捻れた世界で生きてゆけ


『ドンドン』

また寮の入口が豪快にノックされる。衝撃で埃が落ちてくるとエースの叫びが聞こえてきたがそりゃそうだ。数時間前に君もやっただろう。訪問者は心配したデュースだった。エースがハーツラビュル寮長の今朝の機嫌はどうだったと聞けば、めちゃくちゃ怒ってらっしゃった。とばっちりで三人が犠牲になってしまったらしい。これは早いとこ詫びを入れに行かなきゃこじれそうだな。自分たちは、素早く身支度をすませオンボロ寮から出発した…それから、必要な分だけ学生服の内ポケットにお金をしまい、子供が持つには多すぎる量の札束をベッド下に隠した。オンボロ寮にゴーストもいるし泥棒入らないよね?

行き道、昨日馬鹿にされたことを根に持っていたグリムが、絶好調でエースを煽りに煽っていた。見世物感覚で他の寮に行こうとする獣に対して、ちくしょー!と叫んでいた。あんたら、本当に飽きないよな。一周回って仲良しに見える。


ハーツラビュル寮、めちゃくちゃ豪華だった。か、可愛い!メルヘン!寮の建物がゴージャス!という感想。グリムがうちの寮と比べていたが、うちはまだ発展途上だから!外観の修復作業は人手がいないとムリ。

バラの迷路に入れば、先輩らしき人が薔薇を塗っていた。夜中に見た光景がデジャビュする。変な…感じ。彼はこちらに気づき尋ねてくる。エースがそれに答えず、目をぱちくりさせながら彼のしていることを尋ね返した。彼はあたりまえのように薔薇を赤く塗ってだけだと答えて、驚いた。

「よく見たら、君たち昨日10億マドルのシャンデリア壊して退学騒ぎ起こした新入生じゃん」

アッ、やっぱり悪行が知れ渡っていますなぁ!二人は卒業までシャンデリアのことずっと言われそうだなと…がっくり肩落としている。卒業どころかこれナイトイレブンカレッジでずっと語り継がれる系やで絶対。ブラックリスト確定。エースはハーツラビュルで伝説を残したっぽいな。どんまい。

先輩らしき人は、それを楽しそうに話すので怒ってはなさそうだ。むしろノリが軽すぎる、いきなりスマホっぽい機械を取りだして写メ撮影。かっる!写メとかやめて!顔を晒さないで!ネットは怖いの!そもそもこの世界ネットとかあんの!?謎すぎるこの世界。名前を名乗りあい判明したこの男の先輩は、三年のケイト・ダイヤモンド先輩。あああ…写真アップされた。本当にスッゴイ軽い。ん?何気に我々ディスられた!?

パリピ先輩から知ったこの寮の不思議で可笑しな決まりごとの数々、エースが食べたタルトの利用目的も聞けた。結局パーティーで使用するものだかららしい。話の内容の特殊すぎる。決まりごとは細かすぎてよくわからん。


ひょんなことから白薔薇の塗りを手伝うことになった。グリムとデュースは魔法で、魔法無しな自分と魔法封じされたエースはペンキ。二人と一匹はあまり楽しくなさそうだけだと、私は意外とこれ好きかも。美術は結構得意科目だったし、こうやってちまちま色ぬりするのは楽しい。白色が赤色に変わっていく。うん、久しぶりに芸術を感じる。

「お?カントクセイちゃん。上手ぅだねぇ〜、器用だ。絵とか描くの得意?」

周りが苦戦しているなか、黙々と薔薇を塗っていく自分にパリピ先輩が話かけてきた。ひえ、多少なら話せるけどなかなかの苦手なタイプ。

これまでの騒動で陽キャグループにいるだろうエースとデュースとはつるんでいるが、元の世界じゃどちらかというと陰キャグループ側にいた自分。もちろん思考は陰キャより、この陽キャのかたまりのような先輩は苦手だ。嫌いとかじゃなくて、どういう風に接していいのかわからないのもある。根はいい人そう。まぁ、この図太さで空気読めない側の自分が、こっちの世界に来てまともな部類にはいるのちょっと皮肉だったりするけど。

「得意かどうかは答えづらいんですけど、絵を描くのは好きですね」

すこーし話しかけんなオーラをだしながら、黙々と薔薇塗っていく。

「そうなんだ!また機会があれば、描いた絵とか見せて欲しーな!」
「…機会があれば」(た、助けてえええ!!)

