知り合った先輩は人魚らしい


部屋に戻れば、兄弟が真剣にノートへと何やら書き込んでいた。新種のきのこでも発見したかなぁ、イヤだなーと思いつつ、ジェイドに後ろから近づいたら、パタンっとノート閉じてくるりと振り返った。

「おや、フロイドどうしました?」
「何しんてんのかな、てぇ」
「新種のきのこを発見したので」
「うぇ……ぜったい食べない」
「食べれるものじゃ無いですよ」
「はぁ、土くさいままかよ」

食用のきのこでなくとも、油断できないのがこの男だ。さらりと、混ぜ込むのでフロイドを含む被害者は存在しているので、警戒するのに越したことはない。

「ところで、当分、自身が人魚……それとウツボだと言うのを伏せておくように」
「はっ?何、いまさら?オレらのこと大抵知ってない?魚種はともかく」
「たいしたことはないのですが、天敵が現れたので」
「陸に天敵ぃ!?ナニと遭遇したの。いちお、いつまで」
「安全性が確認できてからになりますね」
「そんなにヤバイの!?」
「ところで話は変わるんですが、フロイド。海藻がたくさん生えてる場所て知っていますか?」
「脈絡ねぇな。この辺りの海のはなしぃ?何すんのぉ?」
「採取してきて食べさせてあげようかと思って」
「きのこに!?」
「きのこにあげるわけないじゃないですか」
「えぇ……今度はナニ育ててんの?」

突然、片割れがおかしな言動をとりはじめたが、フロイドは深く考えるのを辞め、いつかの頭が可笑しくなる変なきのこでも食べたんだろうと片付けた。自身に食べさせられなければほっとくつもりだ。もし食べさせようとするなら、拒否する体制などいつでも万端だ。

その言動にフロイドが振り回されていくとは、彼はこの時思ってすらいないし、これが始まりだったとは気づいていなかった。



モストロ・ラウンジのVIPルーム。
自分の机に座るオクタヴィネル寮の寮長アズールは、ある事で悩んでいた。

副寮長兼幼馴染みのジェイドの様子がおかしい。

ここ最近、急にラウンジの仕事を休ませて欲しいと言ってきたり、シフト変更をお願いしてきたときは、少し多くなってきてるなと思っていた。だが、以前からある計画の候補に上げていた場所の内部詳細を綿密に入手してくる。頼んでいた試しに作ってみた魔法薬の効能を、デメリットとメリットをびっちり書いた報告書を提出するなど、今まで以上の働きしてくれる。特に魔法薬の報告書はジェイドの字で書かれていたが、明らかに服用した者の視点から書かれた部分があった。おかしいと思い本人に尋ねた。

『ジェイド、あの薬はあなたが服用したのですか?』
『まさか』
『しかし、どう見えてもここの部分……使用者の視点で書かれています。次作るとき参考になるレベルですよ。あなたじゃないならダレに試したんですか?可哀想に』
『ふふ……そう思ってないくせに、よく言いますよ。こちらに協力的ないい実験体に出会ったんです。良い拾い物をしました』
『ジェイドこそ実体験などと酷いこと言いますねぇ』
『ああ、でも、一つ注意が想像力が豊かすぎたので、魔法薬を与えたらムキムキになってしまいまして。この薬は使う相手を取り扱い注意した方がよろしいかと』
『本当に誰で試したんですか!?ちなみに…どういう者に変化したんですか』
『二メートル越えの筋肉が倍量した体力育成教師の姿です』
『悪夢だ……!』
『こちらが悪夢ですよ、飛行術のたびにあの姿を思いだす……忘却の魔法でもかかりたいものですよ』
『……わかりました。報復目的で、我々の天敵に変化されたらたまったもんじゃないです。もうしばらく寝かせて置きましょう』
『そうして下さい』

