捻れた世界を知っていけ


「オマエが、いつから〝女の子〟だって気づいていたかって?そんなのケツ丸出し前から、知ってたんだゾ」
「oh………」

チャプンと、雫が湯船に落ちた。



オンボロ寮に帰還後。聞き出す前に、グリムがお腹空いたと騒がしいので食事を済ませた。今日は歩き回り、走り回り、マジフトでボコボコのため、そのまま寝オチしそうなので、一緒にお風呂を入ることにした。洗いっこしながら、気になる疑問を尋ねてみると返ってきた返事はそれだったのである。思わず片手で顔覆い、天を仰いだ。

「それが、どうかしたのか?」
「学園長とか、学校のビヒンたちとか、ゴーストたちくらいがアクションくれたのみだったで、グリムが気づいていることに驚きだったんだよ」
「ほぉー。なんか、オマエてちぐはぐだからな。そういうモンだと……オレ様は逆にユウがそういう反応なのが意外なんだゾ。だって、オレ様たびたびハイリョしてたんだゾ!」
「あ………心当たりあるちゃあるなぁ。でも、今の今まで誰にも話してはなさそうだし」
「オレ様だってなんとなく、気を遣ってやらなきゃいけない部分は察するんだゾ」

植物園の事件のとき妙に焦っていたのはソレだったのか。あの時は、グリムが〝チカン〟という言葉を知っていた方に驚いたからな。それにエースのらっきーすけべ事件の時も、二人に事情を説明してくれていたし本当なんだろう。なんにせよ、疑問は速攻で解決したがあっさりしすぎている。なんか思うところないのか。

「私が〝女〟なの気にしないの?」
「男としてなよなよしいのは気になるけどよ、オマエの場合、女らしいというのもなんか妙にしっくりこないんだゾ。オレ様はどっちでも気にしないゾ。どっちでも、ユウはユウだしな。オマエもオレ様のこと気にしないだろ?」

さらりとした口調で、なんてないことを言うように。その姿を見てじんわり心がぽかぽかする。何気ない態度が憎めないんだよな。相棒に対して監督が甘めになっていくなと、苦笑いしてしまった。

それでも、やはり気になるのが、どういう基準で私の中身が見破られるということだ。

「うーん、謎だな。勘が鋭いトレイ先輩には用心するにして、エースたちは気づいていないっぽいし」
「あの、レオナって奴は注意すべきだな」
「後一歩で気づかれそうな感じはする。獣人属はケモノの感で気づかれる可能性があるとしても、他の人たちは気づいていないっぽい。学園長はすごい魔法士だろうし、人外疑惑浮上中だし。絵画のゲメールデさんや、肖像画のロザリアちゃん、ゴースト三トリオは、彼らの存在の方が摩訶不思議すぎて納得できるんだけど……」

人外といえば。人魚だというジェイド先輩や、妖精なリリア先輩からそういう片鱗はない。あの二人は性格的に特殊そうなので、万が一気づいていても黙ってそうだな。つつく方が藪蛇か。

「……ふあぁ〜今日はクタクタ。フロから出て寝るんだゾ」
「長湯しすぎて、のぼせてきちゃうしね」

ザパァと湯から上がるグリムは、タイルにスタッと足つけた。そのタイミングで、近くにあったシャワーヘッドからお湯が急に噴き出した。

「ぎゃあああ」

滝の様に流れ出すお湯を食らったグリムは断末魔の悲鳴をあげた。

「このシャワーヘッド、また調子が悪いね」
「フロ場までボロすぎだぞこの寮!元栓切っとくんだゾ!」
「はいはい。仕方がないよ、どのくらいか知らないけどずっと廃墟だったみたいだし」

このオンボロ寮、水回り関連使えるは使えるんだけど、どれも旧式のため水の出が悪かったり急に強くなったりして、使い勝手が良くない。人が住まなくなった場所て劣化が早いて聞くし、魔法がある世界でも違わないらしい。前にハーツラビュル寮のトイレを借りたら、綺麗すぎの快適すぎてホテルのトイレかとショッキングを受けた。便座が暖かった。普通に学校の施設の方も使用感がいい。

