音をたててトランプに変わる。

「あ、れ?生きてる?」

薔薇の木がトランプに変わったーーーリドル先輩の前に、立ちはだかるのはトレイ先輩だった。

「…リドル、もうやめろ」

低く静かな声が、リドル先輩に向けられた。近くにいるケイト先輩から動揺したように、トレイ先輩の『ドゥードゥル・スート』ユニーク魔法の名前がこぼれた。それと同時に三トリオの魔法封じの首輪が外れる。

「言っただろ?少しの間だけならどんな要素も上書きすることができる」
「うっそ……そんなんあり!?チートじゃん!」
「首をはねろ!首をはねろったら!何で…トランプしか…出てこないんだよぉ!」
「リドル…これ以上はお前が孤立していくだけだ。みんなの顔を見てみろ!」

マジか!寮長だけじゃなくて、副寮長もチート!?魔法を魔法で上書きできるなんて…すごすぎる。本気で〝ソレ〟をやろうとしていたことに、寮生たちはバケモノをみるように見ていた。リドル先輩はトレイ先輩を認識し、彼に自分の魔法が上書きされたことに気づき動揺している。

「いったん落ち着いて話を聞け」

落ち着かせようと声をかけ続けるが、声は届いていない。

「ハハ……ああ、やっぱり、キミもボクが〝間違ってる〟て思っていたんだね…厳しいルールを守って頑張ってきたのに、いっぱい我慢してきたのに…信じたくない…信じないぞ!」

直後に頭がぐわんと揺れた。

「うっ……」

ビチャビチャ、ポタポタ。水の音が塗れるように鳴り響く。

『いけません!それ以上魔法を使えば、魔法石が『ブロット』に染まりきってしまう!』

緊迫した声が遠くに聞こえる。ポタ、ポタポタポタポタ…ポタンッ。最後の仕上げと言うばかりに、音は鳴り止んだ。


「リドルーー!!」

リドル先輩の絶叫と、トレイ先輩の叫びが鮮明に聞こえた。
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