その時の会話を思いだしていたが、ジェイドは妙に楽しそうだった。あの時は別のことで気をとられていたが…あの様子どこかで見た。既視感ある。

「アズール!ジェイド、正気に戻すクスリ作って!」

何かを思いだそうとした矢先に、VIPルームの扉を蹴破るようにジェイドの兄弟兼幼馴染みフロイドが飛び込んできた。

「フロイド!何度も言ってるでしょう!手を使って入りなさいと!」
「この前は、手ェ使った!」
「いつもしろぉ!……ゴホン。で、ジェイドがなんですって?」
「今日さ、ジェイドがさ、珍しく変化薬の不調でてたの知ってた?」
「えぇ、知っていますよ。珍しいので、絶不調なら休みなさいと……」
「でさ〜そのまんま、普通に授業受けてた。見た感じは普通だけどさ、もうオクタの奴らならわかるくらい、やばいヤツ」
「同じクラスの寮生はさぞ生きた心地がしなかったでしょうね」
「そんで、その状態のジェイドに、他寮のイソギンチャクの集団が絡んでってさぁ校舎裏に連れてかれた」
「それを早く言えぇ!」

ジェイドは、フロイドのようにわかりやすいヤバイ奴ではない。まともに見せかけたヤバイ奴だ。そのヤバイ部分は滅多に表に出ることはない、偶然目にした者やリドルのようにそういった鋭さを持つ者がわかるレベルだ。アズールは思った、リドルもさぞ大変だっただろう。

ジェイドは自己管理が徹底している。自分の感情制御もしっかりコントロールする。どんな時も、冷静に客観的に行動し動ける。フロイドもアズールも絶対に言わないが、昔馴染み三人の中で一番しっかりした奴だと思ってるし頼りになる。昔からアズールやフロイドが暴走すれば、ジェイドが面倒見るポジションにつくことが多かった。だから、だ。それが崩れたとき一番ヤバイのはジェイドだった。体調や不調で崩れた時の制御の仕方がし慣れていなかった。

人間になる薬に一番適応できているのはフロイド。その次にジェイド、アズールとなる。変化薬の稀に起きる不調はいつなるのか、ならないかだ。だいたい休んだり、元の姿に戻ったり。破壊衝動で発散される場合のものが多い。アズールとフロイドはなんやかんや、そこら辺りは適度にガス抜きができていた。ただ魔法力に関しては、アズールのユニーク魔法力は桁違いなので、契約書を用いて制御していた。

ナイトレイブンカレッジに入学してから、一度だけジェイドが暴れたことがある。被害状況は凄まじかったとしか言いようがない。証拠隠滅ができないレベル。死人がでていないのは、フロイドが止めに入ったから。ついでに兄弟がお互いぼろぼろになったので、その事件は三人で話し合い、入学式早々問題起こした普段から気分屋で暴走しがちのフロイドがやったことにした。入学から日が浅かったので、ジェイドまで表立って目をつけられるのを避けたかったからである。誤魔化せたのは、ジェイドの暴走がフロイドの暴走によく似ていたからだ。フロイド曰く『ジェイドのキレ方はオレのとは違う』らしいが。

「ジェイドも『憂さ晴らししてきます(重低音)』て言ってきたから、大丈夫だとは思った」
「フロイド……ジェイドの声マネ、本当に上手ですね」
「でしょぉ?」
「はっ……ほのぼのしてる場合か!口調が崩れていないなら、大丈夫そうですね。どこが正気を失っているんですか?」
「さっき帰ってきたんだけど、イソギンチャクは蹴散らしてきたんだって……でも、すごく機嫌が良くて不調が吹っ飛んでた」
「いいことじゃないですか」
「問題なのは、ジェイドからオレにギュと締めて?頭撫でで、『今日は一緒に寝ていいですか?(重低音)』て言われた」
「フロイドからじゃなくてジェイドから!?」
「オレからじゃない。あのジェイドだよ?朝に爆弾レベルにヤバイ奴が夜には超ご機嫌で、滅多に言わないこと言ってくる……怖くねぇ?」
(滅多に……て、ことは偶にあるのか。兄弟の事情です。そっとして置きましょう)
「お前が言える立場か。不気味ではありますが、それだけで正気じゃないと言えない」
「この前から言動と行動おかしいじゃん」
「ああ、陸に天敵が出たとか。人魚であることを隠しておけとかですか?」
「どこかにせっせと海藻運んだりしていなくなってたりしてんの」
「海藻をどこに?」
「きのこに」
「きのこに!?」
「ジェイドはきのこじゃねぇて言うけど、あの楽しそうな感じきのこに対するアレだもん」
「既視感は、それか!?」
「ん〜?」
「別の要件でジェイドに頼んでいたことがあったんですけど、楽しそうだったのでどこか既視感を感じていたんです……」
「ねぇ?その要件てなにぃ?」
「変化の魔法薬の実験です」
「……………」
「……………」
「その魔法薬を使用した実験体は、二メートル越えの筋肉が倍量した体力育成教師の姿になったそうです」
「キモっ!??」
「話ぶりではどう考えても人間のようでしたよ」
「ジェイドが気にかけてるニンゲンなんて聞いたことねぇよ。それなら、オレも知ってんじゃん。アズールのときみたいに」
「その時の話はやめなさい!あなたたち、き、気に入ったものは多少異なれど共有しますね」
「オレに教えないて、それはもう、きのこしかない」
「僕もあまりきのこは好きじゃないです」
「ジェイドが前に食堂で始終にこにこしてた時あったよな」
「ありましたね」
「その状況みたいのがずっと続いてる。この前はついに生きた魚介類運んでたし」
「どこで手に入れたんですか!?生きた魚介類をどこに!?」
「ジェイドが捕獲してきた。誰かにあげた」
「せっせと通ってて」
「食べ物差し上げて」
「きのこに。たぶんノーマルのきのこじゃない」
「きのこから離れろ………え…まさか、ジェイド。本気じゃないですよね?」
「逆に本気だったらどうするんだよ」
「秘密裏に正気に戻す薬を作ります」
「ヨロシクお願いします」
「ジェイドの行動のことで、話し合わないとですね」
「バレないようにする」
「監視頼みますよ」
「さすがに兄弟が山にカケオチされたらたまねぇーもん」
「不吉なこと言わないでください」



