捻れた世界を知っていけ


様々な事件が落ち着き、すっかりマジカルスクールライフに慣れた10月の上旬頃。なにか催し物があるのか少し騒がしい雰囲気。

「よしっ!明日の準備終わりっ!グリムも明日の準備ちゃんとした?」
「ちゃんとしたんだゾ〜。ふわー、オレ様眠いから寝るんだゾ」
「うん、おやすみ」

横になり数分で、すやすやと眠りに落ちる相棒に布団をかけてやる。部屋の窓からと外を見る。窓からナイトレイブンカレッジの校舎。月の光とあいまって幻想的な光景。他の寮と違って時空とやらで切り離されていない場所なので、ここでしか見れない景色が私は好きだったりする。

「私、本当に異世界にいるんだよな…」

窓枠にもたれかかりながら、これまでのことを振り返ろうとしたが眠気が急に襲ってきた。ベットで寝よう。グリムを起こさないように静かに入り、目を瞑った。


風の音が聞こえる。
上へ登っていくのは……らいおん?
さる…のような動物が、天へかかげるようにーーー
どこかで見た。
どこで見たんだ、だっけ?

鼓膜を突き抜けるような雄叫びが、耳元で聞こえた。


「どうしたユウ?」
「変な夢見ちゃってさ〜あと、耳元でグリムがデカい寝言言うから……ずっと調子が悪くて」
「ダブル安眠妨害ね」
「トレインセンセーはオレ様を眠らせる魔法使ってるとしか思えないんだゾ!」
「お前、授業開始5分で寝てただろう」

午前の授業も終えてお昼休みなった。食事をしに食堂へと向かう、歩きながら少し眉間を揉んでいるとエースに話かけられる。それぞれいつものメンバーで会話するいつもの日常。それも相まってあの臨場感あふれる夢を見ると少し心が騒つく。お昼ご飯でも食べれば、気にしなくなると思いたい。

食堂はいつも以上に賑やかだった。なんでも月に一度のおいしいパン屋さん出張スペシャルデーらしい。早い者勝ちの売り切れゴメンだ、と食堂のゴーストが宣伝している。この学園至るところにゴーストが仕事をしている。もちろん生きた人間の職員さんもいるけど、なんかそれを発見するたびに楽しくなっちゃうんだよな。職員にゴーストがいるなんてテンションあがると、以前エースに話すと不可解なモノを見るような目で見られた。魔法世界の人間はロマンがないな!

「オレも買ってこよっかな?」
「ユウとグリムはどうする…」
「あれっ!?グリムがいない!?」

みんなきょろきょろ探しまわる。あー、イヤな予感。パン屋の賑わいの中から馴染みの声が、デラックスメンチカツサンドーーー!の雄叫び。デュースとエースがあちゃーと呆れる。食べ物にくらんだグリムがケンカを売っていた。腹を空かせた野郎どもたちが大人しく譲り合うわけがない。戦いの火蓋は落とされた!パンでケンカが始まるナイトレイブンカレッジ!本日も通常運転です。

「飢えた野獣を解き放ってしまった!グリム〜!ハウス〜!」

自分たちは止めに入るためにその場ヘ向かい。拳と拳が混じりながら、袋に入ったパンを取り合う野郎共の姿は圧巻。デュースがバーゲンセールのアレよりはマシだなと呟いているのを聞いて、強者がいると思った。


「にゃっはっは!!勝利の味を味わうんだゾ!」
「あっちゃ〜。争奪戦出遅れちゃったッスね。頼まれたデラックスメンチカツサンド売り切れてる。おっ。そこの君。すごいッスねぇ。ゲットできたんスか?」

パンの争奪戦に勝ちグリムは勝利の宣言、エースはどさくさ紛れてパンを購入、デュースと自分はあやまりつつ奴らを回収して少し混雑から離れた。聞き覚えのあるようなないような声音が、そんなことを言っている。その声はグリムへと話しかけた。グリムに話しかける人なんてクラスいがいか、イチャモンで絡んできた奴しかいないので珍しいなと、その方向へ向くと特徴的な耳が見えた。

(あれ、このモフモフケモミミ)

「あん?なんなんだゾ、オマエ………ん?」
「あのさ、オレ。ど〜してもそのパン買わないといけないんスけど………」

売り切れたので、このミニあんパンと交換してくれないかというお願いをしていた。あのグリムがそんな交換に応じるはずがないと思っていたのに。

「前足が勝手に!?なんだコレ!?」
「はい、交渉成立。シシシッ♪」
「あのグリムが、ミニとデラックスを交換!?」

あっさりと交換するグリムとケモミミの……あぁ!この獣人さん、植物園の救世主ラギーさんじゃないか!

