強制的に自覚させられた


 これは、少女が知らない──裏側の話。


 彼女を害した存在は、一人残らず水底に沈めてしまおう──それを彼女に見せる訳にはいかない。
 直にあられもない懇願する姿を見て。大切にしている人間を壊された、あの兄弟が黙っているはずがない。片方は破壊を、片方はそれを見せつけるのを、辞めさせなければならない。陸は海と違ってルールが多い。やりすぎると見逃してもらえなくなる。例えドス黒い怒りに呑まれそうになっても、理性を飛ばしてはならない。
 学園長を始めとする各所大人たちに、彼女を保護したと『報告』する。この広い学園でもこれだけの騒ぎだ。彼女たちの抵抗に気づいた者もいるであろう。
 彼女が叫びだした時点で、独自に開発していた防音魔法はかけてある。廊下の騒ぎは部屋にいれば聞こえないはずだ。自寮の生徒には、指示を出した者以外部屋から出るなと通達した。他の寮より人魚が多いこの寮は、海のルールを暗黙で敷いている。ここは自己責任を掲げる場所。好奇心の強い馬鹿以外、興味本位で覗く奴はいない。
 連絡はした。体勢は整えた。
 ソレが陸で息絶えようする前に急いでその場へ向かう。

「来るのが遅いですよ」
 目元を隠して魔法で気絶をさせる。正気でいさせるにはあまりにも可哀想だ。ジェイドから引き離し、できるだけ優しく抱きしめる。フロイドの服を着ているが、大きすぎて肌けた部分には痛々しい傷が見える。全身はボロボロだった。
「学寮の長とはいえ、責任のある立場は色々することがあるんですよ」
「で、アレは沈めてもいいんですよね?一人くらいいいでしょう?」
「よくない!ひとまず上の方に引き渡し、陸式の処罰を受けさせてからほとぼりを冷めた頃に動きます。今は我慢しなさい」
「僕、虫の居所が悪いんですよ」
 彼らに『仕事』を頼む以上に、人体から鳴っていけない破壊音が聞こえた。フロイドは完全に理性をとばしていそうだが、ぎりぎりのラインで生存させている。その光景を問答無用で少女に見せていたジェイドに非難の目を向けたが、素知らぬ顔をしている。むしろこちらを非難した目で見てきている。瞳孔ももれなく、かっぴらいていた。理性をとばしているのは此方の方か。
「あはっ、ジェイド〜ガチギレじゃん」
 嬲るのに飽きたのか、気だるげな垂れ目の表情で返り血のついた、上半身裸のフロイドがこちらへと寄ってきた。後方にいるソレはぴくりとも動かない。
「コロしてはいないだろうな?」
「ヤってねーよ。アレ、図体がデカいから、その分無駄に頑丈みたい。簡単に壊れてもらっても困るし」
「それは困りますねぇ。僕だって〝まだ〟何もしていませんし」
「お前たち無駄口叩いている暇はないですよ。僕は彼女の傷の手当てをします。フロイドはこちらに向かってきているグリムさんの保護を、ジェイドは学園長か彼女の担任のクルーウェル先生とお話ししてきてください」
「………わかりました、頭を冷やしてきます」
「小エビちゃんから離れたくねーけど、アズールが一緒にいるんなら大丈夫かぁ。じゃ、ちょっとアザラシちゃん迎えに行ってくんね」
 アズールに大人しく従うのは、まだ働く正常な部分故か。二人は与えられた指示に従いその場からいなくなる。アズールは少女を横抱きして自身の部屋へと連れ帰る。これ以上、今のこの姿を誰にも見せたくはなかった。これから彼女を治療という名目で、どこまででされたのか確認しなければならない。この時ばかり『証拠』という言葉に嫌悪した。
 自身の部屋に連れ戻り、一通りの『証拠』記録すると丁寧に治癒魔法で治していく。恋人でもない異性である自身が、隅々まで裸を見るのは居た堪れなかったが興奮はしなかった。   
 早くこの傷痕を治してやりたいと焦るばかり。
 あぁ、でも、最悪の事態は避けたようだ。少女の体に性的暴行の痕は見られない。暴かれる前に必死に抵抗したようだ──そうだ。そうだった。彼女は、考える限りの最善の方法で抵抗する気概の持ち主だった。
 治療し終えたあと、すやすやと寝息を立てる少女の頭を撫でる。
「よくここまで、逃げてこれましたね。頑張りました」
 彼女のあの叫びは最後の抗いだったのだ。どういう経緯で自分たちに助けを求めたのかわからないが、彼女にとって安心できる存在だったのだと、そう思うと泣きそうになる。
「貴女が諦めなくて、よかった」
 起きているときも、こんな風に接することができればいいのに──いや、これからは、もっと素直に表そう。想いを伝えよう。二度と後悔しないように。それでも、嫁入り前にこんな目にあってしまったのだ。心の傷は深いだろう。もしかしたら、過去にも似たような目に遭っていたのかもしれない。ならば、あの頑な性への否定的な理由も察することができる。
 もしそれが理由で何かを諦めているのなら。

