知り合った先輩は人魚らしい


ポムフィオーレ寮の門をくぐりぬけ、鏡舎へと帰還した。

「さてと、次は中庭の方に行こうか。次のターゲット候補がいるみたいだし」



現在、トレイ先輩いがいのハーツラビュル組と、マジフト選手有力候補連続大怪我事件を調査中。

スマホ画面を見ながら、次の居場所を確認するケイト先輩。先輩たちによるネットとNRC講座に、後輩組はプチ阿鼻叫喚になりながら次の場所へと向かう。居場所特定とか情報特有とかそれを得意な生徒が居るとか怖いと思いつつも、NRC生と聞くと納得できるような気がするのは毒されすぎたか。プライバシーとは一体。とにかく、次のターゲットさんとやらはどういう風に書かれてるのか、エースに見せてもらった。

『リーチ兄弟中庭で目撃。注意されたし』

ちゅ、注意喚起されてるーーー!

なんかイメージと違う。なんで注意されてんの。もう既に不穏なんですけど!?……というか………リーチ?

リーチ!?

その名前を理解して、本日二度目の衝撃。スルーしてはならない名。自分の知る『リーチ』の姓はただ一人。いや、でも、なんで注意喚起されてるの??あのヒト……そんなヤバ……いやつだったな!?

「次は、リーチ兄弟だね」
「うげっ!?次はよりにもよって、あの二人じゃないか!?」
「リドルくんならそう言うと思ったけどさ、この機会に色々と見ておくのもいいと思ってさ、特にこの二人は二年で有名だし」
「ボクが犯人なら、彼らを狙うのは最後にするよ。特にフロイドの方はあまり近付きたくない。そもそもあの二人を狙うなんて、無知か命知らずくらいなものだ」

ツッコミ要素が多すぎて、一人で混乱していると先輩たちの方でも一悶着起きている。ポムフィオーレの時とは違い、リドル先輩はその名を聞いてなぜか嫌がっていた。不思議に思って、先輩たちの居る方向を向けば、リドル先輩が苦虫を潰したような顔をしていた。ケイト先輩は苦笑している。やっぱりあの先輩と知り合いっぽいし、たいそうな言いよう。仲良いとは言えなさそう……?

「リドル先輩、めちゃ嫌がってんじゃないですか」
「たしかフロイドくんの方。エースちゃんと同じ部活だったはず、知ってる?」
「一応知ってるすよ。でも、練習でフロイド先輩とはまだ絡んだことないです。あんま見ないときもあるし。なんかあの人すごいクセがあるってのは聞いたことありますね」
「部活をサボるなんて、あいつらしいね」

フンっと鼻を鳴らすリドル先輩。依然表情は変わらず。リーチ先輩もといジェイド先輩ではなく、どうやらご兄弟のフロイド先輩という方が苦手らしい。

「あんまり近付きたくないけれど、ケイトの案にも一理ある。いいかい?これから顔を見にいく奴らは、この学園でも相当危険で厄介な奴らだ。気を引き締めていくんだよ」
「そんな猛獣でも見にいくみたい言い方!どんな奴らなんですか!?」

リドル先輩があまりにも真剣な表情で言うものだから、その内の一人知ってますと言う前にツッコんでしまった。



オクタヴィネル寮二年生ジェイド&フロイド・リーチ兄弟。リーチもとい、ジェイド先輩はリドル先輩とクラスが一緒で、ジェイド先輩のご兄弟フロイド先輩とやらと因縁があるらしい。

「特にフロイド。一年生の頃から変なあだ名で呼ばれる。妙に纏わり付いてくる。今年度の入学式前なんかは、どれだけ被害を被ったか」
「途中からグチになってね?」
「とにかく妙に目をつけられないように、それからジェイドの方は親身そうに声をかけられても頼らないこと、厄介さのレベルは正直あちらの方が……うまい話には裏があることはおわかりだね?あいつは懐に入るのが上手いからね」
「つまり……どっちも厄介ということですか?」
「リドルくん、途中から話脱線してない?ちなみにマジフトでは、連携攻撃が強力で対戦相手の寮が手を焼いてたとの情報あり。こっちが本来の目的だからね!」