それから、また後日。アズールは、バサリと読んでいた書類を落とした。やだ〜とVIPルームのソファに顔を埋めるウツボに、そんなバカなとアズールは思った。

「アズール、マジでヤバイ。二足歩行のきのこと仲が進展してるっぽい」
「なんですって……?」
「このままじゃ、山できのことマリッジ直行じゃね?」
「ラウンジの仕事や副寮長の仕事が忙しかったので、あの妙な話は収まっていたのに?」
「そうだけどねぇ、この前の休日ときにジェイドがたまたまシフトが休みだったからさ、山に行ったみたいでさ」
「もうすでに、その時点で嫌な予感が」
「すっげぇ上機嫌できのこにきのこをお裾分けしたとか、色んな話をしたとかオレに報告してくんの。ジェイドが楽しそうなのはオレも嬉しいけど、見知らぬキノコに兄弟とられんのは許せねーわ」

本当に嫌なのだろう。瞳孔かっぴらいて歯をギリギリしだすので、まじでヤル3秒前。このままこの不機嫌な状態で、ホールでもキッチンでも入られたらたまったもんじゃない。

「ん?よく聞いたらきのこにきのこて共食いさせているじゃないですか?本当にそいつはきのこなんでしょうか。会話が通じ合うのなら、人間の可能性捨てきれませんよ」
「そうなったら、ジェイドが男とマリッジの可能性でてきたんだけど?それに忙しい時に育ててるきのこと会話してた」
「そうだった。ここは男子校だった。それなら、山に住んでいるのなら妖精という可能性もありますよ。あと、ジェイドがきのこと会話しだすのはお前にも責任があります。シフトの交代もほどほどにしときなさい」
「気分じゃねぇーんだもん。でも、ジェイドが山にカケオチするかもしれねーなら。ちょっとガマンする」
「偉いですよ。フロイド」
「あはっ、棒読みなんだけどっ」

フロイドがここまで気落ちするのは珍しい。普段は変に当たらないように人気の少ない場所へ行くというのに。それほど心配してるのか。ジェイドに関する報告は、飽きずに続いているのも事実。

「あ♡」
「でも、面白い話が一つあって、そのきのこ(仮)タコをまる茹でにして足に齧り付くんだっておもしれっ………て、イッテェ!なにすんだよ!」

ソファに寝転ぶウツボを叩き落とした。今の話は、アズールに対しての挑戦と受け取ったからだ。どこにおもしろい要素があるのか。これは、以前言っていた天敵の話とも繋がるような。ゴリゴリの肉食生物だ。ジェイドと意気投合でもされたら、本当にたまったもんじゃない。もう手遅れな気配もする。忙がしくて、作業を中断していた正気に戻す魔法薬作りを本格的に取り組んだ方がいいと思った。