「不便だなぁ」

しかし、我ら無一文の身の上。雨風凌げる住む場所があるだけでもありがたいので、多くは望めまい。同時に掃除するだけではどうにもしようがない。寮の施設の改善まで学園長に交渉していくのは、まだまだ問題は山積みだ。





(筋肉痛で眠れない)

目ん玉ギンギン。あと、グリムの寝言デカすぎ。

マジフトには参加しなかったものの、真昼間に聞き取り調査行ったり、寮と寮をはしごしたり、突如追いかけっこが始まったりして体を動かしまくったせいか変な筋肉痛になっていたる。バルガス先生的に言うと、鍛え方が足りないんだな。真夜中だが目も冴えてしまったので、再び目を瞑っても眠れはしない。しょうがないので、ちょっと夜風にでもあたるか。廊下でバッタリあったゴーストたちに、寮の周りを少しウロウロすると伝えた。



月は雲に隠れ、人の気配も感じられない。

どことなく不気味な空気が満ちていた。灯りはオンボロ寮への入り口に続く階段の付近に、申し訳程度に備えつけられた街灯のみ。この辺りの景色は昼と夜でかなり変わり、月で照らせば幻想的な美しい光景が出来上がる。ただしオンボロ寮に視点を置くと、外観がオバケが出そうな廃墟。出そうというかゴーストいるし。

「ふぅ、だいぶ空気が冷たくなってきたなぁ」

頰にあたる風を感じながらポツリとこぼす。気温の変化が、過ごした日々の経過を表していて少し複雑だ。時間も時間なので、センチメンタルな気分になりそうだーーーそう考えていると、ガサリと踏み締める音が聞こえた。

「……ん?そこにいるのは誰だ?」

暗がりの中からはっきりと聞こえた男の声。瞳だけが輝いている。静まりかえるその場に、自分以外の気配。それは、突然〝その場〟に現れたように。思わず幽霊かと疑ったが、不法侵入者の可能性も考え別の意味で体に緊張が走る。学園内に外部の人間の侵入は滅多にないだろうがここの生徒の可能性もある。真夜中にこんな辺境の地に、わざわざやってくる物好きな奴はいないだろうが、やってきた場合ロクな理由でもなさそうだ。

「……お前は、確か………この廃墟に住んでいる奇妙な人の子だな」

(……人の子?)

独特的な差し方に、ちょっと心がくすぐられる。

硬直したままの自分の前にその人物は姿を現した。制服らしきものを着ているのでこの学校の生徒だろうか。黄緑の腕章は何寮だっけ?この黄緑は、リリア先輩がいる寮………ディアソムニア寮だ!

相手は自分を知っているような言い方だった。彼に心当たりはないが、自分たちはだいぶ悪目立ちをしてるから一方的に知られていてもおかしくはない。でも、この声と瞳は見たことあるような、ないような?この学園の生徒たちは瞳の色だけでもカラフルだから、どこかで見た既視感。



月を覆っていた雲が流れ光が差し込む。その人物の全貌が、月光の元で現れた。

黒髪に相対的な白肌。
その中に艶やかに際立つその瞳は、どこかでみた色彩。
腕を組み見下ろす瞳は冷ややかで、スラリとした細身だが背がものすごくデカい。
頭部にある角が更にその姿を大きく見せていた。

これまた、とんでもねぇ浮世離れした美形が登場した。

深夜であっても出没するイケメンに戦慄し、ようやく私は悟りの境地に達する。そう、ここは、イケメンパラダイスな男子高。異世界のファンタジーな薔薇園に疑問が持つ方がおかしかったのだ。監督生、今日からもう顔がいい奴見かけてもいちいち驚かないことにするよ。不動の心を持つ。そして、闇の鏡はメンクイだと確信した。自分自身の心に語りかけていると、ある違和感に気づく。

(ん?ちょっと今サラリと流したが、この人、頭に角がある……んんんん??角……ツノがあるううううう!?)