「下心ですね。こんなの」
 
 その時対峙して素直になれるのか、自分自身に甚だ疑問だった。





 朝日が上り始める頃。転移魔法で現れた来訪者は、かつてないほど怒り狂っていた。ヘタしたらオバブロ事件以上に厄介か。
「リーチの片割れに聞いた。アーシェングロット、僕の友人はどこにいる」
「殺気全開で詰め寄らないで下さい。僕のベットに寝かせています。いくら魔力がないとはいえ、それではさすがに起きてしまいますよ」
「………すまない」
「いえ、僕もはらわたが煮えくり返っていますから、気持ちはわかります」
 お互い無言になり、気まずい雰囲気が流れる。マレウスはそっと気配を鎮め近寄り、寝ている少女の頭を撫でた。さっきと打って変わって優しげな表情だ。
「危険な目に遭いそうになったら、僕を呼べと約束を交わしたことがある」
 静かな声でポツリポツリと語り始める。
「この子に、強固な祝福でもくれてやろうとしたが断られた。この世界と結びつきを強くするわけにいかないとな。それならば、簡易的な措置をとった。それで十分だと思った。それを阻害できる呪物を使用されたのは驚いたが──人間とは欲深いものだ。良くも悪くも想定以上のことをする」
 一つの疑問が解消された。この学園で、彼女を気にかけていただろう存在が登場しなかった理由がそれだったのか。世界屈指の魔法力を持つ妖精を欺くほどなら、人の流域にいない者も関与している可能性が出てきた。
 ──わかっていたはずがなのに、帰りたいとわかると苦しいな
「色んなことに巻き込んでしまったが、せめて記憶が残るように施して楽しい思い出を持たせて、帰してやるのもいいとすら思っていた」
 上から目線の言葉だが、そこには妖精なりの慈悲がある。マレウスなりの優しさだった。優しげな表情から嘲りの表情に変えて、その妖精は嗤った。
「主犯格は僕を見て怯えていたよ。想いを通じ合わせず、欲を優先させた人間なんと愚かなことか。妖精のお気に入りに手をだしたのだから未来に希望はない。まぁ、断罪してやろうとしてクロウリーに止められたのでな、軽くマジナイを授けてやった」
「………どうして、それをわざわざ僕に?」
「お前はありとあらゆるものを利用して、欺くのが得意だろう」
「嫌な評価ですね」
「僕は時期妖精王だ。許せないが、僕の私情で人間と妖精の関係をこれ以上乱すことは許されない。だからお前に託すとするよ。人魚である、お前に」
「託すって」
 言うだけ言って、最後にマレウスは少女を一撫ですると姿を消した。
「………立場のある方は大変ですね。行き場のない怒りを押し付けられたような気もしますが」
 存外、自身はあの妖精に認められていたようだ。

