捻れた世界で生きてゆけ
〝ルール〟を破った日から、その夢を見る。どんなに謝っても許してはくれない。初めて大切だと思うものまで奪われて、何も抵抗できない無力なボク。なにか現実世界でうまく物事がいかないたびに、夢の中であの人が怒るんだ。
ああ、もう失いたくない。取られたくない。その為に、ルールを守るんだ。あなたが正しいて証明するから。
どうか、この学園に居る間は、どうか。
許して。
今朝も寮生がルールを守らなかった。日に日にルールを守らない奴が増えている。その度に、首をはねるのだがキリがない。
これも、あの新入生たちのせいだ。
イライラと、イライラと、規律も守らない馬鹿どもの首をはねる。新しい学期になると、入学式はめちゃくちゃで、学校の歴史的備品を破壊、退学騒動。女王の法律も守らない、あやまりもしない生意気な新入生。あまつさえ伝統的な行事を台無しにした。
(……疲れたな)
放課後、寮に戻ろうとしたらその途中の廊下で、クロウリー学園長に出会った。先生から聞くと、あの問題児たちが今度はハーツラビュル寮寮長の座をかけてボクに決闘を申し込むらしい。呆れはてるがちょうど良い機会なので、徹底的に〝ハーツラビュル寮寮長〟の力を示すために即了承した。手続きが済み次第、すぐに決闘ができるようにお願いする。
早ければ、明日の放課後には決着が着くだろう。
この馬鹿馬鹿しい騒動も、早く終わりにせねばならない。来月はマジフト大会、再来月は学期末だ。その他にもやる事はたくさんある。気奴らに構っている暇はない。だけどどこか気が急いている。ついでなので図書室にでも寄ろう。従業に使う本でも探して、この荒んだ気持ちを落ち着かせよう。
そこには、トレイとあの魔法の使えない監督生がいた。
どうやら、ボクのことで密やかに話をしているらしい。息を潜めてそっと話を盗み聞きする。寮長が何をしているんだという心の声と、あの少年の考えが聞きたいという欲に負けてその場に留まる。
『自分はローズハート先輩は間違ってるて、思うんです』
(やっぱりキミもか。みんな、ボクのことを間違ってるって思ってる。誰も理解なんかしてくれない。ボクは、正しいお母様の言いつけ守っているのに)
少年の言葉に、ほんの少しの落胆した気持ちを抱いた。そう日が経っていないのに、昼食時に言われた言葉がずっと頭に残っている。
『式典の時はグリムを助けてくださりありがとうございました』
助けたわけではなく、代表者としてあの騒ぎを鎮圧しただけのこと。何を大袈裟なと思った。なのに、どこか感じたことのない安心感を感じてしまったのを誤魔化した。
『なぜ?貴方一人がそこまで責任を負わなきゃいけないんですか?』
なんでもない日のパーティー。まるで、ボクのことを心配するような台詞をはいたので動揺した。それを悟らせないように幾度も罵ったのに、あの少年はボクの眼を真っ直ぐに見て言い返してきた。
〝ボクだって、好きでこんなことしているわけじゃない!〟
外面を捨て去って叫び出したくなる衝動を抑え、その場を乗り切った。
結局は、みんなと同じだった。
知ってるよ。ケイトもトレイもみんな、ボクが間違ってると思ってるのを知っている。
聞いたのは間違いだったと、本を借りる気をなくしてその場から立ち去ろうとした。次の瞬間、後頭部をガツンと殴られるような衝撃が起きた。
『そして、ローズハート先輩のご両親の教育はもっと間違ってると思っています』
『ローズハート先輩がああ言ってくれたとき、ちょっと安心したんです』
『だから自分たちは、リドル先輩を止めたいです』
自身の両親の教育方針の否定も、自身のやり方による肯定も、自身のやり方を止めたいという言葉も、なにもかもぐちゃぐちゃでその意味を脳で処理するにはーーー。
音を立てず、その場から立ち去った。
頭の中で何度も何度も少年の言葉が響く。
(お前たちが、止められるはずがないだろう)
否定して、否定して、自身に言い聞かせる。
お母様の言うことは正しい。ルールを守らない奴が悪い奴なんだ。
この苦しさを、そうやって騙した。
[chapter:どうやって止まればいいのかわからない]
ーーーダレかボクを止めてくれ
ポタポタ落ちたのは、黒い雫か、透明な雫か。