捻れた世界を知っていけ


真夜中の作戦会議は、ラギーとレオナだけで行われる。

報告される内容は想定済み。今のところ支障なく、計画を進めている。昼間にハーツラビュルの草食動物たちが、嗅ぎつけていたが造作もなかった。ほどほど痛めつけてやったので、テリトリーには当分侵入してはこないだろう。試合が近くなれば、寮生全員集めてヤル気を煽るようにすれば更に団結しやすくなる。元々の獣人の特性もあってか、上が決めた決定、群れの行動に倣う性質がある。そこに、不満を抱えているヤツを動かすのは簡単だ。ただし、血の気の盛んなヤツが多いので、ラギーのように冷静に指示をこなす駒役は必要だ。

レオナは、ラギーの能力を高く評価している。今回の件も、ラギーが居たからこそ成り立つ部分がある。まあ、居なくていくつもの施策はあるが、ここまで楽に事が進めたのは、このハイエナの存在が大きい。それに加えてあのユニーク魔法も悪くはない。〝ブロット〟が溜まらない程度には酷使させているが、ハイエナの出自から、それに耐える精神力も含めて使い勝手がいい。その分その働きに、与えるものは与えている。綺麗事だけ並べた関係など馬鹿馬鹿しく、鳥肌が立つ。欲が生々しく、望みがはっきりした奴の方がマシだ。

(それに、コイツも期待通りでなければ離れていくだけだ)

その方がレオナにとって割り切れる。少なくとも、盗み聞きしている狼よりは付き合いやすい。




(今年入ってきた寮生の中では、能力は抜きん出ている。潰すには惜しい)

この寮に入ってきた当初から、あの一年は生意気だと聞き、群れを乱す輩として認識していた。それにレオナ自身、どうこうしようとは思っていなかった。弱ければ一ヶ月そこらで淘汰され、飲み込まれるか、転寮するか、退学するかの選択技は決まっている。現在まであの狼の獣人は、どれにも当てはまらず、入学当初のまま己の美学とやらを貫いている。想定よりは強者の性質だったのだろう。

ただ、それだけだった。強い精神力があったとしても、周りを影響させる力がなければ脅威ではない。そもそも狼は群れ社会、群れで行動することの大切さを知っているはずだが、あの一年はソレを苦手としているフシがある。いわゆる一匹狼の性質。それは、こちらにとって都合が良い。アレが一人行動して解決できるほど、この学園は甘くない。クソ真面目で、ツメは甘いが、頭の回転は悪くない一年生。予想通り、寮長決定事項に反抗してきた。「なぜ、こんなことする」のかと、いかにも堅物な輩の疑問に、せせらと笑った。単体で主犯と副主犯格に意見してくる根性は、認めてやろう。

(青臭い………虫唾が走るなァ)

それは評価して、親切に教えてやったサバナクローの実情。二度の敗退は、寮全体に悪影響を与え。大衆と業界のシビアさを感じさせられた、忌々しい出来事。サバナクローのマジフトが世界的に通用しても、能力が高くても、あの男が世界に与えた衝撃は消え去りはしない。理由はどうあっても世間は負けてしまえば、そんなのお構いなしだ。

様々なメディアは好き勝手に口々に言った。面白おかしく記事にして、テレビのワイドショーではコメンテーターが批判の意見を並べたてる。大衆にイメージは受け付けられ、地の底まで評価は落ちた。マジカルシフトのスポーツの性質をロクに知りもせず、これまで選手が積み上げてきた過程はなかったことにされ、負けた結果だけで評価される。あるマジフトの見識者は『初戦で相手に当たってしまったのが、運が悪かった』と言った。そう言い様しか、ないのだろう。

クロウリーが今更どうこうしようとしても、貼られたレッテルは変わらない。レッテルとは、そういうものだ。そんな評価をずっと昔から深く知っていた。

[[rb:マレウス・ドラコニア >バケモノ]]に、なんの策も講じないで、真っ向から勝負したのが悪かった。どんな手段を使っても、雪辱を果たせばいい。

(ジャック、お前の言う正論は、最もだよ)
(ああ、本当に俺は〝運〟が悪い)



