捻れた世界で生きてゆけ
「や、やっちまった!」
生まれて初めて、あんな風に他人に真っ向から反抗した。
先ほどの人生最大の勇気を思い出した。
〝ハートの女王の法律・第562条『なんでもない日』のティーパーティにマロンタルトを持ち込むべからず〟
この一文だけで、何が悪かったかおわかりいただけただろうか?
(マロンタルト、アウトーーー!!!)
あの法律は全810条もあった。思わずトレイ先輩とケイト先輩の顔を見たら『やっちまった!』て顔をしていたから、把握できていなかったっぽい。そりゃそうだ。全部頭に入っているとか驚くわ!何より恐ろしいのは、即座にその場の状況と法律を照らし合せ法律違反だと判断した、リドル先輩の記憶能力と判断能力である。寮長なら当然と言いきるが、あの人の海馬どーなってんの?
パーティーのしきたりを破り台無しにしてしまった。ハーツラビュル寮長として、違反に目を瞑ることはできないと言い彼の下した決断はーーーマロンタルトの破棄だった。『捨てるんだったらオレ様が食う!』と食い意地のプライドをかけたグリムの言葉に、私は拍手喝采を心の中で贈った。いつもは拾い癖とか咎めるけど、この件だけはグリムに賛成。捨てるなら我々に恵んで。オンボロ寮の食いもんツナ缶しかないんだぞ。あんな美味しいものを捨てるだなんてもったいない。私の中の故郷スピリッツが轟々と怒りの炎を燃やしたてている。あんなにみんな一生懸命作ったのにそれはない!無茶苦茶なルールでも悔しいけどしかたないと我慢できた。破棄すると言うまでは………二連続の寝不足と、ここ最近の騒動の疲れと、二夜連続の夕食食いっぱぐれが心身に影響していたんだと思う。時に精神の追いつめは、普段の自分より判断を大胆させるのだ。注意力大散漫。
先輩たちも必死に弁護してくれてる、先輩たちだって自分たちの立場があるのに助けようとしてくれてるのだ。いつも、事を荒立てたくない私に勇気がむくむくと湧いてきた。
『作ったことが重要なんじゃない。今日!今、ここに!持ち込んだこと〝だけ〟が問題なんだ!』
『頑張って作ったんです、その言い方はあんまりです』
言い返してみたけれど、リドル先輩はルール違反の怒りのあまりそれどころじゃないらしい。めちゃスルーされた。昨日初めて会った時はまだ普通の人だと思ったのは本当だ。でも、なんだろう…ルール、ルールと言い続ける彼の鬼気迫る雰囲気の中に、ナニかに脅迫されているような気がするのだ。少し正常じゃないような気がする。それくらい差が激しい。パーティーの最初の方も、普段通りのような気がしたし…このモヤモヤは何?
『さっきから聞いてりゃ、おかしなルールばっか並べやがって馬鹿じゃねーの?』
『馬鹿……だって?』
『ちょ、ストップ!それは言っちゃダメなやつ!』
この会話で、どこかまずいかおわかりいただけただろうか?
ケイト先輩が顔を青ざめさせ必死に庇おうとし、リドル先輩も冷静にさせようと宥めようとしてくれている。うう…け、ケイト先輩!でも、もう無理な予感。エースがタルトを捨てることを怒る理由はすごく気持ちがわかるから、私は静観する。腹をくくりはじめる気になってきた。エースの反抗スイッチ見覚えありすぎる。エースはピンポイントで相手の地雷を爆散させ、自らもその爆発に突っ込んでいく精神の持ち主。そうエースは……エース節を炸裂させ反骨精神をオーバーさせた。嫌な予感どころか、もう誰にも止められない!状態に入ってしまった。続いて、デュース。彼はなんだかんだ情に熱い漢。仲間は見捨てねェ精神の持ち主。守らなければいけないものだとは思うと言うが、反抗精神バリバリな元ヤンキー。どんどん、悪い方向へと転がりこんでる。
リドル先輩が少し落ち着き平静な声で咎めた。それが、エースに燃料をぶち込んだらしい。他の寮生たちにも呼びかけるが、彼らはただパーティーに参加していただけ、ほぼ初対面に近いのに味方になってくれるはずなんてない。というか、リドル先輩のことを咎めてくれる人てトレイ先輩とケイト先輩しかいないんじゃないかとまわり見て思った。彼より一つ年上の先輩らしき人たちも同様に青ざめている。
怒りを抑えたようなリドル先輩の声音が、他の寮生たちに問いかける。そのヒンヤリした声音が、背筋が冷たくなる。怒り方が迫力ありすぎる。気を抜いたら、震えそうになる体をキュッと引き締めた。寮生たちがリドル先輩の方を賛同するのを、エースが日和やがってダッセーと鼻で笑っていたが、おまえが怖いもの知らずなだけである。
今のリドル先輩めちゃ怖いんだぞ!?
