捻れた世界で生きてゆけ


デュースにグリムを預けて、少し学園長室に用事があるといい先に行ってもらった。合流できなくてもシャンデリアの件で何度も通った道だからこれは覚えている。コンコンとノックして入室許可をいただく。中へ入ると学園長が仕事をしていた。それを見て、この人もお偉いさんだったなと思いだした。

「意外そうな顔をしていますね。最高責任者なんだから仕事してますよ。私だって」
「へへ、すみません」

やっぱ、顔にでているらしい。これはマズいな。表情筋も鍛えなくちゃいけなくなった。私のヘボスペックヤバすぎる。

「ところで、こんな夜に一人歩きは感心しません。いくらあなたが〝男〟とはいえ、異世界人がうろちょろするのは好ましくない輩もいるでしょう。そこら辺は貴方はわかっているとは思っていたんですが」
「ああ!すみません。今日、みんなでマロンタルト作ったのでお裾分けに来たんです。これを、ぞうぞ。紅茶は用意できないですけど、おいしいので召し上がってください」

コトッと机にお皿を置く。表情は仮面で見えないが、息を飲む音がした。

「…ありがとうございます。なかなか、仲良くやっていけてそうですね。先生方にも、授業態度はとてもいいとお聞きしましたよ」

初日でそんな会話されているのか。もしかしたら、学園の魔法的なナニカで行動を把握されているのかもしれない。監視されるのは嫌だけど、後ろめたいことはないし口で言うより〝視て〟もらっていた方が身の潔白を証明しやすい。それに、大ピンチになったら保護はしてくれそうだし。

(隠す必要ないか)

「これもエースのやらかしで巻き込まれてるのもあるんですけどね。ついでだからワイロを贈っただけですよ」
「ワイロって…まったく、嘘つくか誤魔化すかくらいしなさい」
「そうしたいんですけど、なんか周りにバレるんですよね…仕方ないです。あと、貰いすぎたマドルの札束、ひとまず必要な分だけ確保して残りは返品します」
「…は、はい!?何言っているんですか、お金は必要でしょう。元の世界ヘ帰るのがいつになるからわからないんですよ?これからの生活に必要なものでしょう?」

おかしなものを見るように、さもあたりまえのように言うが問題がありすぎるんだ。

「それついては、ありがとうございます……気持ちは…気持ちは嬉しんですよ!でも、渡し方に問題があるんですよ!金庫もないし、セキリュティもガタガタな場所になんてもの寄越すんですか!月単位で、支給する方式にしてください!あと、ゴーストカメラで使用した報告書とともに、頂いたお金も使い道を記載した紙かノートを渡すので、目を通してくださいね。それと、こんなによくしてくれるのに学園長のパシリだけじゃ見合わないので、放課後とか空いた時間にでも学園の雑用とかさせていただけないでしょうか?なんなら休日でもできることがあればお手伝いします。毎週はちとキツいですが」

「きっちりしすぎてる!律儀すぎる!アーシェングロットくん並みにお金管理がしっかりしすぎてる…!」

アーシェングロットて、誰だよ。

「『お金はね、人の心を外道にさせるのよ』と亡くなったおばあちゃんの遺産争いに、巻き込まれて疲れて倒れたお母さんの言葉が心に染みついているんです」
「うわぁ、なかなか生々しい話ですね」
「どこの世界でもある話でしょ?遺産争いしかり、後継者争いとか」
「あ〜……まあ、いますね。毒とか盛られて死にかけた子もいますしね」
「ちょ、個人情報!?」
「名前はバラしてないので、貴方にはわかりませんよ。その子と今後関わるかどうかわからないですし」

それはいくらなんでも軽すぎないか。異世界人でこの世界に関係ないからしゃべられるの?私のこと信用してくれてるのか、どちらにせよ…学園長、教育関係者としてどうなんだ。もしかして、さっき出てきた『アーシェングロット』さんが、毒を盛られて殺されかけた人なんだろうか。名前は知らないし、心当たりないけど過酷な運命を背負ってるんだな。ハッとして、学園長室の時計を見る。いけない!またしゃべり込んでしまった!そろそろ、お暇しなければ。

