捻れた世界をまだ知らない
「………寝てる、んだゾ」
グリムは少年の顔を覗きこんだ。グリムは魔獣の住む場所も知っているし、魔法を持っている人間でも生きていくことは難しいと知っている。獣に喰われて、こいつは死ぬだろう。
「こいつ…ユウは、あっちの仲間がいない一人ぼっちだもんな」
グリムには親がいない。いつの間にかこの世に生まれて誕生していた。同種のモンスターはいるがグリムが魔法士を目指すことを奇妙な目で見て、煙たがり、馬鹿にされていつのまにか一人ぼっちになっていた。
自身が言うように才能はあったのだ。魔法操る努力もした。一人でずっと鍛えた。今はまだ炎をしか操れないけれど、噂で聞いた憧れの魔法士養成学校へ入学するため。
ずっと、ずっと、一人で、ずっと。
黒い馬車が迎えに来るまで、ずっと。
ーーー迎えにはこなかった。
口で悪態をついても、本当はわかっている。モンスターが魔法士になるなんて無理だと。でも、諦めたくはなかった。だから、学園へ忍びこんだ。乗りこんだ。闇の鏡は見る目がないと言った。人間をふりまわし、捕まり、追いだされた。
それにこの弱い人間なんて子分と言って、ただの足がけでしかなかった…グリムは自分自身の気持ちの変化に戸惑っていた。いくつも力をあわせるうちに、どんな悪態をついても自分を見捨てなかった。学園長室で入学を喜ぶ自分によかったねと少年はーーー少女は笑ってくれた。
この人間の魂は少し変わっている、中身は少女なのに体は少年だった。そんなのどうでもよかった。人間にとって重要でも、人間の性別など魔物にとって些細なものだから。
グリムにとって重要なのは。
「ユウは魔法士のこと、何も知らないから」
獣が魔法士になることを笑わなかった。
「違うんだ、ゾ」
知っても笑わなかった。
ドワーフ鉱山に戦いで、自分の力を信じてくれていた。嬉しかった。本当に嬉しかった。
「…大人しく言うこと聞くと思うなよ」
悪態をつくのは染み付いているので、これは直らない。でも、もしこの人間が命の危機に晒されたのなら、自分のすべてを懸けて守ってやろう。『よかった』と安心して魔物の側で、無防備に眠る人間に寄り添い自分も眠りにおちた。
その体温の暖かさを感じながら。
[chapter:あるマモノのおはなし]