リドル先輩から語られる、ハーツラビュル寮の一年。一人の留年者・退学者も出さず。これは全寮内でハーツラビュルだけらしい。これはマジですごい。普通にすごい。てか、寮長てそんなことまで責任果たさなきゃいけないの?ただ単に、優秀な人が寮の代表やってるだけじゃないの?異世界の魔法学校だから学校の規則が違うからなのか、価値観が違いすぎてついていけない。寮長て面倒臭い職務なんだな…個人的に留年者も退学者も誰かに故意に巻き込まれたいがい、自己責任な感じがするような。
それとすっごい疑問なんだけど一学生であるまだ生徒の、リドル先輩の責任が重すぎる。その責任てリドル先輩がとるんじゃなくて、大人の人がとらなきゃいけないような気がするんですけど…この世界、何才しか変わらない先輩たちが大人すぎてギャップ感じちゃう。私たちまだ10代だよ!他の大人は何しとんねん!名門やから生徒の自主性とか言い訳にならんぞ!そう思ったから、リドル先輩が叫んだ言葉が胸に突き刺さる。
『この寮の中でボクが一番成績が優秀で一番強い。だから、ボクが一番正しい!口答えせず、ボクに従っていれば間違いないんだ!』
『そんな……!』
『ボクだって…やりたくて首をはねてるわけじゃない…お前たちがルールを破るからいけないんじゃないか…』
(…苦しそうだな)
私も馬鹿だ。
トラブルに巻き込まれるくらいの馬鹿だったから。
『なぜ?貴方一人がそこまで責任を負わなきゃいけないんですか?』
ボロリと思考が言葉に出てしまう。しまったとはもう遅い。緊迫したその場に、漏れでた言葉は思いのほか響きわたる。ようやくその言葉で、リドル先輩が私の方を見てくれた。その表情はやはり苦しそうで、怒りと戸惑いの中に、ナニか別のモノが潜んでいるような気がする。お母さんが言っていた言葉を思い出す。
《人と話す時は、ちゃんと目を見て話しなさい》
いつも目を見て話すやつなんて変なやつだ。それに恥ずかしい。今まで人と会話するときそんな思いがあったから、そんなことしなかった。
でも、今は?