「あの性悪ウツボ、悪趣味な情報よこしてきやがる」
「それ、オレにも飛び火じゃね?」

面識もないままに、おかしな勘違いは進行していく。ジェイドの知らないところで。



フロイドが、その正体に気づいたのはリドルたちと、追いかけっこした時だった。

フロイドはリドル達を優先して追いかけたが、なかなかしぶとく逃げ続けるのとちょっと飽きてきていた。だから、ジェイドのところへ戻ることにした。飽きたと呟き立ち止まる。

前方を走っていたリドルは息切れしながら、顔をまさに真っ赤に染めながら怒り狂っていた。

(加減して追いかけても、金魚ちゃん体力なさすぎ)

来た道を戻るのもめんどくさいので、パルクールしていこうと思い、そこらへんの障害物を使って走りだす。後ろから悲鳴が聞こえたが気にしない。

(ジェイドのところに、小魚が一人捕まってたっけ。うーん、金魚ちゃんとおんなじで小さかったけど、フツーでつまらなさそうだったな)

手際よく考えごとしながら乗り越えいくが、体に染みついた感覚が危うさを微塵も感じさせない。

(ジェイドなら、あんなの簡単に吐かせられそうだし。めんどくさいことにはなってなさそう〜)



「あれぇ?ジェイド、あの小魚は〜?」
「おや、お帰りなさい。フロイド。彼なら理由聞き出して解放しましたよ」

ジェイドのところに戻ればどこにもいない。それはそれで、なんだか残念な気分になった。パルクールして、気分が上がってきたのもあるかもしれない。遊んでやろうと思ったのに。リドル達がこちらを覗き見していた理由自体あまり興味がなかったが、なんとなく聞いてみた。

「理由てなんだった?」
「どうやらマジフト関連のことで調査していたそうです」
「ふーん」

(なんだ。オクタヴィネルには関係ないやつじゃん)

飛行術が芳しくないオクタヴィネル寮は、毎年マジフト大会ではだいたい下位を彷徨っている。去年はジェイドとフロイドがいてなかなか好戦したものの、やはり飛行術で差がついてしまった。探りにくるほどのものではないとフロイドは考える。

(アズールは期末試験の方が本命だしね)

「フロイド、そろそろラウンジの開店準備の時間です。行きますよ」
「はーい………ん〜?なんかジェイド機嫌がいいね。面白いことあった?」
「機嫌、がいいですか?」

ジェイドの言葉にうなづくと、ふっとその様子の変化に気づいた。どこか浮き足立つような雰囲気だ。当の本人は、虚をつかれたようにその吊り目がちな瞳をまん丸にしている。自分でも気づいていなかったようで、不思議に思う。その変化のきっかけを思い出すとあの小魚しかいなかった。

「あの小魚、なんか面白いことでもしたの?」
「面白い……?ああ、ふふふ、そうか、やはりフロイドは勘が鋭いですね、ふふふ」
「えっ?ジェイド、そのキモい笑い方やめてよ。なんかイヤナモノを連想させるんだけど」
「……ふふふ、そうですね。以前から彼と知り合いでして」
「へぇ、知り合いだったん……だ」

片割れであるジェイドの考えていることは、わからない時がある。それはフロイドとジェイドは似てるとはいえ、個体は別なのだから当たり前であると思っていた。だが、どうしてもわかってしまう時がある。その様子を見て、ようやくここ最近の不審な行動や言動のもろもろが、パズルのようにかっちりハマる。

(きのこじゃなくて、人間だったのか)

ジェイドにとってあの小魚は、どうやら少し違うらしい。オレには教えない程度の存在なのか。それとも独占したい玩具なのか、どちらなのだろう。

(陸の生活も二年目だもんねぇ。今度見かけたら、ちょっかいかけてみよーっと………いや、待てよ。じゃあ、あの求婚て、え?マジで?人間……雄……マジで?あのジェイドが?)

「あのさ、ジェイド………」
「どうしました、フロイド?」
「なんか悩みがあったらオニイチャンにちゃんと相談してね」
「どうかしました、フロイド??」

ここに新たな勘違いが爆誕した。



ジェイドは知らなかった。

〝少年〟のことを、アズールとフロイドに断片的にしか情報を渡さないから、菌類だと誤解されていたことを。本心を隠すのが上手いから、身内に余計に誤解されてることに。誰もその勘違いを解いてくれる者はいないのだ。
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