知り合った先輩は人魚らしい
学園長から入山許可がおりたので、植物園の裏山へグリムとやってきた。
今度行くつもりだったのだが、冷蔵庫の中身を確認をするとスッカラカンだったので、即行動することに。昼は食堂で食いつないでいるものの、夜はツナ缶で凌ぐのも苦しくなってきた。そろそろ栄養バランスあるものが食べたい。今の今まで女子力皆無で16年過ごしてきたツケを、自分自身に知らしめられているようだ。元の世界に戻ったら、お母さんの手伝いはしっかりしようと心に誓った。
今日は休日なのもあり、その入り口部分には人っ子一人おらず自分たちのみ。動きやすい格好ということでジャージできたが、身だしなみにあまり頓着しない性格なのもあって、所持してる服装少なすぎるのもなんだかなとも思う。マトモな服は制服(それもサイズ違い)しか持ってないが、この学園に自分のそれを指摘する奴はいない。思う存分ものぐさで怠けても問題ないのである。ファッション部分において女子力皆無は続行することに。そこらへんに金をかけていられないのもあるが。体は男子だしと思ってみたものの……この学園の生徒。何気におしゃれさんが多いので、最低限身嗜みは気をつけている。
いつかの栗拾いのときみたいにカゴを少し拝借すると、隣にいるグリムと予定を話し合う。
「なにを採るんだゾ?」
「食べれそうなもの。図鑑から書き写したメモで判断していけるかな」
「アバウトすぎるんだゾ」
「物は試しにていうし、やってみよう」
「それもそうだな」
海は祖父母の影響で釣りとかしたことあったが、実は山で食材取りとか初めてだ。おばあちゃんがタケノコや山菜とかキノコを取ってきてくれたりして食べたことある。その何年後かにこんな経験するなら、もっと教えてもらえばよかったな。思い出に浸りながら散策すること数十分で、グリムが飽きたと言って座りこんだ。栗の時と違って、目に見える場所に落ちてないからか。せっかくグリムの嗅覚と味覚で判定させようとしたのに見当外れだ。謎の物体食べるやつに託しちゃダメだろと、どこからかツッコミが聞こえるぞ。
「はやっ!開始10分でそれはないでしょ!」
「すぐに見つかると思ったんだゾ。動いたら疲れた、寮に戻ってごろごろするぅ〜」
「しょうがないな。じゃあ、自分はもうしばらくここにいるから、帰ったら洗濯物取り込んどいてよ」
「え〜」
「働かざるもの食うべからずです」
「しょうがねぇ。わかったんだゾ」
トボトボ帰っていく姿を見つつ、ぐるりと辺りを見回す。ちょっと迷子にならないかなと不安はあったけれどせっかくここまで来た。何か見つけて帰りたい。
あれから、体感時間一時間くらいでようやくソレらしいものを見つけた。ど素人はとことんど素人だと証明された。目の前で生えるキノコを、スケッチしたメモにある特徴と重要判断ポイントで見比べてみるがイマイチ自信が持てない。
「きのこ…山菜……これって食べれるのかな……?」
ちゃんと知識がないと無謀すぎたか。だいぶ奥の方まできてしまったし、日が暮れてきたとき遭難しそうで怖いな。学校の山で遭難なんてしたら笑い者間違いなし。自分はなにかと笑われる立場におり、開き直っているが、さすがにこれは恥ずかしすぎる。断念して帰路につくか悩んでいるときに背後で妙な気配がした。妙な威圧感を察知する。ここに着くまで、小鳥が囀っているいがい他の人や動物の気配はなかったはず。冷や汗垂らし、そっと振り返る動きしようとしたとき。
「ご機嫌様、なにやら監督生さん楽しそうで」
「ぎぃゃあああああ」
超耳元で聞き覚えのある重音ボイスが聴こえた。反射で前方に転がると頭を木にぶつけた。頭を抑えるべきか、バクバクと鳴る心臓を落ち着かせるべきか。痛みで悶えてその場で丸まっていると、また遥か頭上から言葉が降ってくる。
「ああ、痛そうだ」
まったくそう思っていない声音である。この人のことだ。自分がこんな行動をとることを予測していた気さえする。まずあんな狙ったタイミングそうそうないから。文句の一つでも言ってやると、いまだひかない痛みを振り切って背後を振り返った。
教えてもらった名前ではなく、心の中で読んでたあだ名がするりとこぼれる形で。
「ギザ歯先輩!何するんですか!?」
