捻れた世界で生きてゆけ
「6発どころじゃねーじゃん!嘘つき!」
「ヤベエ!逃げろ!鶏さんごめんなさーい!」
不良たちはあれだけフルボッコにされたのに、どうやら生きていたようだ。元気よく逃げて行った。ヤっちまってなくてよかった。デュースはワル語録どころではない台詞を吐いているがそれはそれである。あいかわらずグリムと自分は抱きあっているが、デュースがようやっと気づいた。
「や、やっちまった…!今度こそ、絶対に優等生になろうと思っていたのに…!」
この世の終わりかのような表情に、グリムと自分は顔を見合わせ聞いてみた。
「デュース、聞いてもいい?」
デュースは中学校の頃かなり荒れていたらしい。学校サボって、毎日ケンカ、先生の名前は呼び捨て、ワルい先輩ともツルみ、髪の毛も脱色、マジカルホイール(バイクみたいなもの?)で峠を攻めていたんだと。魔法使えないヤツに魔法でマウント取ったりするどうしようもない不良だったらしい。
「今時なかなか見ないくらいテンプレなワルなんだゾ!」
いつもならグリムの失言をフォローするが、これはフォローもしようがない。ひたすら脳内で盗んだバイクで〜BGMがエンドレスで鳴っている。デュースは伝説でパイセンだった。改心するきっかけは、彼のお母さんの涙だった。隠れて自分の育て方が悪かったと泣く母の姿に後悔し、悪いのは悪の道に走った自分だと責めた。そんななか名門ナイトイレブンカレッジから迎えの馬車が来たらしく、それにお母さんはすごく喜んでくれて今度こそ泣かせないと決めた。お母さんが自慢できる優等生になろうーーーでも、怒りを制御できず思いのまま不良たちを〆てしまった。ちくしょう、呟きを漏らす姿に、グリムは何か考えてゆっくりと言葉をつむぐ。私も同じ気持ちで続く。
「我慢するのが優等生なのか?」
「…え?」
「オレ様だってあと10発くらいパンチおみまいしてやりたかったんだゾ!…ちょっとやりすぎてた気も…」
「優等生だって怒る時はあるよ。正直、自分もスカッとした」
「…お前たち…そっか、へへ。ありがとう」
母を思い改心して頑張ろうとする姿を、見守っていきたいなと思った。そしてヒヨコの勘違いするデュースに、言うか言うべきか迷ったが伝えようと思う。
「あの卵は無精卵だから元々孵らないよ」
デュースの衝撃の絶叫が辺りを木霊した。
途中ハプニングはあったが、デュースのことを知れてよかった一件だった。そして、伝説を目の当たりにして一つ思い直した。やはりこの学園不良が多い。今日だけで、三回(内二回同じ)もエンカウントしてしまった。これは由々しき自体。いつもいつもいつメンで行動するわけじゃないし、ヘタしたら自分を心良く思わない輩にどエライ目に合わされるかも知れない…逃げ足・体力強化とともに、デュースパイセンのケンカ塾を開いていただこう!そうしよう!いい考え!最終的につけ焼きかも知れないが、武力を持っていた方がいいに決まってる。いつもいつも話し合いで解決できるわけでもない。
それに、ケンカ強い方がなんか男としてカッコいいよな?ムキムキマッスルに俺はなる!