「アズール、ただいま〜」
「戻りました」
「一緒だったんですか?中々遅かったですね」
 マレウスが去ったタイミングで入れ替わるように、ジェイドとフロイドが戻ってくる。フロイドの腕の中には雑に担がれたグリムが、ぐったりとしていた。ジェイドの方はやけに静かだ。
「ん〜?オレの姿見たアザラシちゃんが気絶して回収してから、なんか暴れ足りなかったからさぁ、オンボロ寮にいる残党を絞めようかなと思って寄ったら、センパイが大暴れしてやんの。学園長が必死に止めてるし、なんか巻き込まれた。寮が壊れそうだったからさぁ、ヨウセーのマジギレヤベェね。イシダイせんせぇとか、やってきて後任せた。センパイに小エビちゃんのこと伝えたらから、ここに来たっしょ?」
 リーチの片割れとはフロイドのことだったのか。てっきりジェイドだと思っていたが………外は外で凄まじいことになっていたようだ。やはりあの妖精、相当怒っていたな。ガチギレだったはずのフロイドが、冷静になり止めに入るくらいだ。
「アザラシちゃんもオレもすげぇ汚かったから、洗い流してこんな時間になったんだよね〜。小エビちゃんも治った?」
 フロイドは、ベッドの上ですやすやと眠るその姿を見て、担いでいた毛玉を腹の上に優しく乗せてやってる。少し息苦しそうな表情になった。それから、掠れた低い声でぼやいた。
「屑どもが言い訳に〝未遂〟だって言ってたんだけどさ、そんな問題じゃねんだよなぁ」
「そういうこと、でしたか」
 話している最中に怒りを思いだしたのか苛立っていた。反省などないに等しい言葉だ。やはり秘密裏に処理する準備は進めなければならない。
「ジェイドはやけに静かですね?」
 吐き気のする気持ちを抑えてジェイドへと話をふる。いつもならこの男はすぐさま報告するのだがずっと無言でいた。たしかにこちらもキレていたが頭はもう冷えているはず、長年の付き合いで、この様子にさらに嫌な事実を知りそうだと思いながらも、聞かないわけにはいかない。
「あの後、学園長室へ行く途中バタバタした先生方に遭遇して、こちらの〝経緯〟を話したんですよ。聞けば救援を求めてきたゴーストとの話を聞いた学園長が、オンボロ寮に救助に行ったそうですが、監督生さんと入れ違いだったようで。先生方は各寮の代表者たちに連絡をして対応に追われていました。男子校での婦女暴行……未遂事件なんて前代未聞ですからね、本来ならあってはならない。報告し終えた僕も先生方と合流して、オンボロ寮へと向おうとしたんです。犯人グループの〝顔〟は把握しておきたいですから」
 いつもの困った表情で語ったジェイドは一息つくと、ふっと何もかも無の表情で続きを話し始める。
「ですが、僕の元にイデアさんのタブレットが現れて〝手伝って欲しいことがあるから来て欲しい〟おっしゃられたんです」
「イデアさんが、なんで、また………まさか」
「ええ、さすがアズール察しがいいですね。こんなことで、褒めたとしても嬉しくもなんともないでしょうが」
 イデアの名前が出た時点で、ツッと背筋が冷たくなる。ジェイドも普段の愉しげな雰囲気とは違い、憎々しげに語る。
「イデアさん今回の事件を聞いて嫌な予感がしたらしく、ネット系の方面でそれらしい情報をすべてハッキングしたそうです。その結果、犯人たちが学内部とごく一部外部で金銭的なやりとりに使って愉しんでおり。監督生さんの〝プライベート〟や今回の未遂事件が際どいところまで映像や静止画として残されていたそうです。本格的に大衆に情報漏洩する前に全消去するためと〝所持者〟の特定する、その手伝いをしていました。どうやら胸糞悪いことに監督生さん意外にも〝被害者〟いるようで、そういった犯罪を行う氷山の一角に巻き込まれてしまったようだ」
「……このツイステッドワンダーランドで、女性への性的暴行は重罪もしくは死罪だぞ?」
 ──どこまで彼女の尊厳を傷つけるつもりだ!
 自然と奥歯を噛み締める。自分たちも大概、人に言えぬことをやってきているが、それでもやっていいこととやってはいけないラインを弁えている。それも人魚基準だが。遺伝子のレベルで、自然界に置いて、オスはメスを大事にしなければならないと染み付いている。自分たちに性格上、女性に常に優しくしろとまでいかないが、女性の尊厳を弄ぶようなことは絶対に有り得ない。今回の首謀者たちにどの種族が関わっているのか知らないが、男の中でも屑の中の屑と言ったところか。
「陸の者には、海の世界の命のやりとりを残酷だと思うようですが、海の者にはそういう性を弄ぶものは理解し難い。陸の世界は本当に複雑怪奇だ。そんなものに好奇心は抱きませんが、ただひたすら嫌悪だけです。あのオスたちが、あの小さなメスを自分たちの欲のためだけに食い物にしていたのかと思うと、僕はどうこの感情を静めればいいのかわからないん、ですよ。僕は──して、やりたい」
 嫌悪と憎悪、静かな憤怒を混ぜた声音で最後に一言呟いた。話を終えた男は、ベッドで眠る少女に近づきその頰撫でた。
「それから」
「フロイドが嬲っていたあの屑は、僕らに恨み辛みがあったようで、その憂さ晴らしに監督生さんをターゲットにしたようです」
 付け加えられた内容に、フロイドもアズールも息を飲む。色んなものが複雑に絡み合った。
 今回の事件は、各所に大きな傷痕を残した。
 その場はひんやりとした空気で満たしていた。
「ねぇ、思ってたんだけどさ。小エビちゃん、オレたちの番にしない?」
「「………はぁ?」」
 脈絡もなく唐突に言い出すフロイドに、アズールとジェイドは気の抜けた声が重なった。困惑気味の二人を気にせず、監督生の寝ているベッドの右側に潜りこみ。
「てか、もう眠てぇ」
「言うだけ言って何寝ようとしているんです」
「発言したならもう少し詳しく話してください」
「えー言わなくても、二人だってわかってるじゃん……もう放って置けねぇだろ。小エビちゃんのことはそういう対象として全然見てなくて、元の世界に戻るまで面白いおもちゃとして遊ぶんだろなぁ。て、ずっとこれからも──でも」
 この三人の中でフロイドは素直だった。割と日頃の言動と行動で誤解されやすく、他者を振り回すが相性が合えば穏やかな一面も持っている。ある意味、表も裏もない性格だ。アズールとジェイドとはまた少し違い、思ったことはそのまま言葉にする。
「あんな姿見て、めちゃくちゃにされてすごく嫌だったし許せねぇ。あんなことした奴は××してやろうと思ったし。あの子はどうあっても、女の子で守るべきメスなんだって……ずっと守ってやりたいて思った。アズールとジェイドはどうなの?このまま誰かに小エビちゃんを任せんの?譲れんの?」
 自分たちも彼女がボロボロになる原因の一部とわかっていながらその言葉だった。そこには監督生の意見は反映はされていない、フロイドなりの覚悟と誠意が込められている。誤魔化すことを許さないというように、アズールとジェイドに尋ねてくる。
「今回の件は記憶を消すという方法があります。しかし、その方法では根本の解決にはならない」
 逃げられないと悟ったのか、深いため息をつくとジェイドがそれに答えを返す。
「推測ですが、以前にも似たような辛い目に合っていたのでしょう。ずっと自身の性を忌避していた。彼女のトラブルに巻き込まれる体質では、今後の未来も巻き込まれないとは限らない………僕だってたしかにあの時、あの子を守りたいと思いました……そうですね。僕はフロイドの意見はいいと思いますよ」
 しんみりした雰囲気で話をしているが、当の本人の意思なく勝手に番にしようとしてる時点でヤバイことになってる事案に、アズールは頭痛に見舞われていた。いずれそんな関係になりたいとか思っているが、一妻多夫とか大問題だろう。お前ら応援してたんじゃないかとか言いそうになって、長い間拗らせていた手前言うのをやめた。
「僕とフロイドはこういう意見です。今回は未遂でした………監督生さんたちが頑張って抗った結果でもあります。でも、もし次にこういう場合が起こってしまったらならどうします?」
「こういう場合も何もこんなこと二度と起きません!その為に今後、その対策を」
「今回もまさかこんな事件起きると〝思わなかった〟」
「っ!」
「彼女はこの世界の人間じゃありません。なにより陸の人間です……そんなことすれば他の方が黙っていません」
「それは後々考えていけばいい話です」
「逃すつもりはねぇーよ」
 昔からそうだった。この二人は決めたことは意地でも通す。そこに相手の意思はお構いなしで。かつての蛸壺に引き篭もって自身のように。
「アズール、貴方はもう認めていて受け入れているんでしょう?ーーーこれ以上、他者に奪われるんですか?」
 少し認めたはずの感情はぐちゃぐちゃのままだ。
 だって、乗り越えなければならない障壁は山ほどあるから。そもそも、そういう対象として彼女が見てくれるポジションにもいない。それで意識して貰えたら、選んでもらえたら選ばせる努力したら、もっと、時間をかけるつもりだった。もっと。
 ──僕は、彼女とどうなりたい?
「……学園長に報告がてら、思考を整理してきます」