新たにとんでもねぇ人外疑惑が登場した。いや、その角が本物でなければ。深夜にコスプレした美形の変人になるのだが、ロケーションがコレなので不審者感とヤバさがパワーアップしてしまう。普通に会話していいものか、警戒すべきか。しかし、それって失礼にあたるのでは。

「あなた、誰ですか?」

人外か不審者なのか。何者か気になりすぎて、無言でガン見し続けるをやめて問いかける。それに吊り上がったその瞳が大きく見開かれ、ありえないことを聞いたような表情になった。

「誰って……僕のことを知らないのか?……本当に?幾度かお前と接触したことがあるのだが……」
「これぽっちも知りませんが!?」

おいおい、いつの間にそんなビックイベントが行われてんだよ!?こんなツノのある美形見たら記憶へと刻み込まれているわ!今しがた記憶に刻み込んだわ!

「………リアから………言伝………そうか、認識されていなかったのか」

心の中で荒ぶる自分の目の前に居る男は、考えているようなポーズをしながら聞き取れない声量で何かと呟くと、こちら再度見据えてくる。面白いものでも見たように、嗤う様な仕草。

「それはそれは……珍しいな。お前、名前はなんという?」

(こ、これは!漫画とかファンタジー小説で何万回も見た、問いかけシーン的な!?)

月明かりと元廃墟をロケーションに、相手の浮世離れした美貌も相まってか、とてつもない場面に遭遇していると気づいてしまった。バクバクと心音が急上昇していく。落ち着け。落ち着け。普通に答えなくちゃ、普通の自己紹介。

「この寮の監督生のユウです。そちらも名乗るのが礼儀では?」

あーーーーー!ヤベぇえええええ!興奮しすぎて、私まで偉そうな言い方してもうた!!

「ユウ?珍しい響きの名だ。僕は……いや、やめておこう」

(言わんのかーーーい!?)

割と失礼な態度をとったにも関わらず、怒ったような様子も見られない。もったぶったような言い草で意味深な理由を述べた。その言葉から、他者に大きな影響力を与えるような存在だと漂わせていた。そうだもんね。頭にツノのある人物が言うんだもん。だけど、私にとって重要なのは、そのツノが本物なのか偽物なのかということなので、無理矢理抑えつけている好奇心が爆発しそうだ。

「世間知らずに免じて、好きな名前で呼びことを許す」

(え、お好きに呼んでもいいの!?な、なんていう台詞だ。おたくへのファンサを心得てやがる!偉そうだけど、偉そうなんだけど、この人間を見下してるような態度も、なんか良い!!)

人ならざる強者が名前呼びを許す雰囲気に、相手が脅しかけているのだが怖いというより、興奮がまさってアナドレリンドバドバ。はぁはぁ言うヘンタイになる前に、全神経を集中させ、ごく普通の人の子として立ち振る舞う。

(TPO………TPOよ!ユウ!)

深夜にTPOもクソもないのだが、必死に正気を保ち続けようとしていた。

「それは、さて置き。人が住み着いてしまったということは、もうこの廃墟は廃墟はではない。気に入っていたのだがな、残念だ。また次の夜の散歩用の廃墟を探さなくては」

心底残念そうに落胆している様子。趣味が廃墟巡りとかマニアすぎるな。この学園、種族問わず個性が爆発しすぎて、ヘンジンばっかりしかいない。

「では、僕はこ」

(え!?もう行っちゃうの!?まだツノ聞きてない!)