ハーツラビュル組が話し合う中、ジェイド先輩の話の部分と自分の知ってる先輩の姿とすり合わせる。心当たりがありすぎるが、今のところそんな警戒するようなことは起こっているような、いないような。自分はフロイド先輩はご存知ないが、ギザ歯ことジェイド先輩とは交流があったりする。ワカメくれたりキノコくれたりアドバイスくれたりと、そりゃはもうお世話になってる。でも、合意とはいえクソ不味い魔法薬飲ませられたり、ちょっと見てはいけないシーンを見てしまったりと、実は藪蛇を突いてはいけない一面も持ってるお方だ。

そして、さらっと流したけど、何気に先輩の所属寮、初耳では!?……オクタヴィネル寮て、どんな寮なんだろう?それにご兄弟のフロイド先輩も気になるところ。今までジェイド先輩の存在が強すぎてスルーしてたけど、リドル先輩の反応からそちらも個が強そうだ。



二手に分かれ柱に隠れた。グリム・リドル・ケイト組とエース・デュース・自分組は、中庭のある一箇所を見た。その場所は人手は少なく数名の生徒たちが行き交っているが、そこには一際遠目から見てもデカい大男が二人並んでいた。ターコイズブルーの髪に一房黒色のメッシュ。圧倒的高身長。圧倒的顔面力。二人います。片方はどこからどう見てもジェイド・リーチ先輩。もう一人います。噂のフロイド・リーチ先輩。

…………兄弟って、兄弟って………双子だったんかい!

散々、『二年』とか『兄弟』とかワードでてたのに、その可能性について全然考えてなかった。ジェイド先輩、そんな事一つも言ってなかったし。てっきり学年違いの兄弟かと。

あれ?言ってたかな?言ってたっけ?兎にも角にも、属性のバーゲンセール。属性、双子は強すぎる。そもそも、リアルに美形の双子とか初めて見たよ。なんなのこの学校?本当になんなのこの学校?属性詰め込んだイケメンしかいないんだろうか。前までは学園長が怪しかったけれど、闇の鏡に疑惑が増えていく……自分はあまりの衝撃に別の意味で膝が震えていた。

「あ〜〜。金魚ちゃんだ〜〜〜!」
「うっ!見つかった!」
「なにしてんの?かくれんぼ?楽しそうだね」

ヌッと大きな男が現れた。よく見ると、ゆらゆら揺れている。ふわふわした空気。語尾の伸びた喋り方。見た目は優しげな青年なのに、中身は無邪気で幼びた印象を受ける。アンバランスなようで妙にマッチしてる雰囲気。

(この人がフロイド先輩か!)

ニコニコ楽しそうに笑う人は、金魚ちゃんことリドル先輩しか目に入っておらず。猛烈に絡みまくっている。金魚ちゃんて、あだ名可愛いな。ジェイド先輩が人魚だと言っていたから、この人も正体は人魚さんだろし、人魚っぽい要素にちょっと刺激される。

リドル先輩があだ名に対して非難してるが、そんなの気にしちゃいねぇ。彼はリドル先輩の地雷ワード『小さい』を投入する。これは無差別首はねかと、自分には無関係でも身構えたが、興味がグリムに向いたので大事にはならなかった。今度はその大きな体で、グリムを絞めようとしてるらしい。前言撤回!なんて物騒なんだ!言葉のニュアンスからただのハグではなさそう。このままではグリムが、ペシャンコにされてしまう。

その魔の手が迫ろうと。

「おや、ハーツラビュル寮のみなさんお揃いで」

かつかつと品の良い歩く音が廊下へと響き、穏やかな聞き慣れた低音ボイスが聞こえてきた。視線は前方にいるグリム組へと注がれ、ふいにこちらへと視線を寄越した。ほんの少しだけ、その釣りがちの目が見開く。

「せんぱ」
「もしや、敵情視察ですか?」

声をかけようと遮られて、今度はこちらが目を見開いた。自分の存在を確認したというのに華麗にスルーして、全然目の笑っていない男は楽しげに口元は吊り上げる。マジフト大会に関係あるにはあるが、色々ワケあり案件なのをケイト先輩が濁していたら、敵情視察と勘違いされ、スパイ行為と判定され、監視してると判断された自分たちは容疑者となり。

