知り合った先輩は人魚らしい
元気よく立ち去る、最近知り合った後輩の背。
式典で初めて見たとき、最初の印象は『冴えない人間』だった。そんな彼に付属する要素は奇妙なものばかり。その見た目の印象とは真逆で起こす騒動は問題ばかりで、ほんの少し興味はあった。それが、一度目の接触から一か月は過ぎている。
「遊びすぎましたね、僕」
遊びの終わりが、近づいてきている。
海の中が故郷だと言うと、監督生は握手を求めてきた。
『人魚のファンなんです』
初めて言われたそれは少々面を食らったが、握手だけで恩を売っとくのもいいかと思った。握手してあげたら泣きはじめた。まさか泣くとは思わなかったので、意味がわからなくて引いた。
『先輩ありがとう。長年の夢が一つ叶いました。これでいつ死んでも悔いはないですね』
なぜ泣くのかと聞けば、そう答えられ嬉しかったのかと、理解しがたかった。
異世界では人魚に大勢憧れているらしく、その肉は不老不死になると言い伝えられ、バレたら喰われるという情報を入手した。対価を要求したら、拒否することなくお礼は何かと聞いてきた。素直すぎて脱力したので、踏み倒される心配はないと判断し、しばらく様子見をしようと決め込んだ。その態度に信用を得たようだ。扱いやすい、と思考切り替える。
素早く立ち去る後輩に疑問は届かなかった。
『それはどういう……いってしまいました。それにしても……異種属を食べる発想……異世界の人間は思想がイカれているんでしょうか?』
互いにとんでもない勘違いをしていることには、誰も指摘する人はいない。
二度目の接触は、ハーツラビュルのいざこざが終わったあたりに監督生と〝偶然〟鉢合わせた。放課後。人気のいない中庭の隅っこで、独特な歌いかたで練習していたのでまた笑ってしまった。不服そうな顔でこちらを見てきた。
『先輩、時間て空いていますか?』
思いだしたように言ってきたので、どんなものなのかと思い了承した。この前のお礼の品を渡しますねと、急いで寮に取りに戻って帰ってきたら、酸欠で死ぬ直前の魚になっていた。体力が回復した後に、会話でいつかのスカラビア寮寮長のように海の中の生活を話せば、どういう反応をするのか?と愉快な気持ちで試してみた。安心され、あっさり納得され、こちらが虚をつかれる。
『よかった…先輩も生魚を食べるんですね』
昼に故郷の食事をまわりに話したら、魔物いがいに引かれたらしく落ち込んでいた。
『人魚て、まわりのお魚たちとわいわい仲良くしているイメージでしたが、弱肉強食の世界なんですね…食物連鎖の枠組に入ってるんですね…!これで、先輩に気負わず魚が食べれます!』
ウツボだと伝えていないにも関わらず、人魚の生態に理解を示しす。魚類だが同族扱いしないで欲しい。その発想に狂気を感じた。異世界では魚類を踊り喰いしたり、貝類を生でその場で食したりするという、陸上に棲む人間なのかと疑った。
本当に人間なのかと尋ねると。
『人間ですよ!自分は踊り喰いしませんが、刺身は食べますよ。我が故郷ではワカメも昆布も食べます』
まさか、海藻類まで食べるのか…そんなに陸上の食べ物に困っているのか。さらに食生活の良き理解者として信頼のランクが上がったが、なんとも言えない。
三度目の接触は、学期末の準備をフロイドとしつつ、僕個人にアズールから魔法薬の実験台を捕まえて飲ませてこいと命令を承る。弱みを握っている奴隷たちの中で適当に試すかと思っていたら、昼休みなのに運動場の隅っこで筋トレするアレを見つけた。まわりにいつもの〝お友達〟がいないので聞けば、わりと自由行動にしているとのことだ。獣が問題をおこすと、責任を取らせられるのでは?と意地の悪い質問をすれば、キリッとした表情でこう返ってきた。
『リドル先輩が[[rb:首を跳ねてもらう> オフ・ウィズ・ユアヘッド]] してくれるから大丈夫です!』
やたらとユニーク魔法の発音がいい。ハーツラビュルの寮長がアレと、いつの間にか仲良くなっていたことになぜかもやっとして、面白くないので魔法薬の実験台にすることにした。自ら飲みたくなるように甘い誘惑をかけてみた。
『この薬は〝自分がなりたい姿になれる〟薬なんですよ。薬の効果を試したいのですが、協力してくれませんか?〝魔法薬のお代〟はいりません。解除の薬もあるので大丈夫ですよ?』