 夜が明けて、朝日が出ている。
 深夜の騒ぎは何もなかったように授業は行われ。
 犯人グループ以外の今回の事件で関わったごく一部の生徒は授業免除されており、学園長室で後始末の話が進められていた。
 オンボロ寮のゴーストたちが、寮内にいた主犯格と残党は捕まえ。フロイドが締め上げた奴も嬲ったことがバレないように、ほどほどに治癒魔法をかけ引き渡した。犯人グループは逃げないように拘束魔法で縛り上げ。牢屋のごとく別室にブチ込まれている。
 アズールの提出した証拠は、水晶とは別の監視カメラでオクタヴィネルでの暴行が写されているのでごまかしようのない決定的なものの一つになった。それ以外、治療の記録とイデアの証拠で性的な部分が関係しているものは、学園長のみ目を通すことにした。ひとまず話し合いは終わり、その場に集まる者たちは沈痛な面持ちで解散する。
 その場に残ったのは、アズールのみ。
「学園長、表向きの処罰はどうするんですか?」
「アーシェングロットくん、表向きて」
 机の上で両手を組み顎を置いている仮面の男は、呆れたようにため息を吐いた。
「本来こういう処罰的な話は生徒に話さないのが普通なんですが、君たちは隠せば隠すほど探り当てますからねぇ………表向きは全員退学になりますよ。かなり重罪を犯した彼らは公的機関に引き渡すのが当たり前ですが、このまま対策を講じなければNRCの名が地の底に落ちます」
「もみ消すおつもりですか?」
「嫌な言い方しますねーーー違いますよ。防音魔法をかけます。これから話すことは、他言無用ですよ」
 防音されているにも関わらず、人魚と鴉は密やかに声を落とした。