「ギザ歯?」
いつもの顎に手を当てて思案する顔で、彼は口端を吊り上げた。心臓がキュッと冷える。身体特徴をあだ名にしているのは、少々失礼かなと思ってたので気をつけていた。相手の受け取り方によっては、激昂する要素もあるし傷つけることあるから。なのに、ついに本人にそう呼びかけてしまった。
「リーチ先輩何するんですか!?」
「誤魔化そうとしてますね」
「ごめんなさい……悪意あっての呼び名じゃないんです!!名前を知らなかった頃に勝手につけてただけで、その名残で、チャームポイントだと思います!」
「別に怒ってませんよ。取り立ててるわけじゃないのに、顔を上げてください」
ちょっと誤魔化してみたがスルーなんぞしてくれず、座り込んだ体制を我が故郷に伝わるDOGEZAの体制に切り替えて誠心誠意謝罪した。苦しい言い訳を添えて。随時穏やかな口調で喋るギザ歯先輩だが、時折不可解な例え方をする。取り立て、アウトローな例え方だなと疑問。謎の物体を頭から生やしたヤンキーに囲まれて、殺気高めの喧嘩乱舞を行なっていた人物だ。藪蛇だと口元をキュッと締めた。そのまま顔を上げると、目の前の大きな先輩は楽しげに顔を歪めている。高角度から見るのでプラス見下し目線にも見えた。付き合いは短いが、やっぱこのヒト、カタギじゃないて思ってしまう。
「不思議な表情をしますね」
「先輩の方こそいつも通りの表情ですね」
にこやかな笑顔より、そちらの方がしっくりくる人だと馴染みつつあった。
ジェイド・リーチ先輩。通称・ギザ歯先輩。NRC二年生。
イケメンというか、美形のスラリとしたスタイルの持ち主でやたら背の高い人。それだけじゃなくて瞳がオッドアイで、髪が一房色が違ってて、笑った顔がちょっと凶悪なギザ歯が特徴な属性マン。しかもどっからどう見えても、人間なのだが実は伝説の人魚。まだ私はその姿を拝見していない。あとは兄属性とか、頭が良いとか、喧嘩が強いとか……とにかくキレたら怖いお方。出会うたびに属性が増えていく先輩No.1。実はヤベェ奴疑惑浮上中だが、まだまだ知らないお兄さん。
「ところで、そのキノコ食中毒起こしますよ?」
「うぇ!?」
「この時期に食べれるキノコは、この山に生えていません」
先ほど見ていたキノコは毒キノコだった。どうやらこの先輩、キノコも鑑定できるらしい。場所を移動しましょう、と腕を掴まれてあれよあれよと連れてかれる。足幅が違うので引き摺られつつ必死についていく。なんでこんな場所にいるのか聞きたい。場所を移してからにしよう。目の前の先輩の背から、頭から爪先まで見てみると、こういう時の服装もきっちり着込んでいた。バリバリの登山的な服装。さっきのセリフもあいまって玄人感。また違う一面。
(久しぶりに絡むなぁ)
校舎裏のキナ臭い事件から、パタリと出会わなくなった。先輩が私のところにこなくなったからだ。ちょいと語弊があるか。すれ違いで会うときはあるその時は会釈する程度。気になると探してしまうので探してみたが、考え直せばこの学園広いし学年は違うし、そんなに会わないのである。以前再会したときも日にちが経っていたし、接点がないに等しい。それなのに、お喋りできていたのはこの先輩が会いにきてくれていたから。そして、私は思った。この人のこと本当に何も知らない。クラスとか部活とかどこの寮とか、名前を知ってから知りたい欲求がでてくるばかり。引き摺られながら、どんな話をしようかと考えた。
「タコは好きですか?」
キノコの話をしているときに、急に魚介類の話になった。
「あれ?今そんな会話の流れしてましたか?好きですよ」
「貴方ならそう答えてくれる思ってました。僕も好きなんです」
そう返事をすると、ギザ歯先輩はにこにこ笑顔強めで笑いだした。好きな食べ物が一緒だと会話が弾むというやつ。
「好物の話でしたか。自分はたこ焼きとかタコの唐揚げ好きなんです。あ、この世界てたこ焼きあります?」
外はカリッと中はトロっとしているたこ焼きを思い出す。ソースに絡んだ鰹節や青のりと、ネギかけが好きだから際立つネギの甘さを思いだして、よだれがでそうになる。タコの甘みも食感も合わさった最高の食べ物よな。よだれは我慢できても、腹の音は我慢できなかった。