自分の態度に気づいているけど、パリピパワーでぐいぐい来るので距離が近い。薔薇を塗るのは苦なくできたが、色々精神的にげっそり。

途中で当初の目的を思いだしたエース、寮長の所在を聞けば居るとのこと。あやまりに行こうとしたら、後出しでハートの女王の法律を持ちだしてきて、寮内に入れないとのこと。えええ…ここに来た時、手ブラだったじゃん…コイツさては、手伝わせるために黙ってたな!ちゃっかりしてる!

「うおおお!?倒しても倒してもわいて出てくる!??何アレ!初めて見る魔法!幻覚?幻覚?ひゃっほい!」
「でたよ…ユウ…の魔法中毒…」
「ユウ、お前戦えないんだから前にでるな」
「コイツ…本当に、なんだゾ…」
「え、この子、さっきとキャラ違うんだけど…」

初めて見る魔法にはしゃぐ自分に、慣れたように残念なものを見る目で見てきたいつものメンツ。あまりのテンション差に、たじろぐパリピ先輩の視線に文句を言いたい。あなたに言われたくないんですけどおおお!?


「タルト持ってくるまで、寮には入れられないんだー!ごめんね!」

当然のごとく魔法バトルになったが、幻覚魔法?であしらわれ、笑顔でハーツラビュル寮から閉め出された自分たちは、危うく初日に遅刻そうになった。

「くそー!覚えてろよー!」
「負け犬の遠吠えっぽいからやめろや!」

朝から、平和に始まらない。





一限目の魔法薬学の授業には間に合った。朝食は食いっぱぐれた。昼食まで自分は生き残れるのか…。

グリムと自分は、エースとデュースと同じ1年A組だった。知り合いがいてよかった。学園長が気を聞かせてくれたのかな?逆に噂の問題児三人と一匹を、一気に受けもつ貧乏クジを引いた担任の先生には合掌。いや、担任の先生ているのかな?クラスがあるくらいだしいるか…。


一限目のデイヴィス・クルーウェル先生の魔法薬学は無事に終わった。私、エースと同じ暗記系苦手なんだけど、克服できそうな気がするくらい楽しかった!錬金術系のゲームやファンタジー系漫画のような、謎の物体や料理に使うものも混ぜて、なんかそれっぽい材料で薬ができるんだよ?楽しすぎる。ノートに謎の材料とか書いてた黒の歴史を連想させるけど、ここは魔法の学校。それが普通なんて素晴らすぎる。貴重な魔法アイテムを作れる授業…これから楽しみだ!今回で気になったところ次回の授業で聞いてみよう。

「終わった…」
「んなぁ……オレ様あんま好きじゃなんだゾ…」
「こんがらがって頭が痛い…」
「楽しかったね!」

二限目のモーゼズ・トレイン先生の魔法史も面白かった。この世界に来た時に学園長が色々解説してくれたが、専門用語が多すぎてあまり理解できてなかったので、この世界の魔法の歴史を一から学べるのはありがたい。楽しいーーー!!図書館にも行きたいけどなかなか行けなかったし…何より授業中に猫同伴て凄すぎる。厳格そうな先生なのに、猫の存在でどうにも怖くならない。慣れてきたら、授業で質問してみよう。

エースは眠そうな顔して、グリムは不満げ、デュースはちゃんとノートを取っているが、ルチウスの鳴き声まで記録してるので、吹きそうになった。

「すげー眠たかった」
「つまらないんだゾ…」
「ちゃんとノート書けたぞ!」
「面白い話だったね!」


終了の合図にチャイムがなると、みんなわいわいガヤガヤと立ち上がり席を立つ。

『アレが噂の…』
『あいつらだろ…』

ガヤガヤ声の中に、明らかに自分たちのことを言っている声が聞こえてきたが、地獄耳の二人は、こちらチラチラ見てヒソヒソする輩にガンをとばしてた。修羅場を乗り越えた二人の眼光は、まわりにいた生徒を一瞬で散らせた。やめい。

「次は体力育成の授業か…着替えないといけないな」

着替え!?ついにきた元女子的に覚悟のいる問題、野郎の集団の中でお着替え。豪速球で大切なものを捨てる私だがやはり悩む問題。

大丈夫!男なんだから、気にしない!