追いかけっこはスタートした。



私、監督生⭐︎

デカいのに俊敏な美形の双子に追いかけられていたら、いつものドジっ子体質が発動しちゃったみたい。顔から地面に豪快にダイブ!まだ柔らかい場所でよかったのが救いね!血みどろ回避!したけれど、体制を立て直す間もなく無事確保されたタイミング!これなんて逃走中。仲間とははぐれました。さてさて、美形の双子に追いかけられるという強制イベントが終了しました。どう弁解しよう!?

「地面と仲良くするのは良いですが、そろそろ顔をあげられては?」

地面は柔らかいが転んだので、衝撃でぐわんぐわんしてる。先輩がタダで起き上がらせるなんてことはなく、頭上から呆れた声が降ってくる。ご兄弟とは二手に分かれたようで、リドル先輩たちの安否を祈る。

「今日初めて知り合いにかける言葉として、それどうなんです??」
「おや、僕と知り合いだったのですか?」
「え?知り合いじゃなかったんですか??はっ!もしかして、魔法薬の実験で最近知り合った人間の記憶を忘れる事故とか起こってしまったり!?いや、恨みを持った人間のユニーク魔法とか当てられた可能性も、これはちょっと出直してきた方がいいんですかね?」
「冗談です。何を根拠にそんな具体的な妄想を?そんな都合が良い事故なんて起こるわけないでしょう」
「この魔法世界なら、起こる可能性もあるじゃないですか!!てか、なんで無視したんですか!?」

人のことを心配してる余裕はなく、私は悩んでいた。一応学園長からトップシークレットな依頼なので。だが、この人に誤魔化しや嘘など通用するとは思えず、話の論点をズラすことを試みた。こっちの方が気になるのが本音。うーん、それにしても顔が痛い。この前も山で無様なところ見られたし今回も無様な姿を……どちらもギザ歯先輩が要因じゃない!?抗議しようとガバっと勢いよく起き上がる。

真正面に美形のドアップとご対面。

「ぎゃーーー!」
「化け物を見たような悲鳴ですね」
「そんなに顔が近くあるとは思わないじゃないですか!先輩のキャラ的に、その屈み方はNGですよ!う○こ座りはダメです!」
「〝蹲踞〟という言葉は知らずとも、しゃがむとか、ヤンキー座りだとか、もっと言葉回しはあるはずですが、何故その言葉のチョイスを?」

なんとも言えない表情で先輩は言うが、これは引いているんだろうか?この人こういうところはよくわからない。気にせんとこう。

理由を話さないと解放してくれなさそうなので、具体的なことは言わず、だいたい匂わせて話すことにした。一応、この人もマジフトの選手有力候補だ。注意を促していた方がいいかもしれない。そういうのも今回の行動の一つとしても入っているけど、この人が犯人に狙われて怪我するところ想像できない。やったら、無事に生かしておかない性質だと思うし、まずやられてところなんて想像できない。

「リーチ先輩、最近起きている一連のマジフト事件はご存知ですか?」
「えぇ、存じていますよ。この時期は皆さんピリピリしていますし、その中怪我人続出は良い出来事ではないですからね」
「詳しくは言えないんですけど、それに関係することで自分たちは調査していたんです。ですので、先輩の想像しているような後ろ暗いことなんて、何一つありませんからね!」
「必死に言い募ると怪しさが増しますよ」
「先輩が笑ってない目で尋問みたいなこと言うからですよ。その原因はまだわからないので、先輩も気をつけてくださいね」
「!……ふふふ、なるほど。それで納得して置いてあげましょう。解放します自由ですよ」
「えっ!?あっさり!?結局なんで、無視されたし追いかけられたんです!?」
「他人のフリをして、追いかける方が楽しめるかと思って……おや?本格的に〝お話〟したかったんですか?貴方がお望みならお相手しますよ」
「いいい、いえ!結構です!間にあっています!」