「……ふっ、たこ焼きありますよ。僕はタコのカルッパチョが好きなんです」
「あるんだ!?なんでもありなのか、食文化の流通がスムーズなのか……タコのカルッパチョかぁ、食べたことないんです。おいしいんですか?」
「おいしいですよ。機会があれば是非召し上がってください」
「食堂のビッフェで並ぶ時とかあるんです?」
「ありますよ」
「今度あったら食べてみよう」
少し笑いを抑えていたような気がするが気にせんとこう。先輩の返答に驚くが、食文化の流通がスムーズに行われているのだなと思う。先輩の好物であるタコのカルパッチョは、見たことないので刺身みたいなもんかなと想像した。
「タコをまる茹でして足に齧り付くととても美味しいですよ。素材の旨みが味わえます。ちょっとお行儀悪いですけど」
暴れるタコを締め、容赦なくまる茹でしていた亡き祖母を思い出す。
『他生物の命を頂きながら、人間は生きているのよ』
だから命に感謝して食べないさいと、朗らかに笑っていたな。その顔に似合わず豪快に茹でたタコ足に齧り付いていた。祖父はマヨネーズたっぷりつけてた。
「………ふっ……ふふふっ、監督生さんはウツボだけでなく、タコの天敵でもあるのですね」
「ど、どこにそんな笑う要素が?自分だけが天敵ではないと思うのですけど、海の生物からしたら雑食の人類なんて天敵では?」
「あはっ……まる茹でして齧り付く人間がいると初めて知りました」
「食文化の違いてやつですね。というか、先輩キャラ変わってません?」
「おっと、兄弟の笑い方がでてしまいましたね」
きっと先輩のご兄弟もクセの強い人物なんだろう。他にタコの食べ方はないのかと楽しそうに聞いてくる姿は、無邪気な悪気のない子供のようだった。大人びた先輩の十代に見える年相応な姿だった。
「今度タコの差し入れでも?」
「おお、え、生きてるタコはご勘弁を!」
「なぜです?」
(前に生きたビチビチのお魚を差し入れしてくれたことがあったな〜)
「あいつら生きるために必死なので、ありとあらゆる抵抗見せてくるんですよね。小さい頃に活きのいいタコが飛びかかってきて顔面に吸盤が張り付いて、それはもう引き剥がすのに大変で、危うく病院に……て、先輩!?顔こっわ!?いつもより十倍人相がヤバイことになってますよ!?」
「………おや、笑ってましたか?」
「え、それ笑顔なんです?」
とりあえず、確実に人をアヤめた顔はしていた。本人は普通に笑っていたらしいけれど、今日はいつにも増して表情が豊かだなと思うことにした。
「……で、コレとコレは似ていて誤食すると危ないんです。危険性はまだ低いですが、初級治癒魔法の範囲で治せますし、腹下しを直す魔法薬でも常備して用心しておくに越したことはないですね。それでも保健室に行くのが一番いいです」
「ここの保健室て病院も兼ねてるんですか?こっちのキノコ見たことないですね」
「この学校の周辺の環境の要因もあるのですが、名門高ですので保健室の先生は医療従事の資格も持ってらっしゃるそうです。こっちのキノコは食べれますよ」
「なんでもありですねNRC!て、ことはこれは初収穫ですか!?」
「収穫しましょうか」
ただいまギザ歯先輩のキノコ講座〜魔法常識風味を添えて〜を講習中です。先輩自身のことより、キノコの方の知識が増えていく。嬉しいは嬉しいんですけどね。そのキノコの話もタメになるからすごいや。今までよりものすごく楽しそうに語るものだから、水差すのも悪くて聞いちゃってるよ。それにところどころ入れてくる魔法知識も面白くて聞くのが楽しい。あと質問すると快く答えてくれるのもいい。たまに馬鹿にしたような態度だったり、誤魔化されたりしますが。
「自分のイメージで治癒魔法て難易度の高い魔法だと思ってたんですが、先輩はそれも使えるんですね」
「えぇ、よく使うので習得したんです」
「この学園ガラが悪いから生傷たえないですしね」
「ふふ、そうですね。自分で治せると便利ですよ」
(あらやだ、よく見ると目が笑ってなーい⭐︎)