だいたいの人間は、美人になりたいとか美形になりたいとかの願望だ。コレも、前回の会話でちらっと聞いた。例外じゃない。
『そうなんですか!?ちょうど自分もなりたい姿があったんです!イメージにいいかも!』
予想通り食いついてきた。そんな浅はかな思惑で簡単に他人を信じる。あぁ、愚かだな。魔法薬はタダだが、解除薬はタダじゃない。どんな法外な対価をふっかけようかと、嗤いそうになり表情筋を引き締めた。
『そういや、魔法薬て不味いですよね…一気飲みがいいかな!目指せマッスル!』
何の迷いもなく、得体のしれない薬を躊躇いもなく飲み干す姿。そして、聞き捨てならない掛け声。
『クソッまずっ!?!?』
オーバーリアクションをとりながら、魔法薬の不味さに地面で寝転がりながら苦しんでいた。そのうち姿が変わっていくので、メモにその効果の様子を書いていたら、筆記用具を落としそうになった。
『先輩、どうですか?ムキムキですか?(バリトンボイス)』
ポーズをとりながら、前にいたのは二メートル越えの筋肉が倍量した体力育成教師の姿だった。表情筋が引き攣りそうになる。
『先輩小さい!?見下ろしてますね…これは成功ですか?こんな高い視線はじめてです!体は重いな…でも、これで絡まれても腕の風圧だけで吹き飛ばせそうですね!(バリトンボイス)』
元の姿ならまだ許せる無邪気さが、二メートル越えのムキムキ男の姿では不気味だ。鏡はないかと無邪気にじわじわ近寄ってきたので、ヤツの口内へ解除薬を叩きこんだ。解除薬の不味さに再び苦しんでいた。飲料水を買ってきて飲ませてやり落ち着いたのを確認すると、なぜあの姿になったのか尋ねた。
『筋肉と言えば、バルガス先生だからです!』
『聞きたいのはそこじゃありません。なぜあんな姿になりたいのか尋ねているんです』
『この姿だと厄介なヒトたちに絡まれますから、ムキムキになれば追い払えると思って…』
『頭がイカれてしまったのかと思いました』
『先輩のおかげで、夢がまた叶いましたね!先輩はやっぱり素敵なヒトです!いつかムキムキになって、先輩にお礼できるように頑張りますね!で、今回のお代はいくらですか?』
『ありのままの姿でいてください。お代はいりませんが、今回のことはご内密に』
『わかりました!二人の秘密ですね!』
信望は確実なものに、なっていた。
こうなるように行動はしていたが、異様な信望にどこかむず痒い気持ちになる。
幾度も接触して、彼を知る。
おかしな、おかしな、異世界から来たという人間。
チグハグな会話が心地いいと思うようになって、彼がどういう行動するのか見たくなって、もっと、あのオモチャで遊びたいけれど。
マジフト大会が終われば、そこから少しずつ学期末のシーズンに入る。もうすぐ、我らが寮長の計画が動き出す。その内の一つは彼らにも関わりがある。その時、それが施行されてしまったら、彼はどういう態度をとるのか。
彼は、どこまで〝僕〟を〝受け入れる〟のか。
魚介類を差し入れしに、オンボロ寮へ訪問し、山で出会い、変なあだ名で呼ばれていて、魔法薬の課題を手伝う、好意ではなく悪意を滲ませているにも関わらず、アレが好意的に受け取り、何の疑いもなく信頼してくる姿は、まんざらでもないような気がしてきていた…これからすることは、アレらを利用することだ。この、少しおかしな関係も終わりとなる。
「おや、不思議ですね。僕は〝惜しい〟と思ってるのでしょうか?」
まさか。もっと、面白いことになるだろう。
彼は気づかない。
あの時自身が図書館を利用しなかったら。
次の授業で使う資料を探していなければ。
たまたま少年が国の資料スペースにいなかったら。
『珊瑚の海』の本を持っていなかったら。
『人魚がいるんだ』と嬉しそう声が聞こえなかったら。
よく見ればそれが噂の異世界人で魔法の使えない人間だったから。
少し薄暗い意地悪をしようと思わなければ。
気ににもとめていなかった存在と話そうなどど考えなければ。
もう一人の大事な兄弟ともう一人の大事な同胞だけがいればいい完結した世界に。
海の激流のような人間が巻き込んで陸に引きづりだしてしまうことを。
『よく知らなかった』方がよかったと。
ジェイド・リーチは後々後悔するのを、まだ。