捻れた世界で生きてゆけ
やって来ました!魔法の図書館!
この図書館、魔法学校らしく本がインテリアのようにふよふよ浮いてファンタジック。この光景見たときテンションあがりましたよ。それに、学校で一番好きなのは図書館だから楽しい。あの時は元の世界の手がかり見つけれず、沈みこんだが。この魔法の図書館の司書さんに利用方法聞いて散策することにした。制限時間決めてあるからざっと見てみよう。
魔法士に関する資料コーナーで面白いものを見つけた。
「ん?何々…『魔法士対抗戦戦術書』?難しいそっ」
本のタイトルは堅苦しく重さは広辞苑並みに分厚い。理解できないだろうけど、好奇心の方が勝ちぱらぱらと中身を見てみた。
「思ったよりも読みやすい。これ戦術書と言うよりゲームの攻略本に近いな。ゲームて感想はないか…お?相性属性とかあるんだ。五回のうちに相手の体力をこちら側より削りとれば判定勝利?完全に倒さなくてもぎりぎり勝てるパータンもあるのか…」
命の危険はある。だが、死の確率が少ない。
「相手の人間性にもよるんだな…」
魔法を使って戦うことがないが、エース、デュース、グリム、力をあわせた鉱山での戦いをなんとなく思いだした。
「寮に持ち込むのは無理そう…でも、なんかの時に役に立つかも。お昼休みの時にこれるかな」
早いとこオンボロ寮の改善進めていかないと思いながら、別の場所に移動した。
国の資料コーナーの国の名前を見て二度見した。
『薔薇の王国』『夕焼けの草原』『輝石の国』・・・
この世界の国の名前メルヘンちっくすぎる…こんなん、私みたいなヤツが好きなやつ。こ、これは、俺の出身地、薔薇の王国なんだよね〜僕は夕焼けの草原〜とか自己紹介するとき言い合うのか。さすが異世界。
その中の一つ『珊瑚の海』の本を、手にとってみた。近くの椅子に座りページを開いた。私の生まれ故郷は海が身近にあったから、この世界の海にも興味がある。でも、泳げない。子供の頃海水浴で波に沖の方に拐われて、ちょっと溺れそうになってから海で泳げなくなってしまったのだ。カナヅチである。エースとグリムに知られたら馬鹿にされそうなので言わないけど、この学園て水泳の授業あるのかな?プールならいけそうだな。
「人魚がいるんだ!」
おっと、声が大きかった。口元に手を持っていく。人魚の紹介ページ他、開いたページに海洋生物が乗っていた。ここら辺はあっちの世界と同じなんだな…魔法の世界の海洋生物とかしゃべるのかな?
「貝とか、サザエとかしゃべるかな」
名前関連で某日曜夕方アニメを思いだし想いをはせる。
「あんな感じで喋られたら食欲なくすな、うん」
元気よすぎてもアレだし、かといって、食べないでーーー!と命乞いされたら罪悪感で食べれない。
「どうかこの世界の海産物はしゃべりませんように」
「…くく…」
「んん??」
自分の心の安寧のために一人ぶつぶつ小声で呟いていたら、誰かに聞かれていたようだ。恥ずかしい!不審者だ自分!
本棚の影から、男の人がでてきた。
(デカっ!イケメン!デカっ!)
またツラのいい背の高い男の人だった。オッドアイだった。この学園属性詰め込みすぎてない?
「人魚に興味がおありですか?」
見た目のインパクトとは裏腹に穏やかな物腰丁寧な人だが、なぜか隣に座る。トレイ先輩もそうだけど名乗りもせず、なぜ距離が近いのだろう。この世界の住人は。ただその台詞で最初から聞いていたことがわかる。端から聞けば、意味不明な祈りを捧げていたのをずっと聞いていた。そして、あの笑い声…私の直感がつげる。この人ちょっと意地悪な人かもしれん!からかってやろうとか企ているに違いない!トレイ先輩も言っていた。この学園は捻くれてるヤツが多いと!優しく声をかけてくるヤツは危ないと!エースも最初はそうだった!
「声が大きくてすみません」
その質問には答えず適当にあやまり、そそくさと立ち去ろうとした。
「人魚の生活や食事て気になりませんか?」
「え!?気になる!」
本を両手に抱え込みその人につめよった。私はとことん自分の興味があることに弱いらしい。好奇心は猫をも殺すのに、トレイ先輩の忠告は彼方の方へと行ってしまった。相手は私の見事なターンに驚いたのだろう、ちょっと硬直している。
「あ、すみません」
スッと離れた。いけない。いけない。がっつきすぎた。ロザリアちゃんの時は、ケイト先輩が引かずにいてくれたからよかったものの、そんな人ばかりじゃないのだ世の中。
「…えぇ。まさか、そこまで食いつかれると思いませんでしたから」
硬直していたのは一瞬で、すぐさま最初の雰囲気に戻る。この人もあんまり露骨な態度をあらわさないタイプの人かな?
