強制的に自覚させられた


 サマーホリデーが終了して、新学期の準備に奔走する日々。

 ホリデー前の騒動も、裏で大人たち動いたのか秘密裏に処理され、表向きは変化はなく学園はいつも通り開校されている。その前に、校内でも有名な人物たちが22名性転換して監督生に構うので、男子校は混沌と化した。その騒ぎは、オンボロ寮の監督生の仕業にすり替えられ、ある意味嫉妬の嵐に巻き込まれていた。どこまでも不憫な体質である。
「予定調和は嫌いですけれど、平和な日々もたまにはいいですね」
「あんな面白くないやつは、オレもヤダし」
「……頼んで置いて言うのもなんですが、今期の新入学生の個人情報をまとめあげた書類を渡すときに、言う台詞ではないですよね?」
 現在進行で手に持つ重みのある紙束と、前方にいるにこやかに微笑むウツボの顔に視線を彷徨わせる。人通りの少ない場所でされるやりとりは、いつも通りのオクタヴィネル。
「今回は彼らの性癖も調べあげたので〝何か〟あったときのために、対策は万全ですよ」
「最悪な方向にパワーアップしたな」
「イデアさんも協力済みですよ」
「イデアさん!?」
「監督生さんの、あの一件ですっかりトラウマになったようで、知人以外の在校生の性癖を洗い出しているようです。少しでも、彼女にそういう不届きなことをする輩は、社会的に抹消するそうですよ」
「知人以外というところが良心的なんですかね?それなら、僕らも該当しそうな気も」
「僕らは実績があるので信用されているということでしょう……本当のところ『知り合いの性癖知るとかキツイッすわ〜』とおっしゃっていましたね」
「知り合いに知られる側もキツイですよ」
 一線を引いていたはずの部活の先輩と幼馴染みの関係に微妙に変化していたことに、喜んでいいのか悩んでいいのか。監督生を取り巻くNRC生たちは、そこかしこで生徒間の関係が変化していた。ホリデーはというと、彼女の関わりのある関係者たちは、庇護が加速してホリデー中熾烈に取り合い一歩手前にあったが、ローテーションでそれぞれの故郷に同行することで落ち着いた。もちろん学園長及び教師陣も含まれてる。
 彼女に危害を加えた輩は、最終的にどう処理したのかは割合しておく。察しのいい知り合いたちが、奴らが海難事故にあったと聞いたなら。真っ先にこの三人組だと疑われるだろうが、藪蛇はつついてこないだろう。
「そういやさ、アズール。あの話曖昧になったけど、どーなの?」
「そうですよ。有耶無耶にしていますが、そこのところどうなのですか?」
「大方、お前たちにも監督生さんにも伝わっているのなら、いいではありませんか」
「よくねーよ。小エビちゃんのこと好きて言えよ」
「そうですよ、言葉にはっきりした方がすっきりするでしょう」
「なんですかそのノリは」
 あの場で、狸寝入りしていた奴らも好き勝手に言っていたが、訂正のしようがない。結局そういうこと。この先ずっと囲い込むくらいしなければ、彼女は守れない。手に入れられるなら互いに利用し合う。そこには、人間の言う情も含まれている。
「アズール先輩!ちょうどよかったリドル先輩が……」
「彼女のことは、その好きですよ。すっ飛ばして、色々ぶち撒けていたでしょう……何、いまさら」
 聞き覚えのある声が聞こえたような気がする。背後から。前方にいたウツボたちが満面の笑みだ。
 ──ハメられた!!背後から近寄ってきているタイミングでハメられた!!
「だってぇ、小エビちゃん。アズール、好きだって〜〜!」
「騙し討ちのような気もしますが、大事な部分ははっきりさせた方がいいですよね」
「おぼぼぼっあばっ!?」
「ぶなあああ!?腕が腹に食い込むんだゾッ!?」
 背後にいる存在は人語を喋っていない。今はお馴染みの魔物の言葉の方が状況を把握できている。
「おまっ、おまっ!お前たちだって、すすす好き、だと」
「オレ、毎日言ってるもん。ねー、小エビちゃん。好きだって言ってるよねぇ?」
「フロイドと区別するため、僕もサブリミナルで言っていますよ。寝ているときとか」
「うわぁ、ジェイド。意識ないときとかヤバくね?」
「耳元で囁いているだけですよ?」
「はい、アウト〜」
「そっくり兄弟!そのことでちょっと話があるんだぞ!この前目が覚めたら、お前の顔面ドアップとかホラーだったんだゾ!!」
「グリムくん、酷いですね。悲しいです。しくしく」
「色々決め事したといういうのに、お前は何しているんですか!」
「目覚ましですよ」
 悪びれもせずしれっと答えるジェイドは、実に楽しそうである。規約スレスレの位置で、アプローチしているようだ。フロイドの方は健全に振る舞っているようなので、片割れの行動にちょっと引いている。相方が言葉を発さなくなり、代弁するようにグリムが抗議していた。
 深呼吸して、後ろを振り向いた。
 顔面を真っ赤にして振動している少女の姿に、こちらも釣られて恥ずかしさが増す。バッチリと合った瞳は、そのまま見つめ合う形になってしまう。
「改めて先輩の口から好きて聞いちゃったら、ドキドキしますね」
 照れたようにはにかむ姿は、思ったことをそのまま伝えており。
「〜〜〜〜っ!ああああ!」
 心拍数が上がって頭を掻き毟る。ボトリと、手に持っていたものは落ちた。
「アズール先輩!?」
「どっちにしろ、めんどくさい男ですね」
「ジェイド……オマエ、辛辣すぎるんだゾ」
「うーん、小エビちゃんに関わると、本当……格好つかなくなんね」
「私のせい!?」
 以前と関係はあまり変わらないが、変わった部分もある。僕ら三人を見かけると、可愛らしく照れくそうに笑うこと──少し女の子らしく振る舞うようになったこと。
 
 意識されている、今はそれで充分にしておこう。
 
 ──そうじゃないと、彼の心が持たなかった。





 空気を読んだゴーストと年齢不詳の大人は、ヒヤヒヤしながらも危うい子供達を見守っていた。そこには混じらず、仮面の下で目を細める。
 ああいう風に言ったが、彼を焚きつけるには充分だったようだ。
 クロウリーは、彼女の帰還方法は見つけている。いつでも帰れる類のものだが、行き来できる確証はない。そこはまたおいおい見つけていくとして、問題なのは、決着をつけないままこの世界を去ってしまったら、それこそ血生臭い悲劇で終わる。  
 彼女にとって帰れることが幸せなのかもしれないが、もう少し付き合って頂かなくては。

「若いっていいねぇ……」
「お嬢ちゃんに、バイオレンスなモテ期が来そうだね」
「ヤバイ奴に好かれたもんじゃなぁ。これはサマーホリデー、あの子らの実家に連れていかれそう……学園長、どうする?」
「させませんよ!?私のバカンスに連れて行きますよ!!監督生くんは、猛獣使いも極まりすぎですよ!!!」

 ──帰る手掛かりをようやく見つけたところだったんですが、このタイミングで言うと私の身が丸焼きにされそうですね……行き来できる方法も改めて探さなくては。

 鴉は頭の中でぼやく。
 すべては、ヴィランのハッピーエンドの為に。
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