 今回の犯人グループは下っ端の中の下っ端。話を聞きましたが、目ぼしい情報は手に入りませんでした。主犯格は彼女に好意を抱いて故の犯行とのたまっていましたがね……。学校の名に泥を塗らない程度に処罰しますよ。外部の関係者もいたようで、そちらは公的機関に。私も優しくありたいのですが、学校の責任者として学校を守っていかねばなりません──アーシェングロットくん、私に怒りを向けないで下さい。無責任だとおっしゃりたいのでしょう?伏せて言えば、学校と関係なくなった者たちはどうなろうが関係ないということですよ?特に彼女に危害を与えた当事者たち、ならね。君は聡いので、事件が起こった直後は動かない方がいいと考えているでしょう。いやぁ〜〜彼らはうかつに水辺には近寄れませんねぇ。
 さて──話は戻り、使ったと思われる代物は禁忌クラスのものです。それもちゃんと理解してなかったようですが。しかし、ドラコニアくんを欺く大掛かりな術式や魔道具が使われたとなると、外部に大きな犯罪組織が絡んでいると推察されています。そこで不思議なのが、下っ端になぜそんなものを提供したということだ。情報を与えられていない彼らがしくじったところで、影響はないはずです。魔法の痕跡を残していたら、それを取り締まる公的機関に手掛かりを与えることになる──そこまで危険を侵して、手に入れようとした〝もの〟があるんですよ。