「ユウ、早く着替えろよ。置いてくぞ?」

早っ!着替えるのはやっ!

…男子てわりと着替えるの早かったな。


次の三限の授業、体を動かすのは苦手だけだ、ずっとやらなきゃと思っていた体力作りを基礎から学べるのでよかった。内容も飛行訓練一択なのかと思ったら、初歩の初歩から基礎の体力作りをやるらしい…アシュトン・バルガス先生が濃ゆすぎる。筋肉のナルシとか、この学園の個性はどうやら教師陣も爆発してる。

「魔法使えなくてもなんとかなりそうだな」

首の首輪も見慣れてきたエースは拍子抜けしたように言う。中休みに入りだべった。

「普通の学校の授業と変わらないな」
「自分は逆に助かったけどね」

バンバン魔法を使われるなか、ついていけず棒立ち状態の自分の姿を想像してブルッとなる。しばらく魔法をそんなに使わない方針なら、今の内に真面目に授業を受けて、教師陣にごますりしとこう。実際楽しいから勉強がそんなに苦にならないや。あ、人間関係について、エースとデュースは最初から入学してたからある程度馴染んでるけど、基本私に話しかける人はいまのとこZEROなのでボッチです。最初にこいつら巻きこんでてよかっ…ゲフンゲフン!


「あれ…グリムは?」

嫌な予感。たらりと冷や汗が流れる。さっきまでぶつくさ言っていた毛玉がいない。最初から、ド派手な実践魔法が学べる使えるとか思ってたらしく、始終不満顔だった。まさか…!

「あ、あの見覚えある毛玉は!」
「登校1日目にしてサボリ〜!?」

デュースがいち早く発見した。そこには外へエスケープする狸がいた。いやー!学園長に怒られるー!絶叫する自分を見て、いつもの悪い顔でエースが笑っていた。

「監督生1日目にして監督不届きかよ。ね、グリムを捕まえるの手伝って欲しい?」

甘い誘惑のように提案してくる悪魔の声。それを選択拒否する立場ではない自分。デュースもいつのまにか似たような表情をしていた。

「神様、エース様、デュース様!」
「オレ、購買のチョコレートクロワッサン」
「なら、僕は学食のアイスカフェラテで手を打とう」
「御意!御意!」

教師陣にごますりする前に、同級生にごますりしないといけない現状…やはり私に世界は厳しい!ニヤニヤとワルーイ顔してお互いの名前を呼んで確認しあう、ハーツラビュル寮一年コンビ、仲悪いとか嘘だろ。めちゃくちゃ仲ええやん。人をいじってそんなに楽しいか!?




無事に捕まえてもらい、グリムに説教しつつ、今後このサボリ魔の手綱をどう握っておこうか考える。ゴーストカメラをほいほい使うわけにはいかないし…。誰か、魔物を服従させる達人はいないのだろうか…今のままじゃナメプされてるし。

「監督生殿、追加報酬を要求をする」
「いいよ、というか食べたい分だけ食べていいよ。好きなもの買ってあげる」
「イヤとは言わせ…えええ!?」
「おまっ、どこにそんな金が…?」

疲れたような表情で追加報酬を要求するコンビは、ぐぬぬ…と自分に言わせたかったらしい。

それがなくても、報酬以上に支払うつもりだ。体力育成の授業で使いはたし、ゲージ回復していない体力雑魚レベルの自分は見てたけど、捕まえるのめちゃ苦労してたし、貴重な休み時間ほとんどなくさせちゃたし、エースに関しては盗み喰いしたタルトいがいほぼ絶食だ。これで断るの鬼畜すぎる。タフだよな二人。

あいにく今朝の札束差し入れ事件で、お財布ぱんぱんである。もらいすぎた分はお返しするつもりだが、理由のある使い方ならいいよね?ね?

「出どころは守秘義務があるので内密です。今回の報酬と今後の前払いはしておきますので、この馬鹿の捕獲協力お願いします」
「金の力で解決するんかい」
「その前に監督しようとする気は?」
「それができたら苦労がねぇんだよ。こいつが自分の言うことを素直に聞くとでも?」
「あっ、はい」

解決策が思いつかない現在、この二人に協力してもらうしかないのです。あと、学園長のコレなので自分の懐は痛くないし。


「んなー!何気に失礼なこと言ってるんだゾ!厳しいんだゾ!」
「お黙り!」
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