最近気付いたんだけど目が笑ってないときは、ちょっとつつかない方がいい雰囲気がある。それ以上は追求しないことにした。触らぬ神に祟りなし、この先輩とのつきあいはなるべく慎重にしておこう!とヤバイ奴かもと気づいてから心掛けている……できるのかな?話を逸らすように内容を魔法薬に変えてみた。この先輩は魔法薬学に詳しいので、ぜひ聞きたい。次から次へと慣れた手つきでキノコを収穫していく先輩は、世間話のように言葉を紡いでいく。私と会話しながら同時進行で、注意点も言ってくれてるが脳処理が追いつけず。
「図書室にある魔法薬学の初心者用の本でオススメがあるんです。興味があるなら教えましょうか?」
「初心者用の本あったんですか」
図書室へは幾度も足を運んだが、その分野の初心者向けの本があるとは……チェックしてない!クルーウェル先生にでも聞けば早く知れたかもしれない。
「ここは魔法士育成学校なので、本格的に魔法薬学を習うとなれば例外を除いて入学者はほぼ初心者ですーーー特に貴方には。禁術クラスの魔法薬で魔力を必要するもの以外なら、基本魔法薬学に必要なのは魔力より知識です。魔力が皆無の貴方にぴったりの学問では?」
収穫していた手を止め。こちらの方へ顔を向きジッと見つめ、あいかわらず口端を吊り上げている。こちらの反応を伺っているように思えた。どういう返答すればいいのか、困る表情だ。聞きようによっては棘のある言葉だが、的確な助言くれたような気もする。目から鱗とは言ったもんだ。だってその言葉は自分にとって、魔力皆無でもできることがあると、背を後押してくれるようなものだったから。魔法薬学、興味はあれど実力は追いついていないのでちょっと悩んでいた。
「それっていっぱい勉強すれば極めれるということですか?」
「それは貴方次第かと」
「エレメンタリースクール以前の常識しか持ってないとか言われてる奴でも、挽回可能ですか?」
「おや、思ったより酷い。深刻な状況ですね。やる気があるなら大丈夫じゃないですか?」
「あれ?急激に投げやりになってません?でも、先輩のおかげで自信が湧きました!目標が見つかった気分です!ポーションマスターを目指してみます!」
「ポーションマスターとは……あいかわらず効きませんね」
「アドバイスにしかなりませんよ?」
「いつでもおめでたいようで安心します」
「褒めるなんて…急にデレないくださいよ」
「どこをどう解釈したら、そう受け止めることができるのか。意味がわからないです」
「自分も先輩がハイスペックすぎてわかりません!」
この人の知識の守備範囲広すぎる。脱力した雰囲気のまま時間が過ぎていく。緊張感て続かないもんだ。ついでに何故こんなところにいたのか聞いてみる。もろもろのインパクトのせいで、すっかりその疑問が吹き飛んでいた。聞けば元々山を中心に活動する部活に入ってるそうで、今日は珍しく休日に訪れていたそう。いつもは、シフトやら寮関係の仕事のなんやらで忙しいという。アルバイトしてるのは少しびっくりした。ここてアルバイトできるところあんのか。サムさんのところしか思いつかないや。だから、会えるときと会えないときの差が激しかったのか。この前オンボロ寮に訪ねてきたりしてきたけれど、忙しいのに自分に時間を割いてくれるのは純粋に嬉しい。
「リーチ先輩の貴重な休日だったのに、邪魔してしまいましたね」
「話しかけたのは僕の方です。山で人に会うのはあまりないので珍しくて。どうしてここに?」
「恥ずかしながら、学園長に入山許可を頂いて食料を探しに来ました」
「テレて話す内容ではないと思うのですが?sしばらく話さない間に生活が困窮しているとは」
「自分、無一文の異世界人なのでそりゃまぁ色々あるんですよ。行動にうつしてみたものの、ど素人なので悪戦苦闘しててちょっと遭難しかけていました。リーチ先輩に出会えて助かりました。その上、山にも詳しいなんて……先輩、もしや人魚じゃなくて山の妖精では?」
「人魚です」
真顔で返答されてしもうた。
「僕は飲食店で給仕の仕事してるのですが、貴方もどうです?どんくさくても裏方の仕事なら山ほどありますよ」
「なんか先輩、余計な一言多くなりましたね」
金に困ってる話題のときに、そんな提案してくれた先輩。口利きできるという立場と聞いて、ますます疑問が膨れる。一つ年上と聞いたけど、そんな十代が経営に関われるもん?