「ま、待って!」
「れで………」

ガシィィ

咄嗟に腕を掴んでしまった。ツノの彼も真顔のまま硬直している。もはやTPOどころじゃない。とんでもない行動を起こしてしまった。深夜のテンションと、興奮、動悸、息切れしそうになりながら、なにか言わねばと口を開いた。

「そのツノ、本物ですか?」
「………」

完璧にチョイスする台詞、間違えた。



暫し無言で見つめ合う。かつてない緊迫な状況が訪れていた。

「………本物だが」

逡巡したのち、抑揚のない声で一言告げられた。やっぱり人間じゃなかった事実で追い興奮する前に、ずっと掴んだままの腕を離す。本能のままの行動だが謝罪しなければ。引き留めた理由を話さなければいけない。言い訳も言い訳だが、トップレベルの失礼な態度だって自覚あるので罰が受ける心持ちだ。

「と、突然、腕を掴んでごめんなさい。その立派なツノがずっと気になっていたので、引き留めてしまいました」
「ツノを」
「その、あの、自分はそういった人間と異なる部分に、ロマンを感じてしまう体質でして、そのツノを拝見してから……この言い方はおかしいか」
「ロマン」

あれ、私、何やってるんだろう??ますますドツボにハマっていないか。さらにドン引きの行動をとっていないか。このままでは、ただの冷やかし野郎になってしまうのではないか?違う、違うぞ!私はその異なる部分をこよなく愛する一介のおたくであって、それをネタにするような奴では。待てよ。今の状況、TPO弁えずナマモノに接触する害悪なそれになっていないだろうか?いや、彼はアイドルじゃないけども、実在している人物対してアウトなことじゃないの?うわあああ、自分イタすぎない!?

「とにかくですね、そのツノ素敵でカッコいいです!!!」

(なにが、とにかくだよ!!)

だらだら冷や汗流しながら、最終的に出てきた言葉はありきたりな言葉だった。語彙力なんてあるわけない。

「…………ふっ、ふふ………あははははは!!」

(イヤーーー!!高笑いしてるーーー!!)

ところどころオウム返しと無言を貫いていた彼は、噴出したように笑いだす。腕を組み口に片手を充てがうと、落ち着けるようにして肩をふるふると震わせている。なにをしても上品に見える仕草に、彼の育ちの良さがでているようだ。

「っふふ、お前のような命知らずな無礼者初めて見た」
「はい、無礼者です。すみません。ちょっと常識に疎いです。すみません」
「緊張感のない命乞いだが、まあ、いい。久方ぶりに腹の底から笑った。不快も感じられない、愉快とも思える。よかったな、人の子よ。下手を打てば雷が落とされていたぞ」
「かなりギリギリ命拾いしましたか?」

(あぶっねぇ!!罰に雷落とされる刑に処されるところだったのか!?)

というより、尊大な物言いするわりに心の広い方なのかもしれない。たぶん、最初からこの世界の常識的な的外れ行動をとっているみたいだが、全然怒ってる気配はないし。

「くくくっ……肝が据わっているのか、余程の大馬鹿者か………さて、このままでは夜が明けてしまう。そろそろ、僕はこの場を立ち去ろう」
「そんなに、時間経ってたんだ……あの、引き留めて本当にごめんなさい。お話できて楽しかったです。それで図々しんいんですが、またどこかで会えますか………?」

キモがられてなさそうなので、ちょっと図々しくお願いしてみる。自分でもそんな言葉が出てきてびっくりするが、そう言わなくちゃいけない気がした。不思議だ。普通に暮らしていれば、もうこんなオーラを放つ相手とお近づきになることはないだろう。

「…………縁が在れば、また引き寄せるだろう。それでは、また」

軽やかな音が鳴り瞬きの間に、その姿は消えていた。

「……消えた。リリア先輩と同じだ……もしかして、あの人も妖精さんなのかな?」

ツノばかりに目がいったが、耳もシャープだったような。制服着ていたけど、あの半端ないオーラから察するに、この学園を守護する守り神とか言われたら納得しちゃう。

「気晴らしに出てきて見たけど、余計に寝られなくなちゃったな。明日も学校あるし、ベッドで横にでもなって休もう」

すっかり覚醒した頭のまま、自分も寮へと帰っていく。
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