ジェイド先輩は頭が良いので、言葉足らずな自分の説明でも色々察したようだ。うん……しゃがんでいた体制から立ち上がり身を起こすと、ごく自然に自分を立ち上がらせてくれた。ぱしぱしと全身の汚れを払い落としながらの会話であるが、たまにお兄ちゃんムーブかましてくるので、怪しい要素がちらちらちらついているが怖さが半減しちゃうんだよな。間近で見る身長はあいかわらずデカい。

「そうですか。残念です」
「人を追い詰めることに愉悦を感じてるように聞こえる!?」
「人魚の性質なんです」
「そ、それなら仕方ないですね!」
「引き合いに出した僕が言うのもなんですが、それで納得するのも如何なものかと」
「ちょっと感激しちゃいまして」
「どこに感激する要素が?」

わざとらしい態度。人魚ワードに自分はあっさり追求を放棄する。人外の性質、人間には理解し得ない部分なら、仕方がないのでは?ご兄弟も物騒だったし人間の姿をしていても、ある一種の残虐性があるのかもしれない。奥が深いぜこの世界。人魚との会話を噛み締めていると、ジェイド先輩はあたりを見回した。

「そろそろ、フロイドも飽きて、こちらへ戻ってくるでしょう」
「そういえば、あの方が先輩のご兄弟なんですね?双子だとは思いませんでした」
「ああ、直接会うのは初めて、でしたね。あちらが僕の片割れフロイド・リーチです。前々から存在はちらちらさせていたでしょう?リドルさんから色々とお聞きになったでしょうし、ね?」
「あはは、聞いたちゃ聞きましたが、先輩のご兄弟て感じです」
「おやおや……まあいいでしょう」

うむ、合流されては困る。なんせ先程グリムを絞めようとした人だ。あの時はグリムやリドル先輩に意識が向いていたけれど、自分一人だったらどんな反応を起こすのか。目の前のジェイド先輩は、眉を八の字にさせて笑ういつもの困り顔。これは、リドル先輩が何を言ったかだいたい予想ついている様子。ジェイド先輩、さっきの一連の暴挙止めなかったもんな。だけど見のがしてくれる雰囲気なので、とっととリドル先輩達を探して合流しよう。

「リーチ先輩。自分はここからトンズラしても良いんですよね?」
「いいですよ。この後、ラウンジの開店準備の時間ですので、フロイドを連れて行かなくては」
「では、さようなら。今度は普通に接して下さいね」
「ええ、さようなら。それはどうでしょう?」

お開きの感じでお別れを言うが、なんだか濁された。次もなにか仕掛けてくるんだろうか。注意しておこう。三連続どこかにぶつけるなんて嫌ですし!

(ラウンジて、前に言ってたアルバイト先か。アルバイト前なのに体力あるな。リドル先輩たちはどこにいるんだろう)

「………人魚が大好きな監督生さんには、いつか見せてあげますね」

真上からそんな言葉が降ってきたので、思わず先輩の顔を見上げた。少し影になった顔は左目だけにやけに金色に輝いていた。

私は全力でうなづいた。



追いかけられて転んだりして散々だったが、ギザ歯先輩とは会うたびに仲良くなれてる気がして、自分はちょっとうきうきしている。

(見せてくれるということは、私のこと少しは信用してもいいって思ってくれたのかな?)

これまでの自分の言動を思い返すと、ちょっとそれはないかなと頭を振る。改めて思うと、変態扱いされても仕方ない言動歴である。オタクはね暴走すると他者の目を忘れがちになるのよ。言い訳はやめておこう。今度から気をつけよう。

ちりっと、違和感を感じた。

(……あれ?……私て、先輩と〝こんな風〟に話せる仲だったけ?)

いや、そりゃそうだろう。あの図書館で出会ってから一か月は過ぎてるし、何度も会ってるし、会話してる。オンボロ寮にも来てくれた。

(でもーーーなんでだろう。私は先輩と〝関わって〟はいなかった)

私と彼は、先輩と後輩ですらなかった。

(おかしいな。うーん。心当たりはないんだけど……あのリアルな夢にも関係しているのかな?)

いくら考えても答えは出ず、時間だけが過ぎるのでみんなを探すことにした。抱いた違和感は、するりと消えてしまった。
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