「……やっぱり年齢詐称しています?」
「詐称していませんが?失礼ですね。そろそろ絞められたいと、ご希望で?」
「申し訳ございませんでした!肉体言語のスキンシップはお断りでっす!!」
「残念だ」
残念というには、大変物騒な表情してらっしゃった。
お誘いはお断りした。先輩の言う通り、どんくさいのでスピード重視の飲食業で働く自信はまだ持てない。それから人手が足りなかったら、接客に出なくちゃならなかったら目もアテらない。ようやくコミュ症が改善されつつある人間の言い訳だった。
マドルはいくらでも欲しいし、社会経験はつんどきたいなと思う。
裏山から下山して、場所は打って変わって植物園の一スペース。
先輩はここで採取してきた植物を観察したり、育てたりしてると聞いた。机に置かれているものや、棚に置いているものを見回す。あたりには植物園に植えられている見たこともない植物。私の生活状況を知った先輩が、育ててるキノコをお裾分けしてくれるというのだ。一つ返事で食いついた。食べ物に関して、グリムに負け劣らず意地汚くなってきたな。
「秘密基地みたい」
「可愛らしい例え方だ」
「笑いながら言わないでくださいよ」
手の中に持ったザラの様なものに、見たことないようなキノコが山盛りにされている。衝撃的な色彩とか変な形とかは無い。
「これって、食べられるんですか……?」
「不安ですか。品種改良をしてるので〝毒〟は無いですよ」
「ほ、他の部分は?まぁ、食べますけど」
「結局食べるんですか」
「お腹は強いので!相方も得体の知れないもの食べても平気な腹の持ち主ですし」
「言外に食物人体実験の了承を得ていると判断していいですか?」
「どうして物騒な例え方をするのか」
「冗談です」
「絶対、冗談言ってない!目が笑ってない!まぁ、食べますけど!」
「きっと貴方はしぶとく長生きしますよ」
先輩は人外っぽくケタケタと嗤っていた。大きな口から見える、ギザギザの歯は上下が見えている。魚の歯が鋭いことを思いだして、人魚なんだなと連想した。貴方は長生きしそうだと言われて、先輩自身のことが気になった。
「先輩は人魚だから長生きなんですか?」
人間の想像でしかないが、古来より人魚や妖精といった摩訶不思議な存在は寿命が長いと決まっているのだ。この先輩が長命だとしたら胸アツすぎる。
「……監督生さんは、よほど人外が好きでいらっしゃるのですね」
我慢できなくて不躾に人魚の話題をふると、先輩の様子が少し変わった。いきなり無遠慮だったかと謝罪をしようとたら、思わぬことを言い出した。
「僕の本来の姿見たいですか?」
図書室で嗤った年齢不詳の妖精の先輩の姿と合わさった。ごくり、と唾を飲み込む。藪蛇だとわかってるし、踏み込みすぎたら取り込まれてしまいそうな異様な雰囲気とも気付いている。ニィと嗤う何度目かの先輩の笑顔を見て、自分はこの先輩のこの表情が好きだと気づいた。この人を喰ったような笑みが好きなのだ、と。
昔から人ならざる者に興味があった。その存在になりたいとかじゃなくて、人間が気づかないところで、別の存在がいると、共存していると思いたかった。そしたら、それは素敵なことじゃないか。そういう話をすれば、変わった子だとか奇妙な目で見られるのはあたりまえだったけれどーーーこのどこからどう見えても、人間にしか見えないヒトは、理知的に魅せた瞳でこちらを覗いていた。
「正直見たいです。見たいんですけど………自分まだそのお姿を拝見できる立場ではないと思うんです!