「パイセン、やっぱケンカを自分に教えてくれませんか?シャッス!」
「!?」
デュースの拳を見た監督生の思考は、さらにカオスさがパワーアップした。後にこの時の決断がケモミミ集団にある悲劇と恐怖をバラまくのは、先の先の話である。
ケンカ塾の件は検討しておいてくれるらしい。前にもあったなこんなパターン。そして、すべての材料が揃い最後のデコレーションが始まる。
「マロンクリームをタルトに乗せれば完成だ。皆もうひと踏ん張りだぞ」
「ついに食える!テンション上がってきた〜!」
「集中力を切らすなよ」
トレイ先輩の掛け声とともに、自分はタンバリンをシャンシャンパンパンしはじめた。帰ってきたら、用意されてた打楽器。デコレーションは三人と一匹で十分なので、監督生はリズムをとって欲しいと言われた。人手の多い時にだけするやり方らしいが…わけがわからない。却って集中力乱すんじゃ。
「ユウ!なかなかいい感じにシャンシャンしてるな!」
「リズミカルがペーストの魔法にいいんだゾ」
「波長があってきたな、よし!」
「なんだこれ」
なぜか高評価なタンバリン。異世界の文化てわけがわからねぇと思いつつも、必死に我が故郷に伝わりしタンバリン芸を披露した。
トレイ先輩が粉砂糖をふりかけて、マロンタルトは完成した。歓声のなか一人落ち込んでいるデュースにエースが不思議がっていた。ヒヨコショックが抜けきれず失敗をしていたが、トレイ先輩がすぐさまフォローしてくれたのでことなきを得る。エースにはそっとしておいてあげてと伝えた。16年間も信じてきたらしいからな。元ヤンなのにピュアすぎる。
「お菓子作りて時間がかかるんだなーメチャクチャ疲れたぁ…」
エースが机の上でのびていた。わかる。自分も途中まで、お菓子作りしてたのに最後打楽器でシャンシャンさせられたし、なんか疲れたよ。あの動き何気に激しいし。そんなタイミングで、ケイト先輩の登場。労いながらもマジカメ映え〜といいながら一枚撮らせてとお願いしてくる。どうぞ、どうぞ、自分が被写体にならなければ好きに撮ってください。エースがぶつくさ文句を言っていたが、トレイ先輩の食べてもいいというお許しがでたのでみんな喜ぶ。ちゃっかりケイト先輩も混じってた。
「いただきますっ!おいしい!」
「甘すぎ、それでいて濃厚なお味!お口の中が栗畑なんだぞ〜!」
「それ、褒めてるのか?」
口々にうまいうまいと言いあう至福の時。疲れた体に甘味は染み渡る。頑張ってよかったという感想だ。あいかわらずグリムが独特な食レポをしていたので、トレイ先輩がつっこんでた。思いだしたかのように、ケイト先輩が声をあげる。
「トレイくん、アレやってよ」
「アレ?…ああ、アレか」
二人の先輩の会話に、なんだなんだと新入生組はわらわら。自分はピーンときた。
なにやら、素敵な魔法の予感。
トレイ先輩が、好きな食べ物はなんだと聞いてきた。
エースは、チェリーパイとハンバーガー。そうなんだ。
グリムは、ツナ缶とチーズオムレツと焼いた肉とプリンと〜。食い意地!
デュースは、オムライス。やっぱピュアや。
ケイト先輩は、ラ、ラム肉なんちゃらソースかけ。急に小洒落たものに!
それで、私はーーーずいぶんと懐かしい味を思いうかべた。
「それじゃあ、いくぞ。『[[rb:薔薇を塗ろう >ドゥードゥル・スート]]!』」
その言葉とともに、マロンタルトに妖精の粉をふりかけたような輝きがおこる。先輩は、シュフが料理を紹介するような立ち振る舞いで、もう一口どうぞと言う。みんな恐る恐る、ぞれぞれのマロンタルトを一口かじると、驚きの声が上がる。ケイト先輩もイタズラが成功したような表情していた。
「マロンタルトなのに味が違ぇ!」
ぞれぞれ先ほど答えた好きな食べ物に味が変わっているらしく、ばくばくと食べる。
(…お母さんの料理てこんなに美味しかったけ?)
私もばくばくと食べる。
ーーー思い浮かんだのは、お母さんの味。お母さんが作った料理の味。
この世界に来てから一週間も経ってないはずなのに、もうホームシックのようだ。図太く生きてるつもりだけど好きな食べ物と言われたとき、お母さんが作った料理を真っ先に思いだした。だって、いつ帰れるかわからない。楽しい世界だけどやっぱり不安だ。悪い想像ばかりする。だからって、泣き言なんて言ってられない。
ーーーでも、でも、やっぱり魔法て素敵だな。比べなくても、ぞれぞれにちゃん意味がある。
もう当分は、食べられない味が自分の想像で再現されるんだから、素敵なことだ。これを機に少し料理をしはじめてみようか。料理はあまり得意じゃないけど、今度は自分の力で再現してみるのも悪くない。そのためには寮のキッチンも整備しなきゃだ。
「監督生は、好きな食べ物はなんだった?おいしそうに食べていたが?」
みんなの表情を優しげに眺めるトレイ先輩が、私に尋ねてきた。きっと先輩はそこまで考えていなかったのだろうが、私が無意識に欲していたものを魔法で叶えてくれた。この世界は、私に厳しくて、それでいてちょっと優しくいてくれる。
「故郷の味です。大好きな味です。しばらくは食べれないと思っていたので、クローバー…トレイ先輩、素敵な魔法ありがとうございます」
いつ帰れるかわからないけど、頑張ってやっていけそうです。
虚をつかれたようにトレイ先輩が固まって、泣きそうな表情で「大袈裟だな」と笑った……それはケイト先輩も同じで、そうさせるのはハーツラビュルのなにかなのかーーー知りあって間もないからまだ聞けない、いつかその意味を教えてくれるだろうか?
もうすぐ、おかしなパーティーがやってくる。