 珍しい〝もの〟は、色々な利用価値がありますから──アーシェングロットくん、そんな怖い表情をなさらないで下さい。

 君が欲しがっている〝もの〟は、この世界に居る以上、これからもずっと付き纏う危険を背負っているということです。前々からその危険性も考えていましたが、学園に在籍しているうちに確かなものになってしまった。
 それまでに、元の場所に帰る方法探してやらねばなりません!

 私とて彼女のこと大切にしていますからね!──まぁ、帰り方はまだ見つかっていないんですけどね!





「僕はどこで眠ればいいんですか」
 会議から戻れば、アズールのベットでジェイドが寝ていた。左側にちゃっかり陣取り、絡みついて寝ている。自分の机に座ると寮服の上着を脱ぐ。ぼやいたものの、深夜の騒ぎから一睡もしてないのに眠気は一向にこない。先ほどの話が思い出される。学園長との話はさらに悩みが増した。自分の感情に整理がつかないまま。それにこれから向き合っていくはずだったというのに、欲を満たすだけの連中に随分と乱された。
 守りたい。
 ずっと一緒にいたい。
 隣で笑っていてほしい。
 帰らないでほしい。
 悲しい顔は見たくない。
 泣かないでほしい。
 相反する想い。自身の気持ちを優先すれば、彼女は元の世界に返せなくなる。でも、それでは彼女はこの世界で何も持たずに、何もないまま、生きていくことになる。もちろん、それに自身は寄り添うが一から構築となる。
 ──僕の存在に安心感を抱けるまで、その間彼女は安らげるのだろうか。
 この世界に彼女を構築するものは何もない。学園にいるその立場が、この世界の唯一の結びつきだ。彼女はそのことを十分理解している。その上でこの世界にいる間は楽しく生きようとしていた。もしこのまま帰る方法が見つからないまま、この学校から去れば強力な結びつきがなくなってしまう。後ろ盾がなくなる。学園長にも考えはあるらしいが、それを彼女はどう捉えるのかわからない。
 アズールだって、フロイドとジェイドと同じようにそんな選択をしたい。
 でも、もし、強行して憎まれてしまったら?嫌われてしまったら?
「僕らしく、ないな」
〝人間〟らしく悩んでいると、自身を嘲笑った。
 いつから、こんなにも惹かれていたんだ。

「先輩たちが助けてくれたこと、忘れたくないんです。このまま忘れて、何も知らずに守られていたくないんです。だから、私も共犯者のままでいさせてくれませんか?」
 目が覚めて、こちらを見た安心した顔。どうでもいいことを心配するとぼけた姿。そこにはあったのは、弱いくせに踏み潰されず抗い抗った人間の姿。
 その弱さに苛立ち、その強さに惹かれたのとだとストンと落ちる。
 結局彼女に関わることは、その一挙一動で答えを決めてしまう。告白をすっ飛ばして言い訳染みた求婚だった。たまらず言葉はでていた。まったく格好はつかない。みっともない姿を晒して、本音をぶち撒けて、引き摺りだされた。

 あの最初に契約を結んで対峙したあの時から、アズールも、ジェイドも、フロイドも──もう、始まっていたのだ。
 
 一人の人間に、惹かれる始まりを。
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