去っていったジャックの監視を、ラギーに指示して部屋へと帰らせる。

『卑怯な真似をするのは間違ってる!』
『寮長、あんたが本気を出せば』

〝レオナ〟〝お前が本気を出せば、成し遂げられることはたくさんあるはずだ〟

「……チッ、あの1年坊……兄貴みてぇなこと言いやがって」

ジャックの言葉は、レオナにとって苦々しく思う相手を想起させた。兄は、常々、手を抜く自身にそう言ってきた。本気になったところで、なにも変わらないというのに。

〝レオナは凄いな!どうして、お母上もお父上も気づかないのだろう。そうだ!兄が意見してきてやるぞ!〟〝いいよ!兄さんは余計なことしないで!〟

(……あの野郎のせいだ。思い出させやがって)

〝他者の評価など気にするな〟

子供のときも、大人になったときも、皮肉なことにレオナを〝認めて〟いたのは兄だけだった。たとえ兄が自身を評価したとしても、死ぬまで周りの評価は変わらない。賞賛だけ得られてきた奴の言葉など、何も響かない。

ーーーそれを変えたのは、この学園への入学だった。

王族には専属の教育者によって、教育が施される。厄介者扱いする癖に第二王子の肩書だけで、たかだか一介の名門高などと、批判する者が居てうんざり記憶がある。ずっと、このままこの国で飼い殺され生きていくのだと、レオナには関係がないと思っていた。その入学を、後押ししたのは兄だった。

〝ここで生活するのが息苦しいなら、外の世界に出てみてはどうだろうか?〟〝……厄介払いしたいだけだろ?〟〝……他の者が何を言ったかは、私にはわからない。私はここからは動けない。私には、真っ当しなければならない責務がある〟〝なんだ、自慢かよ〟〝レオナ、兄の言葉聞きなさい。外の世界で見聞を広めてきなさい。必ず、お前をちゃんと評価してくれる相手に出会えるはずだ〟

(体の良い言葉で語っても、何一つ届きやしねぇんだよ……兄貴)

朗らかな第一王子なら、どんな言葉もプラスに変換される。いつの間に批判していた者はいなくなり、入学する手筈になっており。同調していた召使いたちの意見は変わり、厄介者が一時的に居なくなることに安心していた。それに、レオナは「まぁ、そんなもんだろ」と冷めた感情であった。




捻くれているレオナにだって、一時だけ夢を見れた。

(この学園に来た、当初なら)

国にいた頃とは違い、飛び出た世界でなら変われる。己の力で成り上がれる可能性にーーーそれも、たった数年のことだ。

『3年前のあんたのプレイ、今でも覚えてる。俺は……っ!』

純粋な羨望など煩わしい。自身にそう期待する者は、いつもそうだ。キラキラ輝くもう一つ瞳がチラつき忌々しげに舌打ちして、ベッドへと無造作に寝転ぶ。

(イライラして寝つけやしねぇ)

ごまかすように、違うことを考える。クロウリーには勘づかれているはずだが、証拠がなければ動かないだろう。今回の件で、あの男が自ら動くとは考えにくい。何かするとしても、あの男も使い勝手のいい駒に押し付けているだけだ。その駒であろう、草食動物と毛玉を思い浮かべる。どちらも印象には残らないパッとしない。喋るのは珍しくても魔獣などそこら辺にいる。アイツらが動いたところで何も変えられない。ああいう手合いは一度手折ってやれば、立てなくなってしまう。

(……視線だけは)

なんの力もないその人間は、視線だけは一丁前に睨んできていた。痛くも痒くもないが、あの真っ直ぐさを思わせるところ、鼻につく。

『〝ーーーーは、すごいねぇ!〟』

「………クソが」

今年の新入生たちは、思い出したくない相手を連想させた。

[chapter:怠惰な獅子にあるのは諦観だけ]

何度、繰り返したって、俺の欲しいものは手に入らない。
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