「は?」
「まだ姿を晒す段階ではないと思います!」
「は?」
「過程を踏んで見せて頂く必要があります。自身を安売りしてはいけません。人魚ですよ!人魚!伝説がほいほい現れたら危ない。万が一けしからん輩に見つかったら危ないですし」
好奇心に負けそうになりながら、魅力的なお誘いを辞退した。やはりお姿を拝見するのには、もう少し距離を縮めてから正式な手順で見せていただくのが筋だと思う。それにこういう人外さんを、つけ狙う悪い組織とかいたりするんだ。あとお姿拝見して、平穏に生きてられるとかお気楽に考えてはいけない。人外との取引となると、私の中の黒の歴史が囁いている。ちゃんと覚悟は決めているの、かと。うっ、頭痛が。覚悟ってやつが、私には足りないのだ。あと、万が一何かあったときな命綱的なものは用意しておいた方がいいとも思う。
「なにやら、盛大な勘違いされているような気がします」
「そうですね。見る前は心の準備が必要です」
「大げさな」
「不意打ちは駄目ですよ。興奮しすぎて心肺停止したらどうするんです」
「貴方の心臓脆すぎでは?」
「別の人外さんの登場に意識飛ばした前科があるので自信があります」
「自信の使い方間違ってますね」
「来るべき時にお願いしますね!」
「勿体ぶるつもりもなかったんですが……また来るべきときやらに」
さてさて、もうすぐ夕食の時間になってきていた。キノコを使う美味しいレシピのメモを頂きながら、大切なことを忘れていた。先輩とつきあっていくのには、等価交換(言いたかっただけ)が必須。なのに先輩からそれが出てきていない。忘れているだけなのか、純粋な厚意なのか、それか後で利子が膨れた対価は要求されるのか謎なところ。
今日は本当に恩義を感じている。保護してもらったり、キノコ講座を受けたり、向いてる教科のアドバイスをもらったり、始終施しを受けている一日だった。今回の対価は何しましょうかと相談したら、面を食らったような表情している。
なんだって!?純粋な厚意だっただと!?
「あの先輩なのに!?」
「失礼ですね。僕だって貴方を憎からず思っていますよ。好意10%くらいはあります」
「少なっ!?いや、あえて多いのか?」
「普通に少ないですよ。そうですねぇ、お礼はこのキノコの味の感想を頂ければ」
「え?そんなんでいいんですか?」
「僕の周りには一部いがい、あまりキノコのことをよく思っていない人たちがいるので感想は貴重なんです」
キノコ嫌いな人が多いのかな。そこまで言うと実は人体実験させられるのか………ありそう!
「それに、いい気晴らしになりました」
その言葉があまりにも優しい口調だったので、どうでもよくなってしまって自分は単純だなと笑ってしまった。ギザ歯先輩が山に詳しいのは意外だったけれど、あそこで出会えたのはよかった。
「山が好きなんです」
彼のーーーギザ歯先輩の意外な一面を知った日だった。
「大量なんだゾ!!」
基本的に食い物なら食いつくグリムは目をキラキラさせている。
「グリムが帰った後に、知り合いの先輩に出会ってね。お裾分けにもらったんだ」
「ふーん、リドルたちいがいに知り合いがいたのか?」
「あ、うん。一応、ね」
すぐにそれに興味を失せたのグリムは、今日の夜ご飯の話をする。それに相槌をうちつつ、あたりまえの話題しなかったなと思いながら、調理しようと包丁を手に取る。
最初に名前をスルーくらいなので、基本的なプロフィールも聞くのを忘れた。
新しく情報が更新されるのは、あと少し。夢見るファンタジーオタクはある意味ロマンチック()な出会いで、約全長4メートルの巨大水棲生物二匹に、ホラー映画顔負けの水中追いかけっこを強いられるとは夢にも思っていないーーーまだまだ、先の話。