知り合った先輩は人魚らしい
その先輩と出会ったときは、今でも覚えている。
ちょうどハーツラビュルの事件で色々忙しかった頃。図書室に探索しに行った時に、国の資料コーナーで『珊瑚の海』の本を読んでぶつぶつ呟いていたら、それを聞かれて恥ずかしい思いして。それがキッカケで、記憶に残っていた。
国の資料コーナーの国の名前を見て二度見した。
『薔薇の王国』『夕焼けの草原』『輝石の国』……この世界の国の名前メルヘンちっくすぎる……こんなん、私みたいなヤツが好きなやつ。こ、これは、俺の出身地、薔薇の王国なんだよね〜僕は夕焼けの草原〜とか自己紹介するとき言い合うのか。さすが異世界。その中の一つ『珊瑚の海』の本を、手にとってみた。近くの椅子に座りページを開く。私の生まれ故郷は海が身近にあったから、この世界の海にも興味がある。でも、興味があるだけ。子供の頃、海水浴で波に沖の方に拐われて、ちょっと溺れそうになってから海で泳げなくなってしまった。カナヅチである。エースとグリムに知られたら馬鹿にされそうなので言わないけど、この学園て水泳の授業あるのかな。プールなら、いけるのに。
「人魚がいるんだ!」
おっと、声が大きかった。口元に手を持っていく。人魚の紹介ページ他、開いたページに海洋生物が乗っていた。ここら辺はあっちの世界と同じなんだな…魔法の世界の海洋生物とかしゃべるのかな?
「貝とか、サザエとかしゃべるかな……?うーん、あんな感じで喋られたら食欲なくすな、うん」
名前関連で某日曜夕方アニメを思いだし想いをはせる。元気よすぎてもアレだし、かといって、食べないでーーー!と命乞いされたら罪悪感で食べれない。
「どうかこの世界の海産物はしゃべりませんように」
「…くく…」
「んん??」
自分の心の安寧のために、一人ぶつぶつ小声で呟いていたら、誰かに聞かれていた。恥ずかしい。不審者だ自分。
本棚の影から男の人がでてきた。
(デカっ!イケメン!デカっ!)
またツラのいい背の高い男の人。なんと、オッドアイだった。この学園属性詰め込みすぎ。
「人魚に興味がおありですか?」
見た目のインパクトとは裏腹に、穏やかな物腰丁寧な人だが、なぜか隣に座る。名乗りもせず、なぜ距離が近いのだろう。この世界の住人は。ただその台詞で最初から聞いていたことがわかる。端から聞けば、意味不明な祈りを捧げていたのをずっと聞いていた。そして、あの笑い声……私の直感がつげる。この人ちょっと意地悪な人かもしれない。からかってやろうとか企ているに違いない。トレイ先輩も言っていた。この学園は捻くれてるヤツが多いと。優しく声をかけてくるヤツは危ないと。エースも最初はそうだった!
「声が大きくてすみません」
「人魚の生活や食事て気になりませんか?」
「え!?気になる!」
その質問には答えず適当にあやまり、そそくさと立ち去ろうとした。秒速で終了。本を両手に抱え込み、その人につめよった。私はとことん自分の興味があることに弱いらしい。好奇心は猫をも殺すのに、トレイ先輩の忠告は彼方の方へと行ってしまった。私の見事なターンに驚いたのだろう、相手はちょっと硬直している。
「あ、すみません」
スッと離れた。がっつきすぎた。ロザリアちゃんの時は、ケイト先輩が引かずにいてくれたからよかったものの、そんな人ばかりじゃないのだ世の中。
「…えぇ。まさか、そこまで食いつかれると思いませんでしたから」
硬直していたのは一瞬で、すぐさま最初の雰囲気に戻る。この人もあんまり露骨な態度をあらわさないタイプの人かな?
「えっーと、せ、先輩?は海の近くに住んでらっしゃるんですか?」
制服着てるし、生徒であることは間違いない。腕章はどこの寮だっけ。サバナクローしか覚えてねぇや。それにしても、名前がわからなくても『先輩』て呼べる呼称があるのっていいよね。ごまかせる。
「先輩…ですか。そもそも故郷が海の中ですからね」
「あの」
「はい?」
「握手してもらってもいいですか?」
「は?」
「人魚のファンなんです」
ま、まさかの男の人魚キターーー!人魚て女だけじゃないんだ、妖怪系の伝承とかアンデルセンの『人魚姫』とかのイメージだから、目からまさに鱗。会ってみたい幻想種代表の一つだから、男でも女でもどっちでもいいや。マッチョケモミミや謎の妖精疑惑の人外さん続き、さらに出会えるなんて……足は生えてるけど、魔法の世界なんだから薬とかあるんだろうな。逆に人魚になる薬とかあるんだろうか……YABAI!