一か月前くらいにマロンタルトを作るため、植物園の裏山に栗を収穫しに行ったことがある。その時に植物園へ籠とトングを探しにいったんだけど、自分は運悪くとある獣人さんの尻尾を踏んでしまい。体を全身まさぐられるというセクハラ()の制裁を受けているところを声をかけて助けてくれたのだ。あれは恐ろしい事件だった。あれ以来校内で出会うことはなかった。この学園広いし、この人先輩っぽいし学年が違うと遭遇率がグッと減る。顔見知りのリドル先輩たちや、ギザ歯先輩ことリーチ先輩も、彼らから会いにきてくれなければなかなか会えなかったりするんだよな。ムキムキになってないけれど、お礼を言うチャンスが到来した。この機会を逃してはなるまい。今度いつ会えるのかわからないし、せめて言葉だけでも!

「ばいばーい!」
「あの!あなたは、もしかして!救世主のラギーさん!?」
「は?救世主?…………え、キミ、あの時の」

優しいヤツが交換してくれて助かったと言い、その場を立ち去ろうとするラギーさんを自分は急いで引き止めた。急いでいたので、心の呼び名がぼろんぼろんである。案の定怪訝な顔したラギーさんは、自分の顔をジッと見るなり少し目を見張る。ぴょこりと耳が動いた。えっかわいい。

「あっ!?どっかで見た顔だと思ったらオマエ。植物園で肉食獣にちk…モゴォっ」
「グリム!」

続いてグリムが一連の流れを見て思い出したようだ。デカイ声で食堂で喋りそうになったので、素早く口を塞ぐ。この誰かいるかわからない場所で、不用意な情報を話されては自分の命に関わる。人々の情報伝達速度は恐ろしい。

「スミマセン………オレ、用事があるんで」
「あ、こちらこそすみません。先日は助けていただきありがとうございました」
「え?えっーと、あ、うん、どういたしまして?」
「それとこれとは別だゾ!オレ様のデラックスメンチカツサンドーーー!!」
「こら!自分で交換したんだからやめなさい!引き止めてしまってすみません!」
「……じゃあ、オレはこれで」

どこか目線をうろうろと彷徨わせるラギーさんは急いでいる。お昼休憩は貴重。早めに用件だけ伝えて、グリムをガッチリ押さえ込む。交換したものに未練がたらたら。飢えた獣は襲いかかろうとしていた。


今度こそラギーさんが立ち去ったあと、食堂の机に三人と一匹は座る。

「お礼言えてよかった!」
「あのサバナクロー寮生の先輩?とユウて知り合いなのか?」
「植物園で、ほら、前に言ってた…」
「ああ…」
「あー、肉食動物の」
「だから、それは違うって」

会話を交えながら食事をとっていると、エースが悪ノリするようにその話を持ち出した。誤解はとけているもののグリムが余計な補足をしたせいで、からかいのネタにされそうだ。やめてほしい。

「最低の1日なんだゾ………」

やけ食いしながら、グリムは落ち込んでいた。デュースとエースがグリムの話を聞いてやっている。この三トリオなんやかんや、仲良くやっているんだよな。自分も売れ残っていたパンを貪りつつ聞いた。グリム曰く、相手が手を差し出したら自分も同じ動きをしていたらしい。気付いたら交換していたんだそうだ。なるほど、わからん。エースたちのかける言葉に、自分の伝えたいことが伝わってないようで歯痒そうな態度だ。デュースのパンが奪われそう。

(本人の意思なく行動するか…心理学になんかあったかな?あ、でも、案外魔法だったりして!まさかね)


「今日の放課後学園長に呼び出しくらってんじゃん」
「ローズハート寮長の件かもしれないな」
「闇堕ちバーサーカー事件か」
「ハッ…大活躍したオレ様にツナ缶のご褒美かも!!」
「いや、ツナ缶はねーわ」

放課後に学園長室へ来るよう言われていた。その話を持ち出すと、グリムがツナ缶と気分を上昇させる。食べ物のことが絡むとすぐに落ち込んだり、復活するんだから。エースが否定していたが、ツナ缶はない。結局あの事件のあれそれがどうなったのか知らないので、その事なんだろうな。

次の騒動が巻き起ころうとしているのは、まだ誰も知り得ない。
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