捻れた世界を知っていけ
この日は、マジカルシフト大会についての寮長会議。
大会運営委員長のオクタヴィネル寮寮長アズール・アーシェングロットの報告から始まり、それぞれの寮長が自由な発言をするいつも通りの会議。アズールが例外的なルールを設けていたが、大会に関する采配は文句なしの対応だ。とりわけ金が絡むと爆発的に才能が発揮されるので、守銭奴といえど認めるべきところはあるとリドルは思う。
今回の会議もすんなり終わることなく、クロウリー学園長の提案で一時大荒れした。ディアソムニア寮寮長マレウス・ドラコニアを殿堂入り選手として出場を見合わせてもらおうかという内容。強すぎる彼のせいではないが、娯楽だけの大会ではないのでこうも選手たちの能力がアピールできないと色々まずい事態ではある。珍しくサバナクロー寮寮長レオナ・キングスカラーが自寮に不利なのをわかっていながら、マレウスを擁護するような発言をしたのでその場にいる者は目を白黒させた。
最終的にレオナの発破もあり、多数決でこれまで通り今回はマレウスも参加で行われる形になった。レオナの擁護の動機は捻くれたものではあるが、その堂々とした態度には今回ばかり少し見直した。会議終了間際に話題の人物が参加していないと指摘され、全員声を上げたのはいつも通りの幕引きだった。
「アンタ、変わったわね」
「……そうですか?」
会議は終わりそれぞれの寮長が自寮に戻ろうとするなか、呼び止められた。リドル・ローズハートにそう声をかけたのは、ポムフィオーレ寮寮長ヴィル・シェーンハイト。その言葉に思い返してみて記憶を探るが、どこも変わった発言をしていないように感じる。
「ヴィルもそう思っていたんだな、オレもそう思うぜ!」
「柔らかな雰囲気と言いましょうか。以前の鋭利な緊迫感が緩和されていますよね、リドルさん」
「アズール、何か言いたいことがおありのようだね?」
「まさか、僕は純粋な気持ちで言ってるだけですよ」
「アンタはあいかわらずの胡散臭ささよね」
「でも、大会の運営委員長はアズールでよかった。オレ的にはあのルール助かるし!」
「ええ、そう喜んでもらえてなによりです。お待ちしていますよ、カリムさん」
「隙あらば商売につなげようとするのやめないか!?」
「ジャミルが大変ね……ま、元気そうね。オーバーブロットしたて聞いた時は、さすがにアタシでもびっくりしちゃったわ」
「リドルさんのことは聞いていましたが、ちょうど僕は所用で学外にいましたから駆けつけられなかったんですよね」
「キミに力を借りていたのなら、どんな見返りをふっかけられたのやら」
どいうことかと詳しく聞こうとすれば、さらに別の人物が会話に入ってきた。のんびりと残っていたスカラビア寮寮長カリム・アルアジームに、大会のことで個人的に学園長と話があったらしいアズールが参加してきた。他寮長2名は終わるなりさっさとその場から立ち去ったので、ここには4名の寮長しかいない。
ヴィルの言葉に、学園長とトレイから聞いた。暴走していた時の話を探る。あの時は自身の精神を安定させることに必死で、他寮への配慮がすっかり抜け落ちていた。ハーツラビュルであの事件を収めたものの、学園長の援軍要請でスカラビアとポムフィオーレと、ここにはいないがディアソムニアが駆けつけにきてくれたということを。
(しまったな。この前も寮長会議があったていうのに、ボクはノータッチにしていた)
「……この前の事件の時にご迷惑をおかけました、ヴィル先輩」
「随分としおらしくなったものね?」
「ボクはさほど変わったような気はしませんが、先輩が言うのなら…そうなんでしょう」
「それとも、噂の監督生の子の影響?問題が片付け終わったあとだから何もしてないけれど、マレウスがおかしな行動をとっていたから少し気になってるのよね」
「あの子のことですか?マレウス先輩と繋がりがなさそうですが」
