知り合った先輩は人魚らしい


マジフト大会が迫る日々、各寮は大会に向けて追い込み練習が賑わっており。一連の事件は不気味になりを潜め、真相を知っている人々の間では、周りへ悟られないようある種の緊張が漂っている。

そんな中で、気を引き締めなければならないのに、自分とグリムは魔法薬の授業中に失敗し絶賛補習中。言い訳しますと、材料を一つ間違えて鍋を爆発させたのです。カラフルなアフロヘアーどもを量産させてしまい、クラスメイトたちには申し訳ないとは思ってます。怒りの騒動が起こると思いきや……クラスまるごと見事なアフロヘアーになってしまった結果『逆に才能があるんじゃないの?』と、不名誉な感心を集めてしまったのです。そこまで怒られなかったものの補習は免れませんでしたね。もちろん、グリムも自分も現在進行中でアフロです。以上、植物園での懺悔終了。

「植物の見分け方がわからん」

片手の薬草図鑑に載っている写真と、目の前の植物を見比べる。初級の薬草らしいが特徴が少なくて本当にこれでいいのかと戸惑う。材料となる魔法植物は見たこともないものばかりで興味深い。それとは別で特徴に差異が少ないものもあるため初心者には難しい。普通の植物でも見分けがつかないていうのに。

「ううむ、千里の道も一歩から」

魔法薬学はモノによれど、知識が有れば魔法が使えない人間でも挑める教科。泣き言は言っていられない。魔法薬学室でクルーウェル先生に扱かれているグリムのためにも、早く持っていきたいが判断がつかない。これでまた間違えたら大目玉を喰らう。ちなみに、グリムはエスケープしようとして先生に捕まっている。

カサリと背後の植物の葉が揺れる音がした。
誰か来たのかと反射的に振り返る。

「……監督生さん?」
「あなたは!?リーチ先輩!」

そこには見慣れた知り合いの先輩で、救世主が登場した。ジェイド・リーチ先輩。通称・ギザ歯先輩。ヤベェ奴疑惑浮上中の属性過多なお兄さんだ。どっからどう見えても人間なのだが、実は伝説の人魚さんらしい。まだ私はその姿を拝見していない。いつか見たいと思っている。人魚はロマンなので!

「うんうん唸るレインボーアフロヘアーの方を、植物園の片隅でお見かけして……つい声を」

くすくすと笑う声が聞こえる。口元を手で隠しているが、切れ長の瞳が弧を描いている。意味深に含みがある。自分が実験服の姿で植物園をうろちょろしている姿を見ていたなら、このヘアーで大方察しはついているのだろう。追いかけっこ以来会っていなかったが、あいかわらずのギザ歯先輩だ。しかし、好都合。この先輩は魔法薬学が得意だと言っていた。背に腹は代えられない状況は変わりない。

「ところで先輩、この状況に至るもろもろをだいたい察していますよね……?」
「おや?僕に頼み事でも?」
「対価は要相談で!この哀れなアフロヘアーに何卒ご慈悲を下さいっ!」

交渉する前にもう腹の探り合いは始まっている。自分にそんな高度なやりとりができるわけなく、いつものごとくストレートにお願いした。何事も勢いは大事。勢いをつけるのです。キレのあるお辞儀が決まったと心の中で思いつつ、遥か頭上から控えめに吹き出す音が聞こえた。

掴みはバッチリオーケーだ!



