捻れた世界で生きてゆけ


喧嘩してちょっと気まずいので図書室に用があるという理由で、エースたちには先にオンボロ寮に帰ってもらった。チラチラとエースがこちらを見てきたが気づかないフリをした。もちろん、寮に戻ったら謝るつもりだ。でも、すぐに謝るのはイヤ。図書室で大騒ぎして、騒動をおこしたのは反省です。


「リドルがな、寮長に決闘に挑んだのは前の寮長が原因なんだ」

図書室の読者スペースで、座る自分と先輩。トレイ先輩は静かに語りはじめる。

ーーー伝統を重んじるハーツラビュル寮でも、前の寮長は特に緩めの法律判定をしていた。それ『だけ』なら、まだ問題なかったんだ。問題だったのは寮生が喧嘩して謹慎を受けても、留年しても、退学しても、その前にするべき寮長としても役割を放棄していたんだ。他の寮ならほとんど自己責任で片付けられる問題なんだが、ここはハーツラビュル、厳格な精神に基づく寮。ハーツラビュルの寮生は、ハートの女王の法律に従って生活するのが基本。それなのに、ルールは守らず寮の長として責任を果たさない前寮長に、入学したてのリドルは反発心を抱いた。

ここは、まあ…あいつらと似ている部分もあるな。元々母親のルールで縛られてそれが【正しい】と思っているあいつは、その規律違反があまりにもありえないことだと思ったはずだ。寮長の交代方法を調べあげ学園長に許可をもらいにいった。いくら優秀だからといって、入学したての1年生が仮にも3年学園に通った先輩に敵うわけがないと、ハーツラビュル寮生はほぼ思っていた。だけど、それを覆すようにリドルは前寮長に勝利した。もうその時既に、リドルのユニーク魔法は完璧なものへと完成し終わっていたのさ。ここ数年では珍しい快挙を成し遂げたリドルは、更に大人たちの信頼を勝ち得た。

残骸としていたハートの女王の法律を全810条覚え、寮生たちの規律違反をただし、ルールで縛りつけて徐々に厳格なハーツラビュル寮へと正していくーーーあいつは才能がありすぎた。まわりの無茶振りに答えてしまう能力があった。まわりの予想を想像を上回る実力を、あらゆる方面でたたき出すリドルに期待と羨望は集まるのは早かった。学年首位を維持し続けるのも、ものすごく努力しているからだ。それを苦になくできるのはあいつの才能だった。

〝母親の教育を間違いない〟と証明しているんだ。

今も、現在進行形で。


「……これは、俺たち3年の責任でもある。この1年、上級生はそれを容認してたからね。だが、それなりみんなフォローやサポートはしていた」

トレイ先輩がしゃべり終わると、その場に沈黙が落ちる。

「絶妙なバランスで保っていたはずなのに、どうしてなんですか?」
「くすぶりはあった。それと言いにくいんだけどな…」
「あ、待ってください。なんとなく察知しました。心当たりありすぎて」
「ありすぎるのか」

それなりにうまくいっていたハーツラビュル寮内の関係。言いにくいそうなトレイ先輩に、前から心配していたことが要因になってるっぽいと気付いてしまう。

「元から崩れる部分があって、それを本格的に自分たちが壊してしまったんですね」
「!」
「もう…エースたち決闘ヤル気満々です」
「そうだな」

リドル先輩のことがまた一つわかった。
いい情報じゃなくて、どう整理つければわからない。

エースたちにますます勝ち目なさそう!本当にどうしよう!ドワーフ鉱山の戦いの時とは訳が違う。アレはアレで命懸けで大変でしたけども。今回は正式な魔法士の決闘。奇襲作戦じゃ無理そう。さらに自分の出番なさそうだ。みんなの首輪がもし取れなかったら、エースとデュースは駆け込み寺としてオンボロ寮があるけど…グリムの首輪が取れなかったら、どうなちゃうんだろう?自分とニコイチだから生徒として成り立たなかったら、今度こそ追い出されちゃうんだろうか。出ていく準備もしとかなきゃな……魔法じゃまず勝ち目がない。速さ勝負?勝てるイメージがわかない!

「監督生は生き辛くないか?」
「んん??」

頭でたいした策を練り上げていないが作戦を考えていたら、トレイ先輩がそう呟いた。

「もう一つ、君と話していて気になっていたんだ」

意外な問いかけを聞いた。

「さっきのエースとの喧嘩、俺が怒る前にわざとしただろ?」
「ええ!?違いますよ!普通にイラッとしたから怒っただけですよ?えっと、たしか…マロンタルトの時にも話しましたが、怒るときは怒りますよ!自分のために!」
「そんなに必死に言い繕わなくていいよ………君は……おまえと、何度か話してみて争うことや怒るのが苦手なのはわかってる」
「え、あ…」
「意外だったんだ。マロンタルトを作った日の昼食時にリドルに対しても柔らかな反応だったから、なんでもない日に対立するような行動をおこしたことがな。あれも、エースたちのためにやった部分もあるんだろう?」

めちゃ人のこと見てるやん。少しはなくないけれど、他人ばかりではなく自分のためにやったことだ。良いように思われすぎのような気が。返答する言葉が見つからない。結局マロンタルトどうなったか気になる。

「自分はエースの言った通り、いい顔しいの八方美人です。いい人ぶってるんですよ。クローバー先輩の言うような…人じゃないです」

思ったよりエースに言われたこと心に刺さってるかも。元の世界でも日和見でいたら言われたことだし。16年しか生きてないけど、生きていくのって大変だな。

「それも知ってるよ。まぁ、なんだ…おまえ以上にエゲツない奴がいるから、かわいいもんだぞ?」
「そう言えば、ゴーストたちもここは厄介な奴が多いて言ってたような」
「ゴーストとおしゃべりする仲になってるのか…流石だな。厄介な奴が多いよ、ココは。揉め事は絶えないし確執もある。監督生は俺たちのことを優しいというが、俺たちだって〝そう見せてる〟部分だってある」
「それは誰しもがあることじゃないんですか?」
「ああ、だから〝悪いこと〟じゃないだろう?」

この人、慰めてくれてるんだ。これまでこの呼び止めの真意が分からなくて、その一言でようやく気づくトレイ先輩の気遣い。もちろんリドル先輩の事情も。なんだかんだ言いつつも、この人は優しい先輩だと思う。寮に帰ったら、エースと仲直りできそうな力を貰った。

「先輩、ありがとうございます。でも、先輩もそう言いますけどエースのこと怒ってないじゃないですか?」
「お礼を言われることはしたつもりないんだけどな…あの手のヤンチャには慣れてるんだ。まぁ、ダレか間に入ってなかったら、ドウニカしていたかもしれないな?」

よかったな、エース。この人怒らせない方がいいタイプかもしれない。
20/28ページ