「なぜ、泣いているんですか?」
「よく知りもしない、名もなき後輩の願いを叶えてくれる。ドン引きしない先輩のヌクモリティに感激してます。先輩ありがとう。長年の夢が一つ叶いました。これでいつ死んでも悔いはないですね」
「なるほど。理解しかねます。これでもかなり引いているんですが」
「とんだポーカーフェイスですね」
「泣くほど嬉しいことなんですか?」
「我々の到底叶わない夢ですから、みんな憧れてますから」
「大勢の人が憧れてる、と……それは意味がわからなくて恐ろしいですね」
そっと差し出した手を、握りかえすように握手してくれる。手が大きい。これだけ背がデカけりゃ大きいのは間違いない。最初のイメージがアレだったから、思わぬ優しさに涙がでてきていた。この世界、厳しくて優しすぎ。
あいた手で涙をふく、先輩の表情が歪んだように笑っていた。あいた口からギザギザの歯が見える。笑った顔が凶悪やで。しかも、さっきから意味わからん連呼してるやんけ。でも、握手はしてくれる。これがトゥンク…あほなこと考えていたらふと思いだす。図書館の時計を見ると、用事の待ち合わせ場所に、ギリギリ間に合うか間に合わないかの時間になってきていた。
「すみません。この後待ち合わせている人がいるんで、手をイデデデデと、え?急に何?力つよっ」
「求めるだけ求めて対価はなしですか?監督生のユウさん」
「いててて、自分のこと知ってたんですね!まぁ、式典で公開処刑されましたからね。お礼……たしかに長年の夢を叶えてもらえたのに、なんにもなしなのは申し訳ないですね。うーん。何か趣味とか好きなものはありますか?」
「え……?テラリウムは趣味ですが……」
「テラリウムかー、そんな詳しくないんですよね……こっちの世界にもテラリウムあるんですね!ますます謎!」
「落ちついて喋って下さい、静かに」
「図書室でした」
凶悪な笑みのまま手がぎゅううと握られる。すっごい密着していたが、すぐさま凶悪な笑みは消え失せ、苦笑した表情に変わる。スッと手を離してくれた。
「踏み倒す気はなさそうなので、お礼はまた考えときましょう」
「はい……あれ?日にちは決めないんですか?」
「僕、予定調和が嫌いなんですよ」
「予定調和?なにそれ、どういう理由!?はっ、時間が……あ、そーだ!先輩、悪い人間には気をつけて下さい!」
「……はい?」
「人魚の肉は不老不死になると、自分の故郷で言い伝えられているんです。人魚てバレちゃダメですよ。悪い人間に捕まったら喰われますからね!」
予定調和てなんだと思いつつ、本当にお礼を要求しているのだろうか。この広い学園でまた偶然会うてなかなかなさそう…まあいっか。この学園なんでもありだし。この人も変人だな。変人だけれど彼の正体は人魚。さらっと正体をバラしていたが、どこかで悪い人間とかに見つかったら大変なので自分なりに危ないよ〜と早口だが伝えておいた。
走り出してから気づく。
「あ、名前聞くの忘れたな…教えてもらえるまで、ギザ歯先輩とでもしておくか!」
回想から戻ってきて、目の前の包みを見つめる。
部屋の片付けをしていたら、彼へのお礼の品を発掘した。
「すっかり忘れてた。あれ以来、会わないんだよなぁ〜」
ギザ歯先輩。たぶん上級生。
イケメン…というか美形のスラリとしたスタイルの持ち主でやたら背の高い人。それだけじゃなくて瞳がオッドアイで、髪が一房色が違ってて、笑った顔がちょっと凶悪なギザ歯が特徴な属性つめこみすぎなお方。どっからどう見えても人間なのに、実は伝説の生物・人魚さん。名前を聞き損ねたので、自分は勝手にキザ歯先輩というあだ名で呼んでいる。
穏やかな物腰丁寧な人だけれど名乗りもせず、なぜか隣に座られ距離の近さに困惑し。その台詞で最初から聞いていたことがわかって、意味不明な祈りを捧げていたのをずっと聞いていたことが発覚。ちょっと意地悪な人でからかってやろうとか企ているかもと思い逃げようとしたら、自ら人魚だって暴露しちゃうんだもん。ものすごい速さで食いついちゃったよね。目の前に伝説の存在がいるんだから食いついちゃうよね!人間の姿だけでも造形美がすごいのに、それで人魚なんだから食いついちゃうよね!しかも、男の人魚。人魚てまず女の人魚を思い浮かぶので軽く衝撃。
というわけで、最初の警戒心は吹っ飛び、人魚のファンと言って握手を求めてしまった。後から冷静に考えてみたらとんでもない不審人物。なのに引くどころか、応じてくれたので感激のあまり泣いてしまった。思えばこの世界に来てから初めて泣いたなぁ。後で引いてたらしいし意味がわからないと聞いたが、それをもろに表に出さないのはいいことだと思う。ちょっと物騒なところがチラついたが、この学園ヤンキーが多いのであんまり気にならなかった。
握手してくれたお礼に、品物を用意したけれど会わない。この学園広いし、会えるのいつになるかわからない。もしかしたら、ハーツラビュルの先輩がたに聞けばわかるかもしれない。明日聞いてみよう……あ、でも人魚だしな。それで誰にも話してないんだよね。伝承で人魚の肉は不老不死になると言われてる。捕まって悪い人間に喰われる可能性や、過去に密猟の被害に遭ってる可能性もある。慎重に行動した方がいいのかな?
「なんで、初対面の人間に話てくれたんだろう…?」
ナイトレイブンカレッジでは普通に人魚が通っていること、その代表的な寮が海の中にあること、その話は少年である少女にはまだ知らされていない。
数ヶ月後、その寮に大いに関わることもカレとっては近い未来のはなし。
〝本来〟なら関わるはずのない場所で、人魚の男と異世界の彼女で彼な人間が、不思議な関係を築いていく始まりだった。