「……学園長の厚意はボランティアかもしれませんし気にしてないかもしれませんが、それでは、ここに努力して入学した人たちとかに申し訳ないんです。私だって、高校入学した時いっぱい勉強しましたし。不安なんです。いっぱい貰ってるのに、それに対して対価を支払っていない。なのに、事情があるとはいえ学園長の判断で、魔法の使えない平々凡々なぽんこつ野郎が通ってるし寮に住んでるですよ。不良に三回(内二回同じ)もエンカウントとするし…セクハラされるし、少しでもこの学園でタダでいるわけじゃないと示したいんです。どうか、そこをなんとか検討していただけないでしょうか!お願いします!ここで働かせてください!」

最後に、私の大好きな和風ファンタジーで締めくくった。10歳の女の子だって異世界に迷いこんで両親人質にされて、怖いおばばに立ち向かったんだ。学園長は優しいけど、なんか全面的に頼るには胡散すぎる。あとでとんでもない対価を要求されかねない。なんかお金とか受け取ってくれなさそうだし(そもそもお金ない)わかりやすく、細々と奉仕活動して支払っていきたい。ちなみに対価、対価言ってるが、言ってみたいだけである。等価交換とか、なんか言いたくなるよね。

「いや、働くって……どさくさに紛れてとんでもない内容を拾ったのですが、君がそこまで言うならわかりました。検討しましょう」
「やったー!」
「喜ぶところですか!?」
「はい!では、また明日!まだまだ取り決めしたいこと、お話したいことあるので来ますね!おやすみなさい!」
「検討するとだけ言っただけですよ!まだ話すことあるんですか、あ、ちょっと待ちなさい!」
「わっ」

検討するとかにしても、大丈夫!最終的になんだかんだ意見を通してくれるのだ。たぶん!急いで帰ろうとしたら、学園長が腕を掴んだ。ガッと掴まれたのに、痛くない絶妙な力加減。

「身を守る魔法を少しかけておきます。夜道は気をつけて、お嬢さん」
「あ、ありがとうございます…ところで中身が乙女でも、体が男でも襲うやついるんですか…?」
「男だけしかいない空間はね、イロイロあるんですよ」
「マジで」


帰り道、私は尻を手でカバーしながら急ぎ足で帰っていった。植物園で体をまさぐらられたことをしっかり思いだしていた…あの時は中身が女の子だからバレそうになったのかと思ったんだけど…もしかして…あのケモミミさん…まさかソッチの人?ダンシコウコワイ。ケツガアブナイ。

通りすがりにツノ生えたデカいヤツにすれ違ったような気がしたが、それどころじゃなかった。





寮の入り口まで戻ってきたら、ゴーストたちが待ち構えていた。イヒヒヒッーと笑い声が聞こえてきそうだが、中身がイイ奴らだと知ればもう怖くない。むしろ、死んだ人間と喋れるなんて貴重だし。なんで成仏しないのか気になってしまう。しかし、今日はもう疲れた。色々ありすぎた。恐怖の真実に辿りついてしまったかもしれないし…早くお風呂入って寝たい。

(そういやサムさんとこで、ゴーストたちにお礼の品を買ったんだ)

「これ、お礼ね」
『『『え?』』』
「学園長に話にいってくれたでしょ。あなたたちのおかげで、すごく助かったから…だから、お礼ね。ありがとう、これからも同じ寮生としてよろしくね」

ニコッと笑った。疲れていたから、笑えていただろうか。無言で微動だにしなくなくなったゴーストたちに、頬が少し赤みをさしているのは気のせい?プレゼントを押しつけふらふらで寮に入っていく。


「おかえり、ユウ。遅かったな」

部屋にいたのはデュースだった。

「疲れた顔してるな。学園長になんか難題でも吹っかけられたのか?」

昼間の件もあってか、デュースとの仲が縮んだような気がする。

「ううん、ちょっと恐ろしい真実に気がついてしまって…すごく疲れたから、お風呂入って寝るね…」
「えっ、おい…あ、服持っていっちまった…今、風呂入ってんのに…まぁ、男同士だし多少は大丈夫か」


