知り合った先輩は人魚らしい
今日は朝から憂鬱だった。音楽の授業で、どうやら自分がオンチだと新事実が発覚してしまったのだ。きっかけはエースに、お前て歌ヘタだよな〜と言われたこと。
「自分て歌下手なの!?」
「え?知らなかったのか?」
「うん、知らなかった」
「学校の授業とかカラオケとかでダチに言われなかったのかよ」
「だから音楽の成績はあまりよくなかったのか……友達あんまりいなかったし、カラオケとか行く感じではなかったよ」
「へぇ〜前の世界じゃボッチだったりしたの?」
「ボッチだった。授業でペアとか探す時大変だった〜」
「冗談だったんですけど、なんか意外なんですけど……」
「急によそよそしくならないでほしいんですけど」
それ以外に余計なことも思いだした。意外と思われたのはエースやデュースとツルんでいるからだろう。他にもパリピが集うハーツラビュルと、仲良くさせていただいているのもあるかもしれない。
(とにかく!このまま、オンチはイヤだ!放課後さっそく練習してみよう!)
気合を入れ直して食堂で食事をしようとしたら、なんと今日は生魚系の料理がラインナップされていた。この世界、外国よりだからそういう食文化なさそうだと思ってた。嬉しい。久しぶりに食べる故郷の味。不思議な感じ、今までさほど好きじゃなかったのに、なかなか食べれなくなったら無性に食べたくなる。この世界て醤油あるのかな?見知った食べ物もあるからありそうかも。ようやく最近、落ち着いたし食堂もゆっくり利用できるはず。
「ユウ…お前、そんなん食うの?」
「え?おいしいよ?」
「それ選んでるの一部しかいなかったような」
「好みがわかれるんじゃない?」
「ユウ!オレ様それ食べたいんだゾ!」
「あげるから、少し落ち着きな」
ルンルン気分で食べていたら、グリムもほしいと言ったからあげた。感想はおいしいらしい。よかった。そうこうしているうちに、ハーツラビュルの先輩たちと合流した。席を探していたらしく、ちょうど自分たちのところが三人分開いていたのでエースが誘う。リドル先輩とも仲良くなり、寮長が加入したハーツラビュル寮生五人組の威力はすごい。パリピグループに囲まれた。なんでもない日のパーティーとか特別な日はあんまり気にならなかったけど、普通の学校生活で学食をともにすると、再認識してしまうな。
「ここの料理ほんと美味しいっすよね〜」
「おいしーよね♪」
「キ、キミ、それ、何を食べているんだい…?」
「生魚系の料理ですよ」
「あ、先輩も思います?」
「…ああ、その料理。調理されてるとはいえオクタの奴ら向きの料理のはずだが」
「え!指定されたものがあるんですか!?知らずに分取ってしまった…」
「気にするとこそこ!?カントクセイちゃんてワイルド〜」
自分とグリムいがい、なぜかちょい引きの雰囲気。
この世界も色んなところから集まってきているから、自分の世界の文化と似たそういうものもあるんだと思ってた矢先なので地味にショック。この料理は自分的にはオーソドックスだと思ってたのに。これって……食べたことはないけど、踊り食い系の話はアウトそうだな。人を選ぶのかもしれない。ちょっと気軽に故郷の話ができないことに、しょんぼりする出来事だった。
放課後、部活に行ったエースとデュースを見送った。自分は部活に所属してないので、授業が終わればだいたい帰宅。図書室通いが滾ります。雑用も言いつけられてないので、グリムと一緒に中庭の隅っこで歌の練習しようとしたらオンボロ寮へ逃げられた。
「ううっ…グリムの裏切りものぉ」
放課後で部活もあるので人気が少ない。少し練習したらオンボロ寮へ戻ろう。あんまり監督してないと怒られる。
ぼへ〜〜〜♪
「……(自分的には)うまく歌えているはずなのに、どこがおかしいんだろう??」
自分自身で気づかなかったくらいだ。客観的に聞いてくれる相手がいて、どこがおかしいか指摘してくれないと無理かもしれん。もう帰ろ。
「……ふっ…」
人気のいない中庭には、その押し殺した笑い声はよく聞こえた。声の方向を見るとデジャヴ。この学園て、タイミングよく現れる訓練もされているんでは?今度はどの辺りから聞いていたのだろう。
「こんにちは、監督生さん。こんなところにいらっしゃるなんて偶然ですね」
「こんにちは、先輩。なんだか久しぶりに会った気がします」
笑ってた癖に歌の練習していたことには触れず、普通に挨拶をしてくる。前もこんな感じだったなぁ。先輩とは正式登校初日の放課後に会って以来だ。ハーツラビュルの事件で濃い日常を送っていたもんな……そだ、ようや例のモノが渡せるじゃん!