優しい優しい先輩は、哀れなアフロヘアーのヘルプに快く力を貸してくれた。ちょっとズルしたものの、授業に使うミニ薬草講座を開いてくれた。グリムが扱かれ、クルーウェル先生を待たせているので簡易的にしてくれてる。

「この薬草の違いはひっかけ問題なんですよ。要点を掴み違いを理解しているかを試す、魔法薬学の初級の初級のひっかけです」
「そこが難しいんです!あと、一言多いと思います!」
「では、次に行きますね」
「サルでもわかりやすくしていただけると嬉しいです!」
「監督生さんはいつ霊長類に転換されたのですか?」

ビシッと上へ手を伸ばし抗議すると、いつものにっこり笑顔でスルーされた。ちゃんと要望を伝えると、ジェイド先生の薬学講座はさらにわかりやすくなったので、この嫌味な言い方さえなければなぁと思う。最初はもうちょっとオブラートな言い方していた気がするけれど、会うごとにサクサク刺さってくるような言い方が増えてきてないですかね?

「さて、今回の補習の範囲はざっとこんなところでしょうか。もうわからないところはありませんか?」
「だ、大丈夫です!これでなんとか乗り切れそうです!リーチ先生ありがとうございました!」
「先生になってしまいましたか」
「あ、そういえば。先輩は植物園に何しに?」
「もうすぐマジフト大会が差し迫っていますので、時間があるときを見計らい、育てているキノコの様子を見にきたんです」
「ホント、キノコ好きですねぇ」
「えぇ」
「力強い返事……先輩もマジフトの選手ですもんね。頑張ってください!応援してます!」
「……えぇ」
「あれ?先程の力強さは?」

少々補習時間オーバーしてそうな気がするが、ちゃんと理解した上で必要な薬草を採取したので大目に見てもらえるといいな。少しばかりの雑談をすれば、先輩はキノコの様子を見にきたと発覚する。今回はちょうどいいタイミングで出会わせてくれたキノコさんに感謝だ。打って変わってマジフトの話を出すと、乗り気なさそうな反応になったのだがあんまり興味がないのかな。運動神経抜群なのに不思議。

「……ところで、対価のほどは」

という訳で、肝心の対価交渉を済ませて置かなければならない。貴重な先輩の時間を頂いたのだ。今のところ無理難題なことは求められていないけれど、あのギザ歯先輩なので!

「それでは、」
「ど、どうしたんです?」

言いかけてはたりと口を閉じてしまった。先輩は真顔になっている。怖っ。これは、ついに……!?問題が!?

「いえ、なんでもないですよ。監督生さんはこの世界の勉学に躓いているようですね」
「えへへ、理解しようと努力はしてるんですがなかなか……」
「マジフト大会が終わり、少ししたら学期末試験があるのはご存知ですか?」
「学期末試験……期末テスト!?」

一瞬にしてにこやかな笑顔に戻り、淀みなく喋るジェイド先輩の思わぬ言葉に私は叫んだ。気になった彼の様子は彼方の方へ放り投げる。九月始まりのこの学校は中間考査がなかったから、すっかり学生の恐怖の一代イベント、テスト試験の存在を忘れていた。

これは詰んだパターン!?いやいや、まだ時間はある!今から、少しずつ勉強していけば……なんとか、ならない。

「おやおや、魔法薬の鍋の中のように顔色が変わっていますね」
「どんな例えです?それ??」
「そこでマジフト大会が終了して落ち着いたら、こちらから出向きますのでオンボロ寮で勉強会を開きませんか?」
「勉強、会?」

ジェイド先輩から思わぬ申し出に、頭上にハテナマークを浮かべるしかない。それが対価の話とどう繋がるのかまったく結びつかない。

「えぇ、ぜひグリムさんも一緒に」
「グリムもですか!?」

先輩からグリムのことが出てくるのが、妙な感じがして落ち着かない。

「僕、もっと〝あなたたち〟のことが知りたくなりまして。どこかで交流する時間が頂ければと、つくづく思っていたんですよ」
「それくらい、どうってことないですけれど……それって先輩にメリットあります?」
「〝人とヒトとの交流は貴重ですよ〟」

貼り付けたような笑顔で、ジェイド先輩はニィと笑っていた。


「リーチ先輩て忙しそうに見えるのに、意外と暇人なんですね!」
「たまに驚くほど失言しますよね、貴方って」
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