「えっーと、せ、先輩?は海の近くに住んでらっしゃるんですか?」
制服着てるし、生徒であることは間違いない。腕章はどこの寮だっけ?サバナクローしか覚えてねぇや。それにしても、名前がわからなくても『先輩』て呼べる名前があるのっていいよね。ごまかせるし。
「先輩…か。そもそも故郷が海の中ですからね」
「あの、先輩」
「はい?」
「握手してもらってもいいですか?」
「は?」
「人魚のファンなんです」
ま、まさかの男の人魚キターーー!人魚て女だけじゃないんだ、妖怪系の伝承とかアンデルセンの『人魚姫』とかのイメージだから、目からまさに鱗。会ってみたい幻想種代表の一つだから、男でも女でもどっちでもいいや。昼のマッチョケモミミやリリア先輩に続き人外さんに会えるなんて…どうしよう。私、マロンタルト作る前に力尽きてしまうんじゃ…?足は生えてるけど、魔法の世界なんだから薬とかあるんだろうな。逆に人魚になる薬とかあるんだろうかYABAI!
そっと差し出した手を、握りかえすように握手してくれる。手が大きい。これだけ背がデカけりゃ大きいのは間違いない。最初のイメージがアレだったから、思わぬ優しさに涙がでてきた。この世界、厳しくて優しすぎ。
「なぜ…泣いているんですか?」
「よく知りもしない、名もなき後輩の願いを叶えてくれる。ドン引きしない先輩のヌクモリティに感激してます。先輩ありがとう。長年の夢が一つ叶いました。これでいつ死んでも悔いはないですね」
「なるほど。わからない。これでもかなり引いているんですが」
「とんだポーカーフェイスですね」
「泣くほど嬉しいことなんですか?理解しがたい」
「我々の到底叶わない夢ですから、みんな憧れてますから…」
「大勢の人が憧れてるということですか…それは意味がわからなくて恐ろしいですね」
あいた手で涙をふく、先輩の表情が歪んだように笑っていた。あいた口からギザギザの歯が見える。笑った顔が凶悪やで…しかもさっきから意味わからん連呼してるやんけ。でも、握手はしてくれる。これがトゥンク…あほなこと考えていたらふと思いだす。図書館の時計を見ると、植物園の待ち合わせ場所にギリギリ間に合うか間に合わないかの時間になってきた。
「すみません。この後待ち合わせている人がいるんで、手をイデデデデと、え?急に何?力つよっ」
「求めるだけ求めて対価はなしですか?監督生のユウさん」
凶悪な笑みのまま手がぎゅううと握られる。すっごい密着!
「いててて、自分のこと知ってたんですね!まぁ、式典で公開処刑されましたからね。お礼ですか…たしかに長年の夢を叶えてもらえたのに、なんにもなしなのは申し訳ないですね。うーん。何か趣味とか好きなものはありますか?」
「え…?テラリウムは趣味ですが…」
「テラリウムかー、そんな詳しくないんですよね…こっちの世界にもテラリウムあるんですね!ますます謎!」
「落ちついて喋って下さい、静かに」
「…図書館でしたね」
凶悪な笑みは消え失せ、苦笑した表情に変わっていた。スッと手を離してくれる。
「…踏み倒す気はなさそうなので、お礼はまた考えときましょう。またどこかで」
「はい、またどこかで…あれ?日にちは決めないんですか?」
「僕、予定調和が嫌いなんですよ」
「予定調和?あ、そーだ!先輩、悪い人間には気をつけて下さい!」
「……はい?」
「人魚の肉は不老不死になると、自分の故郷で言い伝えられているんです。人魚てバレちゃダメですよ。悪い人間に捕まったら喰われますからね!」
予定調和てなんだと思いつつ、本当にお礼を要求しているのだろうか。この広い学園でまた偶然会うてなかなかなさそう…まあいっか。この学園なんでもありだし。この人も変人だな。変人だけれど彼の正体は人魚。さらっと正体をバラしていたが、どこかで悪い人間とかに見つかったら大変なので自分なりに危ないよ〜と伝えておく。
さて、急がねば!
「それはどういう……いってしまいました。それにしても…異種属を食べる発想……………異世界の人間は思想がイカれているんでしょうか?」
「名前聞くの忘れたな…教えてもらえるまで、ギザ歯先輩とでもしておくか!」
互いにとんでもない勘違いをしていることに、誰も指摘する人はいなかった。
あの時自身が図書館を利用しなかったら。
次の授業で使う資料を探していなければ。
たまたま少年が国の資料スペースにいなかったら。
『珊瑚の海』の本を持っていなかったら。
『人魚がいるんだ』と嬉しそう声が聞こえなかったら。
よく見ればそれが噂の異世界人で魔法の使えない人間だったから。
少し薄暗い意地悪をしようと思わなければ。
気ににもとめていなかった存在と話そうなどど考えなければ。
もう一人の大事な兄弟ともう一人の大事な同胞だけがいればいい完結した世界に。
海の激流のような人間が自分を巻き込んで陸に引きづりだしてしまうことを。
『よく知らなかった』方がよかったと。
ジェイド・リーチは後々後悔するのを、まだ。