お風呂場から、音が聞こえる。騒がしい音が。

《オレ様は、おまえなんかと入りたくないんだゾ!》

あ、なんだグリムかー。私がいなくてもお風呂入ってんじゃん。エライエライ。注意せずにガラッと扉を開けた。

「ユウが帰ってこないんだから、オレと入るしかないじゃん。デュースなんかに洗わせたら禿げそうだし…面倒臭いけど、世話になってるからな、ペットの風呂はしてやらーねとな。あと洗わないと獣臭いしな、おまえ」
「コワイコトいうな!ペットじゃねーーー!………て、ユウ!?」
「そうだろ?お、ユウ。おかえり、遅かったな。なんだ、なんだ。服持って〜ーーーなぁ、おまえも一緒にはいる?」

お風呂場にいたのは、グリムだけじゃなかった。

エースガイタ。
エースガゼンラデイタ。

脳に情報が追いつかなくて、硬直したまま視線もそらさず凝視したままだ。

「ユ、ユウウウウ!?意識、意識を戻るんだゾーーー!??」

オレ様が隠している間に逃げるんだとか聞こえた。その通り、エースの下半身のあたりで全力でブレている。健気にモザイクになるつもりだ。

「うおっ、おまえいきなり何やってんの!?人の股間の前で変な動きすんな!」

なぁ、ゆうもしかってくれよと聞いて、ようやく硬直が解けた。見ちゃった。嫁入り前なのに、異性の全裸を見ちゃった。こ、股間についたブツを。

「おぎゃああああああああああああ!?!?」
「えええーーー!?」
「しまった!手遅れだったんだゾ!?」
「なんだーーー!?今の喉太い断末魔の叫びは!?ユウ!?あ、アワ拭いて倒れてる!?」
「グリム!?こいつどうしたんだよ!」
「エースのきたねぇブツを見ちまったからだゾ!」
「オレのせい!?」
「よく、わかねぇけどユウはベッドに運ぶから、そのブツをしまえや!」
「オレのせい!?」
「異議あり!そいつだって同じモンついてんだろが!」
「た、たしかに!」
「そいつは初日に尻丸出しで、自分のブツ見て叫んでたゾ!とにかく早くこの場から運んでほしーんだぞ!」
「「ナニしてんだ!?コイツ!?」」


暗闇から目を覚ますと、心配そうな顔が三つ見える。

「あ、起きた」

ベッドから起き上がると、ふるふると頭を振って気絶する前のことを思いだそうとする。

「あ、コラ。お前は、アワ吹いて頭打って倒れたんだから、頭ふるなよ」

さすさすと誰かに頭を撫でられた。声がわかる、エースだった。あぁ、謝らなきゃ。グリムをお風呂を入れようとしてくれたのに、酷いことしてしまった。顔を見ると心配そうな表情していた。何度見直しても顔がいい。

「グリムから聞いたぜ。おまえ、なんか裸のつきあいとか苦手なんだろ?配慮がなかったごめんな」
「こっちこそごめんなさい。人の体見て叫ぶなんて最悪だな」

ポロッと涙がでてきた。周りがギョッとした。

「いやいやいや、こんくらいで泣くなよ!?泣く場面じゃなくない!?」
「そ、そうだ!エースのブツくらい一晩寝れば記憶なんて消しとぶ!」
「トトトトトランプしようナ!!楽しくなれば、エースのブツくらい気にならなくなる!」
「…オレだって心があるんだぜ」
「うう…ごめん。綺麗な顔なのにあんなおぞましいブツがついているんだなと…男の体ってとか思ちゃって…」
「言っとくけど、おまえにもツイテルからなあああああ」
「あ、そうだった」
「もしかして、ユウさん…タルト事件のことめちゃくちゃ怒ってる…?」

その後、速やかにお風呂に入り、トランプして寝た。夕食はマロンタルトのみだった。注意力散漫だったの。眠たかったの。だから故意じゃないの。誰に対しての言い訳がわからないのに懺悔したい気持ちです。自分もつくづくタイミングが悪い。
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