短編
今日は色々あっておちこんでいた。
ポジティブに生きていても、ネガティヴになるときだってある。
深くこの世界に関わっていけば、まわりの態度が軟化していくのを肌で感じた。ナメたくないから、魔法が使えないからとかそんな気持ちでいたくないから必死についっていった。いくどもオーバーブロットする寮長たちとみんなと一緒にむきあってきた。
ーーーでも、己の無力さを痛感する
そんなドン底に落ちこんでる日になぜか、いつも現れるのだ。
いつものように、真夜中に寮の外で月を見ていたら。
箒片手に夜の散歩に付き合えと、魔法みたいに彼は現れた。
月が綺麗な夜。夜風もちょうど良くて、木々のざわめきいがい静かだ。
地についていない足を、空中にぶらぶらさせてみる。地面は遥か下、むしろ月の方が近いんじゃないかとすら思う。箒の乗り心地は最高だ。尻が痛くない。
「ツノ太郎さんは何者なんですか?」
落ちないように背後で密着して箒をコントロールする人外さんに聞いてみた。
夜の空中飛行の提案者で、堂々に校則違反ぶっちぎり1位。
「それは僕のことか?」
疑問を疑問で相殺された。やっぱり怒るよね!ふざけすぎてるよねーーー!ていうやりとりはもう済んでいる。彼もこの呼び名に慣れてるように返答するので、二人の間の決まった戯れみたいなものだった。
「はい。だって過去に生徒がふざけて大怪我したから箒の二人乗りは禁止にされているし、何回もこうやって空中飛行してますけど、校則違反ぶっちしてます。でも、今の今までバレてないんですよね。呼び出されていないし…不思議に思いますよ」
と言ってみたものの、別にそこまで気にしていない。10億のシャンデリアを壊した一味にされてるぐらいだ。半永久的ナイトレイブンカレッジに刻まれている。不名誉だ。まあ、あれだ。痛い目にはとっくに経験済みです。
「それなのにこんな危険な行為なのに驚きの安全運転です。この学園には割と長くになってきましたけど、こんな飛行術使えるのあなたくらいしか知りません。なのに自分はあなたが何者であるか知らないんです」
飛行術が得意な人たちなら知っている。私が知らないだけで、たぶん他にもいるのだろう。
「ツノ太郎さん、もうそろそろ名前を教えてくれませか?もう降参です」
「好きに呼べばいいと言っただろう」
「で、呼んでるあだ名がツノ太郎ですよ!いいんですか本当に!?それにあなたについて知っていることて、魔法がすごくて角がついてる人外さんで頭と顔がいいディアソムニア寮所属ぐらいですもん」
「それで上等じゃないか。初めて会った時は何も知らなかっただろ…あの時の世間知らずさを思い出すな。むしろ僕は驚いている。あれから長くこの学園にいるというのに…なぜわからないのかを」
「だから、降参して聞いているんじゃないですか…。あ、思いだした。あの時も私のこと珍妙な生き物を見る目で見てましたよね。失礼なことしてくる輩が多いから、あの時の仕草はスルーしてましたけど、今思い返せば…!」
「身を乗り出すな。落ちるぞ」
「ぐっ!」
「…お前のためだ。僕のことについて知らないほうがいい…その方が今の関係でいられるからな、周りのこともも何もかも気にせず」
「…はーい、了解です。ちぇ、今日もダメですか…」
そう言われてしまえば黙るしかない。今日も、正体も名前も知れなかった。
いつも意味深くな発言でのらりくらりとかわされて、追求するをやめてしまう。だから、彼の情報更新は止まったまま。
これだけ広い学園でも大型行事があるのならどこかで会うだろうと思ってた。なにがなにやら、奇跡的にすれ違い続けるのか、未だこういう時いがい会わないし。まず誰かといる時鉢合わせない。人がいる時にも見当たらない。派手で変な人達が多い学園だけどこれだけ目を惹く容姿の相手を見落とすわけがない。
本当に何者なんだ。
腕章ついては、出会ったときは腕章の色を把握していなかったからわからなかったが、あとからディアソムニア寮所属のリリア先輩の制服を見て気づいた。それなら早くにわかるだろうと勇気をだしてリリア先輩にそれとなく聞いて見ると、心当たりがないと言われた。手がかりが一瞬で消えた。
意気消沈する私に、悪い顔で嗤うような表情でギョッとしたのを覚えている。それから一つ先輩は『ディアソムニア寮のOBかもしれない』と新たな手がかりをくれたので感謝だ。だけど『こっちてOBでも制服着て訪問するんですね、ちょっと勇気が入りますね』と、元の世界じゃそれがコスプレになるから自分の母校のことを考え、ひえっと自分だったらと思ってしまった。
ポロリとこぼれたその疑問、リリア先輩は表情を一変して目をまんまるにしながら、からからと笑って言う『手っ取り早く知りたいなら、ディアソムニア寮に来るといい。ただし一人で』その提案、ありがたく感じつつ丁重にお断りした。ディアソムニア寮のことをよく知らなかったら行かせてもらっただろうけど、独特な雰囲気の特殊な寮だから魔法の使えない私が単身で乗り込むには覚悟がいった。それにそんなことになったらグリムは絶対ついてくる。いつものようにとんでもない騒動になること間違いなしだ。迷惑かけること間違いなし。これまでハーツラビュル寮筆頭にいくつもの寮で大小の事件が勃発したのだ。何度叱られたか!
…そういう訳で、唯一の強力な手がかりを自ら潰してしまったので、もうお手上げ状態。当の本人もこの通り。
時間だけがすぎて関係はずっと奇妙なまま。
「ま、いっか」
箒に二人乗りさせてくれるくらい、心を許してくれているのだから。
嫌われてはいないだろう。
それに、今の雰囲気も嫌じゃない。世間知らずとはよく言うがほぼ私のことを心配しての言葉だったり、魔法が使えないやつなのに色々魔法やこの世界のことを彼なりに教えてくれた。
「…結局どうでもいいじゃないか。それにさっきまで〝落ち込んでいた〟はずが、もう元気だ」
「あなたのおかげですよ」
自分はこの世界で、なんだかんだ巡り合わせがいいのだ。