「先輩、この後お時間どうでしょうか?」
とっとブツを渡したいのに、今日に限って寮に起き忘れてくるというタイミングの悪さ。取りに帰る時間が必要になってしまった。
「何かご用ですか?」
「この前のお礼を自分なりに用意したんです。寮の方に忘れてきてしまって」
「用意してたんですか?」
「はい。前回考えると言ってくれたんですが、こっちも用意した方がいいかな〜て思ったんです」
「…………」
「先輩?もしかして、先輩も何か考えていました?そちらを優先しましょうか?」
「内容を聞かなくていいですか?」
「難しいことなんですか?自分ができる範囲のことなら。魔法が使えないので限られているのですが……」
「そう……ですか、貴方が用意してくれたものがどんなモノか気になるので、この場で待ちましょう」
「そうですか!よかった。ちょっと取りに帰ってきますね!」
なんか変に期待されててもガッカリさせたら悪いし、プレゼントのセンスには自信がないと言い訳しといた。よくわからない曖昧な顔で微笑まれる。ちょっぴりトレイ先輩の仕草に似てるな。
待たせているしマッハで取りにいかなければと思い、全力で往復したら酸欠になった。まだまだ肺の筋トレが必要なようだ。キザ歯先輩にブツを渡すと倒れ込んだ。自分はいま酸素を必要としている。芝生にうつ伏せで死んでいると、先輩が陸にあげられた魚に似てますねと呟いていた。人魚のジョークなんだろうか。ちなみに上げたものは、テラリウムの写真集・高そうな紅茶・ヒーリング系のCD、すべてサムさんの店で購入したもの。あの店なんでも売ってるな。また探索に行こう。
「これはどういうセレクトで?」
「テラリウムは好きだと聞いて、本があったからつい…見た目のイメージで紅茶なんか好きそうな雰囲気がしたからです。ヒーリングCDは人魚のイメージです」
「それで……こういう……せっかく選んでくれたのですからありがたく頂きますね」
(喜んでいるのか迷惑なのかいまいちわからんヒトだな)
戻ったときオンボロ寮内を確認したら、グリムがゴーストたちに遊ばれていた。もうしばらく監督しなくてもよさそうだった。
「監督生さんは、思った以上に変わった方ですね」
「そうですか?この学園の人の方が……なんでもないです」
目の前のいい人だけど、変な人筆頭に言うべき言葉じゃないなと、見透かれてそうな視線に冷や汗がだらだら。
「そうですね……この学園に通う方達は個性が強い、僕も含めて」
「わかってて言ってますよね、それ」
「ふふ、それもあたりまえの話です。それぞれ住む世界や育った環境が違い、それに故郷が違うので色んな人がいます。だからこそ、それが面白い」
(先輩の価値観の違いの受け取り方いいなぁ)
先輩の言葉に、自分の故郷の童謡詩人さんの詩を思いだす。
〝みんなちがって、みんないい〟
国語か道徳な時間で習ったような気がする。いい詩なので、ずっと好きな言葉だったりする。みんなちがって、みんないい。ここは個性的だけれど、たしかにちがっている方が楽しい……キザ歯先輩の故郷の話聞いてみたいが、二回しか喋ったことのない相手にずけずけ聞くのはためらってしまう。人魚だしハードな魚生持ってたら気まずい。
「僕の故郷の話聞いてみたいですか?」
「え!?顔にでていました!?」
「えぇ、わかりやすくていいと思いますよ」
「褒められてる……?」
先輩て案外ノリがいいんだなと思いながら、お言葉に甘えてお話を聞くことにした。先輩はずっと穏和な表情だった。
「想像より寒くて暗い、と初めては思うでしょうね」
火をつけることができない。海底には太陽の光が届かない。暗い岩陰には何が潜んでるかわからない。常に油断できない環境。食べ物も地上と違い、お菓子のような甘いものはほんとんどない。普段口にできるのはナマモノ中心。
「僕にとっては過ごしやすい良い国なんですよ?」
先輩は最後にその言葉で締めくくった。
珊瑚の海て、イメージしていた場所とはちょっと違うようだ。ダイバーに引き裂かれたクマノミの親子の話を思いだした。あの話初っ端からクライマックスだから泣いちゃうんだよね。あの話は最終的に色んな食物連鎖を超えて、海洋生物が仲良くなってたような気がするが、この世界の海はハードなもよう。人魚とお魚さんたちて、伝承系とは別に絵本とか名作アニメできゃっきゃうふふな関係がすり込みの認識だ。そうだよなぁ、人魚だもんな。海の中だし。半分は魚だし。ナマモノて、あれか。泳いでる魚を捕まえてバリムシャアしちゃうのか?このお綺麗なお顔で??想像できない。実はワイルドなギャップの持ち主かよ。属性がまた増えた。