「あー、なんかマレウスのやつぶっ倒れていた子を介抱してたんだよな?ジャミルが驚いてたな」
「マレウスさんが?珍しい行動をなさっていたんですね」
カリムの言葉に、脳を殴りつけられたような衝撃がリドルに訪れた。事件後から交流を持ち始めた目にかけている後輩が、あの事件で意識を失っていたという事実を今知ったのだ。十中八九、自身のあれやそれに巻き込んでしまった影響だ。それしかない。本人からもその話は聞いてないし、誰からも聞いていない。あの後輩のことだからリドルを気遣ったに違いないと思う。改めて謝罪しなければならないと、思考がぐるぐるとまわりはじめる。そっちの方の衝撃で、リドルはマレウスの行動はスルーした。敬遠されがちだが妖精族の次期王だ。まわりに配慮し人間を助けることもあるだろう。
「その監なんちゃらて、リドルのことおかしな呼び方して教室に突撃したて、ジャミルから聞いたんだけどさ仲がいいんだな!」
「ころりと話題を変えるね。それはうちの寮の1年の影響だよ」
「今年のハーツラビュル寮の1年生は問題………個性的なようですね」
「全然ごまかしきれてない」
教室が黒焦げになるから助けてくれと、この前2年の教室に来た時のことだとリドルは考えた。後から冷静に考えると、上級生の教室に殴り込みにくるような形で入室していたなと思う。いや待て。なぜC組のジャミル・バイパーがそのことを知っている。
「ああ、その話でしたか。僕もジェイドから噂を聞きましたよ。話題に困らない人物ですね」
「ジェイドまで!?同じクラスだけれどあの時教室にいなかったはずだ……まぁ、ジェイドだからか」
「即座に納得しないで下さい。なんでも部活繋がりでジャミルさんからフロイドに伝わり、興の乗ったフロイドがジェイドにそのことを尋ねてきた話の流れです」
「それでアンタに話が行き着いたてことね」
「ええ……それで、リドルさんはその方と親しいようなので、どういった人柄なのかと」
「黙秘する。ボクは後輩を売り渡すような真似はしないよ」
「即答しないで下さい。ただの純粋な好奇心で聞いてみただけですよ」
「日頃の蓄積された胡散臭さのせいでしょ?」
「そうか?アズールはセイジツだと思うぞ」
「フォローしていただけるのはカリムさんのみとは……その真っ直ぐな目はむず痒いものです」
「さながら邪悪なものが光に当てられて苦しんでいるという構図ね」
「ヴィルさんはいつにも増して毒が効いていますね」
話にジャミルからジェイド・リーチまででてきて、少し警戒する。ジャミルはそんなに心配する必要がないが、ジェイドにアズール……フロイドとロクでもないやつに多少なりとも興味と認知されているのはマズい。ジェイドは新たな情報を把握しているだけだろうが、フロイドは何を考えているのかまったく予想もつかないので、自身のようにちょっかいをかけられないことを祈るのみだ。アズールに関しては、カモが増えたとで思っているような。後輩が悲惨な目に遭わないように、この学園のヤバイ奴らも少しづつ教えていこうとリドルは思うのだった。絶賛無自覚に己を棚上げしながらそんな誓いを心に秘めていると、リドルはカリムと目があった。にこりと彼は笑う。
「どうしたんだい?」
「オレ、昔のリドルも今のリドルも好きだぜ」
「カリム、気持ちは嬉しいけど。言葉をもう少し増やしてくれないかい?」
思わずふっと笑いがこぼれる。以前だったら、冗談はよしてくれとキツくつっぱねた。寮長同士でこうも和やかに会話していたのはあっただろうか………あるにはあるだろうけど、思い出せない。時間を気にしていたから常にそのことばかり。いつもルールを守らなければとピリピリとしていたかもしれない。心に余裕ができたからかか、何気ない会話で自身が少しづつ変わっていくのをリドルは感じた。
[chapter:関わらないヒトビト]
人事のように話す彼らも、いずれ大きな変化をもたらされるとは露にも思わない。