今がその時じゃないんだろうか。もう一度目を閉じて深呼吸する。今度はしっかりリドル先輩のその瞳はを真っ直ぐに見た。
『なぜ?あなた一人がそこまで責任を負わなきゃいけないんですか?』
もう一度同じ質問を繰り返した。
『……キミは馬鹿かい?そんなこともわからないのかい?』
あの一連の流れであの空気をぶっ壊したのである。おう、馬鹿だってしってる!口調は冷め切っているのに、瞳は雄弁だ。彼の表情をしっかりと見ている人いがいわからないだろう。そこには人を馬鹿にしたようなモノなんてない。むしろそんなこと言いたくないて顔してる。
『それは、ボクが寮長だからだよ。さっきの話聞いていたのかい?まだそこの連中よりは聡いと思っていたけど…おんなじレベルだったなんてね…』
言葉は小馬鹿にしたような声音で、黙って聞いていたまわりの人たちがくすくす笑いはじめる。それを聞きながらまた震え出しそうな体を、腹に力を込めた。
『テメッ、その言い方!』
『リドル!』
エースとトレイ先輩が会話にわりこうもうとする。それは、私へのあまりの言い分に抗議してくれようとしたからだ。でも、今は庇わないでほしい。
『エース、トレイ先輩。別になんとも思ってません。私は今、リドル先輩とお話しています』
二人に口をだすなと意味をこめて言う。エースとトレイ先輩がどうなってるのかわからないが、そこからしゃべる気配はない。まわりが、またギョッとしているのがわかった。人と話ししてるだけで驚きすぎやで。そんなに珍しいことなんかい。
目線は最初から、リドル先輩から外してない。ずっと彼の表情を見たままだ。ここにはいないお母さん、ありがとう。きっと目見て話してなかったら心が折れていたよ。彼は表情が豊かだったから。
『自分はおかしいと思います。そのルールも、それを強要してることも、マロンタルトを捨てようとしてることも。でも、一番おかしいのは、あなたを誰も』
『おい、寮長になんて口の聞き方してるんだ!この落ちこぼれ!』
『魔法つかえない奴がデカい口聞いてんじゃねぇ!』
人の会話を遮ってくる奴は誰だと、リドル先輩から視線を外す。なんとそいつら、昨日二回も絡んできて最終的にデュースにボコられたカッコ悪い野生の不良たちだった。味方のフリして、リドル先輩の権力を盾に我々に嫌がらせしようとするつもりだ。
はい!真のすっげーダッセーやついましたーー!!まだデュースは気づいてないみたいだけど、このままじゃ大衆の目の前で伝説が始まってしまう。この世界の住人、なんで平和に話を進行させてくれないの!?
また雫が落ちるのを聴いた。
そして、現在に至る。
会話をめちゃくちゃにされ、エースがガソリン投下し、グリムがさらに失言の炎をぶち込み、リドル先輩がブチ切れ、結果三トリオは首輪つきとなりました。いつも通りの流れである。テンポの良すぎる最悪の展開。
トレイ先輩とケイト先輩につまみだせと命じて、私たちは放りだされた。先輩たちを私たちの尻拭いのために、悪役にさせてしまったのは申し訳なかった。さらにフォローしてくれようとしてる。え?仏なの先輩たち??でも、マロンタルトは捨てるんだよなぁ…頼む、先輩たちせめてマロンタルトは救ってくれ!と念を込めておいた。
デュースとエースは直属の先輩に裏切られたと思ってるから、先輩たちのこと何言っても無駄だ。どうしようと悩む。こんな形で亀裂が入ってしまうとは…しかし、ハーツラビュル寮内の力構造で、リドル先輩に実質意見を言える人があの人たちしかいないことがはっきりわかってしまった。頼れる大人もいないことに。絶対に謝らないと言うエースに頭は抱えるし、常々悩んでいたグリムの言葉の使い方を今後どう矯正しようか悩むし、泣きたくなってきていた。
「大丈夫か…ユウ?」
唯一、私の様子に気遣ってくれるデュース。彼の首元の首輪を見て、また巻き込んじゃったなぁと思う。まあ、彼も自らこの中に突っ込んできたのもあるけど。いつも最終的にグリムの失態で最悪な展開になってるから、監督生としての自信はほぼZEROに等しい。
「ごめんね…デュース」
「いや、お前が謝ることじゃねぇし…それに、あの状況で寮長に意見しようとしたのはすげぇと思う」
「空気を読まなかったからだよ。すっごくドキドキした…」
デュースの慰めに少し心が落ち着いた。自覚すると、手が震えてきた。ある種に興奮状態。公衆の面前で、あんな反抗したのは初めてだ。個人感のいざこざなら少々経験してきたことあるが、自分が正しいと信じる絶対的権力者に歯向かったのはなかった。そんなことできたのは、この世界そのものからはみだした立場だからかな。これからのために馴染まなきゃいけないのに、出鼻を盛大に挫かれた。それでも、異世界人だって譲れないものがあるんだ。
「チッ、あの不良ども邪魔しやがって、また会ったらただじゃおかねぇ」
あれま、気づいたのか。死んだなあいつら。手をパンパンしながら凄みのある表情で呟くデュースさんを見て、魔法つかえなくても拳があるもんなと思った。