(思ったより深い話を聞いてしまった。人魚直々に海の生活を講演してくれるなんてレアすぎる。それに………)
先輩の話を聞いていると、なぜだろう。浜辺を打つ波の音が聞こえる気がする。自分が住んでいたところは、山と海に挟まれた場所だ。都会ではないけれど閉鎖的場所でもない。幼い頃から海は身近にある存在だった。少しは恐ろしさも知っているし、その美しさも知っている。昔、溺れてカナヅチになったままだし。水中で暮らす人魚が、薬を飲み陸地に上がるてどんな気持ちなんだろう。その逆で陸の人間が薬を飲み水中に行く…少なくとも自分はまだ無理そうだな。
「刺激が強すぎましたか?」
左手で右肘を当て、右手は顎の少し下にあてがい、眉根を下げて目の奥は笑っていない。口元はニタリとギザギザの歯が露わになっているキザ歯先輩の姿。でた!凶悪な笑顔。刺激強すぎです!しかし、いいお話を聞いてしまった。あの話だと先輩、生魚食べれるみたい。人魚でも食物連鎖が適応されてるなら、こっちの故郷の話も気軽にできそう。
「はい…とても刺激的でした。神秘ですね。こんなレアな話聞けるなんて、ありがとうございます!」
「ふふっ……よく言わ……ん?」
「それに、よかった。先輩も生魚食べるんですね!食の好みが合いそうですね。人魚てまわりのお魚たちとわいわい仲良くしているイメージでしたが、弱肉強食の世界なんですね。食物連鎖の枠組に入ってるんですね。これからは先輩に気負わず、魚が食べれます!」
「…………」
「まぁ、さすがに踊り食いはしませんが、お造りならよく食べますし。とれたての貝ておいしいですし」
「踊り食い……え、貝をそのまま食べるんですか?熱を通さずに」
「調理する場合がほとんどなのでそれも食べますよ。生でも食べれる専門のところで食べたので……あ、ワカメとか昆布も食べるんですか?イセエビとか……この世界てイセという言葉あるのか……?カニも食べます?我が故郷では甲殻類は、苦手な人とかアレルギー持ってる人とかいたんですけど、人魚でも苦手な方いるんですか?」
「監督生さん、少し待ってくれませんか」
ガシッと両手で両肩を掴まれ、ストップさせられた。人魚の生態が気になりすぎて質問責めしてしまった。自分の悪い癖がでてしまった。
「一つ確認を……監督生さんは陸上に住む人間ですか?」
「陸上に住む人間ですが!?」
あれーーー!?なんで疑われた!?
「なるほど。学食で生魚系等の食事を選んだら微妙な顔をされたと」
「はい。それも聞けば別の寮専用の食事をとってしまったみたいで」
「寮専用とは違いますが、アレを選んだのですか。生魚独自の臭みとかお気になさらなかったんですか?」
「そこまで気にならなかったですし、美味しく調理されてましたよ」
「個人の、味覚の違いですか。さぞ周りの方は驚かれたでしょうね」
「やっぱりか」
「好きなものは好きに食べてもいいと思いますよ。僕も好きです。あの料理。海の中での食事を思いだします」
「先輩も好きなんですね!よかった!先輩に話して安心しました。自分の味覚に疑心暗鬼に陥るところでした」
人に肯定してもらえるのて、大事なんだなとしみじみ思う。それに、ほぼ初対面の人と会話が進むのて自分的に奇跡的。この世界に強制転移されたせいもあるけど、コミュ力が上がってる気がして、成長したなて思う。この姿を、家族が見たらびっくりしちゃうんだろうな。
「そこまで、喜んでもらえるとは恐悦至極です」
この先輩のすごいところて、年下の自分なんかにも丁寧に接してくれるところだ。この世界は特に、エースの態度見た時はあれこれ思ったものだが、普通に学校生活を送ってると年功序列をあんまり気にしてないっぽいんだよね。怒る人は怒るし、先生方は注意してる時もある。
「先輩て丁寧な物腰ですよね。失礼な質問ですが十代ですよね?」
「十代ですよ。僕は少し貴方に対する見方が変わりました」
「えへへ。なんか嬉しいですね!」
「突き抜けたポジティブです。そのままでいてよろしいかと……ところで、まさかウツボを食べたりしないですよね?そこまで雑食ではありませんよね?」
「え?好き嫌いあまりないので大抵食べれますよ。ウツボおいしいですよね!」
「……………………………え?」
「特にウツボの唐揚げ!おばあちゃんが作ってくれた海の料理はどれもおいしかったんですけど……その中でもとくに味付けが最高で得意料理だったんです、今もう食べれないんですけど……たまにあの味が忘れられなくて思いだすんですよね」
おばあちゃんがよく作ってくれたやつ。アレおいしかったなぁ。ウツボの唐揚げとは、某ゴールデン番組の油に豪快に投入するヤツとはまた別の料理だ。捌いて薄ぺっらく、軒下に宙吊りに日干しして細かく刻んで冷凍して、調理するときは油で揚げ、最後に甘辛く絡める美味しいやつ。カリッとしてタレの味が絡んでジューシー。この最後の甘辛いタレが味の決め手なので、最も重要な部分だ。
「………で!ある時期になったら、大量に捕獲してそうやってどっさり作りこむんです。冬の風物詩ですね」
「冬の風物詩」
グゥキュルルルルル
盛大に腹の音が鳴る。自分の思い出でお腹が空いてしまった。もうすぐ夕飯の時間だし。先輩との話が楽しいけれど、先輩も寮に帰らなければならない頃だ。
「では、先輩。貴重な講義ありがとうございました…………先輩、どうしたんです?」
こっちを真顔で凝視してるのでビクッとなる。イケメンの真顔こっわ!なんか私しでかしてしまったんだろうか。それも一瞬のことで、表情は切り替えられた。
「………あ、あぁ。そろそろお開きといたしましょう」
「あ、そうだ。貴重な話を聞かせてもらったんです!お礼の方は?」
「また保留ということで」
「でも、この前も……」
「いえ、そんなに急いでないので、後日取り立てます」
「取り立てる!?そんな大きなもの要求されても無理なので、お手柔らかにお願いしますね。またお話してくれたら嬉しいです」
「え、えぇ……またお話しましょうか」
先輩の態度ちょっと変だったなぁと思いつつも、いつもどんな時も同じ態度とは限らない。そういう時もあるかと思った。
寮に帰ってから、グリムに今日のことを話した。グリムがもしペラッて口滑らしたら危ないから、人魚のことは伏せておこう。
「お腹が空いてきたんだゾ〜その料理作れないのか?」
「あんまり料理したことないんだよね。チャレンジしたいとは思ってるけど。それにウツボて海のギャングて言われるくらい凶暴だし、毒持ってるタイプもいるから、ちゃんとした知識がないと食べるのが怖いていうか…よくおじいちゃんが素潜りでモリでついて岩陰から引きづりだして格闘してたなぁ、それでおばあちゃんが見事に穿いてたんだ」
「お前のじーさんとばーさんの連携プレーがすごいんだゾ」
「うん。食費抑えるために釣りとかしたいな」
「オレ様、美味いものならなんでも食べる!」
「学園の近くに寄れる磯場とかないのかな、あんまり外出できないだろうし…味の決め手の調味料ないし、味は…そうだ!トレイ先輩のユニーク魔法で思いだせるかも!今度頼んでみよう」
「そういや、そいつの名前なんていうんだ?」
「あ、名前聞くのまた忘れた!自分は心の中ではギザ歯先輩て言ってるんだ」
「なかなかいいあだ名なんだゾ、わかりやすい」
「え?そう?」
また名前聞くの忘れた。名乗らなくても、話がポンポン進むからつい忘れちゃうんだよな。また会えるて言ってたから、今度こそ聞こう。
「あとそれからグリム、食欲もうちょっと抑えてよ〜」
「ムリなんだゾ!メシははオレ様の生きがいなんだゾ!」
グリムの食欲ナメてた。拾い癖とか芝生を食うぐらいだ。ちょっと最近、グリムの食べっぷりがすごいので、相談した月の生活費を圧迫しそうになってる。お金について啖呵切った手前追加でいうのが申し訳ない。その前に一通り、生活できるくらいには用品を買って置いてよかった。
いまさらなんだけど、男の体でよかった。女の子の日とか大変だもんね。男の子の体にも慣れてきたとはいえ、男の体の仕組みがよくわからない。図書室で調べるか。
そんな訳で、寮での娯楽は借りてきた図書館の本や、それこそグリムみたいにご飯事くらいなものだ。スマホはいざなくても、意外と生活できるのは新発見。ここに来る前はケイト先輩ほどじゃないけど、ネットにのめり込んでた。ネット依存症を改善するためにキャンプする活動があるてテレビの特集で見たことがある。子供の頃に戻って自然で遊んでいた頃を思いだすのも、自分を見つめ直すいい機会かも。無いなら無いで、楽しめる趣味を見つけるのもいいかもしれない。絵を描くのが趣味だったから、スケッチブックと色鉛筆ならなんとか買えるかも、サムさんの店をそれも探索しにいこう。
「それよりも、食材どうしよっかな」
「それなら、植物園の裏にある森なら食べれるものがあると思うんだゾ」
「あ、あそこ山っぽいしね。学園長の許可が必要だろうし、山菜とかあるのかな…」
色んな悩み事はあるし、今日は落ち込んだりもしたけど楽しい1日だった。